覗き,覗かれ 超小型エコーさん(鶴岡優子)
連載
2014.05.19
在宅医療モノ語り
【第49話】
語り手:覗き,覗かれ
超小型エコーさん
鶴岡優子
(つるかめ診療所)
(前回からつづく)
在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「超小型エコー」さん。さあ,何と語っているのだろうか?
確かに手の中に 手のひらサイズ,携帯電話とさほど変わらない大きさでポケットに入ります。小さい! 軽い! 高性能! が私のウリ。確かに操作性は抜群で,バッテリー充電もいい感じ。訪問診療のお供として期待の“小型”新人です。 |
私は医療で使われる超音波診断装置です。魚群ではなく,体内の臓器,異常なモノ,水などの形や大きさ,動きを見るものです。超音波を対象物に当てて,その反響を映像化します。画像検査のひとつですが,X線検査のように放射線量を気にする必要はなく,内視鏡検査のように苦しむ人もなく,リアルタイムに画像として視覚化できる点で優れています。ただし空気を多く含むものは苦手で,肺,消化管などは検査対象になりにくいですね。
私はこちらの診療所にやってきて,まだ日も浅いのですが,案外と出番は多いようです。まだモノ珍しいらしく,主人も張り切って使ってくれます。私が患者の身体の中を覗き,医師が私を覗き込むのは当たり前として,患者さんやご家族まで私の小さい画面に釘付けです。「お腹のこれが肝臓で,この袋が胆のうですね。こっちが腎臓ですが……」。どれどれと言わんばかりに,画面は順番に手渡されていきます。クライマックスは心臓のダイナミックな動き。「こんなに頑張って心臓が動いているかと思うと,自分の身体が愛おしくなるね」。私はコミュニケーションツールにもなるのです。
こんな患者さんがいました。がん性腹膜炎で,利尿薬では腹水のコントロールが難しい状態でした。「先生,ひと思いに腹を刺して水を抜いてくれ」。「そういう作戦もいいかもしれませんね」と,主人がプローブをそっとお腹に当ててみると,真っ黒。水がたまっています。どこを刺しても安全に水が抜けそうです。「この黒いのが憎き腹水か。やっぱり俺は立派な腹黒だな」。こんな状況でもユーモアを交える人生の先輩を,私も私の主人もすごいなあと思いました。
別の患者さんのお話です。「今日はおしっこが出ないの,先生。東京の義妹が来て,おしっこが詰まっているだろうから,管を入れてもらったらどうだと心配して言っているんだけど」。長年介護してきたお嫁さんからの電話でした。患者さんは老衰のため,最近は食事が摂れなくなっていました。昨日からは水分も摂れていないそうです。かつて点滴をしたこともありましたが,煩わしいのかご自分で抜いてしまわれました。同居のご家族は「お別れが近い」と説明を受けていたようですが,東京に住む患者さんの実の娘さんは事情がわからず,心配になったのでしょう。休日ですが往診することになり,私もお供しました。
私の主人は診察の後,私を使いながら説明をしました。「全身状態が衰弱しています。尿は膀胱にたまっていないようです。つまり,詰まって尿が出ないのではなく,尿が作れない状態なのでしょう」。主人は別の尿で満たされた膀胱の画像を提示し,見比べてもらいます。「……いよいよ,でしょうか?」。娘さんがそう言うと,「かもしれません」と主人はあっさり答えました。それを受け,娘さんが言います。「お義姉さん,私,今晩から泊まるわ」。お嫁さんは笑顔でしたが,少し複雑な顔にも見えました。
(つづく)
いま話題の記事
-
人工呼吸器の使いかた(2) 初期設定と人工呼吸器モード(大野博司)
連載 2010.11.08
-
忙しい研修医のためのAIツールを活用したタイパ・コスパ重視の文献検索・管理法
寄稿 2023.09.11
-
連載 2010.09.06
-
事例で学ぶくすりの落とし穴
[第7回] 薬物血中濃度モニタリングのタイミング連載 2021.01.25
-
寄稿 2016.03.07
最新の記事
-
医学界新聞プラス
[第3回]人工骨頭術後ステム周囲骨折
『クリニカル・クエスチョンで考える外傷整形外科ケーススタディ』より連載 2024.04.19
-
医学界新聞プラス
[第2回]心理社会的プログラムを分類してみましょう
『心理社会的プログラムガイドブック』より連載 2024.04.19
-
医学界新聞プラス
[第1回]心理社会的プログラムと精神障害リハビリテーションはどこが違うのでしょうか
『心理社会的プログラムガイドブック』より連載 2024.04.12
-
医学界新聞プラス
[第2回]小児Monteggia骨折
『クリニカル・クエスチョンで考える外傷整形外科ケーススタディ』より連載 2024.04.12
-
医学界新聞プラス
[第5回]事例とエコー画像から病態を考えてみよう「腹部」
『フィジカルアセスメントに活かす 看護のためのはじめてのエコー』より連載 2024.04.12
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。