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第2969号 2012年3月12日


MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


《神経心理学コレクション》
精神医学再考 神経心理学の立場から

大東 祥孝 著
山鳥 重,河村 満,池田 学 シリーズ編集

《評 者》鈴木 國文(名大教授・精神神経科学)

現在の精神医学の必要に正当に応えた一冊

 『精神医学再考』という大きなタイトルの下に書かれたこの著書は,手にとって読み始めるのに,ひょっとすると少し抵抗感を覚える一書かもしれない。誰しも,いま自分の立っている足場を見直すよう言われれば,二の足を踏むだろうし,大きなタイトルの下に書かれた著書にがっかりさせられた経験を,誰もが一度や二度は持っているからである。が,しかし,現在,精神医学が立っている足場は,精神というものをとらえる方法としてはいかにも貧弱で,どうしたって「再考」せねばならぬものであるということは,多くの心ある精神科医の偽らざる思いであろう。この本は,そうした必要に極めてタイムリー,かつ正当に応えている。現在の精神医学に何が欠け,何が見えていないのかを,精緻な臨床経験と堅固な精神医学史的知見に照らして取り出した上で,本当の必要に応じてなされた「再考」であるだけに,この著書は,決して読む者をがっかりさせることがない。いま,精神医学の中でものを考えようとする者すべてにとって,必読の一書と言えよう。最初から最後まで,実にスリリングな知的体験である。

 著者は,二つの基本的姿勢を出発点としている。一つは精神の活動すべてを「脳という器官」の機能としてとらえる姿勢,もう一つは「認知の過程」と「意識の過程」とは異なるという認識である。この二点を前提に,まず,Henri Ey(1900-1977)の「器質力動論」とGerald Edelman(1929-)の「意識の発現機序図式」が今日の精神医学に何を投げかけているかを示してみせる。そして,Eyの「意識の病」と「人格の病」という対とEdelmanの「一次意識」と「高次の意識」という対,この二つの対を架橋するという明確な構想の下に,今日の精神科臨床全体をとらえる新たな枠組みの提示を試みている。「今日の精神臨床の全体」というのは,心因,外因,内因と言われてきた疾患のすべてを覆い,かつ自閉症圏の病態(社会性の病態)をも覆うような枠組みであるからである。挑戦的である。しかし,この本は,そうした挑戦的構想を,臨床的事実を押さえ精神医学史を踏まえ,精神をとらえる学問的枠組みの変遷を一つ一つ踏み固めていくならばこのように考えるしかないではないかと,極めて自然な形で示してみせているのである。

 著者が,単に「認知過程」として精神をとらえる陥穽に陥ることなく,「意識過程」,さらには「社会性」をも射程に入れるような枠組みとして神経心理学を深化し得た理由の一つには,著者が,神経心理学の二つの大きな方法である「賦活研究」と「損傷研究」のうち,主に損傷研究を自らのグラウンドとし,損傷研究をもってその知を築いてきたという点があるのではないかと私は考えている。賦活研究という実験的方法を専らとする研究者は,どうしても認知過程という枠組みにとどまりがちである。臨床における損傷研究こそ,まさに意識の病理,社会性の病理の探求へとわれわれを導いてくれるものなのだろう。そして,精神医学の軸足は,そちらにこそあるべきだと,私は思っている。

 神経心理学をもって意識の病理,社会性の病理の探求の先駆けとするならば,人間における「理想」という問題,さらには「倫理」という問題まで射程に入れるような枠組みへと,ぜひこれを発展させていってほしいと思う。

 この本が沸き起こす議論が,実に楽しみである。

A5・頁208 定価3,570円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01404-5

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