行って見て聞いた
精神科病院の保護室

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通常は見ることのできない他院の保護室の個性あふれる実態や現場の工夫を、35病院にわたって写真で紹介する画期的な企画。保護室は、狭い空間のなかで、(1)治療、(2)生活(睡眠、排泄、清潔、食事等)、(3)プライバシー、(4)安全を考えていかねばならないので、自由と規制がせめぎあう場所である。創意と工夫にあふれた各現場の姿を、精神科看護師の目線で紹介する。
三宅 薫
発行 2013年04月判型:A4頁:152
ISBN 978-4-260-01743-5
定価 3,080円 (本体2,800円+税)

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私はなぜ保護室の調査をはじめたか

保護室に興味を持ったきっかけ
 「なぜ保護室に関心があるのですか」と時々聞かれると、立ち止まって考えます。
 「患者さんを保護室に入れる」ことについて、私たち看護師はネガティブなイメージを持ちがちです。しかし私は保護室を、治療、看護に積極的に生かすというポジティブな面からとらえられないかとずっと思ってきました。そして自分が臨床と教育のいくつかの職場を経験し、保護室で働いたり、見学したりする機会を得てみると、病院によって保護室の作りが違い、病棟における配置も違うことに目が行くようになりました。そしてハード(施設的条件)が違えばソフト(看護)も全く違うものになるといった関係性に興味を持つようになったのです。
 保護室の調査を本格的に開始したのは、岐阜県立看護大学で教員をしていた時でした。病院で働いている時は自分の病院の保護室しか見ることはできません。なおかつ、保護室に関しては、病院間で情報交流がほとんど行われていない現状を考えると、たくさんの病院を比較してその情報を提供するのは、大学に籍を置いているからこそできることではないかと思えたのです。
 とはいうものの、当初はこんなにたくさん訪問をすることになるとは思ってもみませんでした。
 保護室の調査をする、と決めて、どんな方法で、どんな内容の調査をしようか、と考えた時に思ったのは、いろいろな病院に自ら出向いていき、看護師さんたちへ研究についての説明をして、保護室を見せてもらい、直接話を聞きたいということでした。それは自分が病院で働いていた時、突然大学から膨大な質問用紙が送られてきて、記入させられるような調査に疑問を感じていたことも理由でした。そういう方法は大規模なデータを集めて分析するには有効なのでしょうけれど、今回の保護室調査ではそういう方法は取りたくありませんでした。自分の足や目や耳を使って、現場の情報を集めていきたい、そして調査に協力していただいた病院にはその結果がどうなったかもちゃんと報告したいと思ったのです。

1.病院のリスト作りで困った
 しかし、さまざまな困難がありました。調査はまず、自分が知っている千葉県内の病院に行くと決めました。そう決めたものの、どの病院にするか、リスト作りが大変でした。精神科病床を持っている病院のリストがみつけられず、結局、インターネットで検索ワードを変えながらピックアップし、地道にリストを作っていきました。診療科に精神科はあっても入院病床がなかったり、総合病院や大学病院内の精神科が落ちてしまったり、となかなか困難がありました。
 でも、インターネットを使い、自分でリストを作成したおかげで、病院のホームページをかなりたくさん見ることになりました。ホームページには、病院長の顔写真や挨拶は載っていますが、看護部長や総師長の写真や挨拶を載せているところは少なく、もっと看護を表に出してほしいと思いました。また、病院の外観や病室、ホールなどの様子は公開していても、保護室の画像を公開しているところはほとんどありませんでした。入院してからの数日を過ごす(かもしれない)保護室の情報が、もっとあってもよいと思いました。
 調査は以下のような手順を踏みました。まず訪問したい病院の候補リストをもとに、病院長あてに調査協力のお願いの手紙を郵送します。協力の返事をくださったのは約3割でした。それから詳細を詰めました。たいてい看護部長さんか病棟の師長さんが窓口になってくださり、手紙やメール、電話で訪問日程の調整や、実際に訪問して何を行うかの打ち合わせをしました。
 訪問は、午後の半日程度をかけました。訪問の行程は、まず病院や病棟の見学をして、保護室を撮影、測定し、最後に看護師さんへのインタビューです。病棟の設計図やパンフレット、病院記念誌などたくさんの“お土産”もいただきました。
 帰ってからは、持ち帰ったデータの整理です。録音テープを起こし、項目ごとに要点をそろえ、撮らせていただいた画像とともに調査書としてまとめあげます。それを病院へ郵送し、病院長および、面接した看護師さんに内容の確認や修正をしていただきました。同時に、発表の許可や病院名の公表の可否について意思を確認します。データをまとめるのはなかなか骨の折れる作業でしたが、ここはがんばりどころです。

