医学界新聞

対談・座談会

2017.03.13



【対談】

卒業時の能力をOSCEでどう評価するか

金子 英司氏(東京医科歯科大学統合教育機構准教授/同大学医学部附属病院老年病内科)
孫 大輔氏(東京大学大学院医学系研究科 医学教育国際研究センター講師)


 卒業時の能力を評価する臨床実習後OSCE(Post-Clinical Clerkship OSCE;Post-CC OSCE)の実施が予定されている(MEMO)。2020年度から全国の医学部で正式に行われる見通しだ。臨床実習前に行われるOSCEは,学生による医行為の違法性を阻却する他,基本的な医療面接,身体診察,臨床手技が手順通りにできるかを評価する意味合いがあった。それに対し,Post-CC OSCEでは,臨床研修開始時に必要な臨床能力を評価することになる。

 本紙では,既に2013年度から卒業試験の一部としてOSCEを取り入れている東医歯大と,2016年度から卒業時の筆記試験をなくし,OSCEを含めた統合型試験を実施することになった東大,それぞれで教育に携わるお二人の対談を企画。Post-CC OSCEの狙い,実施に際しての評価の視点や課題,今後の大学医学部がめざすべき教育の方向性についてご議論いただいた。


金子 東大は,2016年度から卒業時の筆記試験をやめて,OSCEのみの評価にしたと聞きました。

 ええ。正確に言うと,OSCEを含めた統合型試験で「臨床実習後試験」と呼んでいます。大きな方針転換でした。2か月間かけて36科目の筆記試験を行っていたのが,1日だけのOSCE型試験になったわけですから。

金子 きっかけは何だったのでしょう。

 2010年のECFMG通告で始まった,医学教育分野別評価制度です()。

金子 いわゆる「2023年問題」ですね。

 そうです。2015年2月の受審に向け,1年かけて準備を進めました。世界医学教育連盟(WFME)のグローバルスタンダードに基づき点検した際,臨床実習後は筆記試験の実施のみで,知識面しか問うていないのは評価として不十分との議論になり,臨床実習後のOSCEを卒業試験として行うことになりました。

2020年度開始へ日本の医学教育の転換点

 2020年度からは,いよいよ共用試験機構によるPost-CC OSCEが全国的に実施されます。これまで卒業時の能力評価は大学ごとの卒業試験と,国家試験だけでした。卒業時の技能が標準的な形で評価されるのは,初めてのことではないでしょうか。

金子 そうですね。医師免許を与えるまでに,どこまで「実地の臨床技能のある医師」に育てるかは,議論されてきませんでした。Post-CC OSCEの統一的な実施に向けた動きがある今,卒前教育で育成すべき医師像がより明確になるものと期待しています。

 日本の医学教育にとって大きなターニングポイントだと思います。東医歯大ではいつから始めたのですか。

金子 共用試験OSCEが始まった2005年です。将来,卒業試験に位置付けることを見据え,Advanced OSCEのトライアルを行いました。

 そんなに早い時期からですか。

金子 ただ,その後は期間があいて,2012年度に再度トライアルを実施し,2013年度から卒業試験の一部として本格的に始めました。米国で使われているClinical Skills Assessmentに倣って,本学ではCSAと呼んでいます。

 筆記試験は残していますか。

金子 はい。2015年度までは科目ごとに筆記試験を行っていましたが,2016年度からは「内科」「外科」「周産・女性科,小児科」,それと,いわゆるマイナー科に該当する「specialty program」を2ブロックに分けた,計5日間の卒業試験を行っています。

 筆記試験をやめた東大では,1日だけのOSCE型の統合試験で果たして卒業時の知識や技能・態度を評価できるのか議論になりました。一方,4年次にはほぼ全ての臨床科目で試験を実施しているため,卒業試験に筆記試験を課すと重複がある上,学生は6年次の卒業試験対策のために国家試験の勉強にまで手が回らないといった課題もありました。

 そこで,知識面については4年次の段階でクリアしたと考え,技能・態度は臨床実習時の評価と卒業試験時のOSCEで総合的に評価する方向へと方針転換を図ったわけです。特に態度面の評価は卒業時のOSCEだけでは限界があるため,臨床実習の評価システムも適宜改善して,総合的な評価ができることをめざしています。

金子 臨床実習の実地評価を各大学が今まで以上に重視する方針になっているため,必ずしも「一発勝負」の試験による評価にこだわる必要はありません。本学も,卒業試験は臨床実習の到達度を評価する位置付けで行っています。総括的評価ではありますが,「落とす」意図はもともと小さく,臨床実習のまとめとして行い,学生の学ぶ意欲を引き出すことを重視しています。

ステーション数と課題設定は

 今回初めて実施し,浮き彫りになった課題もありました。特に,限られた時間内で,評価の信頼性確保と標準化をどう果たすかです。OSCEの所要時間を決定づけるステーション数は,どのように決めましたか?

