医学界新聞

寄稿

2013.07.08

【寄稿】

豪・タスマニアで見えてきた
家庭医と地域医療の未来像

中村 光輝(福島県立医科大学医学部地域・家庭医療学講座 後期研修医/社団医療法人養生会かしま病院総合診療科)


 地域医療の崩壊が叫ばれる昨今,家庭医・総合診療専門医(以下:家庭医)はその再生への切り札として注目されてきている。しかしながら日本ではいまだ臓器別専門医志向が根強く,家庭医を志す医学生・研修医にとっては将来的なキャリアの不確実性から志を断つ者も少なくない。

 こうした中,福島県立医科大学医学部地域・家庭医療学講座では,毎年新たに入局した後期研修医が家庭医というキャリアに自信を持って進んでいけるよう,海外の家庭医療・総合診療(以下:家庭医療)に触れ,世界標準のレベルを知る,海外家庭医療先進地視察を行っている。2013年は,「海外の家庭医がいかに地域医療・へき地医療を行っているのかを知りたい」という筆者の希望で,オーストラリア(以下,豪)本土の南方に位置する島,タスマニア州を視察した。そこで見えてきた地域医療における日本とタスマニアの違いから,これからの日本で地域医療を担う家庭医とはどうあるべきか,見解を述べたい。)

写真 筆者らの視察を伝える地元紙(右写真は左から筆者,葛西氏,井伊氏)

家庭医のグループ診療体制が地域医療崩壊を阻止し得る

 タスマニアは,北海道の8割程度の面積に人口約50万人が生活している。島の南に位置する州都ホバートに人口の4割を占める20万人が集まり,北西部地方の小さな町からは高速道路で約8-9時間かかる。今回の視察では主に北西部のバーニー(人口約2万人),北部のローンセストン(人口約10万人のタスマニア第2の都市),そしてホバートの3か所でRural Clinical School(以下:RCS)1)やLaunceston Clinical School(以下:LCS)2),家庭医診療所を訪問した。

 まず驚かされたことは,どの家庭医診療所でも複数の家庭医によるグループ診療が行われていることだ。タスマニアではこのグループ診療と,後述する診療所と大学の連携により,日本にはない形で地域医療が展開されていた。

 訪問した家庭医診療所の診療時間の案内を見ると,夜9時まで毎日診療かつ夜間時間外も電話対応可であり,夜間・休日の対応が日本とは明らかに異なっていた。地域医療の崩壊はまず救急医療の崩壊から始まるといわれており,その問題は夜間・休日でより顕著となる。日本では多くの診療所が一人診療であるため,夜間は対応不可,日曜祝日は休診が圧倒的に多く,その場合は地域の救急病院または休日当番医を受診するしかないが,タスマニアではグループ診療で家庭医が交替で休むことができるため,このような対応が可能なのである。

 日本では,開業医とはいえそれぞれ専門領域が異なりグループ診療が難しいが,開業医が行えるプライマリ・ケアの質を標準化してグループ診療が普及すれば,日当直業務に疲弊している病院勤務医の負担軽減につながり,救急医療の崩壊を阻止する手立てとなり得ると思われた。)

教育・研究にかかわる家庭医

 また,タスマニアでは教育の充実により家庭医を志す医学生が近年急増している。豪の医学部教育は5年間で,1-3年次はホバートのキャンパスで学び,4-5年次はホバート,RCS,LCSの3つのキャンパスのうち,希望した地域に滞在して学ぶ。RCSは「へき地」のキャンパスとして機能していて,診療所での家庭医療や地域病院での急性期ケアなど,臨床教育を受けられる。宿舎や遠隔教育等の設備が優れていることも印象的だった。

 RCSのあるバーニーから東南東へ約150 kmのところにローンセストンがある。ここで訪問したLCSではユニークな教育手法であるPatient Partner Program(P3)3)について話を聞けた。日本の卒前教育で行われる模擬患者が参加する教育と異なり,P3は実際に家庭医を受診している患者さんがボランティアで患者役をしてくれるため,学生は患者さんから病歴や身体所見の取り方を学ぶことができる。

 ローンセストンからさらに高速道路を南へ約200 km下るとホバートに到着する。ここではタスマニア大学家庭医療学講座主任のMark Nelson教授の研究室を訪問した。Nelson教授は,ANBP2(6000人を対象とした高血圧診療アウトカム調査)に代表されるような豪全土の家庭医が参加する大規模トライアルを行っていた。このような大規模研究を可能にするのは,全住民の90%が家庭医を受診するという豪ならではの医療事情に加え,全国の家庭医が大学とのネットワークを組んで研究も行っていることにある4)

