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第3284号 2018年8月6日


【対談】

再生医療研究の歩む道
普遍化に向けた未来をどう描くか

澤 芳樹氏(大阪大学大学院医学系研究科心臓血管外科学教授/日本再生医療学会理事長)
髙橋 政代氏(理化学研究所生命機能科学研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクトプロジェクトリーダー)


 2007年に京大の山中伸弥氏がヒトiPS細胞を樹立して以来,iPS細胞関連の基礎研究,臨床研究ともに日本は世界をけん引する位置にいる。社会への再生医療の実装を見据え,iPS細胞を用いた再生医療研究をどう進めるか。

 本紙では,2014年,iPS細胞に由来する網膜色素上皮細胞シートの移植手術を世界で初めて実施した髙橋氏と,日本再生医療学会理事長を務め,2018年5月にiPS細胞を用いた心筋細胞シートを重症心不全患者に移植する臨床研究の条件付き承認を得た澤氏による対談を企画。再生医療の現在地,技術開発に向けた考え方,今後の展望をお話しいただいた。


髙橋 澤先生の臨床研究が,5月16日に厚労省の承認を得ました。iPS細胞を用いた世界初の心不全の臨床研究として,国内外から注目を浴びています。

 研究を行ってよいとされましたので,いよいよ今からがスタートです。

髙橋 iPS細胞の臨床応用をめざす研究者として,澤先生の研究が進むのは喜ばしく思います。これまで多くの準備を重ねてこられたのでしょうね。

 心不全患者の救命を使命に,これまで人工心臓や心臓移植による治療を行いながらも,助けられない患者さんがいることは心臓血管外科医として無念でした。その思いから,再生医療に20年ほど取り組んでいます。

 iPS細胞の研究に取り組む前は,筋芽細胞が放出するサイトカインが心機能を改善することに着目し,患者自身の脚の骨格筋由来の筋芽細胞から作ったシートを心臓に移植する,「ハートシート®」の開発に尽力しました。2007年に臨床研究を開始し,2015年9月に薬事承認されています。ただ,ハートシート®はその原理から,毎回患者自身の細胞を事前に採取して培養する負担があります。ストックできるiPS細胞を心不全治療に生かす着想を得たのは,山中先生がヒトiPS細胞の樹立に成功した直後の2008年です。以後,10年にわたり京大と共同研究をしてきました。

髙橋 私も有効な治療法が限られる疾患を細胞移植によって解決したいと考えて,再生医療研究に力を注いできました。研究対象は,視細胞を支持する網膜色素上皮細胞の障害によって起こる加齢黄斑変性です。網膜色素上皮細胞は完全には自己再生しないため,網膜色素上皮細胞疾患を治すには細胞移植しかありません。1995年に神経幹細胞で研究を始めてから,ES細胞,iPS細胞と研究対象を広げてきました。現在はHLAが合致する他家iPS細胞由来網膜色素上皮移植の臨床研究を行っているところです。また,視細胞移植の準備も進めています。

 髙橋先生がiPS細胞の臨床研究を始めた当時は,研究不正が大きく報道されるなど,科学研究に対する世論の風当たりは厳しいものでしたね。その中で世界初の移植手術を成功させ,道なき道を歩んできた髙橋先生の功績は大きなものです。

 再生医療が治療として普遍化するには,臨床研究で成功事例を重ねなければなりません。今日は,再生医療の技術開発に向けた私たちの考えを中心に議論したいと思います。

臨床のニーズを満たす手応えが研究の推進力に

 髙橋先生と私の研究には技術的な共通点があります。細胞をバラバラではなく,シート状にして移植するということです。

髙橋 特に視細胞の場合,この点は研究の成否を分けるポイントでしたね。2年ほど前まで,網膜色素上皮細胞の研究では視細胞の機能を喪失した動物にバラバラの視細胞を移植する方法が世界の主流でした。実験結果がきれいに出やすかったためです。しかしその後,バラバラの細胞移植には根本的な欠陥が見つかって,この手法による研究は全てストップしてしまいました。

