医学界新聞

対談・座談会

2017.05.22



【対談】

人工知能×医療
世界と勝負するための大局観を実装する

松尾 豊氏(東京大学大学院 工学系研究科特任准教授)
宮田 裕章氏(慶應義塾大学医学部 医療政策・管理学教室教授)


 人工知能(以下,AI)が,ディープラーニングの登場により新たな局面を迎えている(MEMO)。医療の領域でもAI活用への期待は高く,厚労省「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会(以下,AI懇談会)」(座長=国立がん研究センター研究所長・間野博行氏)において議論が進んでいるところだ。

 AIは今,三度目のブームを迎えているという。今回を一過性のブームに終わらせないためには,過去の教訓を生かし,未来の技術発展を見据えた研究・開発を行う必要がある。本紙では,共にAI懇談会委員であり,AI研究の第一人者である松尾豊氏(東大大学院),医療分野におけるデジタル・イノベーションを牽引する宮田裕章氏(慶大)を迎え,AIの可能性と限界,国際競争に勝つための戦略を議論した。


医療現場に潜むAI活用「以前」の問題

松尾 私の父は,香川県坂出市にある産婦人科の開業医です。ですから,父の職場に遊びに行ったり,幼いころから医療は身近な存在でした。ただ次男なので後継ぎのプレッシャーはなく(笑),医療とはかけ離れた電子情報工学の分野に進んだのです。

 それが今,AIの活用において医療の領域が注目されるようになり,私にとって医療が,再び身近な存在になりつつあります。

宮田 病院の視察も精力的に行っているそうですが,どのような印象を抱いていますか。

松尾 実際に見学すると勉強になるし,画像診断や薬剤管理など,さまざまな場面でAI活用の可能性を感じました。一方でショッキングだったのは,採用しているITシステムの使い勝手が悪いことです。同じような情報をあちこちに入力して,データが紐付いていない。「多忙にもかかわらず,なぜこんな無駄なことに貴重な時間を使っているのだろう?」と,素朴な疑問を感じました。

宮田 AIの活用「以前」の問題ですね。

松尾 昔から指摘されている,日本のIT業界全般の問題でもあります。その現実を,患者さんのために医療者が日夜懸命に働く場面でも目撃して,がっかりしました。私自身の今後の役割として,AIを核としたイノベーションを推進することはもちろん大切ですが,こういった旧来の問題点も同時に改善していかなければなりません。そう思って,もう一度気持ちを新たにしました。

宮田 今は病院あるいは部署ごとにシステムが違うなどデータベースがタコツボ化していて,インフラ構築のコストはかかるし,データの収集・分析も難しい状況にあります。AIによってイノベーションを起こしたとしても,データベース自体が貧弱なままでは競争優位性はすぐに失われるでしょう。ICTプラットフォームの構築は,重要な課題です。

 私も懇談会委員を務めた「保健医療分野におけるICT活用推進懇談会提言書」(2016年10月)では,国がリーダーシップをとって,オープンなICTプラットフォームを構築することを提言しました。その先の未来をどう描くかということで,今まさにAI懇談会が動いています。

第三次AIブームの本命はディープラーニング

宮田 第1回AI懇談会において,「AIで実質的に可能になること・ならないことを的確に見極める必要がある」という意見が出ました。松尾先生も著書『人工知能は人間を超えるか』(角川EPUB選書)の中で,「ブームは危険だ。世間が技術の可能性と限界を理解せず,ただやみくもに賞賛することはとても怖い」と警鐘を鳴らしています。

松尾 AIはブームになりやすい領域で,現在は第三次ブームを迎えています。なぜブームになるかというと,まず「人工知能(AI)」という言葉が魅力的であること。そして専門家であってもAIを明確に定義できないので,ブームになると周辺領域が攻め入ってくるのですね。それで業界が荒らされ,ブームが去ると皆いなくなり,残った専門家で冬の時代をまた耐え抜く。こういう悲惨な歴史を繰り返しているのです(笑)。今回も同様に,従来のITシステムを“AI”という触れ込みで売り込む人たちがいて,過剰な期待をあおっているわけです。

宮田 私自身も,ビッグデータがはやったときに似たような経験をしました。昨今のAI領域は荒らされ方がその比じゃないでしょうね。

松尾 これまでAIが実現できなかったのには,相応の理由があるわけです。そこを踏まえないで,AIの可能性を語ったり自分たちのビジネスに利用したりするのは,やはりおかしいのではないでしょうか。

