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第3231号 2017年7月10日


【対談】

医師たるもの,身体診察を究めるべし!

志水 太郎氏(獨協医科大学総合診療科部長/総合診療教育センター長)
平島 修氏(徳洲会奄美ブロック 総合診療研修センター長)
和足 孝之氏(島根大学医学部附属病院 卒後臨床研修センター)


 「毎日患者を観察していれば,病歴と身体診察によって,現代のテクノロジーだけに依存するよりも数時間や数日,時には数週間も速く正しい診断にたどりつくことができるのだ」〔『サパイラ 身体診察のアートとサイエンス』(医学書院)初版の序より〕。これは身体診察の名手として名高い米国の内科医サパイラの言葉です。テクノロジーの進歩は医学に大変革をもたらし,その恩恵は誰もが知るところでしょう。しかし,サパイラの言葉が示すように,テクノロジーは診察に取って代わるものではありません。

 古来,医師の技術として受け継がれてきた身体診察。『身体診察 免許皆伝』(医学書院)の編者であり,臨床で身体診察を究める平島氏,志水氏,和足氏が,現場で習得をめざす人に向けてその意義と習得法を熱く語りました。


全ての医師に求められる能力

平島 「身体診察の技術」に私たちは医師としての醍醐味を感じています。身体診察は検査ができない時代から,医師たちがもがきながら継承し洗練させてきた技術です。今日この場に集まった3人は,その身体診察を生かせば現代医療はもっと良くなるという思いを持っています。

和足 テクノロジーの時代とはいえ,常に検査・機器が使えるわけではありません。後期研修後,人手不足で困っている現場の力になりたいと思い,さまざまな病院で夜間当直をしたときにこのことを思い知りました。できる検査が限られる中で,目の前の患者さんに処置をしなければなりません。

平島 限られた環境であればあるほど,自分の感覚を研ぎ澄まして,病歴聴取や身体所見から得られる情報をフル活用しなければいけませんね。

和足 そうです。昼間の大病院で「自分の臨床能力」だと思っていたものは,各科の医師や検査の体制などに守られていたものだと痛感しました。

志水 診療は皆の手で完成するものです。それぞれの状況を加味しながらその場の全体最適をめざすのがよいと思います。さらに,臨床では身体診察によって診断がより的確になるとも私は感じています。

和足 それはEBMにもかかわりますね。世に出ている論文のデータを自分の目の前の患者さんに応用しようとしても,研究と臨床ではセッティングに違いがあります。感度,特異度といったはやりの“エビデンス”を患者さんに適切に応用するには,論文それぞれの罹患率や検査前確率の違いを踏まえた的確な判断がなければ全く意味がありません。EBMの時代にこそ,身体診察の技術は輝きを放つと思います。身体診察の能力は,全ての医師が持っていなければなりません。

手あてで生まれるコミュニケーション

平島 CTやMRIが簡単に撮れる今,患者さんと医師の心の距離が少し離れてしまっているように感じています。もっと丁寧に診察し,患者さんに喜んでもらいたい。お二人は身体診察をすることの魅力や重要性についてどう思っていますか?

和足 身体診察の魅力は患者さんに喜んでもらえることです。患者さんに触れ,話し,情報を統合して的確な診断をしていく。その過程で患者さんを尊重する姿勢が伝わっていきます。

志水 身体診察をおろそかにすると,“医者らしさ”を失ってしまうのではないかと懸念しています。患者さんから聞き,触れて,打診して,音を聴いて生の情報を集める。そのような生きたコミュニケーションによって,患者さんが回復したときの「医師としての喜び」も大きくなると感じます。

平島 ただ,実は患者さんに「先生みたいに聴診器を丁寧に当ててくれたのは初めて」と言われることが時々あるのです。

和足 同じく,そういった経験はあります。

平島 最初のうちは褒められて素直にうれしかったです。でも,その言葉の裏を読むと,聴診器を使わない,それほど“手をあてない”診療が増えているのではないかという問題が浮かび上がってきます。

志水 検査が診察の早い段階で行われる現場では,身体診察が取り残されている印象を受けますね。

平島 環境にもよりますが,定期受診外来の患者さんの多くは,前回の来院から治療方針の変更がないことも多いでしょう。すると,身体診察の重要度は下げてもよいと考えてしまうかもしれません。