2.写真撮影で困った
 保護室の撮影には苦労しました。保護室はそれほど広い空間ではなく、しかもたいてい閉鎖的なので、部屋全体の写真を撮るのが難しかったのです。部屋の隅に張り付くようにしてなるべく全体を撮るようにしましたが、結局いまだにうまく撮れません(マンションなど不動産のチラシを見るにつけ、やはりプロは違うと感じます)。

3.客観的な基準がなくて困った
 調査項目は、オレム-アンダーウッドのセルフケア項目を基準に作りました。しかし実際に訪問してみて困ったことは、換気や明るさ、騒音などについての客観的な基準がないことです。話をうかがった看護師さんも、自施設のことしかご存じないので、主観的な印象しかうかがうことができません。かといって照度計などを持参することもできません。換気や明るさなどは、保護室のアメニティを考える上で必須だと確信しているのですが、今後どう客観的に見ていくかが課題です。壁の硬さも、やや硬いとか、やわらかいとか、ふかふかとか、手触りを表現する基準がわからなくて困っています。

4.用語が統一されていなくて困った
 保護室に関連する設備の用語が統一されていないことにも困りました。保護室周りの一帯は「保護室エリア」なのか「保護室ゾーン」なのか、内ドアと外ドアの間の空間は「前室」なのか「副室」なのか。共同研究者の井手敬昭さん(看護師)と話し合い、一応私たちの研究報告書では、「保護室エリア」と「前室」で統一することにしました(イントロダクションとして、10ページに、「この本で使う用語の解説」を載せていますので参照してください)。

5.想定した質問が意味をなさない時があった
 今回の調査をはじめる以前にも、看護師として、そして看護教員としていくつかの保護室を見る機会がありました。しかし調査をしてみて、自分の持っていた保護室のイメージが狭いことを痛感しました。
 たとえば私が想定した洗面、歯磨きのケアは、看護師が付き添って前室あるいは通路にある洗面台に連れていくか、保護室の中にタオルや歯ブラシなどの洗面、歯磨きセットを入れるというものでした。なので、「1日に何回、いつ、どのようにケアをしますか」という質問を用意していったのですが、室内に洗面台がある保護室では、「洗面台があるので、いつでもやろうと思えば……」という答えで終わってしまったのです。

6.建築に関する知識がなくて困った
 普段何気なく使っているものでも、名前がわからないものがけっこうあることにも気づきました。「こういう名前だったのか」とはじめて知ったのは、トイレの水洗用のレバーやボタンの名前です。「水をジャーっと流すレバー、あるいはボタン」とか「洗浄ボタン」などと呼んでいましたが、正式には「フラッシュバルブボタン」というようです。
 同じように、ドアの施錠システムも「サムターン」などの用語があるようなので、これから勉強しなければなりません。
 改築後の病棟を訪問した時、医療者側に建築の知識がなかったり、建築士とのコミュニケーションの齟齬から意図が正確に伝わらず、せっかく作っても使い物にならなかったり、使い勝手が悪かったりする例がいくつか見受けられました。保護室の建築に関心がある設計士さんもいるようですが、まだ少ないようです。改築時に失敗しないためには、看護師にも建築の知識が必要だと感じたのでした。