金子 1日で終えられるように設定しました。

 評価者やSP(模擬患者)の労力を考えると,2日以上の確保はやはり難しいですね。

金子 ええ。そこで本学では,2016年度は6年生104人に対し5ステーションを設置しました。

 課題数や時間配分はいかがですか。

金子 「医療面接2課題+手技3課題」です。医療面接1課題は15分の診療と10分の別室での診療録記載からなります。

 臨床実習後のOSCEでは臨床推論やプレゼンテーションなど実施すべき内容が増えるので,1ステーション15~20分は必要です。評価のポイントはどのような点に置いていますか。

金子 一つは,来院した初診患者に対し,鑑別を考えながら医療面接と身体診察,検査のオーダーを行い,その結果から初期診療の方針を決める一連の流れがしっかりできるかどうか。もう一つは,手技の到達度の評価です。臨床実習前OSCEの手技は,言わば「作法」の確認にとどまるので,臨床実習を終えた学生には,より実践で使える手技ができるかを問うことになります。

 手技はどのような内容でしょう。

金子 ①救急蘇生の基本,②「咽頭痛の初診患者の診察と初期治療」というような臨床場面の手技,③臨床実習前OSCEの範囲外である持続的導尿・直腸診などを組み合わせて行います。

 医療面接や身体診察の手技の出来を評価することは大切ですが,何よりも患者さんを診る流れを理解し,個々の手技がなぜ必要なのかを理解させることが,OSCEを行う重要な目的だと考えています。

学ぶ意欲を引き出す工夫が大切

 東大は,5種類の臨床課題を準備しましたが,時間の関係で1学生当たり「臨床課題(15分)2ステーション+手技課題(10分)1ステーション」で実施しました。臨床課題の内訳は,医療面接5分+身体診察5分+口述問題5分。ただし,SPには5課題分のシナリオを準備しました(SP 1人につき1シナリオ)。準備するシナリオ数が多くなるとSPの事前準備も煩雑となり,標準化には課題が残りました。

金子 数を用意すると難易度の差がどうしても生じてしまいます。しかし,学生の意欲を引き出し,広く学んでもらうことが目的の一つなのであれば,多少の差は出ても数は用意すべきです。

 学生もその分,広く学びますね。

金子 学生には,試験の具体的な内容を早めに周知することも重要です。かつてトライアルを実施した際,「試験範囲は6年間に学んだこと全て」と提示したところ,多くの学生がほとんど勉強をしてきませんでした。教育的な観点からは,ある程度の指標を示すほうがより高い教育的効果が得られます。試験後に総評をフィードバックすることも,その後の意欲を高めることにつながるでしょう。

 実際に勉強して,試験でできれば達成感もある。東大でも,事前説明会で試験の形式を丁寧に伝えました。学生の事後アンケートでも,OSCEに臨むに当たって実践的なことを学べたと,総じて好評でした。「筆記試験ではなく実技で評価する点が素晴らしい」「従来のものより今回のほうが良いと感じた」などのコメントが見られました。

 他方で,評価する側の負担軽減も考えなくてはなりません。

金子 本学では,医療面接や身体診察時のチェック項目は基本的な部分に絞り,臨床実習前OSCEよりも項目を少なくして,1ステーション1人で評価する態勢にしました。

 どのように評価するのでしょう。

金子 診察の思考過程は診療録として学生に紙に書いてもらいます。15分の診察が終わったら,次の10分は,別室で診療録を書く時間に充てる。作成された診療録は後からでも採点でき,「医療面接はできているか」「身体診察をきちんとやっているか」といった評価も十分できます。

 それは合理的ですね。ステーション内で報告まで行うと,それを聞く評価者が必要になりますし,SPも中にとどまるので回転が悪くなります。

金子 評価者の労力がなるべく小さくなるよう,短時間で効率的に終える工夫は継続性の観点からも大切です。

大学の独自性発揮も検討を

 試験問題の作成については,共用試験機構が課題を作成する案も出ています。多少労力が軽減され,東大のように始めたばかりの大学や開始予定の大学は軌道に乗せやすくなるでしょう。

金子 臨床実習後の技能を,全国的に標準化された試験で評価できるようになる意義は大きいですね。一方,分野別認証評価制度では,大学が持つディプロマ・ポリシー(卒業認定・学位授与の方針)や卒業時のコンピテンシーを掲げて評価することが求められているため,大学の独自性をPost-CC OSCEにどう発揮するかも考える必要があります。

 医師として本格的に患者を診療する基本技能を問う試験が統一的に行われる以上,実質的には国家試験的な意味を帯びてくる面もあります。それでも当面は大学ごとに実施され,大学独自の課題設定も認められている。特色を発揮できるのは良いことだと思います。

金子 本学はグローバルな人材育成に力を入れているため,将来的には英語の試問なども盛り込んでいきたいと考えています。東大では,どのような点に特色を見いだそうとしていますか。

 東大の教育アウトカムの一つにフィジシャン・サイエンティストの育成があります。2016年度の臨床実習後試験では,臨床課題の最後の5分間に口述問題を設け,そこに大学の独自性を打ち出すことにしました。