 でもそうすると,「手をあてる」ことで生まれている謙虚な心や,患者さんとのコミュニケーションが減ってしまうのではないでしょうか? 医療の根底には患者さんとのコミュニケーションがあるはずです。

診断の基盤に身体診察を

和足 本音を言うと,検査だけで判断を下してしまう“検査至上主義”とも言える状況があると思います。確かに効率が良いことも多いでしょうし,医師にとって楽な面もあるでしょう。

志水 ですよね。検査のオーダーと違って身体診察は「技」なので,繰り出し続けるにはエネルギーを使います。身体診察と異なり,検査は診療報酬が付くので,現場でつい検査をオーダーしてしまうのはわかります。

和足 でも,検査で全てが解決できるわけではないんです。

志水 検査結果だけで考えようとすると,思わぬ落とし穴にはまることもありますよね。

和足 つい最近,まさにそんな例がありました。精神疾患を持つ20代の女性が強い腹痛を主訴に来院し,血中アミラーゼがほんの少しだけ基準値を超えていた症例です。身体所見について語らずに,膵炎ではないかと議論されていました。

 しかし,いざ身体診察をしてみると,極めて弱くお腹に触れただけで過剰に痛がる様子が見られました。腹膜刺激症状が全くないという身体所見との乖離から,そこまで痛いはずがないことは明らかです。さらに,問診で自発的嘔吐の傾向も聴き取ることができました。

 この診察の情報が加わるとどうでしょう。この症例は身体表現の問題と,繰り返す嘔吐によってアミラーゼがわずかに上昇したのだろうと推論できます。

平島 検査を丁寧にしているのに,なぜ診察は丁寧にしなかったのか……。

志水 検査は身体診察に代わるものではないことがよくわかります。検査を行う上で大事なのは,それが診察の上で具体的な理由を持っているか。検査結果の示す意味を,診察で得た情報から考えながら進めていくべきです。

 だからといって“フィジカル原理主義”になってしまってもいけない。

平島 そうですね。例えば,ニューモシスチス肺炎は聴診では異常がないことも多く,身体診察だけではわからない症例もかなりあります。その場合はCTや原因微生物の検査も行わなければなりません。

志水 研修医の頃,crackleが聴こえないから肺炎を除外しようとしたところ,指導医に怒られた経験があります。多くの場合,一つひとつの身体診察によって判断するべきなのは「可能性が高まるか,低くなるか」。研修医や若手は陥りやすいところですが,一つの所見でYesかNoを判断してしまうのは危険な行為です。

 しっかりした身体診察という基盤の上に,使えるテクノロジーを戦略的に使っていく。集学的に,総力戦で診断していくことが重要です。

鑑別疾患の想像力を鍛えよう!

平島 では,次に身体診察の方法論を話していきましょう。身体診察を行う上での先生方の基本的なスタンスを教えてください。

和足 鑑別診断に有用な情報を追求することです。鑑別疾患を想起して,rule-in/rule-outするために必要な所見を取ることを考えていきます。

志水 私は「背後に何かが潜んでいる可能性があるかもしれない」という“想像力”を大切にしています。想像力を鍛え,働かせて絞り込んでいく。

平島 具体的にはどんな例がありましたか。

志水 先日,結核の高齢男性に不明熱と腹痛が出ました。特に腹部は臓器が多いので,痛みの場所を特定することは重要です。所見を取るために腹部を触診する中で,大動脈も触診しました。

 すると,動脈硬化を疑わせる大動脈壁のわずかな範囲の部位に一致して触診上の違和感と圧痛があり,その部位の炎症性の病変を直観しました。血液培養と画像検査を依頼して,感染性動脈瘤との診断に至りました。

平島 なるほど。この症例で最も大切なことは,志水先生がまず身体診察で,「圧痛点に炎症性の病変の疑い」と絞り込んでから検査を行ったことでしょう。ここで,「不明熱」とだけ検査票に書いてCTを撮ったら,もしかすると検出できなかったかもしれません。大動脈炎は画像検査だけでは見逃される事が多いですからね。

