医学界新聞

連載

2010.09.06

連載

あらゆる科で
メンタル障害を診る時代に
知っておいてほしいこと

第1回
メンタル障害の治療に共通する落とし穴

姫井昭男(PHメンタルクリニック/大阪医科大学神経精神医学教室)


 “心の病”が日々取りざたされる時代になっても,初めから精神科・心療内科に足を運ぶ人はそう多くはいません。メンタルに不調を感じつつも,まずは精神科以外の科を受診してみる,という考え方が,まだ一般的なのです。そこで本連載では,どの診療科の医師でもメンタル障害を診る可能性がある現状を踏まえ,そのプライマリ・ケアの知識とスキルを学びます。メンタル障害に“慌てない,尻込みしない”心構えをつくりましょう。


■メンタル障害のプライマリ・ケアの現状

 世の中が,今日のようなストレスフル社会に変貌することを,どれほどの人が予想できたでしょうか? 現代社会は,いつ何時でもストレスに押し潰されるリスクを抱えており,誰でもメンタル障害を負う可能性があると言っても過言ではないでしょう。それを証明するかのように,メンタル障害患者数は増え続けています。すべての人の健康維持と向上のためには,精神科治療へのさらなる注力が急務なのです。

 ところが,メンタル障害を疑ったとしても,すぐに精神科や心療内科を受診するのはいまだに抵抗を感じる,という意見が一般的で,最初に受診するのは,内科を中心とした精神科以外の診療科なのです。つまり,現状では比較的初期のうつ病やストレス関連障害,初老期のメンタル障害などは,どの科の医師であってもある程度の治療を行わなければならない,避けては通れない存在となってきているのです。さらに,このような背景とは別に,精神科医療施設が少ない地域では,メンタル障害の治療を精神科専門医でない医師が担当せざるを得ない現状があります。

 メンタル障害のプライマリ・ケアを学ぶことは,医療の基礎を学ぶことに通じるところもあり,その習得には,基本的な医学と医療技術を学ぶ研修医の時期が最良と考えられます。そこで今回から4回にわたり,精神科を専門としない医師がメンタル障害の治療にかかわるときに知っておいてほしいことについて,現状の問題点を踏まえ,その改善のためのヒントを交えつつ,具体的な対応・対処法を紹介していきます。

■症状把握ができないときには理由がある

 正確な問診のためには,経験を積むだけでなく,何かしらのコツが必要です。研鑽を積み,そのコツをつかめば,専門知識によらない,“人”との対応の基盤となる技術が身に付きます。きちんと問診ができる医師は,多少専門外であっても,ちょっとした工夫でメンタルな不調を抱える人の症状把握もできるはずです。ところが,「メンタル障害だけは,どのように聴けばいいのかわからない」「何を訴えているのか把握できない」と悩む医師が少なくないのはなぜでしょう? それは,“苦手意識”により,ストレスが生じた結果,簡単な問題を複雑にしてしまっているからなのです。

■メンタル障害の問診では

 どのメンタル障害にも共通していることは,集中力が低下していることと,考えがまとまりにくい状態になっていることです。そのようなときに,難しい言葉や専門用語を使って尋ねれば,問診の意図を理解されないばかりか,「そんなことも知らないのか」と言われたような気分にさせてしまうのです。なかには被害者意識を持つケースや,不安を助長させ心因反応を起こすケースさえあります。メンタルな問題を相談するということは,いまだに覚悟を必要とすることであり,できることなら話したくない事柄であることを念頭に置いて問診する必要があります。

 全診療科に共通したことかもしれませんが,問診で治療上必要な情報を最大限に引き出すには,相手が理解しやすく,かつ誤解しない言葉を選ぶことと,内容は同じでも言葉を変えて何度か聞き返してみることです。問診がうまくいかなければ,治療関係を築く出ばなをくじかれたも同然なのです。

■診察時に起きる「見過ごし」と「過剰評価」

 治療効果が期待したほど上がらない,対処が後手にまわるといった問題が生じるときには,疾患によらず共通した背景があります。それは症状の「見過ごし」と「過剰評価」です。ベテランの医師でも,メンタル障害を診るときに限っては,このような問題を起こしてしまうようです。ではなぜ,そのようなことが起きるのでしょうか?

