医学界新聞

対談・座談会

2019.12.16



【座談会】

教育技法としてのアイスブレイク
学習者の目の色を変える魅力的な環境づくり

内藤 知佐子氏(京都大学医学部附属病院総合臨床教育・研修センター助教)
宮下 ルリ子氏(県立広島大学助産学専攻科 准教授)
三科 志穂氏(兵庫県立大学大学院看護学研究科非常勤研究員)


 読者の皆さんはアイスブレイクに対してどのようなイメージを持っていますか。研修の場面で用いられるゲームを交えた自己紹介などを思い浮かべて,「アイスブレイク=緊張を解きほぐす方法」と結び付ける方も多いかもしれません。ですが,アイスブレイクの力はそれだけにとどまりません。近年重要視されているアクティブラーニングの実践の扉を開く力も持ち合わせているのです。

 本紙では,近刊『学生・新人看護師の目の色が変わる アイスブレイク30』(医学書院)を執筆した内藤氏,宮下氏,三科氏による座談会を通じ,研修を成功に導くアイスブレイク手法と魅力的な学習環境づくりのコツを紹介します。


内藤 近年,アクティブラーニングが注目され,学習者の主体的な学びを促す役割が指導者に求められるようになりました。しかし,具体的に何から取り組めば良いかわからず,手探り状態で臨む指導者も多いと思います。

 そこで提案したいのが,授業や演習の冒頭に「アイスブレイク」を導入することです。ここがうまくハマれば,学習者の目の色を変えるような学習環境を作り出せると私は考えています。

 今回は,講義やセミナーにアイスブレイクを導入する宮下先生,三科先生を迎え,アイスブレイクの具体的な手法の紹介とともに,魅力的な学習環境づくりのコツを紹介したいと思います。

失敗を受容し学習者が安心できる場づくり

内藤 まずは「そもそもアイスブレイクとは何か?」を,学生への講義にアイスブレイクを導入している宮下先生から教えてもらえればと思います。

宮下 アイスブレイクには,①緊張をほぐすための「自己開示」,②集中力を高め,チームビルディングを促す「共同学習」,③メッセージを伝える「課題共有」の大きく3つの効果があります。多くの人のイメージからすれば,アイスブレイクとはグループワークなどで行われる「自己開示」の印象が強いかもしれません。ですが,その役割に加え,対話しやすい雰囲気をつくり,会の目的達成に向け,参加者に積極的にかかわってもらえるよう働き掛ける役割を併せ持ちます。

内藤 確かに,参加者を前のめりにさせる力がありますよね。参加者が主体となるアイスブレイクを一般的にはイメージしやすいですが,他にもファシリテーターが場の雰囲気を和らげるときに使う,ふとした一言などもアイスブレイクの一つと言えます。

 私がセミナーの講師を務めるときは,参加者に向けて「今日はどれだけ失敗してもインシデントレポートを書かなくていいからね」と伝えると,必ず笑いが起きます。

三科 それはすぐに使えそうですね。

内藤 臨床現場では絶対に失敗してはいけないという緊張状態の中にいるからこそ,ふとした一言が場を和らげるのです。

 宮下先生は,実際にアイスブレイクを教育現場に取り入れることでどのような変化を感じましたか。

宮下 教室全体に一体感が生まれたように思います。例えば,授業中や演習中にクラスの誰かが間違えた場合でも,全員で励ましたり,手を差し伸べたりできる雰囲気になりました。学生は周りからの目線をどうしても気にしますから,アイスブレイクによって失敗しても受容されるとの安心感を作り出せたことは有意義ですね(写真)。

写真 学生同士のアイスブレイクの実践風景
身近な物(ボールペンや椅子など)になりきって互いをインタビューし合いながら,緊張を解く「なりきりヒーローインタビュー」の一幕。実施後に,「どのような質問だと答えやすいか」とのファシリテーターからの問いに対し,学生同士が振り返ることで,学生の質問力も鍛えられる。質の高い情報をいかに引き出すかという狙いもあるため,問診を想定した授業の導入にも有効だ。

内藤 三科先生はアイスブレイクの効果をどう考えますか。

三科 学習に対する積極性を高めるきっかけづくりにもなると思っています。講義内容に関連するアイスブレイクを取り入れたり,教員自身の失敗談を交えたりしながら,「どう? できそう?」と,質問するのも方法の一つかと思います。