 研究者には一見遠回りに思える,細胞シートを使う手法を取っていたのは,臨床で出会う患者さんの「導き」があったからです。実験結果の出しやすさではなく,治療に応用するにはシートのほうが適していることを根拠に研究に取り組んだことが,結果的に正しい道につながっていました。

 心臓でもバラバラの細胞を移植する手法はあり,私も動物実験をしています。しかし,臨床応用するには効果が不安定で行き詰まっていたときに,細胞シートを使って研究していた岡野光夫先生(東女医大特任教授)の発表を見ました。これだ,と思って取り入れてみると,細胞シートの効果の高さと安定性がわかりました。学生時代に読んだ岡田節人先生の『細胞の社会』(講談社)が説く通り,細胞は組織となって初めて,本来の働きができるものだと実感しました。

 今進めている研究は,臨床医として痛感するアンメット・メディカル・ニーズを解決できる手応えがあります。研究成果を出してから臨床応用を考える発想ではなく,臨床応用のニーズをもとに研究を組み立てています。

髙橋 助けなければならない患者さんが目の前にいることこそが,再生医療研究に没頭する推進力になっています。

航空機開発は300メートルしか飛べないところから始まった

髙橋 網膜色素上皮細胞も心筋細胞も,iPS細胞からシートを作る技術を確立したことで,移植の材料を得ることができました。次のステップとして,実際に手術をする上で,安全性と有効性を最大化する方法の探究が必要です。

 2014年に行った網膜色素上皮細胞移植の報告書1)が発表された今は,第一歩を踏み出したところですね。

髙橋 ええ。医療に限らず,どんな技術でも進歩の歴史は試行錯誤の過程です。現在の再生医療を20世紀前半に開発が進んだ航空機になぞらえれば,「初飛行を終えたところ」でしょう。

 今は大陸間を安全に飛ぶ航空機も,1903年,ライト兄弟による飛行では300メートルほどしか飛んでいません。「短距離しか飛べないなら,飛ばす意味がない」と批判されても,始まりはそこからでした。でも,その後,十数年にわたり進歩を重ねたからこそ,現代の航空機が誕生したのです。

 航空機開発の軌跡は心臓移植手術の歴史とも重なります。ヒトからヒトへの心臓移植は1967年,南アフリカで行われたのが最初です。このときのレシピエントは,術後たった18日間しか生存していません。その翌年,日本初の移植術も生存期間は3か月程度でした。それでも,米国などを中心に世界では毎年実施され続け,地道に改良が重ねられました。シクロスポリンの登場というブレークスルーを経て,1980年代にようやく治療法として確立し,移植を受けて10年,20年と生きる患者も多くなりました。

 心臓移植手術における努力の積み重ねは,他の治療法が尽きた患者さんを救いたいとの願いがつながったものです。再生医療研究においても,既存の治療法で治せない患者さんの力になりたいという思いと,発展途上の治療法開発に協力してくれる患者さんの思いを胸にベストを尽くし続けていきます。

再生医療の開発戦略は,外科的視点での「最適化」

髙橋 日本における再生医療の臨床研究の進め方について,国内外で議論を呼んでいます。多いのは安全性を疑問視する声です。澤先生は治療の開発をどう進めるべきだと考えていますか。

 再生医療の場合,一例一例を積み上げながら徐々に改良を加えていく外科的ストラテジーを基本に進めるべきだと私は考えています。なぜなら,細胞を用いた治療は,薬で治す内科的治療よりも,手術で治す外科的治療に近いからです。

 内科の治療開発は大規模コホートをもとにランダム化比較試験を行い,治療法の優劣を統計学的に判定することで成り立っています。しかし,外科の治療は同じ疾患でも病変の個人差が大きく,内科よりもテーラーメイドの考え方が必要です。手術の成功の鍵を握るのは,どの術式を用いるか,どの程度まで侵襲を加えてよいかなどを,一人ひとりの患者に合わせて最適化することにあるのです。中には侵襲性が高い上に代替治療が限られる場合もあり,治療開発においては比較試験は倫理的に難しいことが多いです。