7.時間とお金のやりくりが大変
 大学での教員生活に区切りを付け、2008年に看護師として病院に舞い戻りました。そこで困ったのは、訪問に必要な時間と費用が捻出できないことでした。大学教員は研究も仕事の一部なので、当然仕事の時間内で訪問することができます。研究費も支給されます。しかし看護師に戻ってからは、自分の時間、自分のお金で行くことになります。すると千葉、東京、神奈川などの近郊に限られます。日帰りで行けるところにもまだまだ病院はありますが、やっぱり近郊以外の病院も訪問してみたい。さらに切手、紙、プリンターのインクなど、消耗品にもけっこうお金が掛かります。研究助成をしてくれるところにもいくつか申請してみましたが、撃沈。お金をもらうというのは生易しいことではありません。
 そんななか、なんと2011年度、厚生労働省科学研究の研究協力者にと、声を掛けていただきました。これで交通費と宿泊費が支給され、訪問は出張扱いになりました。そしてこの本を出す話も重なったため、2011年度の前半は訪問しまくることができました。「一介の看護師が、どうしてこんなにたくさん訪問できたのか」の理由はこれです。

8.質問されても答えられない
 保護室を訪問していると話すと、よく聞かれる質問があります。1つは「最新の保護室はどこの病院ですか?」、2つめは「一番よいのはどこの病院でしたか?」。
 そのどちらも答えに困るのです。答えられないのは、私のなかに目指すべきモデルがないからかもしれませんが、それにも増して、どこに行ってもその病院ならではの取り組みに感じ入ってしまうので、順位などは付けようもないのです。個人的には、建築年の古い保護室に手を入れて丁寧に使っていたり、使い勝手が悪いところを看護の工夫で補っていたりする部分に心動かされます。そもそも、いくら保護室の設備が最新であっても、使い込なせていなければ意味がありません。だから目指すものが明確で、設備と医療者の力量のバランスが取れてこそ、最新の意味があると思っています。
 もう1つ困る質問は、「地域差はありますか?」です。千葉県と愛知県は比較的たくさんの病院を訪問できました。でもほかの県は1つか2つしか訪問できていないので、そんななかで地域差について語ることはできません。また、そもそも調査に協力して保護室を公開してくださる病院は、質が高いのだろうとも推測されます。そうした理由から、この質問にも答えられないのです。

9.インタビューって難しい
 訪問を重ねるにつれ、ますますインタビューの難しさを実感しています。私の役割は、調査に協力してくださった看護師さんたちの話をゆがめずに伝えることだと考えています。ですので病院の風土や、その看護師さん自身の背景を含め、話を聞き取り、解釈した上で質問を返し、内容を確かめる、ということを心掛けています。それでも特に「開放観察」に関する話は、時に複雑すぎて明快なイメージがわかず、頭がぼーっとしてしまいます。
 私は、それぞれの病院の設備や看護に優劣を付けるつもりは全くありません。置かれた場、環境で、看護師さんが何を目指し、どんな援助をしているか、どんなことに困難を感じているのかが知りたいのです。それを聞き取るには、自分が体調を整え、気持ちに余裕を持って訪問に臨むことが大切だと思っています。

 この本には、そのような試行錯誤の末、私が2006年から2011年までの間に訪問させていただいた保護室の調査結果が収められています。訪問先でびっくりしたり、しみじみしたり、感動したり……いろいろな思いがわくたびに、さらに知りたいという探究心が駆動されて、気がつけば35病院。我ながらよくぞこんなに訪問したなと思います。
 読者の皆さんには、誌面を通して、私が“行って、見て、聞いた”ものを追体験していただけたらと思います。

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私はなぜ保護室の調査をはじめたか
[イントロダクション] この本で使う用語の解説/保護室とは何か

