医学界新聞

連載

2012.02.13

高齢者を包括的に診る
老年医学のエッセンス

【その14】
An Inconvenient Truth in Geriatrics――虚弱高齢者と入院関連機能障害

大蔵暢(医療法人社団愛和会 馬事公苑クリニック)


前回よりつづく

 高齢化が急速に進む日本社会。慢性疾患や老年症候群が複雑に絡み合って虚弱化した高齢者の診療には,幅広い知識と臨床推論能力,患者や家族とのコミュニケーション能力,さらにはチーム医療におけるリーダーシップなど,医師としての総合力が求められます。不可逆的な「老衰」プロセスをたどる高齢者の身体を継続的・包括的に評価し,より楽しく充実した毎日を過ごせるようマネジメントする――そんな老年医学の魅力を,本連載でお伝えしていきます。


症例】 2人の娘からとても愛されている87歳の虚弱高齢女性Sさんは,重度心臓弁膜症によるうっ血性心不全と軽度認知症(MMSEスコア23点)を持ち,有料老人ホームに入居している。あるとき,軽症の急性肺炎をきっかけに心不全が増悪した。2年前に同様の病態で病院に入院した際にはせん妄や院内感染を合併,それによる長期臥床からADL低下を来し,結果的に現在の老人ホームへ入居となった経緯がある。今回,2人の娘に病院受診の必要性を持ちかけたところ「可能ならホームで治療してほしい」と懇願された。

もうひとつの老年症候群

 高齢者が急性疾患や慢性疾患の急性増悪で入院し,医療を受けることは日常茶飯事である。そこで今回は,虚弱高齢者の入院加療に伴う問題点について議論する。

 若年者や健康高齢者の場合,急性疾患にかかり入院加療を行っても,体力や機能低下の程度は小さく,病気の治癒とともに従来のレベルまで速やかに回復する(図1上段)。一方,虚弱高齢者は急性疾患や入院合併症による体力・機能低下が著しく,長期間の回復過程を経ても従来のレベルまで戻らないことが多い(図1下段)。これは,入院関連機能障害(Hospitalization-Associated Disability)と呼ばれている。米国カリフォルニア大サンフランシスコ校のCovinskyらは最近の総説で,入院関連機能障害の危険因子を挙げ,それらの多くが転倒やめまいなどと共通していることから,入院関連機能障害も「老年症候群」のひとつであると提唱した(JAMA. 2011[PMID:22028354])。

図1 入院加療による体力や機能低下

入院加療によるベネフィットvs.リスク

 筆者は虚弱高齢者の入院加療を考える際,常にそのベネフィットとリスクを比較する(図2)。虚弱高齢者は若年者や健康高齢者と比べて入院経過中に合併症を起こすリスクが高いため,軽症の肺炎や尿路感染症,うっ血性心不全など,入院加療のリスクよりベネフィットが小さいと思われる状況では病院受診をためらってしまう。在宅でも,しっかりした医療サポート体制があり,家族が献身的で,ある程度の診断や治療,観察能力がある場合は特に,入院加療のベネフィットが相対的に小さくなり,ためらいはより大きくなる。

図2 高齢者の入院加療におけるベネフィットとリスク

 リスク評価は包括的高齢者評価(CGA)そのものであるが,実際のリスク定量は難しい。入院加療を開始したのはいいが,直後のせん妄によって診断・治療行為が適切に行えなかったり,合併症が起きたりして,逆に期待したベネフィットが著しく減少することも珍しくない。

 通常,入院経過とともに,急性疾患はコントロールされ(ベネフィットは減少),リスクはさらに増加してくる。図2のシーソーがリスクのほうに傾いたら,在宅医療の体制や家族の意向などを考慮した上で,早期の退院を検討すべきである。

