医学界新聞

2010.09.20

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


多飲症・水中毒
ケアと治療の新機軸

川上 宏人,松浦 好徳 編

《評 者》阪内 英世(鶴が丘ガーデンホスピタル看護部長)

やっと出た,多飲症ケアのスタンダード

 多飲症の患者ケアは,これまで隔離室で飲水を制限するか,監視とも言えるような観察体制で水中毒を予防するかのどちらかであった。これは看護師にとっては,その膨大な労力の割に無力感を強く感じさせるものであり,患者には不自由さと苦痛を与えるだけのものである。

 しかし本書では,山梨県立北病院のスタッフが,多飲症患者に対する従来とは異なる新しい対応法を紹介しており,行き詰まった患者ケアに希望をもたらすものとなっている。

 本書の特筆すべき点をいくつかご紹介する。

 まず第1に病気への理解を深めるため,病態としての多飲症,病状である水中毒がまったく別のものであることを明確に打ち出している点である。この2つを明確に分けて定義することにより,過剰な制限の必要性が否定され,多飲症患者のセルフケア能力に着目でき,能力向上のための看護ケアが構築されるようになっている。

 第2に膨大な臨床経験と実績に基づきスタンダードケアが確立されているということが挙げられる。今まで多飲症患者の臨床報告はその事例のみに当てはまる単発的なものが多く,このようにケアを行ったら予測される結果になったという報告型のものが多い。それに比べて山梨県立北病院では,「この結果になったのは,ケアのこの部分が有効,または無効であったから」という検証型の報告になっているため,その内容の信頼性が極めて高い。ましてやチームの意識や家族教育など,多飲症予防の側面にまで触れた報告は今までになかったものである。

 第3に設備環境に依存しないという基本姿勢をとっている点が挙げられる。山梨県立北病院は多飲症治療専門病棟を持っている数少ない病院の一つであるが,その建物の構造を基盤としてケアが展開されていたなら,そのケアはほかの病院では使えないことになる。ハードに頼った飲水制限から「安全に水を飲んでもらう」ためのかかわりに切り替えていったからこそ,本書はすべての病院で使われ,参考にされる内容になっている。

 第4は常に患者中心の視点で書かれているということである。われわれはともすると,多飲水の患者を受け持つのはつらい,やりがいがないなどの理由から,看護師が苦しくならないための多飲症ケアを確立しがちであり,安全重視の飲水量チェック,体重チェックや尿比重チェックなどにどうしても視点がいってしまう。これらは多飲水の傾向を見つけ水中毒を起こさないために行う対症的な方法ではあるが,多飲水を改善するためのケアではない。やはり患者中心であるならば,本書に書かれているように多飲症を引き起こす要因に対してのケアが充足されるべきである。

 以上本書の特徴について述べてきたが,このほかにもリミット体重の算出方法,水中毒の治療,患者教育のテキストなど,参考になるものが多く掲載されている。

 多飲症患者の対応を考える際や見直す際には,ぜひ一読していただきたい書籍である。

B5・頁272 定価2,730円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01002-3


看護師の実践力と課題解決力を実現する!
ポートフォリオとプロジェクト学習

鈴木 敏恵 著

《評 者》飯村 富子(日赤広島看護大教授・地域看護学)

「与えられた学び」から「意志ある学び」へ

 書名にある「ポートフォリオ」とは,何か? 語義からは,紙挟み,作品集,ファイルを指すが,「意志ある学び――未来教育」の提唱者として知られる著者の鈴木敏恵氏によると「モノであり,同時に考え方や,やり方でもある」という。また,日々成長している「自分を発見」できるもの,学びの「基軸」,成長の「記録」であり,何より「自分の意志」で「未来を開くための切り札」という。「与えられた学び」から,「意志ある学び」へと熱く説く著者の理念をひもとく重要なキーワードの一つである。

 本書は,看護学生や現場の看護師が,他者のために自らの最善を尽くしてケアを提供するための能力開発の手引書であり,人間として成長・向上するための学習方法や学び方の手順・道筋を示した解説書である。本書はまた,教師や現場の指導者にとって,対象者の気付きを促す手順や教育方法を丁寧に示した指導書であり,従来実施してきた授業や現任教育を見直す改善書でもある。

 本書は,4つの章で構成され,第1・第2章はポートフォリオとプロジェクト学習およびその教育手法について書かれ,第3章は実践・応用編となっている。最終章は学生やスタッフが実践の場で活用できるシート類を紹介した活動シート集で,出典を明記すれば自由に活用してよいと書かれているのがうれしい。

 本書を読んで,特に私が深い感銘を受けたのは第3章である。第3章は,多くの実践例をもとに「学生として」「プロフェッショナルをめざして」「スペシャリストをめざして」と,看護師としての成長段階に合わせて,どのようにポートフォリオを活用し,学習を積み重ねていったらよいか,具体的に書かれている。