I.写真で見る35病院の保護室
 1 一陽会病院 急性期治療病棟(福島県福島市)
 2 北深谷病院 男女混合閉鎖病棟(埼玉県深谷市)
 3 埼玉県立精神医療センター 精神科救急病棟(埼玉県北足立郡)
 4 初石病院 精神科救急病棟(千葉県柏市)
 5 秋元病院 男女混合開放病棟(千葉県鎌ヶ谷市)
 6 海上寮療養所 男女混合開放病棟(千葉県旭市)
 7 千葉病院 急性期治療病棟(千葉県船橋市)
 8-1 船橋北病院 男女混合閉鎖病棟(B棟)(千葉県船橋市)
 8-2 (同)男女混合閉鎖病棟(D棟)
 9 木村病院 男女混合開放病棟(千葉県千葉市)
 10 千葉市立青葉病院 成人精神科病棟(千葉県千葉市)
 11 浅井病院 急性期治療病棟(千葉県東金市)
 12 袖ケ浦さつき台病院 精神科救急病棟(千葉県袖ケ浦市)
 13 木更津病院 急性期治療病棟(千葉県木更津市)
 14 成仁病院 急性期治療病棟(東京都足立区)
 15 井之頭病院 急性期治療病棟(東京都三鷹市)
 16 長谷川病院 急性期治療病棟(東京都三鷹市)
 17 日向台病院 急性期治療病棟(神奈川県横浜市)
 18 相州病院 急性期治療病棟(神奈川県厚木市)
 19-1 のぞみの丘ホスピタル 急性期治療病棟(岐阜県美濃加茂市)
 19-2 (同)慢性期開放病棟
 20 静岡県立こころの医療センター 精神科救急病棟(静岡県静岡市)
 21 犬山病院 急性期治療病棟(愛知県犬山市)
 22 愛知医科大学病院 精神科病棟(愛知県愛知郡)
 23-1 東尾張病院 急性期治療病棟(愛知県名古屋市)
 23-2 (同)開放病棟
 24-1 愛知県立城山病院 急性期治療病棟(愛知県名古屋市)
 24-2 (同) 閉鎖病棟
 24-3 (同) 開放病棟
 25 北林病院 男女混合閉鎖病棟(愛知県名古屋市)
 26 桶狭間病院藤田こころケアセンター 急性期治療病棟(愛知県豊明市)
 27 刈谷病院 急性期治療病棟(愛知県刈谷市)
 28 京ケ峰岡田病院 男子閉鎖病棟(愛知県額田郡)
 29 南知多病院 男女混合療養病棟(愛知県知多郡)
 30 三重県立こころの医療センター 急性期治療病棟(三重県津市)
 31 丹比荘病院 急性期治療病棟(大阪府羽曳野市)
 32 浅香山病院 精神科救急病棟(大阪府堺市)
 33 土佐病院 精神科救急病棟(高知県高知市)
 34 松山記念病院 精神科救急病棟(愛媛県松山市)
 35 肥前精神医療センター 精神科救急病棟(佐賀県神埼郡)

II.病院印象記+各病院の看護師さんが持っている意見

III.保護室における生活の援助とは
 (1)清潔
 (2)排泄
 (3)食事
 (4)開放観察
 (5)寝る環境
 (6)患者さんから見えるもの
 (7)換気
 (8)[まとめ]生活の援助とは

コメント
「保護室についての雑感」 中井久夫(精神科医/神戸大学名誉教授)
「生活者の視点から見た保護室」 黒江ゆり子(岐阜県立看護大学教授)

おわりに そして調査は続く

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サービスの本質は、隠れた所にこそあぶり出される (雑誌『精神看護』より)
書評者: 今村 弥生 (松沢病院・精神科医)
 本書はタイトルが示す通り、著者が一精神科看護師として、見学可能な日本の精神科病院に足を運び、保護室の構造、あり方を研究した労作です。大判の本の大きな帯には、中井久夫先生からの「こんなにきめ細かな保護室の記録は、世界に例がないんじゃないか?」とのコメントがあります。確かに、「写真で見る保護室」の章において、全国35か所の精神科病院で撮影された大量の資料写真が配置され、詳細に解説されている様を見ると、建築関係の本に近いような印象です。しかし、単なる保護室のカタログに留まらず、著者による各保護室の印象記や、各施設の看護師による意見(自施設の保護室の良い点、改善すべき点)も記されており、それが最終的に「保護室における生活の援助とは」という著者の意見に結び付きます。

●現状には理由がある

 「流行る飲食店のトイレはきれいに清掃されている」という法則があるのだそうです。トイレのような、表からは見えない面にも気配りがあるかどうかで、そのお店の客への姿勢が表面的なものか、真に近いかがわかってしまう。それは精神科ケアと保護室の関係とも似ています。サービスの本質は、奥に一段引っ込んだ隠れた所にこそ、あぶり出されるのではないでしょうか。

