医学界新聞

連載

2014.10.20



ユマニチュード通信

[その4]始まりは,観光代わりの半日研修

認知症ケアの新しい技法として注目を集める「ユマニチュード」。フランス発の同メソッドを日本に導入した経緯や想い,普及に向けての時々刻々をつづります。

本田 美和子(国立病院機構東京医療センター総合内科)


前回よりつづく

 前回は,ジネスト先生・マレスコッティ先生による,日本におけるユマニチュードの実践についてご紹介しました。日本の患者さんに対して,通訳を通じたケアであっても効果が十分あることはわかってきましたが,この技術を現場で働く看護師や介護士,医師にどのように伝えていくか,その方法を考える日々が続きました。

 実は,私にはもう一つ興味を持っている事柄があります。高齢者の入院時に高頻度で起こりやすい「せん妄」の予防プログラムです。現在ハーバード大教授であるシャロン・イノウエ先生が,イェール大時代に始めたこのプログラムはHospital Elder Life Programといい,頭文字をとってHELPと呼ばれています。当初はイノウエ先生がプログラム全てを統括していましたが,規模の拡大に従って,現在は米国内の大学病院や地域の中核病院がリーダーシップをとる拠点システム(Center of Excellence)で運営されています。私は米国で働いていたときにイノウエ先生と知り合う機会を得て,その後も交流が続いていました。拠点の役割を担っているのは基本的に大学や病院なのですが,日本では私が個人的に担うことになり,運営マニュアルの日本語化や導入を希望する施設のお手伝いなどをやっています。「週刊医学界新聞」でも,このプログラムについてご紹介したことがあります(第2950号寄稿「入院中の高齢者のせん妄をボランティアの介入で防ぐ」)。

 米国では,HELPを導入している施設や興味を持っている方々を対象にHELP 会議が年に1回開催されていて,私も都合のつく限り参加しています。東京医療センターの総合内科では,高齢者医療に理解を示す医師・看護師がたくさんいて,2012年春のHELP会議には看護師と後期研修医を派遣することになりました。HELPの特徴は高齢者の状況に対する非薬物的なアプローチにありますが,「これはユマニチュードにも共通する要素があるね」とフランスからジネスト先生も参加されることになりました。また,認知症の「回想法」の第一人者である黒川由紀子先生(上智大教授・臨床心理士)も来てくださることになり,たいていはひとりで海外に出張することが多かった私にとって,大勢での,とても楽しい学会参加になりました。

 

 会議のスケジュール上,ある日の午後は自由時間が取れることになりました。「観光にでも行きましょうか?」とグループのみんなに聞いてみると,「せっかくジネスト先生がいらっしゃっているので,観光に行く代わりに,ユマニチュードの基本を教えていただけないでしょうか」と看護師さんから提案を受けました。黒川先生と私が通訳をしながら,日本の看護師向けに初めてのユマニチュード研修が始まりました。

 滞在先のホテルのベッドを使っての半日の研修では,部屋への入り方,ベッドへのアプローチ,体位の交換の3つを集中して学びました。看護師も後期研修医も真剣に何度も動きを繰り返します。ジネスト先生は動きだけではなく,「なぜこれが必要か」というケアの基本的な考え方にまでさかのぼりながら熱心に教えてくださいました。

 「さあ,もう疲れたから夕食に行きましょう」となったとき,ジネスト先生が私にお尋ねになりました。「この看護師さんたちは,特別な人なのですか?」。とっさには質問の意味がわかりませんでした。「いいえ,ごく普通の,急性期病院の総合内科病棟に勤務している看護師さんですよ。どうしてですか?」「フランスでは教えるのに少なくとも3日はかかる内容なのに,彼女たちは半日でほとんど全てを身につけることができたから,特別な人なのかと思った」と,ジネスト先生は驚いたご様子でした。「とても優しくて有能な看護師さんであることは間違いないですが,このような方は日本の病院にはたくさんいらっしゃいます」と私は答えました。「とても教えがいがある。このような看護師さんに対して研修を行うのであれば,きっとケアの質を上げることができると思う」と言うジネスト先生に対して,私は思わず,「では,今年の夏に時間をつくっていただけませんか。日本の看護師さんにユマニチュードを教えてください」と頼んでいました。

 そうして2012年の夏,東京医療センターで第1回ユマニチュード研修が開催されました。

つづく


i】ユマニチュードに関するお知らせを,ジネスト・マレスコッティ研究所日本支部のウェブサイトから発信しています。

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