宮田 松尾先生としては,ディープラーニングこそがAIの本命というお考えなのですね。第1回AI懇談会でも,「ディープラーニングを用いたAIとそれ以外では,実用化が見込まれる時期や実現可能なモノ・サービスの内容等が異なるため,それぞれの状況に応じた対応方策を検討する必要があるのではないか」という論点が提示されました。

松尾 極論かもしれないですが,私にとっては重要な論点です。

 従来の機械学習などの分野では日本は既に立ち遅れている一方,ディープラーニングは世界各地で競争が始まったばかりです。日本が世界をリードできる可能性はまだ残されている。こうした将来的な見通しを踏まえて,研究開発を行うべきだと思うのです。

宮田 既に画像認識は国際競争が激化しています。保健医療の分野においても活用は間近ではないでしょうか。

松尾 図2はディープラーニングをベースとする技術発展の見取り図です。最初に活用されるのは,画像も含めた「認識」の領域でしょう。「行動」「言葉」に関しても,当初の予想以上に技術が進展しているので,5年以内に実用化されるものが出てくるかもしれません。

図2 ディープラーニングをベースとする技術発展と社会への影響(文献2より)(クリックで拡大)

宮田 言語系は私も取り組み始めたところですけど,かなり進化していますね。ただ,英語圏に比べ,日本語認識はまだ難しい印象があります。

松尾 そうなんです。言語はGoogleやFacebook,Appleが強い領域なのです。彼らは言語領域のAIを発展させることで広告や電子コマースの売上を伸ばせることもあって,研究開発費も十分に投入できます。

 一方で,検索エンジン,SNSプラットフォーム,コンピュータやスマートフォンのOS,これら全てを取られてしまった日本がこの領域で勝つにはハードルが高い。認識や行動の領域で勝負をしたほうが,勝機があるのです。

AIは人間の知能に迫れるのか,言葉を使うことの意味とは

宮田 さきほど松尾先生から,「これまでAIが実現できなかった」というお話がありました。2017年の現時点においても,AIはまだ実現されていないのでしょうか。

松尾 AIの研究はもともと,人間の知能をコンピュータで実装することを目的に始まりました。ところが,人間の知能の仕組みがいまだにわかっていません。鳥と飛行機の関係で言えば,鳥が飛ぶ原理を活用して飛行機は飛びます。同じ理屈で考えると,AIはまだ実現していません。ただ,ディープラーニングが“かなりいい線いってる”のは確かです。

宮田 「人間の知能に迫る」という観点でよく話題に上がるのは,チェスなどのボードゲームですね。

松尾 コンピュータにとっては,チェス・将棋・囲碁の順に難易度が上がります。

 1997年には,IBMが開発した「Deep Blue」が当時チェスの世界王者だったG・カスパロフに勝ちました。あれはスパコンを使った組み合わせ探索で,いわばコンピュータのパワーに任せて勝ったわけです。

 2016年には,Googleが開発した「アルファ碁(Alpha Go)」が李世ドルを破り,話題になりました。面白いことに,アルファ碁が読む手の数はDeep Blueよりも少ないのです。将棋の羽生善治さんも言っているのですが,上達するほど読み手を絞ることができて,無駄な手を読む必要がなくなるそうです。

宮田  「スジを読む」のですね。

松尾 はい。つまり,アルファ碁は人間的な“大局観”を実装して勝った。Deep Blueとは勝ち方が異なるのです。

 もうひとつ面白いのは,従来のコンピュータは「終盤戦に強い」と言われていました。終盤になるほど読み手の組み合わせが減るので,間違う可能性も低下するのがその理由です。アルファ碁の場合は逆で,大局観があって序盤は強いけど,終盤が甘い。

宮田 かわいげがありますね(笑)。

松尾 そんなところも人間に近づいているのかもしれません。

宮田 先ほどディープラーニングによる画像認識の話題が出ました。現在のAI研究は,世界を「認識」して概念を切り出す能力を獲得できたわけですよね。人間の発達段階で言えば,幼児ぐらいにまでたどりついたのでしょうか。

松尾 そうですね。その意味では,幼児が言葉を覚えるように,ディープラーニングが「認識」「行動」から「言葉」の領域にまで技術を発展できれば,AIの実現に近づくわけですね。

 人間がほかの動物と決定的に違うのは言葉を使うことで,言葉は知能の根幹に当たります。その意味さえ明らかになれば,AIとして実装する段階に入るはずです。これはけっこう単純な話だと,私は考えているんです。

宮田 「人間が言葉を使うことの意味」ですか?

