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第3032号 2013年6月24日


Medical Library 書評・新刊案内


行って見て聞いた
精神科病院の保護室

三宅 薫 著

《評 者》風野 春樹(東京武蔵野病院第一診療部医長)

冗談やホラーではない保護室の真の姿が見える

 鋭い批評で定評のある評論家で翻訳家の山形浩生氏が,ウェブ上の連載「新・山形月報!」で,この本に触れてこんなことを書いていた。「精神科病院というのは,冗談やおどろおどろしいホラーのネタにはいろいろなるけれど,そこが実際にどんなところなのかはおそらくほとんどだれも見たことがないはず」。

 冗談やホラー……ちょっとため息をついたのだけれど,考えてみれば,テレビや映画の中の精神科病院にしか接したことのない一般の人にとっての素朴な感想はそんなものなのだろう。

 そこで働いている者にとっては見慣れた日常であっても,精神科病院の閉鎖病棟自体が,外部の人にとっては未知の世界だ。ましてや保護室といえば二重三重にも閉ざされた(物理的にも,心理的な意味でも)異世界中の異世界。隠された場所には陰謀や恐怖に満ちた何かが妖しくうごめいているという想像を抱いてしまうのが人間心理というものである。

 精神科病院の保護室を,豊富な写真と見取り図であっけらかんと紹介したこの本は,そうした読者にとっては,秘密の部屋に明るい光を当てた本として読めるだろう。思ったより明るくてさっぱりしているな,と思う人もいるかもしれないし,やっぱり鉄格子があって殺風景な部屋が多いな,と思うかもしれない。でも,一息ついてからあらためて読んでいけば,その殺風景さを解消するために,限られた環境の中でできる限りの努力をしている病院スタッフの苦労が読み取れるはずだ。

 例えば屋外の緑が見えるようにするとか,時計やカレンダーを置くといった,外界とのつながりが感じられるようなちょっとした工夫。のっぺりとした壁や床を板張りにすればぬくもりが出るが,落書きは消しづらいし,板をはがされたりする危険性もあるというジレンマがある。部屋の外に薄型テレビがあって,ガラス越しに視聴できる保護室もあって,これには思わず感心してしまった。

 面白いのは,保護室はつくった時点で完成というわけではないということ。ベッドを入れていたが,ドアに勢いよくぶつけられたのでマットレスだけにしたという病院もあれば,鉄格子の隙間から抜け出されてしまったので,新たに鉄パイプを溶接して隙間を狭めたという病院もある。建築としてはそれらは不具合なのだろうけれど,いろいろな問題を現場の工夫でしのいでいるところがなんとも人間的でいい。

 でも,こうした工夫は,これまでなかなか他の病院には伝わっていかなかった。保護室が未知の世界であるのは,実のところ外部の人に限ったことではないのである。筆者も含め,精神科病院で働いている人にしても,自分が勤務したことのある病院以外の保護室を知る機会は,そんなにあるものではないだろう。なんとも非効率な話なのだが,これまでは各病院で同じ問題への対策を再発明しているような状況だったのだ。この本が,そうした各病院独自のノウハウを共有するきっかけになれば素晴らしいことだと思う。

 ただ,率直に言って,この本に載っている保護室は「きれいすぎる」という印象もある。筆者は,もっと古くて暗い,中にいるだけで心が落ち込むような保護室も見たことがある。取材と掲載を許可した病院は,ある程度以上保護室に自信を持っている病院に違いない。そういった意味で,この本が日本の精神科病院の保護室を代表しているわけではないだろう。

 こうした限界はあるにせよ,この本が,これまで隠されてきた保護室の実情を明らかにした画期的な本であることは間違いない。保護室を知らない一般読者にも,他の病院の保護室を知りたい医療関係者も,ぜひ読んでほしい本だ。もちろん,これから精神科病院を作品に登場させようと思っている創作者の方々にも。ホラーめいた精神科病院の描写には,正直飽き飽きしているところなので。

A4・頁152 定価2,940円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01743-5


看護倫理
見ているものが違うから起こること

吉田 みつ子 著
川島 みどり 編集協力

《評 者》宮坂 道夫(新潟大教授・医療倫理学/生命倫理学)

「相手の側」からの眺め――看護倫理への新しいアプローチ

 倫理は難しくとっつきにくいという感覚を抱いている人に対して,本書は倫理の垣根を引き下ろし,堅苦しいイメージを変えてくれるように思える。何と言っても,全編にわたって看護現場で普通に出くわすような事例が漫画形式で描かれている。漫画そのものも細かい点に配慮されて描かれていて,状況設定や登場人物の心の動きがよく見える。

 本書のユニークな倫理の描き方は,学問的にも野心的な試みである。第一に,本書は従来の倫理が「大きな問題」ばかりに目を向けてきたことへのアンチテーゼになっている(筆者はそのような主張を述べているわけではないが)。従来の倫理の本で取り上げられてきたのは,安楽死,生殖補助医療,臓器移植といった,社会的に議論となってきた「大きな問題」ばかりであった。これに対して本書では,看護師が患者の妻に何気なく掛けた「あまり面会に来られていないようなので」という言葉が,その妻には"もっと面会に来るべきだ"という非難のこもった意味で受け取られてしまう,という場面が描かれる。こういった言葉の意味のズレや,当事者間の「温度差」というようなレベルの問題は,従来の倫理学ではほとんど顧慮されてこなかったのだが,本書では正面から取り上げられている。

 第二に,本書では物語論(ナラティヴ・アプローチ)と呼ばれてきた新しい倫理の方法が大胆に展開されている。私自身も含めて,最近では物語論の観点から倫理に取り組もうという人は増えてきている。しかし,語りや対話への関心を基盤にしつつ,倫理の学習や臨床現場での問題解決をどう行うべきかという具体的な方法は,なおも十分に生み出されてはいない。本書では,一つの事例を「看護師のストーリー」と「患者のストーリー」という違った視点から相対化してとらえ,それによって看護師が自らの行為を省察し,再構築するという在り方を提示している。看護師にとっては,普段から当然のように行ってきた行為が,患者や家族から見ると全く異なった意味を持っていたり,こちらが想像もしなかったような形で思いを刺激したりすることがある。専門家としての自らの行為に,対象との相互行為性,およびそれを可能とするような自己省察を絶えず組み込もうという態度は,現代の看護にとって本質的なものであるはずで,その意味でも本書のアプローチは,看護者になじみやすいものになっているように思える。

 もちろん,本書によってあらゆる看護倫理の問題への模範解答が与えられているわけではなく,ここで示されているのは,倫理問題への向き合い方であり,「態度」である。実際の看護場面では,本書で取り上げられている事例以上に困難な状況もあるだろうし,患者のストーリーが「わからない」ままで推移する場合もあるだろう。しかし,ヴァージニア・ヘンダーソンが,それがほとんど不可能なことを認めつつも「他者の皮膚の内側に入っていく」ことと表現したもの(本書52ページ参照)を,読者が一つの理念として自己のものとしたならば,本書は多様な問題に向き合うための大きな手掛かりをもたらしたと言えるだろう。

B5・頁160 定価2,310円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01559-2

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