 壁の材質、窓、換気、間取り、患者さんから見えるもの……病院の中の奥まった一室から、なんと多くの議論すべき話題が出てくることでしょう。本書をめくっていくと、看護師とサービスユーザーである入院患者たちの多くの声が背景にあって、それぞれの保護室のアメニティや形態になったことが推測されます。

 なかでも最も印象深かったのは、保護室での食事の際に使われるテーブルです。小さなちゃぶ台、手製の木製の机、一般的なテーブルを食事の時だけ出し入れする方法、薬品の空きダンボールにお膳を置く方法、または保護室専用のダンボールテーブル(既製品)を使用しているなど……。本書を読むまでテーブルひとつにこのようなさまざまな方法があるなんて知りませんでした。著者はダンボール箱に布を巻いている施設に注目しています。「薬局からもらって来た薬品名が書かれたままのダンボール箱でご飯を供するのはわびしいですが、そこに布を張って少しでも食卓に近づけようとする心遣い、これぞ看護の視点ではないでしょうか」と感心しています。

 保護室のテーブルは、なかったからといって、責められるものではないかもしれません。しかしこの調査結果を読んで、ユーザーのニーズに目を向け、何もないところにテーブルを作り出すことが、医療看護のサービスであり、私たちが研究すべきことなのだということを改めて思いました。

●アイディアの宝庫

 最終的にベストな保護室とは何か、結論を出していないところも本書のよいところだと思います。1人のナースがさまざまな病院に飛び込み、そこで「保護室」という場に限定して調査を行った。さらにそこから、精神科看護全体に思いを巡らせている視点にも価値があると思います。

 保護室を通して精神科ケアの広範な世界をのぞき見ることができる本書を、私は精神科医療に関係する人に薦めています。著者の視点を借りて、自分の勤務する病棟、病院に視線を巡らせてみたら、新しいアイディアが浮かんでくるかもしれません。ただ、私が医師のせいか、ぜひ次は看護師以外の職種の意見も聞いてみたい気がしました。引き続き、今後の「保護室研究」に期待しています。

(『精神看護』2013年11月号掲載)
保護室の実態と役割
書評者: 中山 茂樹 (千葉大学大学院工学研究科教授/建築・都市科学)
 保護室は,精神科治療プロセスにおける重要な環境として位置付けられている。厚生労働省の「医療観察法下の行動制限等に関する告示」は,患者の隔離についての基本的な考え方を「患者の症状からみて,本人又は周囲の者に危険が及ぶ可能性が著しく高く,(中略)その危険を最小限に減らし,患者本人の医療又は保護を図ることを目的として行われるもの」だと示している。しかしこれまで,この空間への施設性能として求められてきたものは,自殺防止への配慮や,耐破壊性能が中心であり,治療的環境を達成しようとする議論には至っていなかったように見える。また,たたずみ・就寝・休息・食事・排せつの行為空間が一体となっていること,室内の空間性状条件,外部空間との関係や,窓からの景観などに対する具体的設計指針が医療側から示されていなかったことなど,治癒的環境を建築計画としてどのように創造するべきなのか明らかではなかった。

 著者は「保護室を治療・看護に積極的に生かす」とし,保護室は治療・看護のための空間であることを主張しておられる。また,巻末にある中井久夫神戸大学名誉教授のコメントにも「精神病院は最大の治療用具である」というエスキロールの言葉が引用されており,医療・看護の領域から,建築空間を単なる器ではなく,治療に直結するものであることをご指摘いただき,建築に身を置くものとして,その重みを深く受け止めた。

 冒頭に「突然大学から膨大な質問用紙が送られてきて,記入させられるような調査」ではなく,「自分の足や目や耳を使って,現場の情報を集めていきたい」と思ったという,著者の姿勢が示されている。35病院40病棟の平面図と保護室鳥瞰図,それに細部の写真が見開きで紹介されている。具体的な各病院のアメニティの使い方は詳細なコメントとして記録されている。また後ろに「保護室における生活援助とは」がまとめられており,看護のさまざまな工夫が列挙されており,建築への注文も多数記載されている。