 日本では医学教育・研究といえば大学病院であり,開業すると大学との関係は疎遠になることが多く,タスマニアのように診療所でこれほどの教育・研究を行うことはまず考えられない。マンパワーを生み出すグループ診療と,大学がキャンパスをへき地に置き,地域の医療機関,地域住民と協力して教育・研究に取り組むことで大きな成果をあげているのだ。

 その他ホバートではプライマリ・ケアのサポートを行う公的機関であるMedicare Local Tasmania5)と,家庭医専門研修のプロバイダーであるGPTT(General Practice Training Tasmania)6)を訪問した。特に前者では,慢性疾患管理も行う専門性を高めた看護師(nurse practitioners)の養成に力を入れ始めているという話が興味深かった。このように国家的にプライマリ・ケアを支援する仕組みが充実していたことも日本との大きな違いと思えた。)

タスマニアで知った福島の強み

 タスマニアの家庭医のレベルの高さに感動した視察であったが,逆に福島の強みも見つけることができた。日本では民間病院の一部門として家庭医療を行うケースがほとんどだが,福島ではタスマニア同様,大学・行政・各地の病院や診療所が協力して家庭医療の臨床や教育を行っている。

 また,福島医大のユニークな教育プログラムである「ホームステイ型医学教育研修プログラム」は,タスマニア大学の教授・指導医・医学生からもとても関心を持たれた。本プログラムは医学生・研修医が地域住民宅にホームステイしながら,地域社会の一員として生活体験し,密接な交流を通じて地域医療に対する住民の生の声を理解するもので,筆者自身も医学部6年生時にプログラムに参加し,家庭医療の面白さと地域からのニーズに気付かされてこの道を選んだ。現在後期研修を行っているかしま病院では,福島医大の家庭医療指導医とかしま病院の各科専門医から多くの学びを受けながら,かなり満足度の高い研修をしている。

 今回の視察で海外の家庭医療に触れ,あらためて筆者の未来像を描いてみた。救急や入院医療といった病院総合医としての能力も発揮しながら,家庭医としてへき地で数千人規模の医療圏を当講座のメンバーとグループ診療で包括的にケアし,日本一健康な町村を作りたい。また,大学との関係を保ちながら第一線の臨床医として教育・研究も行い,若い世代の育成を支援したい。こうした取り組みが地域ごとに地道に行われ,地域住民の医療満足度が向上し,家庭医を志す若い世代が育まれることが国を動かす大きな流れとなり,必ず日本の地域医療が再生する日がくると確信している。

■ともに視察を行った二氏より

 「家庭医制度=英国のGP」という単純な理解をしている人が日本では少なくないが,多くの国々が自国の実情にあわせて,独自の家庭医(GP)制度を構築している。豪では日本と同様にフリーアクセスであるが,結果として地域住民はGPを選ぶ。なぜなら,地域の家庭医診療所(多くは民間の開業医)と協力して運営されるレベルの高いプライマリ・ケアの卒前教育と卒後教育(日本の後期研修に相当)によって,GPが優れたgatekeepingから看取りの医療まで行えるからだ。豪から学ぶことは多い。(一橋大学国際・公共政策大学院教授 井伊雅子)

 豪・タスマニアの家庭医療は,地域を基盤としたプライマリ・ケアを実践しつつ,家庭医がトップレベルの大規模臨床研究にも取り組めることを教えてくれる。プライマリ・ケアやへき地医療が"二流の医療"ではなく,魅力ある専門分野として若者にアピールできている。研修医を成長させる系統的な教育もなく,ただ義務年限で地域にしばりつけることとは対極の人材養成の姿勢がうらやましい。今後日本でもめざすべきモデルになるだろう。

(福島県立医科大学地域・家庭医療学講座主任教授 葛西龍樹)

参考URL
1)http://www.utas.edu.au/rural-clinical-school/
2)http://www.utas.edu.au/medicine/about-us/campuses/lcs
3)http://www.utas.edu.au/medicine/programs/p3
4)http://www.menzies.utas.edu.au/
5)http://www.gptasmania.com.au/
6)http://www.gptt.com.au/


中村光輝氏
2010年福島医大卒。JA福島厚生連白河厚生総合病院にて初期研修。福島で生まれ育ち,福島県民のための地域医療を志す。

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