循環(志水太郎)
連載
2016.09.26
おだん子×エリザベスの
急変フィジカル
患者さんの身体から発せられるサインを読み取れれば,日々の看護も充実していくはず……。本連載では,2年目看護師の「おだん子ちゃん」,熟練看護師の「エリザベス先輩」と共に,“急変を防ぐ”“急変にも動じない”フィジカルアセスメントを学びます。
■第9夜 循環
志水 太郎(獨協医科大学総合診療科)
(前回からつづく)
J病院7階の混合病棟。2年目ナースのおだん子ちゃんは今日も夜勤です。今日は夕方前に2人入院が入り,さらにある患者さんが転倒したと思ったら,また別の患者さんが不穏で点滴抜去……と慌ただしく始まりました。
深夜ラウンド,次の部屋の患者さんは芥子さん(仮名)です。73歳女性,腎盂腎炎による敗血症性ショックで2日前に入院しました。治療経過は良いものの,昨日から胃もたれがあると夕方の申し送りで聞きました。既往歴は,高血圧と慢性腰痛,膀胱炎,胃潰瘍です。
(おだん子) 「芥子さ~ん,お変わりありませんか……あれ?」
部屋に入りカーテンを開けると,患者さんはベッドで苦しそうにうずくまっていました。
(おだん子) 「芥子さん? あっ」
おだん子ちゃんが患者さんの体に触ると少し汗をかいているようでした。何となくジトッとしています。
(おだん子) 「(ゾクッ! これは嫌な感じだ!)大丈夫ですか?」
(患者) 「はい,ちょっと気分が悪くて……(お腹を押さえて)」
(おだん子) 「あ,今ガーグルベース持って来ますね」
「冷汗」は危険なサイン(第6夜/第3180号)です。急いでガーグルベースを取りに行き,帰ってくると……。
(おだん子) 「芥子さん? ……やだ意識ない! 芥子さん,芥子さん!(ゆさゆさ)」
(患者) 「ん……」
意識を失っていたようですが,声かけに反応して意識が戻ったようです。
(おだん子) 「大丈夫ですか?」
(患者) 「お腹が苦しくて,気分もさっきよりさらに悪いです……」
おだん子ちゃんは即座に脈を取りました。脈拍は110拍/分。記録にあるいつもの脈拍よりも少し速めです。さらに,ダブルハンド法で血圧を測ると120 mmHgを下回っていました。血圧手帳を見ると普段は高血圧のようですが,機械で測定してもやはり低く105/70 mmHg,呼吸数は16回/分です。
(おだん子) 「どうしよう……(おろおろ)」
患者さんは額に汗をかいてしんどそうにしています。しかし,会話はできているので気道閉塞などの「急変時のA(Airway)」の異常は起きていなさそうです(第7夜/第3184号)。また,呼吸数にも問題がなく,呼吸自体は苦しそうではないので「B(Breathing)」も大丈夫そうです(第8夜/第3188号)。なんとなく顔色が悪いのも気になりますが……。
(エリザベス) 「ちょっとあなた! どうなさって?」
(おだん子) 「セ,センパーイ(涙目)」
今回もタイミングよくエリザベス先輩が登場です。さて,この状況にどう対処するのでしょうか?
急変ポイント❾
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今回のように,すぐに意識が戻るものは失神と呼びます。失神と意識障害を区別するのは,原因が違うからです。
失神は「一過性の脳灌流の低下」であり,ショック(例えば器質性疾患による心原性ショックや閉塞性ショック,大量出血による循環血液量減少性ショックなど)により,脳幹の意識中枢の一過性虚血が起きた可能性もあります。そのため,原因を急いで突き止める必要があります!
