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第2874号 2010年4月5日


【寄稿】

医学教育をsubspecialtyとして学ぶという選択肢

菊川誠(University of Dundee Centre for Medical Education fellow/佐賀大学総合診療部)


 私は現在,英国Dundee大学のCentre for Medical Education(CME) にて医学教育学を学んでいます。卒後研修を地域の病院で行い,離島診療所から大学病院まで総合診療を基本として診療に携わってきました。その中で,医学教育に興味を持ち,このたび英国への留学の機会を得て,医学教育学を勉強しています。私の経験を交えてCMEについて紹介することにより,自らの専門分野を医学教育にと考えている先生方の参考になれば幸いです。

 CMEがあるDundee市は,英国スコットランドに位置する人口15万人の比較的小さな町です。日本にもCMEで学ばれた方が数人おられ,日本や世界で活躍されています。Dundee大学と言えば日本でもおなじみのOSCEの発祥地であり,またPortfolio,アウトカムが何かということを中心に据えて組み立てられた教育であるOutcome Based Education(OBE),SPICIE Model,Spiral Curriculumなどを発信して世界の医学教育に貢献しています。また最近では,エビデンスに基づいた医学教育の実践をめざすBest Evidence Medical Education(BEME)のコンセプトもここを中心として発信され,広まりつつあります。

 今年Face-to-Faceコース(通学制)で学んでいる学生は私を含め11名で,出身国は英国・タイ・チリ・ヨルダン・タンザニア・オマーン・スウェーデン・パキスタンです。彼らとの交流を通して各国の医学教育の現状を知ることができるのも貴重な財産です。医師不足であること,医師のコミュニケーション能力向上が課題であること,ここ10年間で医学教育の急速な変化が起きていることなど,一見日本特有課題かと思っていたことも,意外に他の国でも同様であることに気付きました。

1年のコースにエッセンスを凝縮

Harden教授を囲んでFace-to-Faceコースの学生たち。2列目右端が筆者。
 ここでの実際のコースの内容を少しご紹介したいと思います。Dundee大学では毎年9月中旬から授業が始まります。まず,全体で1週間のオリエンテーションがあり,基本的な授業の受け方,ノートの取り方などを学びます。9月後半から本格的に授業が始まり,Certificateは12月中旬までの20テーマの授業とそれぞれの課題レポート提出が課されます。約1か月の冬休みの後,1月中旬から4月初めまでDiplomaコースがあり,同じく20の課題に取り組むことが求められています。それ以降は,Masterコースとなり,リサーチを行い卒業論文を提出します。それらの結果がすべて外部評価者から認められればMasterの称号が与えられるという内容になっています。

 レクチャーの内容ですが,講義のプランの立て方,評価の仕方,スタディーガイドの作り方などの実践的内容から,評価の基礎,OBEの理論的内容,そしてリサーチの進め方まで,医学教育者に必要なエッセンスがまさしくSpiralで組み込まれており,各分野の理解が相互に深まるような仕組みとなっています。時には,各国の教育の現状をプレゼンテーションすることもあります。英語が得意ではない私にとってはストレスですが,これもいい経験です。

 通常,Masterコースは2年制の国が多いと思いますが,英国は1年制が多いようです。Dundee大学でも,1年間の設定でプログラムされています。その分内容が薄いのかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが,おそらくその予想は正しくありません。少なくとも私にとっては,課題提出は大変な労力を要します。

 なお,Face-to-Faceコース以外にもDistanceコース(通信教育)で学ぶことも可能です。英国内から約1500名,世界73か国から約2500名の学生がDistanceコースで学んでいます。

医学教育学は発展を続ける社会科学

 私は,医学教育を学問としてどう位置付けるか,という疑問を留学前に持っていました。まだ勉強を始めて間もないのですが,現在の認識では,医学教育は社会科学であり,教育学・心理学をベースに体系化されていること,そして医学教育学は単独で発展してきたのではなく,外部のさまざまな影響を受け応用・発展してきた分野であると思っています。

 例えばPortfolioも,元々はArt教育で用いられてきた評価手法の概念を取り入れていますし,OBEは産業界のOutputを主眼においた生産ラインからの応用です。また,BEMEもEBMを応用して発展してきました。ほかにも,Quality Assurance(品質保証)の考え方も,産業界におけるプロダクトの質保証という概念を基に生まれました。