症例続き】 施設スタッフがホームでの治療に不安を示したため,近くの病院に入院加療をお願いした。Sさんは入院直後からせん妄を発症,酸素チューブや点滴ライン,尿路カテーテルの抜去を試みるなど安静が保てなくなり,やむなく身体抑制された。また薬物による鎮静も併用された。うっ血性心不全の治療成功後も食事量は減少したままで,栄養状態は悪化。長期臥床による筋力低下も進行し,リハビリの効果も上がらなかった。1か月後,Sさんはベッドから起き上がれないほど可動性が低下し,すべてのADLに介助が必要なほど虚弱化していた。退院後3か月たった現在でも,可動性や日常生活機能の回復はみられていない。

入院関連機能障害を防止するには

 米国では入院関連機能障害を防止するためにさまざまな取り組みが行われ,その効果が評価されてきた。老年医学チームが中心となって病棟医療を行う高齢者急性期ケアユニット[Acute Care of Elderly (ACE)unit]をはじめ,病棟の主治医/担当医にせん妄予防・治療や退院後フォローなどのアドバイスを与える老年医学コンサルテーション,退役軍人病院を中心に発展し,入院にて高齢者リハビリテーションを行う高齢者評価・マネジメントユニット[Geriatric Evaluation and Management(GEM)Unit],せん妄予防に特化したプログラムであるHospital Elder Life Program (HELP)などである。

 プログラムによっては著しい効果を得ているものもあるが,実際には個々のスタッフやチームの能力,介入内容にばらつきがあり,普遍的な評価は難しい(JAMA. 2011[PMID:22028354])。

在宅医療2.0

 日本社会の高齢化に伴い,基礎疾患や老衰のため通院が困難な患者を自宅で診療する在宅医療が注目され,政府はその拡大を推進している。在宅医療の現場では急性疾患罹患時も病院へ搬送せずに往診や訪問看護で対応することが多いが,その際には家族に普段以上の精神的ストレスと介護の負担がのしかかっている。

 馬事公苑クリニックが訪問診療を行っている有料老人ホーム「トラストガーデン用賀の杜」では,24時間の看護介護体制を整え,相応の医療サプライを持ち込むことによって,入居者や家族の「なるべく病院には行きたく(行かせたく)ない」という要望に応えている。入院適応の閾値を常に意識しながらの診療は緊張感が高いが,比較的虚弱を進行させずに治療できているという実感を得ている。また当初,何かあればすぐ「病院へ送ってほしい」と言っていた施設スタッフにも,最近は「できるだけここで診たい」という意識の変化が見られている。

 そうは言っても,医療機関以外の場所で医療を行うことはさまざまなリスクと隣り合わせとなる。医療者に高い臨床能力や熱意,度胸が備わっているだけでなく,治療を行う施設のスタッフや入居者(家族)との間に強い信頼関係があることが,施設で医療を行うための必須条件である。

高齢者医療版“不都合な真実”

 多くの人が「入院すれば(していれば)大丈夫」と病院(特に大病院)をやや過剰に信仰し,病院が医療の中心にある日本の現状では「入院加療の有害性」という“不都合な真実”には違和感を覚える人が多い。病院側は入院(高度)医療を否定されたように感じ,患者や家族は行き場のない不安で途方に暮れるからかもしれない。

 虚弱高齢者は,さまざまな医療行為から有害作用を受けやすい。その最たるものである入院加療は,ベネフィットを得るためにリスクを冒す「もろ刃の剣」であると理解し,必要性の低い入院を控えたり,在院期間を短縮する努力をすべきである。その結果として病院の疲弊状態を緩和し,限られた医療資源をもっと有効に使えるという副産物も生まれるはずである。

 虚弱高齢者の入院関連機能障害に対する最大の防止策は,“不都合な真実”を直視することでそれまでの病院中心医療を見直し,新しい地域中心医療システムを作り上げることである。それはすなわち,これまでの健康-病気の二元状態のみの若年者に対する医療モデルから,虚弱状態がある高齢者にも対応できる新しい医療モデルへの転換(パラダイム変化)にほかならない。

つづく

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