医学書院

検索
HOME週刊医学界新聞 > 第2894号 2010年09月06日

第2894号 2010年9月6日


【特集】

医療シミュレーションが変える!! 日本の医学教育
シミュレーション教育最前線


 近年ますます活発化しているシミュレーション医学・医療教育。現在,多くの大学や研修病院では“シミュレーション・センター”が立ち上げられ,シミュレーション教育は一応の普及をみていると言える。しかし,機器はそろえたもののシミュレーション教育をより効果的なものとするシナリオや人材が不十分であり,十分な成果を上げることができていない施設もあるのが実情だ。

 一方,質の高い医師養成のため,効率的な医学・医療教育に対するニーズは高まり続けている。そこで本紙では,わが国の実情に合わせたより効果的な医療シミュレーションの在りかたを探る特集を企画。シミュレーションを初期臨床研修プログラムに導入する慶大病院での実習を取材するとともに,シミュレーションを用いた新しい医学・医療教育の形を発信している池上敬一氏(獨協医大越谷病院)に話を伺った。わが国の医学・医療教育を変える医療シミュレーションの“いま”をお届けする(関連記事インタビュー寄稿)。


看護師(以下,看)A「吉田さん,吉田さん,どうしましたか……。脈,呼吸がない。AED,救急カートをお願いします」
看B「AEDを取ってきました!!」
(AEDを起動させるも“ショックは不要です”のアナウンス)
看A「……」
医師「どうしましたか」
看A「糖尿で入院中の吉田さんですが,意識がなく,呼吸・脈がありません。また血糖が低値です」
医師「では,乳酸リンゲル液でルートキープをお願いします。40%グルコースを静注で,あと酸素をお願いします。モニターはどうですか?」
看B「……波形は出てますが,脈はまだふれません」
医師「……アドレナリンを静注で,挿管をするので準備をお願いします」

 これは慶大病院の救急科研修における,病棟急変対応のシミュレーション実習の一場面だ(研修医と実習の講師が医師・看護師の役を務めている)。同院では,3か月の救急科ローテーションの中で,5回(意識レベル,外傷,縫合,病棟急変対応,災害医療を各回2時間で行う)のシミュレーション実習を,専用の施設で行う。同院での実習は,2-3人の少人数で,手技にとどまらずシナリオに基づいたシミュレーションを行うことが特徴。パニックに陥りやすい状況でも,手技を一つひとつきちんと行えるようになることを目標にシミュレーションを実施している。

救命の現場を模擬的に体験

今回実習に参加した研修医の河津桃子さん(左)と大久保恒希さん(右)

 今回取材した“病棟急変対応”での目標は,病棟を舞台に患者さんの急変に適切に対処できることだ。実習はBLS(一次救命措置)の確認から始まり,実際に起こりうる状況に基づいて早速シミュレーションを行う。患者に見立てた高性能マネキンに対し,医師役・看護師役にわかれた研修医が意識・バイタルの確認,ナースコールでの応援要請,胸骨圧迫などの救命措置を順次行っていく。シミュレーション後は,すぐにフィードバックを行う。対応の流れを確認し,自分の手技を振り返るとともに,「胸骨圧迫の際にはベッドに乗り上がる」「挿管をするときは,ベッドの頭柵を外す」など,現場での実際の動きを学ぶ。教科書だけではなかなか実際のイメージが湧かない部分も,体を動かすことにより理解が深まっていたようだ。

 VTRによる自分の手技の確認なども織り交ぜながら,実習は進む。シナリオは徐々に複雑なものへと変わり,研修医はACLS(二次救命措置)にのっとった症例,また薬剤性アナフィラキシーの症例など合計5つのシミュレーションを行った。シミュレーション中は,講師から順次新たな条件が追加され,実際の急変を模擬的に体験する。最初はマネキンへの処置に戸惑いをみせていた研修医も,救命のための手技にとどまらず,さまざまな情報を得ながら考えることで実際の状況に対応するための指示や動きを学ぶことができたようだ。

“医療”をマネジメントするスキルを身に付ける

 実習の講師を務める同施設看護師の安井清孝氏は,「シミュレーションでまず重要なことは,焦っていても手技を一つひとつきちんと行うこと」と語る。救急外来ではチームとして行われ特に意識することがない手技や流れも,シミュレーションで自分が行うことであらためて意識付けされ,身に付いていくという。

 今回実習を行った1年目研修医の河津桃子さんは,「シミュレーション実習を行う前は,シミュレーションは“練習”で救急外来が“本番”と感じていたが,救急外来では指示を受けて特定の手技だけを行うことが多く,すべての流れを考えられるのはシミュレーションのよいところ」と語った。臨床現場ではさまざまな手技や投薬が求められるが,現場に即した医療を早期から体験できる機会となったようだ。また,参加者の大久保恒希さんは,「今日体験したような状況を知らずに,現場に立ってしまうことに怖さを覚えた。非常に勉強になった」と感想を述べた。

 シミュレーションの利点に,“安全に”“繰り返し”体験できることがある。安井氏は,「同じことを繰り返しながら,少しずつシナリオを変えていくことで応用力につながる。シミュレーションでの体験が現場につながっていく」とも語る。医療シミュレーションが,医療環境をマネジメントするスキルを身に付ける手段となる。