(エリザベス) 「ルート(末梢静脈路)はあるわね。まずはドクターをお呼びになって。それから生理食塩水を」
(おだん子) 「え? あ,はい!」
患者さんの状態が悪そうなときにはまず,急変時のABCをチェックします。最も緊急性が高いA,そしてBに問題がなければ,C(Circulation)を確認します。エリザベス先輩はCが問題なことを素早く判断し,輸液の準備を指示しました。
Cが良くないことは,冷や汗があること,脈拍数と上の血圧(収縮期血圧)の数値の大きさが通常とは逆の「脈拍数>収縮期血圧」になる,「バイタルの逆転」が起きていることから判断できます。顔色が悪いことも,Cの異常を疑うポイントです[肌の色については真っ白・真っ青などとよく言いますが,日本人の肌色の場合,急な循環不全により血の気(赤み)が抜けると,土気色,草色というような黒ずんだ色合いになる印象です]。
(エリザベス) 「あとは起立性変化の確認ね」
Cに問題がある場合,最初に行うのは細胞外液輸液や薬剤投与のための末梢静脈路確保です。そして余裕があれば起立性変化を確認します。ドクターの到着を待つ間,エリザベス先輩は患者さんの体を起こしました。その状態で1分待ち,再度血圧と脈拍を測ると……。血圧85/68 mmHg,脈拍140拍/分。起立性変化があります!
エリザベス先輩のキラキラフィジカル❾
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駆け付けたドクターが直腸診を行うと,ドロッとした黒色便に血液と思われる赤色の付着物が検出されました。ドクターの指示で採血と急速輸液が行われました。その後緊急の上部消化管内視鏡検査を行い,胃角部に露出血管を伴う潰瘍が見つかりました。おそらく出血源でしょう。胃潰瘍の既往に加え,慢性腰痛に対して時々飲んでいた鎮痛薬(NSAIDs)の副作用,さらに敗血症性ショックによりストレス性潰瘍が発生し,そこから出血したのだと考えられました。医師の適切な処置を経て,患者さんの容体はその晩のうちに無事安定しました。
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今回は急変基本のABCのCに触れました。AとBはそれぞれ呼吸関連のチェックポイントです。口から気道を通って上気道(A)→下気道(B)の順に酸素が流れ込みます。呼吸が大丈夫なら今度は循環(C)関連です。AとBがよくても,Cに問題があるときはCの治療介入をします。
Cの異常の中で最も急激に悪化していくものの一つが大量出血です。失血で全身をめぐる血液が少なくなれば,頭(正確には脳幹などの“後循環系”ですが)にも血が行かなくなり,一過性の血流量低下による失神が起こり得ます。大量出血があり得るのは,①外傷,②後腹膜,③消化管(上部または下部)。①は体表にあれば明らかですが,②③の場合,表面からは見えないので注意が必要です。
今回紹介したように,直腸診を行って(とても大事です!)大量の黒色便や鮮血を認めたら,消化管内での出血が起きていると想起できます。黒色便は胃酸により血液が酸化することで生じますので,出血源は上部消化管だとわかります。ちなみに,②で最も怖いのは大動脈瘤からの出血です。
第5夜(第3176号)でも触れた「ジトッとした冷や汗」「ぐったりした様子」は,ショックの徴候でもあります。仰臥位で血圧や心拍数に異常がなくても,循環血液量減少性ショックを疑う場合は,エリザベス先輩が最後にしていたように,体位を変えることによる血圧と心拍数の変化を評価することが重要です。仰臥位と起立(または起座位)で,大まかに脈拍が30拍/回以上上昇,収縮期血圧が20 mmHg以上低下したら循環血液量が1 L以上急激に減少していることを意味します。これもナースが知っていて損はない情報です。また,今回のように高血圧などの既往があると,血圧が低下していても数値としては一見正常範囲のことがありますので,1つのバイタルの数値が正常でも安心せず,ショック指数(収縮期血圧/心拍数)を評価することも有効です。
A,Bと同様に,体が発する限られたサインを瞬時に察知して,次の行動(輸液,その他)につなげましょう!
おだん子のメモ9月26日
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(つづく)
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