松尾 ゾンビと人間の違いを考えてみましょう。映画で,ゾンビに人間が襲われる場面がありますよね。ゾンビは,単純な反射系の学習しかできません。人間がドアを閉めると,そのドアにぶつかって,また別のドアから現れます。

 これに対して人間は,「このドアを開けると何があるのだろう」「こっちに曲がるとどうなるだろう」と,複数の選択肢から次に起きることを想像して行動する。すなわち,言葉を使って長期のプランを立てることが,知能の本質のように思います。

宮田 まさにディープラーニングは,言葉の領域に入って人間の知能に近づきつつある。一番面白いところですね。

画像診断で間近に迫る「医療へのAIの活用」

宮田 医療界は今後,ICT基盤の構築とAI活用に向けた研究を同時並行で進めていくことになります。例えば,病理学会のプロジェクトが今年,AMED(日本医療研究開発機構)の研究事業に採択されました(研究事業名=AI等の利活用を見据えた病理組織デジタル画像[P-WSI]の収集基盤整備と病理支援システム開発)。

 このプロジェクトは,病理組織のデジタル画像を全国の研究参加施設から収集し,NCD(National Clinical Database)との共同作業で画像所見を突き合わせて病理標本の精度管理,病理診断の質の向上を図ることで,AI実用化の前段階においても現場にとって有益な取り組みとなるように設計しています。臨床現場の連携によってさらに質の高い病理診断データを積み上げた結果,世界的にも優れた病理診断AIを構築することが可能となるでしょう。そのほか,消化器内視鏡学会や医学放射線学会も同様の事業でAMEDの採択を受けたところです。

松尾 医学でもやはり,画像領域の取り組みが先行しているのですね。

宮田 ええ。もっとも病理の場合は,正確な診断名の付いたデータや検体の収集に一定のコストがかかるという障壁があります。ただ,この点を逆手にとって規模のある連携を行うことができれば勝機が高まります。

 一方で皮膚科は,スマートフォンのカメラで所見を撮ってクラウド上にアップするという方法で研究が進んでいます。これにより一部の診断領域においては,それほどコストを掛けずに開発が進む可能性があります。今年に入って,AIが皮膚がんを専門医並みの精度で判定したという衝撃的な論文も米国から報告されました(Nature. 2017[PMID:28117445])。

 このように程度の差はあれ,画像診断においては数年内にAIの活用が見込まれることに違いはありません。しかも,画像系は日本の企業が比較的強い分野ですから,そういう意味でも相性が良い気がします。

松尾 例えば「病理医は今後要らなくなるのか」という懸念の声は出てきますか。

宮田 確かにあります。でも私は,病理医がAIと役割を分担することになると考えています。病理医は全国的に不足していて,常勤病理医がいないか,1人体制でダブルチェックができない施設が少なくありません。それが,オールジャパンで診断データの共有と質の向上に取り組むことによって,医師不足の解消とともに,世界の病理を日本がリードできる道もひらけるのです。

「職人文化×オールジャパン」で世界と勝負する

宮田 日本の病理標本の精度および診断の質は,国際的に高い評価を受けているそうです。私自身,NCDに関わる中で,さまざまな診療科の専門医と連携してデータ収集・分析を行っているのですが,欧米を凌駕している領域は少なからずあります。やはり日本には職人文化があって,世界に誇るプロフェッショナルの方々には,データを通して見ても,あらためて敬意を感じています。

松尾 私は,日本のモノづくりがAIによって復権すると考えていて,企業との共同研究も基本的には製造業です。なぜなら,製造業のように模倣できない職人的なノウハウを持つことが,圧倒的な競争優位につながると考えているからです。これら体系化されてこなかったノウハウをAIによって自動化するニーズは確実にあって,国際的な付加価値を生み出すはずです。

宮田 日本は技術イノベーションにこだわるあまり,プラットフォーム競争で世界に遅れをとってしまいました。この結果,一部の分野ではグローバル企業の部品製造部門になりかかっています。

 しかし職人は残っているので,そこを逆手にとって勝つ戦略がきっとあるはずです。製造業と医師の職人文化にAIを上手く組み合わせれば,持続的な競争優位性のあるシステムを構築することも可能です。

松尾 私自身はAIの研究者として,医療界の発展に貢献していきたいと思います。

宮田 医療者の業務負担は増大していて,AIに対する期待はかなり大きいものがあります。松尾先生ら専門家の視点で実現可能なこと・不可能なことがあって,そこを擦り合わせていくことも今後は必要でしょうね。

