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第3335号 2019年8月26日


【対談】

地域の精神科困難事例にくじけないために
『精神看護』誌22巻5号より

春日 武彦氏(成仁病院院長)
小瀬古 伸幸氏(訪問看護ステーションみのり統括所長)


 地域で生活する精神疾患をもつ人を支援する際,一筋縄ではいかない困難事例に遭遇することがある。そうした事例にくじけず,適切な対応で乗り越えるために支援者はどうすべきなのか。

 これまで精神科に携わる多くの支援者を支えてきた『はじめての精神科』(通称「ネコ本」)の著者である春日武彦氏と,この度刊行された『精神疾患をもつ人を,病院でない所で支援するときにまず読む本――“横綱級”困難ケースにしないための技と型』(通称「横綱本」)を執筆した小瀬古伸幸氏が,その経験とコツについて『精神看護』誌で語り合った。本紙ではその内容をダイジェストでお伝えする(対談全文は『精神看護』誌22巻5号に掲載)。


クレーマー対応は地域での主戦場

小瀬古 春日先生のネコ本は僕にとってのバイブルの1つです。なかでも「クレーマー」についてのアドバイスはそのまま実践に使わせていただきましたし,今回発行の横綱本でも参考にしました。「プチ重要人物扱いしつつ,絶対に譲らない」というあたりです。

春日 支援者って,相手の勢いに押されて「今回だけはOK」という対応をやってしまいがちなんだよね。「うまく応えなきゃいけない」で頭がいっぱいになっちゃう。

小瀬古 巻き込まれると論理が見えなくなっちゃうんですよね。そして「この人の要求に応えられない自分たちが悪い」ような不思議な気分になってくる。それはある意味,本人の言う言葉にスタッフ側が反応しすぎてしまって,本当に見なくちゃいけない部分が見えなくなっているのでしょうね。

春日 構えができてないステーションだと,1つのクレームだけで木っ端みじんになったりするんじゃないかな。訪問看護を辞めちゃう人も意外といるでしょうね。

小瀬古 強烈にクレームをつけてきた人をシャットアウトするためだけに,「もう精神科の利用者は受け付けません」と精神科訪問看護を取り下げてしまったステーションを知っています。

――そうした,要求をエスカレートさせるクレーマーのような人が利用者になったらどうすればよいのでしょうか。

小瀬古 僕の経験ですけど,威圧的な態度を示す人は,特別扱いへの願望が人一倍強いんです。裏を返せば,優位に立ち続ける自分でなければ存在価値を失いかねないと思い込んでいる。ですが,本人の考え方自体に焦点を当てて修正するのは難しいです。それよりも,「特別扱いを求めなくてもありのままの自分でいいんだ」と思える経験を増やすようにする。具体的には,そういう人でも常に怒っているわけではないので,雑談を通して「本来の穏やかなあなた」を言葉にして伝え,通常の自分自身を意識できるようにします。そして多少のお膳立ては必要なのですが,人と折り合いをつける経験ができるよう,情報を伝えたりして側面支援していきます。

春日 相手は自分勝手なことばかり主張してくるので,ついこっちも相手の不当性を突いたり論破したくなるけどね。そっちへ行ってもエスカレートするだけでうまくいったためしはない。

小瀬古 そうなんです。矛盾してるじゃないか,と言いたくなりますが,そこを突いても仕方がなくて。そんな時僕は,相手が「はい」と言えるような会話を数回はさむようにしています。

――具体的にはどのように?

小瀬古 例えば「車で病院に通うと生活保護が切られる」状態の人がいて,だけど本人は「電車だと酔うから自分で運転しないと通えない」と主張している。もしこちらが「車で病院に通うと生活保護が切られるらしいですよ,どうするんですか」などと言った時には,本人はエキサイトして反発するだけになる。

 そこで,相手が「はい」と言えるやりとりをはさむようにするのです。例えば「車で病院に通うと生活保護が切られるかもしれないけれど,Aさんは電車だと酔うから自分で運転しないと通えないんですね?」と。矛盾している内容であってもそれを指摘せずに,まずは「はい」と言えるやりとりにすることで,こちらが相手の言葉をキャッチしており,相手を丁寧に扱っている感じを伝えることができます。

 すると相手の反発がなくなるので,そこから,自覚しているリスクを共有したり,どうしていくかという話をすることができます。横綱本にはこのような技や型を多く紹介しました。ぜひ使ってみてもらいたいです。

演技ができるという誠実さ

春日 援助者って意外と「持ち上げる」ことが下手だよね。たぶん相手に「見破られるんではないか」的なことを思ってしまうからじゃないかな。適切に相手を立てるっていうのは,どこかで覚悟を決めないとつらいんですよ。その覚悟が決まってない人が多いような気がする。

 別にウソをついてるわけじゃないし,少なくとも相手をおとしめる気もない。それなのに,「演技」に対して罪悪感があるみたい。

小瀬古 覚悟が大事。そう思います。自分を信じたらいいと思うんですよね。「相手を悪く思うとか,だますとか,そんな気は絶対にない自分がいる」って思えば,ゆらがない自分になれます。たしかに相手を持ち上げるような言葉をチョイスはしてるけれども,患者さんのことを真剣に思っていることについてはウソがないと。

春日 そうね。あと同僚がそばにいると「おまえ,よくもぬけぬけとそれを言えるな」みたいに言われる気がして,そのあたりで躊躇しちゃうのもあるみたいです。

小瀬古 僕も一度利用者さんに言われました。「小瀬古さんとしゃべってると詐欺にかかったみたいに丸め込まれる。ペテン師みたい」と。ぼくはすごい褒め言葉だなって(笑)。だってそう思いながらも,ぼくとしゃべってくれるんですから。

――逆にいえばそれは,患者さんを信じているってことですね。

春日 そう。信じつつ,顔をつぶさないように持っていくという話です。

覚悟と勇気と本2冊

春日 僕は講演の最後の質疑応答などで,「ストレス解消をどうやってるのか」とよく聞かれるんです。まあネコを相手にして遊んでいるのが一番ですが(笑),それはそれとして,自分にとって1つのストレス解消になってるのは,じつは「パターンで見る」ことなんですよ。いろんな事例と向き合うことによってパターンを増やしていく。そこが楽しいんだぜと。たくさん働くとパターン標本も増える。

――そうなると,もっと違う横綱来い,みたいな?

春日 そりゃあ,たまに新しいパターンの横綱級ケースに遭って,痛い目に遭うことだってありますよ。でも,まだ新しいパターンがあったんだ。これでパターンの標本が増えたな,って思えばそんなにつらくもない。

小瀬古 僕もまさに同じです。相談ケースが来て,「これ絶対しんどいわ~」って一瞬思うんですけど,「また新しいパターンが増えるチャンスだ」と思って臨むと,ふしぎにしんどくないし,学びになり,かつうまくいったりする。横綱級ケースというのは,別に人のことを困らせようと思っている人ではなくて,自分が持つ高いエネルギーの向けどころがわからず試行錯誤している人なんです。だから彼らの言動をどう捉え,主体を本人に返していくか。相手を横綱級にしないための技と型を押さえつつ,勇気と覚悟があればたいていのケースはくじけずにいけるかなって思います。

――勇気と覚悟ですか。

春日 みんな頭ではわかってるんだけど,一歩が踏み出せない。本人に言いにくいとか,怒らせてしまうかもとか,何か壁がある。だからこの2冊が,技術を提供するとともに,地域で頑張る人たちが一歩を踏み出すための勇気と覚悟を担保するものになればいいかな,ってところですかね。

(了)