 人間には“苦手意識”があると,ストレスを感じて何かしらの緊張が生じ,それにより判断力が阻害されます。さらに,メンタル障害初期の軽度の症状を把握するといっても,検査数値で簡便に表されるような指標はありません。文字通りつかみどころのないものをとらえる必要があるのです。さらに,精神症状は,本人も表現しにくく,後から現れてくる症状と現在の訴えとが必ずしも一致しないことがあります。これらの要素が重なって,初期症状の「見過ごし」が起きるのです。そして,はっきりと症状が把握できたときには,すでにその症状が悪化していることが少なくありません。

 さらに悪いことには,「見過ごし」の責任を感じている状況で,経験したことがない悪化した精神症状に直面することになります。その際のストレスは相当強くなり,今度は症状を「過剰評価」してしまうのです。一度このような苦い経験をした医療関係者や介護スタッフは,次からは軽微な症状でも過敏に反応し,症状を重く評価してしまうことが常態化する,という構図ができあがります。向精神薬が最初から必要量以上に投与され続ける原因はここにあります。

■「その処置は誰のために?」をもう一度考える!

 「“誰のために?”それは当事者のため。“どんなメリットが?”デメリットのある対応などするはずがないでしょ」――何を当たり前のことを書いているのかと思われるでしょうが,現実にこのような問題が存在するのです。

 例えば高齢者の入所施設で,普段は医療ライセンスを持たないスタッフや職員だけが対応し,往診で精神科以外の医師が向精神薬を処方する,といったケースにおいて,当事者のためにならない処置が行われていることが少なくありません。入所者間のトラブルを未然に防ぐためという大義のもと,病的ではないものの元気のよすぎるだけの人や,周囲に危害を与えないものの夜間不眠の人に対して,“静かな”状態で過ごしてもらうことをプライオリティにしている場合です。このようなケースでは,たいてい抗不安薬が大量に処方されていたり,まったく必要のない抗精神病薬が処方されていたり,睡眠導入剤が必要以上に処方されていたりします。

 筆者のクリニックには最近,こうした問題を抱え,セカンドオピニオンを求めて来院される高齢者が増えています。

■精神科医の処方だからといって安心してはいけない!

 精神科以外の医師の処方に問題があったのが,上記のケースでした。しかし,同じ精神科医として恥ずかしく,嘆かわしい限りですが,確かな薬理学的根拠に基づいた薬物療法を実践できている精神科医も少ないのが現実なのです。

 ある講演会で,抗精神病薬の副作用軽減のために単剤化の進め方を解説したときのことです。初老の精神科医が「30年以上,ずっと多剤併用で(統合失調症の)患者さんの症状をうまくコントロールしている。患者さんは皆おとなしく再燃もない。それでも多剤併用は悪いのか!」と反論してきました。薬理学的根拠以前に治療スタンスに問題があります。薬物療法が奏効して,状態が安定して健常な精神活動を取り戻したら,喜怒哀楽があって当然ですからそれを,“おとなしい”とは言いません。つまり,抗精神病薬の過剰な効果によって過鎮静で“じっとさせられている状態”や,抗精神病薬による二次性の陰性症状を呈しているのを,“おとなしい”と表現しているのだと思われます。このように,患者を自分の管理下に置いておくことを治療のゴールとする精神科医がいるのです。

 すべての精神科医が薬物療法に精通しているわけではないことや,スタンダードな治療法を無視して独自の治療法を正しいと考えている精神科医が少なくないことを,知っておく必要があります。

 こうした“落とし穴”を踏まえ,次回は「抗うつ薬の処方における問題」についてお話しします。

つづく


姫井昭男
1993年阪医大卒,同年同大神経精神医学教室入局。99年,同大大学院にて医学博士号取得。07年より大阪精神医学研究所新阿武山クリニック所長。本年5月,PHメンタルクリニックを開業。PHとは,Positive Health(=健康づくり)の意。専門外来を標榜せず“家庭医としてのメンタルクリニック”をめざしている。また,複数の企業で産業医も務める。著書に,『精神科の薬がわかる本』(医学書院)など。

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