髙橋 外科的な視点での「最適化」は再生医療において重視すべき点です。移植手術は細胞が定着すれば効果が見込める治療法です。だからこそ,多くの患者に試して治療法そのものに効果があるか否かを判定する比較試験よりも,手術を安全に行えるか,より適した術式はあるか,移植が有効な人とそうでない人をどう見分けるかなどを探究するほうが重要です。

 外科においても,治療の選択肢がある手術については統計学的研究の価値はあるでしょう。また,そうでなくても後ろ向きの研究は行うべきです。

 しかし,生きるか死ぬかの二択を迫られた患者さんに統計学は無力です。アンメット・メディカル・ニーズに応えたい再生医療の開発において大切なのは,効果の見込める患者を見極めることと,より安全で有効な新たな技術開発に努めること。これら二つの考え方です。

ルール作りが進んだことで,日本は世界の最先端にいる

 再生医療はこれまでの医療とは違う領域だからこそ,治療技術の開発だけでなく,研究や診療を進めるための制度設計も同時に行う必要があります。

 日本再生医療学会前理事長として岡野先生が話した言葉によれば,再生医療は「馬車しかなかった時代に,自動車が登場した」ような状況にあります。馬車と同じ通行ルールで自動車を走らせたら事故が多発するでしょう。交通信号や運転免許制度を作ったように,再生医療の臨床研究を適切に行うには新たなルールを作る必要がありました。

髙橋 この点について,日本の仕組み作りは世界的に見て進んでいますよね。

 はい。2014年に,当時の薬事法の改正などが行われ,再生医療研究のための枠組みが世界に先駆けて作られました。代表的なものが再生医療等製品の条件及び期限付承認制度で,安全性が担保され,有効性が推定されるものに対して,条件と期間を決めて承認されます。

 再生医療においては,短期間で多くの患者に施行し評価を行う従来の方法が技術的にも倫理的にも難しいため,開発の実態に合わせた法律が作られたのです。

髙橋 これまでは難しかった少数例の臨床研究を行いやすくなったことで,臨床研究から得た知見を研究に還元し,改良するサイクルを回しやすい仕組みになっています。世界初のこの制度を,私は高く評価しています。

 日本の後を追うようにして,海外でも類似の枠組みが作られてきました。米国で2016年に成立した法律では,早期認可制度など日本の法律の特徴が取り込まれています。こうした法整備を受けて,エビデンスのない医療が広まるのではないかといった懸念が医療関係者や統計学者から挙がっています。その点,日本の法律は他国より優れていて,安全性や有効性の根拠を確認する市販後調査の仕組みをきちんと規定した法律となっています。

 その法律に基づき,日本再生医療学会とPMDAを中心に関連学会が協働して,臨床研究と市販後調査のデータベースを作っています。データベース構築は,再生医療研究のさらなる進展に向けて日本再生医療学会が進めている,ナショナルコンソーシアムの中核事業です。アカデミアによる第三者からの客観的な妥当性を検証しながら再生医療を開発する体制が作られています。

 また,条件及び期限付承認制度は研究者だけでなく,企業も参入しやすくなるメリットがあります。研究はさらに加速するでしょう。再生医療研究を取り巻く仕組みが機能し出したことで,日本は世界をリードする立場に躍り出たとも言えますね。

髙橋 そうですね。iPS細胞の登場前,ES細胞で研究を行おうとしていたころの日本は規制一辺倒で,世界から取り残されかけていました。しかし,山中先生がiPS細胞を樹立したことで国内での風向きが大きく変わり,優れた仕組みの構築までこぎ付けたことで息を吹き返すまでになりました。

 治療を見据えた再生医療の普及に向けて,今後も制度を少しずつ変えていく必要があると思います。例えば,再生医療の適用に当たり,「病名」の分類で判断するのは適切とは言えない場合も出てきています。

 別々の機序でも一つの病名にまとめられてしまったり,同じ機序でも別の病名が付いたりしている「ねじれ」現象が,近年指摘されていますね。

髙橋 臨床研究だけでなく,患者さんの治療においても最適になるように,システムを変える意識は持たなくてはなりません。必要な患者さんに必要な治療を届け,不要な治療をしないために,技術の進歩にのっとった指標を使うべき時はすでに来ていると思います。