 さらに,要所要所に実践者の声が収集され,読者は「なるほど,なるほど」と納得できる。これこそ著者が説く「エビデンスを大切に」を見事に実現した強みにほかなるまい。また,全国の看護教育や現場で,著者が関係者と協働して個々人が所有する情報を掘り起こし,収集し,共有し,関連させ,そこから目的や意味を持つ情報に変容させる原動力として取り組んでこられた成果である。

 昨年7月の保健師助産師看護師法の改正で,看護師等は免許を受けた後も,臨床研修その他の研修を受け資質の向上を図ることが努力義務となった。また,看護師等の人材確保法では,国や病院開設者の責務も明記された。この動きに対応するものとして,昨年12月に出された厚生労働省の「新人看護職員研修ガイドライン」では,新人看護師が獲得した能力や成果を蓄積する研修手帳として,ポートフォリオの有効性が評価されている。

 本書は全国の看護学生,現場の看護師の方々,看護教育や現任教育関係者にぜひ一読をお勧めしたい1冊である。

B5・頁304 定価3,675円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00730-6


質的研究の実践と評価のための
サブストラクション

北 素子,谷津 裕子 著

《評 者》中木 高夫(日赤看護大教授/日本看護研究学会編集委員会委員長)

質的研究の質を見分けるために,論理的一貫性のある論文作成のために

研究論文に感銘を受けるということ
 感銘を受ける研究論文の条件は何だろうか? 新しい発見があったから。それはそうだろう。新しい発見を提示されれば,知的な興奮が生じる。だけど,そもそも発見のない研究論文なんて存在してもよいのだろうか? 査読が適正に行われていれば,発見のない論文が学術雑誌に採択されるわけがないではないか。では,なぜ感銘を受けたのだろうか?

 おそらく,研究論文を読んで,「スッ」と腑に落ちたのだろう。つまり,論文を構成する要素である研究動機・背景(文献検討)・研究方法・結果・考察・結論を読み進むにつれ,その研究の必要性を説く論旨や研究方法の選択理由,結果,そして結果の考察に素直に納得させられたのだ。「納得させられた」というのは,その研究論文が示す発見を実際に使ってみようという気になったということである。

論文を構成する要素の一貫性
 論文を構成する要素を読み進むにつれ,順々に納得させられるということは,その要素間に矛盾がない,すなわち一貫性があるということだろう。

 そこに注目したのがHinshawのサブストラクションである。こう言っている。

 「研究における理論,デザイン,および分析モデルの一貫性をアセスメントすることは,研究を批評および吟味するうえでの基礎である」。

 そして,研究を構成する要素ごとに解体し,そこに盛り込まれている論理の一貫性をアセスメントすることを「サブストラクション」と命名した。コン-ストラクションの「コン con」が「共に」という意味があって,コンストラクションで「構築」という意味であるので,その反対方向の意味を出すために「サブ sub=分割」という意味の接頭辞をつけて造語したというわけだ。

質的研究論文の質を見分ける
 Hinshawがサブストラクションを創案した時代は量的研究の時代だった。それを質的研究に導出して,使いやすいワークシートのかたちにまでつくりあげたのが北素子・谷津裕子の「質的研究サブストラクション・ワークシート」だ。Hinshawがあげている研究論文を構成する要素はいかにも量的研究のそれであるが,質的論文に導出するときに北・谷津両著者がとりあげた要素は詳細であるとともに,どの質的論文ででも押さえておくべきものばかりである。ワークシートでは,これらの要素は項目としてあげられ,論文からワークシートの項目に対応する部分を抜き書きして空欄を埋める仕掛けになっている。空欄を埋めるといっても,さほどむずかしいことではない。要約したり解釈したりするのではなく,論文の該当部分を単純にコピー&ペーストするだけである。また,それぞれの項目には,その空欄を埋めた文章をクリティークする視点も明確に示されている。簡便かつ綿密な方法をつくりあげたのは両著者の慧眼である。

 質的研究論文は,研究者にとって都合のよいデータばかりを切り取って,そこから恣意的な結果を導き出すことも可能である。しかし,これはミスコンダクトである。質的研究は無知(not-knowing)の姿勢からアプローチしなければ,この方法を選択した意味がない。質的研究論文を読む際には,恣意的な論文であるか否かの判断が必要である。本書はそうしたミスコンダクトを見抜くための強力なツールとなるだろう。

研究生産者にも有力な武器
 さらに,このサブストラクション・ワークシートは研究計画書や論文作成の際にも強力な武器となる。研究(生産)者は,自分の研究計画書や論文作成をこのワークシートで展開してみるとよい。論理的一貫性に欠ける部分が寸時に明らかになるからだ。

 論文の弱点を自分で発見できれば,そこをしっかりと強化できる。感銘を受ける論文が続々と生まれることを期待する。

B5・頁152 定価2,940円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00957-7

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