和足 症候の事前情報なしに画像検査だけで的確に判断するのは難しいです。

志水 そうなんです。身体診察によって真実に近づくことをあらためて感じた症例でした。

教育現場での衝撃が経験値に

志水 身体診察は定量化できないものが多いと思います。現代でも個人の見解が重視される診察法はたくさん残っています。

平島 身体診察の教科書には「先代の〇〇医師がそのように報告している」「◇◇と言われているが,実際に臨床では使えないだろう」といった表記も多いです。個人の感覚が頼りの世界のため,さまざまな見解があります。

和足 そのため,うまくなるには「感覚の吸収」が必須です。つまり経験を積む必要があるということです。

平島 誰でも最初は経験ゼロですから,医学生時代からしっかり教育を積むことが大切です。ただ,10~15年ほど前,自分の医学生時代を振り返ると,積極的に身体診察を指導する先生は少なかったです。お二人は大学で講義をする立場から,教育現場での身体診察について思うことはありますか?

和足 状況は今もそれほど変わりません。身体診察を重視する指導者は少数派です。

志水 絶滅を危惧される状況です(笑)。

平島 OSCEの中で教えることはできませんか。

和足 診察の「型を学ぶ」ことはOSCEでもできるでしょう。しかし,そこに医師の臨床的思考,つまり鑑別診断を挙げ,rule-in/rule-outするという意識は入っていないです。

志水 同感です。学生から「OSCEで型は習ったけど,診察のやり方は全然わからない」と言われて妙に納得しました。診察の本質はヴァーチャルではなかなか教えられない。

和足 でも,私たちが医学生だった頃と比べて,身体診察の本が増え,セミナーも多く開かれるようになりました。特に総合診療医をめざす医学生の間で身体診察への注目は高まっていると感じます。フィジカルを重視する人たちのアイデンティティが認められてきたのでしょう。

平島 つまり,医学生側には身体診察を学びたいという素直な思いがある。

和足 はい。そこで,どのように教えていくかが課題です。志水先生,ご自身の経験を振り返ってどうですか。

志水 病院実習の機会は大切にしたいですね。医学生にベッドサイドでの身体診察を見てもらえば,良い意味で驚きを与えられるでしょう。何気なくペンライトを取り出して口の中を透過したり,さっと眼底鏡を取り出して所見を取ったりする。私がいつも持ち歩く“標準装備”の中にはこれらが入っていて,すぐに取り出せるようにしています(写真)。

写真 眼底鏡,耳鏡,打腱器,ペンライトなどが入った志水氏の“標準装備”。

 自分自身,研修医時代に指導医の診察を見て,「なんだ,あれ!?」と興味を持った体験が今につながっています。

平島 上級医がベッドサイドで丁寧に診察する様子を見たら,今の医学生や若手の先生も衝撃を受けるでしょう。

志水 その上で,「身体診察が診断に役立つ」ことを見せる必要があります。特に,検査による診断困難例に対して,身体診察で診断がつく様子を見せることは,身体診察に関心の低い人にも効果的でしょう。

和足 大学の教育現場は国家試験を一つの指標に考えているので,今後,国家試験にもっと身体診察の要素を組み込めたら良いですね。そうすると専門各科の先生が持つ診察技術をより意識して医学生に伝えてくれると思います。呼吸音の聴診だったら,呼吸器内科の先生が一番良い耳を持っているはずです。

志水 医学生や研修医への指導に加え,各診療科の先生の繊細な感覚を共有できる環境ができてほしいですね。

和足 医学生や教員に身体診察の重要性を再認識してもらうためにも,大学から働き掛けていきたいと思っています。

指導者が周りにいない!……そんなときは?

平島 身体診察を習得するには,見る,聴く,触る,嗅ぐなどの感覚全体を磨くことになります。ですから術を身につける場は,基本的にはベッドサイド。指導医と一緒に議論しながら身につけるのが理想です。

志水 感覚的な要素が多いので,技を習得するには「この聴診は何を意味しているか」などについて,指導医からのフィードバックがとても重要です。いろいろな先生と議論を重ね,相手の経験から学ぶ必要もあります。

平島 でも,研修医からよく聞かれることが2つあります。1つは「私の病院では身体診察を教えてくれる人がいない」。もう1つは,「どの教科書で勉強すればいいかわからない」というものです。

和足 1つ目の「身体診察を教えてくれる人がいない」とはどんな環境なんでしょう。

平島 2パターンあって,私みたいに離島などに勤務しており,本当に周りに誰もいない場合と,メンバーは多いのに身体診察を究めたい人が少ない場合があります。

和足 なるほど。周りに究めたい人がいない状況もあるんですね。

平島 そのほうが精神的にはつらいと思います。

和足 でも,今は誰かに師事しなくても,身体診察を独学でも身につけられる素晴らしい時代です。かなりのことが本と動画で学べます。良い書籍から情報を得て,流れを動画で知る。動画サイトにはProcedures Consult(ELSEVIER)などがありますが,YouTubeなどでも勉強できます。そして患者さんの所見を取り,書籍や動画で振り返る。

平島 つまり,自分で答え合わせをしていく?