治療としての普遍化に向けて

 ここまで,臨床研究の方向性や仕組みの構築について話し合ってきました。治療として普遍化をめざす上で,どのような展望を持っていますか。

髙橋 研究の進捗度合いが異なるので,iPS細胞を用いた再生医療が臨床応用される時期は疾患によってさまざまでしょう。先行するのは,おそらくパーキンソン病に対するドパミン神経細胞の移植です。なぜなら,胎児由来のドパミン神経細胞を移植する臨床研究が80年代から世界で400例ほど行われ,移植方法だけでなく,症例をきちんと選べば有効だと比較試験で確立されているからです。iPS細胞で作ったドパミン神経細胞の有効性,安全性を確かめる研究の結果が得られれば,5~10年での標準治療化が見える位置にいます。

 一方,網膜色素上皮細胞の場合は臨床研究が始まった段階で,効果の検証などもこれから進んでいくところです。パーキンソン病とは現在地が違いますから,普遍化までにはまだ時間を要します。

 心不全の研究の場合も実用化までに超えるべき壁はまだあります。そのような中で,臨床研究の承認が全国紙で大きく報道されたことには戸惑いもありました。世論の関心が高いのは喜ばしいことですが,社会に正しく再生医療開発の流れを理解してもらうことは,重要な課題です。

髙橋 2014年,私が1例目の臨床研究を行ったときも,社会からはさまざまな反応がありました。その中で感じたことは,社会に広く情報を発信するメディアの役割です。理解不足による過剰な期待や的外れな批判は,社会の混乱を通じて再生医療の健全な発展を阻害することにもなりかねません。

 冒頭で話した心臓移植では,日本初の移植術は世界初の翌年に行われたにもかかわらず,現在の診療実績は世界に遠く及びません。理由の一つは,最初の例から31年間にわたって心臓移植が一切行われなかったためです。2例目が行われたのは世界で技術が確立してから20年も経ってからでした。その背景には,1例目が未完成の技術だっただけでなく,実施の過程や体制に問題があり,結果的に心臓移植そのものが社会に受け入れられなかったためです。

髙橋 再生医療は普及に向けて,研究成果という果実をこれから収穫するところです。再生医療で日本の科学を盛り上げていくためにも,患者さんだけでなく,医療者,メディアの方にもその認識を持ってもらいたいと思います。私たち研究に携わる者は最善を尽くしますが,最初から完成された治療ではありません。社会全体に,「再生医療を育てる」という考えが根付くことを期待したい。

 これまで技術を海外から輸入することが多かった日本が今,再生医療では世界をけん引しています。技術の発展には積み重ねが必要であり,それには社会から受ける支援が大切です。研究者としても,学会としても,正しい理解の啓発に努めながら,再生医療の普遍化への歩みを進めたいと思います。

(了)

参考文献
1)N Engl J Med. 2017[PMID:28296613]


「再生医療研究を取り巻く仕組みが機能しているからこそ,日本が世界をリードしている」

さわ・よしき氏
1980年阪大医学部卒。同年より同大第一外科。89年フンボルト財団奨学生として独マックスプランク研究所心臓生理学部門・心臓外科部門に留学。92年より阪大第一外科に戻り,講師,助教授を経て2006年主任教授。07年より患者の脚の筋芽細胞由来の細胞シートを用いた臨床研究を開始し,15年に薬事承認を得た。17年,日本再生医療学会理事長に就任。18年5月に,重症心不全に対するiPS細胞を用いた細胞シートの臨床研究の承認を受けた。

「普及に向けて,社会全体に再生医療を育てるという考えが根付くことを期待したい」

たかはし・まさよ氏
1986年京大医学部卒。92年同大大学院医学研究科博士課程(視覚病態学)修了。95年に米ソーク研究所の研究員として神経幹細胞の存在を知る。2001年京大病院探索医療センター助教授を経て,06年より現職。05年に世界で初めてES細胞から網膜を分化誘導。14年にはiPS細胞による加齢黄斑変性治療の臨床試験を実施し,『Nature』誌の「今年の10人」に選ばれるなど世界的に注目を浴びた。研究と並行し,臨床医として患者の診察も行う。