内藤 シンプルな声掛けも有効ですよね。学習者だけでなく,指導者も自己開示するのは重要な着眼点です。指導者はどうしても,学習者を引っ張らなければならないとか,何でも知っていなければならないとの思考に陥りがちです。そうではなく,指導者も含めその場にいる全員が,自分の弱い面を発信して課題を共有することが,教室に一体感を持たせるポイントなのです。

宮下 その通りです。私自身,最新の臨床現場の事柄には疎くなっている面もあるので,病院実習に行った学生に「新たな学びがあったら教えてね」と伝えていますし,学生からも積極的に報告してもらっています。そうやって,一緒に学んでいくスタイルが,学生と教員相互の正しい姿なのかなと感じています。

内藤 これまでの「教える―教わる」という上下関係でなく,「互いに学ぶ」というフラットな関係性があってこそ,学習者の主体性は引き出されます。こうした関係性は,学びへのさらなる相乗効果も生み出すはずです。

何よりも必要なのは指導者自身が楽しむこと

内藤 宮下先生が学生との距離感を築く中で,クラスを受け持つ学生自らがアイスブレイクを実践したようですね。取り組みの詳細を聞かせてもらえますか。

宮下 毎年,病院実習で学生が母親学級の企画・運営をしており,その際,参加者の緊張をほぐすために会の冒頭でアイスブレイクを導入しました。

内藤 参加者は同じ病院でお産をするお母さんたちだと思います。皆さん初対面ですよね? 会話をしてもらうのはなかなかハードルが高いと思いますが……。どのような手法を用いたのですか。

宮下 声を出さずにジェスチャーだけを使って出産予定日順に横一列に並んでもらうというものです。最初は戸惑っていた参加者も,ジェスチャーを通して和気あいあいと並んでくださいました。一体感のある環境づくりができたおかげで,出産や育児に関するその後の具体的なレクチャーへもスムーズに展開することができました。

内藤 言葉を使わずに並ぶとなると,誰しも自分をアピールしなければならなくなるので,自然と前のめりになりますよね。アイスブレイクで参加者の気持ちをうまく開いた良い事例だと思います。

 一方で,参加者の学習意欲を高めるアイスブレイクを「遊び」ととらえている指導者はまだまだ多く,導入してみたものの,効果が得られないと感じる方もいるようです。アイスブレイクの効果を適切に引き出すためには何が必要なのでしょう。

三科 参加者の反応を見つつ,うまくいかなかったところは工夫し,次に生かすことが重要だと思っています。指導者の話すテンポや場をコントロールする力,何より指導者自身が楽しそうにやらないとブレイクできません。それでもうまくいかなかったときには,参加者に何がダメだったのかを直接聞いてみるのも手です。

宮下 参加者は最大の評価者でもありますからね。会場の雰囲気を盛り上げるために,何か工夫されていることはあるのでしょうか。

三科 よく用いるのは,呼んでほしい名前を伝える「私の今日のニックネーム」という手法です。ニックネームを伝えるのは恥ずかしいのですが,手軽に行える自己開示の方法でもあります。理由も交えながら伝えると場が和みますね。

内藤 私は,セミナー冒頭に自分の失敗談を織り交ぜています。失敗談を入れたときほど盛り上がる印象です。やはり,指導者自身が自己開示を行い,その存在を参加者が身近に感じられると,一気に距離が縮まります。

テーマを絞った研修づくりを

内藤 それでは,少し話題を進めます。アイスブレイクを実施して学習意欲が高まったとしても,研修の中身がつまらなければ,参加者の満足度は低いままです。受講者の満足度を高める方法として,学生への講義をする機会の多いお2人が気を付けているポイントは何かあるのでしょうか。

三科 伝えたいこと,学んでほしいことにフォーカスする点です。私自身,内容を盛り込み過ぎてキーポイントさえ十分に伝えられなかったことや,講義時間を超過してしまった経験があり,その反省を踏まえています。

宮下 私も同様の失敗があります。そのため,事前に伝えたいことを全部書き出した上で優先順位を決め,優先度の高いものから講義の中身を再構成しています。この作業を踏まえると,真に伝えたいことは何かが見えてきますね。