 困ったこととして指摘されている「換気や明るさ,騒音などについての客観的な基準がない」や,「壁の硬さも,やや硬いとか,柔らかいとか,ふかふかとか,手触りを表現する基準がわからない」のは,使う人々へのデリカシーが建築には欠如していると指摘されているようで耳が痛い。本書にヒントとして隠されている重要視点を,建築の言葉に変え,図面化し,具体的な空間にするのは建築家の仕事である。

 精神科医療者の方にはもちろん,病院管理・設備などに携わる人にも,建築設計者にも読んでほしい。
冗談やホラーではない保護室の真の姿が見える
書評者: 風野 春樹 (東京武蔵野病院第一診療部医長)
 鋭い批評で定評のある評論家で翻訳家の山形浩生氏が,ウェブ上の連載「新・山形月報!」で,この本に触れてこんな事を書いていた。「精神科病院というのは,冗談やおどろおどろしいホラーのネタにはいろいろなるけれど,そこが実際にどんなところなのかはおそらくほとんどだれも見たことがないはず」。

 冗談やホラー……ちょっとため息をついたのだけれど,考えてみれば,テレビや映画の中の精神科病院にしか接したことのない一般の人にとっての素朴な感想はそんなものなのだろう。

 そこで働いている者にとっては見慣れた日常であっても,精神科病院の閉鎖病棟自体が,外部の人にとっては未知の世界だ。ましてや保護室といえば二重三重にも閉ざされた(物理的にも,心理的な意味でも)異世界中の異世界。隠された場所には陰謀や恐怖に満ちた何かが妖しくうごめいているという想像を抱いてしまうのが人間心理というものである。

 精神科病院の保護室を,豊富な写真と見取り図であっけらかんと紹介したこの本は,そうした読者にとっては,秘密の部屋に明るい光を当てた本として読めるだろう。思ったより明るくてさっぱりしているな,と思う人もいるかもしれないし,やっぱり鉄格子があって殺風景な部屋が多いな,と思うかもしれない。でも,一息ついてからあらためて読んでいけば,その殺風景さを解消するために,限られた環境の中でできる限りの努力をしている病院スタッフの苦労が読み取れるはずだ。

 例えば屋外の緑が見えるようにするとか,時計やカレンダーを置くといった,外界とのつながりが感じられるようなちょっとした工夫。のっぺりとした壁や床を板張りにすればぬくもりが出るが,落書きは消しづらいし,板をはがされたりする危険性もあるというジレンマがある。部屋の外に薄型テレビがあって,ガラス越しに視聴できる保護室もあって,これには思わず感心してしまった。

 面白いのは,保護室はつくった時点で完成というわけではないということ。ベッドを入れていたが,ドアに勢いよくぶつけられたのでマットレスだけにしたという病院もあれば,鉄格子の隙間から抜け出されてしまったので,新たに鉄パイプを溶接して隙間を狭めたという病院もある。建築としてはそれらは不具合なのだろうけれど,いろいろな問題を現場の工夫でしのいでいるところがなんとも人間的でいい。

 でも,こうした工夫は,これまでなかなか他の病院には伝わっていかなかった。保護室が未知の世界であるのは,実のところ外部の人に限ったことではないのである。筆者も含め,精神科病院で働いている人にしても,自分が勤務したことのある病院以外の保護室を知る機会は,そんなにあるものではないだろう。なんとも非効率な話なのだが,これまでは各病院で同じ問題への対策を再発明しているような状況だったのだ。この本が,そうした各病院独自のノウハウを共有するきっかけになれば素晴らしいことだと思う。

 ただ,率直に言って,この本に載っている保護室は「きれいすぎる」という印象もある。筆者は,もっと古くて暗い,中にいるだけで心が落ち込むような保護室も見たことがある。取材と掲載を許可した病院は,ある程度以上保護室に自信を持っている病院に違いない。そういった意味で,この本が日本の精神科病院の保護室を代表しているわけではないだろう。

 こうした限界はあるにせよ,この本が,これまで隠されてきた保護室の実情を明らかにした画期的な本であることは間違いない。保護室を知らない一般読者にも,他の病院の保護室を知りたい医療関係者も,ぜひ読んでほしい本だ。もちろん,これから精神科病院を作品に登場させようと思っている創作者の方々にも。ホラーめいた精神科病院の描写には,正直飽き飽きしているところなので。

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