 そしてこれからは,Web2.0などに代表されるInformation and Communication Technology(ICT) がますます発展し,世界のグローバリゼーション化が加速していくなかで,教育のハードの部分が大きく影響を受け,また進化してくると考えられます。e-learningに代表されるような技術がますます医学教育に取り入れられてくるでしょう。

写真 Webinarの様子
Harden教授がOutcome Based EducationについてのセミナーをWeb上で行っている。左上画面にPowerPointのスライドが映し出される。また,下の画面には,参加者が質問や意見を書き込めて,参加者全員が情報を共有できる。
http://www.amee.org/Login.aspx
 一例を紹介します。Webinarと言われる,双方向性のセミナーをWeb上で行うものです。写真はCMEの前センター長のRonald M.Harden教授のOBEについてのセミナーの模様です。世界中からWeb上でセミナーに参加でき,講師からの講義を聴き,質問することができます。

医学教育学も理論と実践が必要

 医学教育学を学ぶことは,実際の教育・指導にどう役立つのでしょうか。これは,教育の理論と実践というテーマでしばしば議論されることがあります。臨床でいえば,医学の教科書を勉強することと,医療の実践との間の関係に類似していると私は思っています。ただ臨床経験を積むだけでは,医師としての診療能力向上には不十分です。また,逆もしかりで,教科書だけ読んでいても臨床能力はつきません。実際の経験と,理論体系が車の両輪のようにかみ合ってこそ,医師は本当の意味で成長していくのだと思います。

 教育もしかりで,その理論体系を学ぶことで実践の質が向上し,実践することで理論の深い理解が可能になります。残念ながら,日本では医師は後進を指導する機会が多いにもかかわらず,そのための理論体系を学ぶ機会が少ないのが現状だと思います。

 研修医のころ,私は失敗ばかりでよく落ち込んでいましたが,指導医の指導と励ましで何とか乗り切ることができました。そのとき,教育の重要性,特に指導医の重要性を強く感じました。その後,臨床の中で後進を指導する機会を多く持たせてもらいましたが,この方法でいいのか,我流ではないのかといつも悩みながら,先輩の指導方法を模倣したり,学習会に参加したりする試行錯誤の日々を過ごしました。そこで,理論体系をもっとしっかり学べば,実践の質を上げることができると思うようになり,留学を決意しました。こちらに来て最初は,英語が聞き取れず,使用する言葉自体が抽象的で大変苦労しましたが,先生方が非常にサポーティブで満足度の高い学習ができています。もちろん,帰国後も教育に関して悩みが消えることはないでしょうが,今までより深い洞察ができそうです。

 さらにこちらに来て感じたのは,Reflection(振り返り)を非常に重視しているということです。Medical SchoolでもCMEでも指導者は学習者に振り返りを促すことで,医学や教育理論に対しての認識を深めるようにしています。この振り返りの重要性は,医学教育に限ったことではなく,日常で経験すること全般に応用できると思いました。臨床の多忙な状況ではなかなか難しいかもしれませんが,教育に限らず自己の経験を振り返ることは帰国後も続けていきたいと思います。

 もし医学教育学に興味があり,これから勉強してみたいと思われる先生がいらっしゃいましたら,ぜひ教育の現場を経験されておくことをお勧めします。経験は,何よりも貴重な資源となります。それがないと,空想の中での学習となり,理論学習の効果が低くなると思います。医学生や研修医の先生方と時間を共有し,教えることを楽しんでから勉強されると,充実した学習ができると思います。

 医学教育学は,チャレンジングな領域がまだまだたくさんある分野です。多くの若い方が日本の医学教育の発展のため,関心・興味を持ち,医学教育学を学ばれることを願ってやみません。


菊川誠氏
1997年鹿児島大医学部卒。鹿児島生協病院にて初期研修の後,奄美大島南大島診療所,名大総合診療部などで総合診療医として地域の第一線で診療・教育に従事。2005年より米の山病院総合診療科長,臨床研修プログラム責任者を経て現在に至る。指導医養成に特に関心を持って医学教育学を学んでいる。本稿への感想,ご意見,質問などは,mkikukawa73@gmail.comまで。