 内藤先生は指導者に向けて研修をされる機会が多いと思います。何か違う視点で注意している点はありますか。

内藤 大きなテーマの中から不要な部分を除いていく「引き算の教育をしましょう」と伝えています。指導者は,あれもこれも教えたいという気持ちが溢れて,ついつい細かい部分まで盛り込み過ぎてしまうので,テーマを絞った教育にしようとの意図からです。「引き算の教育」の考え方は,研修だけでなく,日々の業務の振り返りにも有効です。

宮下 なぜ指導者は過度に教えてしまうのでしょう。

内藤 知識が豊富であるがゆえに細かな部分まで見え過ぎてしまい,「あれも必要,これも必要」となってしまうためです。指導者たちも,学習者を追い込んでやろうという気持ちはさらさらなく,きっと学習者のためになるだろうという善意による行動のはずです。

 けれども学習者側からしたら,すでに飽和状態に達して理解が追い付かず,指導者側からしたら「教えたはずなのになぜミスをするの?」との認識のズレが生じてしまう。ですので,「失敗という経験に意味を持たせ,次に生かすために何をすべきか?」という未来思考型で,1つずつ解決していく意識改革が指導者側には求められます。

三科 具体的にはどう導くべきでしょう。

内藤 例えば,A,B,Cの3種類の手段を学習者に提示したとします。仮に学習者がBを選択した場合,その方法でタスクを完遂できるよう,指導者はしっかりとサポートし,成功体験を積ませるのです。ここで間違えてはならないのが,「指導者が手取り足取り教えたからできた」ではなく,「学習者自身が自ら選択して自分の力で達成した」という点を強調することです。この成功体験を学習者にいかにして体感させるかが指導者の腕の見せ所ですね。

宮下 最近は,学生から私に声を掛けてくれるケースが増えてきました。アイスブレイクによって,教員と学生という垣根が低くなったおかげかと思います。ですが,学生とのこうした関係性を構築できている教員は,まだまだ少ないはずです。

内藤 学生にとって教員は評価者ですので,教員に何気ない会話をするのはハードルが高いでしょう。普段から,「教員に頼ることは全く悪いことではない」と伝えておくことが理想的な関係になるための大切な一歩かもしれません。

三科 とはいえ,学生の教員への頼り方も課題の1つです。実習指導中に経験したことですが,「これで合っていますか?」と,教員や指導者の考えを確認する,もしくは考え方に合わせようとする学生が多いように感じました。臨床ではさまざまな意見や視点から「対象者である患者さんに最適なケアは何か」を考えていきます。自分の意見を持つことはもちろん,まずは伝えることが大切ではないでしょうか。

宮下 実際に学生から同様の質問を受けたときは何と答えているのですか。

三科 「どうしてそう思うの?」と聞き返しています。すると,次第に「私はこう思いますが,先生はどう思いますか?」と,自分の考えを伝えてくれるようになってきました。こうした変化をもとに,例えば「自分の考えを伝え,話し合ったことで,より良いケアを実践できた」という貴重な経験となれば,学生の成長にもつながると思います。

内藤 まずは指導者側が学習者の声に耳を傾ける習慣を持つことが重要でしょう。関係性ができると,学習者も自然と意見を添えて報告・連絡・相談ができるようになります。指導者は,最終的に専門職として自律した人材を育てることが使命です。魅力的な学習環境を整えるためにもアイスブレイクを生かしつつ,学習者の成長につなげられるようなかかわりを常に意識したいですね。

(了)


ないとう・ちさこ氏
国際医療福祉大保健学部看護学科卒業後,東大病院勤務。2004年新潟県立看護大大学院助手。08年同大大学院看護学修士課程修了。同年より京大病院看護部管理室に勤務し教育担当に。10年より現職。『ファシリテーターSkills & Tips』(医学書院)など著書多数。

みやした・るりこ氏
東京都立医療技術短大(当時)卒。助産師として深谷赤十字病院勤務。山形大養護教諭特別別科進学後,2010年同大大学院看護学修士修了。和歌山県立医大助教,神戸市看護大助教などを経て,18年より現職。19年には神戸大大学院保健学研究科博士後期課程修了。博士(保健学)。

みしな・しほ氏
健和高等看護学院(当時)卒業後,NICU,救命救急センターなどで勤務。2008年救急看護認定看護師資格取得。17年より現職となり,共同災害看護学専攻の学習管理システム(LMS)を担当している。現在,熊本大大学院社会文化科学教育部教授システム学専攻博士前期課程に在学中。

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