金子 どのような内容でしょう。

 検査や治療を答えさせるのみならず,病態生理を問う問題や研究につながるような科学的な思考について問う設問など,東大ならではの問題を出したのです。

金子 それは,面白いですね。

 対話形式の口頭試問が臨床実習時の評価としては伝統的に行われてきた経緯もあり,それを望む先生方も少なくありませんでした。口頭試問は標準化の点ではやや難ありですが,評価者として入る先生方にとっては,対話形式は「人間的」ということで評価が高かったようです。

金子 個々の大学の卒業試験を兼ねている場合もあるので,独自性は残すべきでしょう。共用試験機構のコンセプトを踏まえつつも,大学の特色をキチッと出していく。両者のバランスを取りながら取り組んでいくことは重要です。

■OSCE はゴールではなく,さらに技能を高めていくための一歩

 Post-CC OSCEの導入は,卒前の臨床実習と研修医1年目までを一つの枠組みでとらえることを意味します(図2)。「卒業後に身につければいい」と考えられていた技能を,卒前の段階で修得して卒業させてほしいという,臨床現場からの強いメッセージとも受け止められます。卒前から卒後へのシームレスな移行がより現実的にめざされることになるでしょう。

図2 Post-CC OSCEの実施で,臨床研修へのシームレスな移行が期待される

金子 Post-CC OSCEの最大の目的は,研修医になったとき,「患者さんのために自分は次に何をすべきか」を主体的に考え行動する姿勢を身につけさせることにあると思います。OSCEそれ自体はゴールではなく,臨床研修でさらに技能を高めていくための一歩と位置付けたいですね。

 卒前で修得すべき技能については,臨床研修指定病院の研修指導責任者の先生方への調査が行われています。今後,課題作成などに反映させられるとよいでしょう。

金子 将来的には,研修病院の先生方にOSCEに協力してもらうことも意義があるかもしれません。学内の教員には「医学教育は進化している」という意識変革を促し,実践的な教育に対する理解と協力を得られるはずです。

 臨床現場からの具体的な提案と大学独自の教育アウトカムを重ね合わせることで,卒前・卒後の連続的な教育を具現化していける。Post-CC OSCEにはそんな期待が広がります。

MEMO Post-CC OSCEの正式導入に向けた動向

 医師法第九条では,「医師国家試験は,臨床上必要な医学及び公衆衛生に関して,医師として具有すべき知識及び技能について,これを行う」とされているが,現在のところ「技能」までは国家試験で問われていない。海外に目を向けると,米国,カナダ,ドイツ,台湾,韓国,インドネシアではOSCEを用いるなどの実技試験が医師国家試験として実施されている。

 2015年にまとめられた厚労省の「医師国家試験改善検討部会報告書」では,今後臨床実習後のOSCE導入を進め,「医師国家試験へのOSCEの導入の是非については,その達成状況を確認してから,改めて議論していく必要がある」とされた。これを踏まえ,共用試験CBT・OSCEを10年以上実施してきた医療系大学間共用試験実施評価機構(以下,共用試験機構)により,2020年度から全ての医学部で臨床実習後の統一的なOSCEが実施される予定(図1)。OSCEが筆記試験に比べ優れている点として,臨床技能の評価に適していること,態度やコミュニケーション能力など筆記試験では測れない部分の評価ができることなどが挙げられる。なお,「Advanced OSCE」の名称は和製英語のため,現在はPost-CC OSCEが一般的な表記となっている。

図1 Post-CC OSCE 実施計画

(了)

註:米国の外国人医師卒後教育委員会(ECFMG)からの通告。米国・カナダ以外の医学部卒業生が米国で医師になる申請要件として「2023年以降は国際基準で評価・認定を受けている医学部出身者に限る」とされた。2015年に日本医学教育評価機構(JACME)が発足。


かねこ・えいじ氏
1988年東医歯大医学部卒。同大第3内科,横浜南共済病院,都立広尾病院にて研修。93~97年米ワシントン大(シアトル)病理学教室留学。葛西昌医会病院循環器科医長,東医歯大老年病内科講師,同大医歯学教育システム研究センター准教授を経て,2016年4月より現職。同大医師会理事。専門は医学教育,老年医学。「学生が自ら進んで臨床の知識・技能・態度を学修できる環境作りをめざします」。

そん・だいすけ氏
2000年東大医学部卒。腎臓内科医を経て,08年より家庭医(総合診療医)に転向。12年より現職。日本プライマリ・ケア連合学会認定家庭医療専門医。臨床研究および医学教育に携わりながら,家庭医としての勤務を続ける。大学では主に医療面接実習などの医療コミュニケーション教育に従事し,他に多職種連携教育や教員対象のFD(ファカルティ・ディベロップメント)を担当。10年からは市民・患者と医療者がフラットに対話できる場「みんくるカフェ」を主宰(一般社団法人みんくるプロデュース)。

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