松尾 医療分野でのAI活用に関して,さまざまな要望・提案を医療者の方からいただきます。ただ,AIの領域はスケール(規模化)する仕組みをつくった勝者が総取りするので,そこも踏まえて考えないといけません。世界で勝てる道筋を見つけていくことが大切です。

宮田 それはまさにICTにもつながる話です。やるのであれば,オールジャパンとまでは言わないまでも,規模を追い求めて,皆が使えるものにしていく必要がある。医療者側も,そういったマインドを持ってAI活用の場を考えていけば,より可能性が広がっていくのだろうと思います。

松尾 今回,AI懇談会で医療界の方々と議論して感じたのが,失礼かもしれませんが,「めっちゃ,賢いなぁ」ということです(笑)。

 他の業界でAIの話をすると,地に足のつかない議論になることが多いのですね。いまだに「AIが人間を襲撃する」みたいな話をする人もいたり。AI懇談会では初回に私がプレゼンをしましたが,2回目以降はその話も踏まえた上で建設的な意見がたくさん出てくる。そういう意味では,AI活用の全体像さえ共有できれば,うまく進んでいく可能性があると感じます。

宮田 私自身もNCDの仕事に携わって同じような経験をしました。目の前の患者さんに最善を尽くすには,一施設だけで医療の質を追求する時代が終わり,多施設が協調してICTを活用していく必要がある。そういった日本の医療者の志が学会を動かし,オールジャパンでの体制構築につながりました。

 日本の医療者の志を核にして,新しいテクノロジーを冷静かつ時に大胆に組み合わせることができれば,世界で勝負できる競争優位を生み出せる。そのイノベーションが,今まさに始まりつつあるのですね。

MEMO 人工知能・機械学習・ディープラーニング

 人工知能(Artificial Intelligence)についての明確な定義は存在しないが,「大量の知識データに対して,高度な推論を的確に行うことを目指したもの」(人工知能学会設立趣意書からの抜粋)とされる。

 機械学習はAIの研究課題のひとつであり,「人工知能のプログラム自身が学習する仕組み」を指す。さらにはこの機械学習の領域で,ディープラーニング(深層学習)と呼ばれる画期的なアルゴリズムが登場した。

 従来の機械学習は,精度を左右する特徴量の設計を「人」が行う必要があったのに対して,ディープラーニングでは「コンピュータ自ら」が特徴量を導き出すことができる(Googleの研究者らが2012年に発表した「猫認識」の研究が,ディープラーニングによる画像認識の代表例)。ディープラーニングがブレークスルーとなり,現在は第三次AIブームを迎えている(図1)。

図1 AIの開発経緯(文献1・第1回AI懇談会資料3より)

(了)

参考文献・URL
1)厚労省.保健医療分野におけるAI活用推進懇談会
2)人工知能―――機械といかに向き合うか (Harvard Business Review).ダイヤモンド社;2016.


「現時点でAIはまだ実現できていない。ただ,ディープラーニングが“かなりいい線いってる”のは確か」

まつお・ゆたか氏
1997年東大工学部卒。2002年同大学院博士課程修了(博士・工学)。産業技術総合研究所研究員,スタンフォード大客員研究員などを経て,14年より東大大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻グローバル消費インテリジェンス寄附講座共同代表・特任准教授。15年より産業技術総合研究所人工知能研究センター企画チーム長(兼任)。学会活動としては人工知能学会倫理委員長,International World Wide Web Conferenceプログラム委員などを務める。専門は人工知能,Web工学。現在はディープラーニングの研究に注力するほか,企業との共同研究やベンチャー企業支援に取り組む。

「日本の医療者の志を核にして新しいテクノロジーを組み合わせれば,世界で勝負できる競争優位を生み出せる」

みやた・ひろあき氏
2003年東大大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了,05年同分野博士課程中退(08年論文博士取得)。早大人間科学学術院助手などを経て,14年より東大大学院医学系研究科医療品質評価学講座教授(15年5月より非常勤)。15年より慶大医学部医療政策・管理学教室教授。2016年10年より国立国際医療研究センターグローバルヘルス政策研究センター(iGHP)グローバルヘルスシステム・イノベーション研究科長(兼任)。データベース事業NCD(National Clinical Database)の構築・運営支援,データ管理・分析を手掛ける。厚労省「保健医療2035」「保健医療分野におけるICT活用推進懇談会」において委員を務めた。

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