医学界新聞

連載

2010.08.09

在宅医療モノ語り

第5話
語り手: 一喜一憂におつきあい パルスオキシメータさん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「パルスオキシメータ」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


某大学病院の同族の皆さまと
ひとくちにパルスオキシメータといっても,大きさ,体重,お値段には大きな差があります。私はザイタクでよく使われている軽量タイプ。お値段は4万円弱で左端におります。体重は左から35g,340g,340g,1100g。今回は特別に美形ナースさんにモデルの協力をいただきました。
 自分で言うのもなんですが,確かに私は人気のある医療機器かもしれません。ザイタクでは医療者はもちろん,患者さんも,家族も,みんな私を覗き込んできます。「今日はいくつ?」と患者さんのほうから聞かれることも少なくありません。私は患者さんの指先などに光をあてて脈を感知しながら,脈拍数と動脈血酸素飽和度をモニターします。

 人気の理由ですか? そんなことまで,自分で語らせるんですか? 照れますね。えっと,まずは「痛みがなく,簡単なこと」だと思います。使い方は指の爪を洗濯ばさみのようなプローベで挟むだけ。機種によっては拍動を感じるかもしれませんが,負担はその程度です。測定時間はかかっても30秒位でしょうか? 病院では,診断のため治療のためと,患者さんに痛みを我慢してもらうことも多く,在宅医療が始まったときには,「痛いコトはもうコリゴリ」という方がいらっしゃいますが,そんな方でも私はたいてい許してもらえます。

 あとは「数字で表現でき,情報共有しやすいこと」。私の表示する数字は,正式には経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)というものです。SpO2が90%ということは,動脈血酸素分圧(PaO2)59 torrに換算されます。普段と比べてSpO2が急に下がる,特に90%を下回るときには,迅速な判断と対処が必要です。私は在宅酸素療法の方にはもちろんですが,呼吸器疾患以外の患者さんにもよく使われています。

 認知症で訪問診療に伺っている患者さんのお宅でのこと。診察を始めるとき,私を使いながら医師が話しかけます。「100点満点で96点。とてもよい成績ですね」。すると,患者さんは「あら,ヤダ。私,何の勉強もしてないのに?」と笑って,「でもね,私,勉強はできるほうだった。だって,あの時代の女学校よ。普通じゃ行けないわよ」と話は脱線し盛り上がります。これがこの方の毎回お決まりのアイスブレイクです。

 私の数字の使い方にはこんなものもあります。訪問看護師からのコールで医師が往診したときのこと。発熱の原因は肺炎で,入院適応ありと判断しました。その在宅医はその場で病院に電話をかけました。市中肺炎のガイドラインの重症度分類を意識しながらプレゼンです。当直医は入院を渋って質問しました。「で,ラボデータはどうですか?」。ここで数字を出したいところですが,今日は休日で検査会社もお休み。もしできたとしても,結果はすぐにはわかりません。在宅医は「サチュレーションも88ですし,できれば」と粘りました。ほぼ満床という病院側の事情もあったようですが,それからいくつかの問答があって,やっと入院決定です。90%を切る,私の数字で拝み倒すしかありませんでした。

 ピッ,ピッ,ピッ,ピッ。脈を音で聴くのって,意外と安心感があるんですよね。電子メトロノームのような機械的な音なのですが,そんな音を患者さんと医療者と家族で一緒に聞きながら,「おー,高得点」と喜んだり,「急に下がった,まずい」と慌てたり,「来るべきときが来た」と肝を据えたりします。私はザイタクでがんばる人たちと一喜一憂を日々共有しているんです。

つづく


鶴岡優子
1993年順大医学部卒。旭中央病院を経て,95年自治医大地域医療学に入局。96年藤沢町民病院,2001年米国ケース・ウエスタン・リザーブ大家庭医療学を経て,08年よりつるかめ診療所(栃木県下野市)で極めて小さな在宅医療を展開。エコとダイエットの両立をめざし訪問診療には自転車を愛用。自治医大非常勤講師。日本内科学会認定総合内科専門医。

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