和足 そういうことです。日本は検査ができる国ですから,検査結果からも自分の判断が適切かは客観的にわかります。現場で使う知識を繰り返し学ぶことは1人でもできますよ。

平島 そうなると,知識のインプットに役立つ,現場で今使っている身体診察を集めたわかりやすい書籍が必要になってくるでしょう。

 今回,私たち3人は『身体診察 免許皆伝』の編集,執筆に当たりました。そのときに最重要視したのは「現場感覚」です。

和足 臨床をめざす全ての医師に向け,今現場で使ってほしい身体診察をまとめました。読めば隣に執筆者がいるような雰囲気を感じてもらえるはずです。

志水 辞書のような本とはひと味違う,現場の医師の「自分はこう思う」を詰め込んだ“熱さ”を感じてもらえればと思います。

平島 タイトルには「免許皆伝」とありますが,「この身体診察はスタンダードだ!」と思って執筆陣は書いています。“普段から使いこなす”奥義として読んでいただきたいです。

志水 診察能力を高めるフォーラムやセミナーの情報に簡単にアクセスできる時代です。日本中,行こうと思えばいつでも参加できるはず。でも,その前段階には「身体診察への関心を持つこと」が必要かもしれません。そこには指導医の役割が大きい。「身体診察は行ったか?」という質問を研修医に日頃からぶつけてほしいです。

和足 周りの環境に左右されない本当の臨床能力として,身体診察は究める価値があります。今後,人工知能など技術革新により検査技術はますます高まるでしょう。でも,身体診察は代替されることはありません。ぜひ自身の実力を高めてもらいたいです。

平島 身体診察を究めるために必要なことは,「丁寧に診察したい」という信念を曲げないことです。身体診察を尊重する感情に共鳴してくれる人は出てくるはずです。身体診察を重要視する波が大きくなりつつある今,それぞれの現場でムーブメントを共に起こしていきたいです。

(了)

本座談会収録後,『身体診察 免許皆伝』へ込めた先生方の熱い思いを動画で語っていただきました。ぜひご覧ください。

平島氏,志水氏がコーチを務めるJPC(Japan Physical Club)2017の申し込み受付中です!
日時:2017年9月16~18日
会場:鹿児島県奄美大島
参加資格:医学生,医師,看護師

詳細・申し込みは下記より
https://jpc2017.themedia.jp/


ひらしま・おさむ氏
2005年熊本大医学部卒。福岡徳洲会病院にて初期・後期研修を行い,うち8か月は奄美大島で地域医療を学ぶ。09年より市立堺病院(現・堺市立総合医療センター)勤務。13年より現職。11年より身体診察技能を学ぶ“部活動”「フィジカルクラブ」を主宰しており,部長として毎週のように全国各地を飛び回る。「手あての医療で溢れるセカイを目指して」発信を続ける。

しみず・たろう氏
2005年愛媛大医学部卒。江東病院,米カリフォルニア大サンフランシスコ校,カザフスタン・ナザルバイエフ大,米ハワイ大などを経て,16年より現職。11年米エモリー大ロリンス公衆衛生大学院MPH,12年豪ボンド大MBA修了。臨床業務と並行し,ベッドサイド教育に注力する。著書に『診断戦略』(医学書院),『診断推論のバックステージ』(MEDSi)など。

わたり・たかし氏
2009年岡山大医学部卒。湘南鎌倉総合病院総合内科で初期・後期研修。その後,東京城東病院総合内科の立ち上げにかかわりながら,関東地方のさまざまな救急告示病院で当直業務を行った。15年タイ・マヒドン大臨床熱帯医学大学院修了。16年より現職。17年からは米ハーバード大医学部ICRT(Introduction to Clinical Research Training)プログラムに在籍中。