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第2864号 2010年1月25日


【寄稿】

精神科長期入院患者への退院支援

近藤浩子(千葉大学大学院看護学研究科准教授・精神看護学)


 精神障害を持ち,長期入院している人の退院を支援するために,2008年度から厚生労働省による地域移行支援事業が始まった。この事業は,地域移行推進員や地域体制整備コーディネーターを配置し,精神科病院と関係機関が連携をとりながら,精神障害を持つ人の地域生活への移行を推進するものである。長期入院患者の退院促進については,これまでさまざまな政策が出されてきたが,退院が進まない状況はなかなか変わらなかった。この事業の成果は,今後どのように現れてくるのだろうか。

 わが国では,精神医療が入院中心型から脱却できない状況が続いている。このことは,精神病床数が諸外国に比べて数倍多く,また退院患者の平均在院日数が298.4日と桁違いに長いことからもわかる(表1,2)。このような精神医療は世界に類がなく,精神障害を持つ人が長期入院している国はない。しかしこのことを,どのくらいの国民が知っているのだろうか。

表1 精神病床数(人口万対)
*OECD Health Data 2009より,2007年のデータ。ただしアメリカ・カナダは2006年のデータ

表2 退院患者の平均在院日数
*OECD Health Data 2008「2005年診断分類別精神及び行動の障害」より。ただし日本は平成17年患者調査「精神及び行動の障害」より

長期入院を余儀なくされるわが国の現状

 精神障害を持つ入院患者は,できるだけ早期に地域生活へ戻れるようにすることが必要である。それは,入院が長くなればなるほど主体性を失い,退院が難しくなるからだ。このことに気づいた諸外国は,いち早く1960年代に精神医療を地域中心型へと切り替えた。しかしこの時期に,わが国は精神障害を持つ人を積極的に病院に収容する政策をとっていた。その結果が今日の長期入院に現れている。

 わが国には,退院可能でありながら入院を余儀なくされている患者が7.6万人いるといわれる。その約7割は55歳以上であり(図1),この年齢層は年々高くなっている。また,精神病床の入院患者の約7割は,入院期間が1年を超えているとされる(図2)。入院期間が1年を超えると,患者の退院率は下がっていくのが実情だ。

図1 受け入れ条件が整えば退院可能な患者の入院期間と年齢(精神病床)
(厚労省平成17年患者調査の特別集計より作成,*には65歳以上も含む)

図2 入院期間別にみた精神病床の入院患者
平成17年患者調査の特別集計より作成

 精神障害を持つ人の退院が難しい理由には,グループホームなどの地域の受け皿が少ないこと,入院の長期化につれて患者自身が地域で生活する自信をなくし退院の意欲を失ってしまうことなどが挙げられる。またこれとは別に,入院中心型の精神医療体制の中で退院支援を行うことの難しさもある。

 例えば,退院支援だけが先に進み,入院患者が急に減ってしまうと病院経営に影響が出てしまう。このようなことを言うと,患者の立場でものを考えていないと叱られそうだが,病院全体のバランスを保っていかなければ退院支援を継続することは難しく,患者にも動揺を与えかねない。そのように考えると,退院支援を推進するには,それと並行して退院後の患者に利用してもらえる病院のサービスを充実していくことが必須なのではないだろうか。

グループを活用した長期入院患者の退院支援

 では,筆者の経験した 2つのグループ活動を紹介し,長期入院患者への退院支援について考えたい。

グループ活動「ふるさとを訪ねて」
 このグループ活動は,健康なころを思い出し,主体的に生活することを目的に,7か月間かけて実施した。長期入院患者のふるさとを訪ねるとともに,その道中でレストランでの食事や買い物を体験する活動だ。参加者は入院期間約20年,50歳代を中心とした10名の患者。

 長年病院の中で過ごしてきた患者にとって,地域に出ることはうれしい反面,戸惑うことも数多くあったようである。例えばある人は,弁当を買うときに非常に緊張し,看護師の後ろにぴたりとついて看護師の動作をそっくりまねて弁当を買っていた。好きなものを選ぶ余裕はなかった。またある人は,電車の切符を買うときに財布から小銭を出せず,あせってお金をまいてしまったり,公衆トイレの流し方がわからずトイレから出てこられなくなってしまったり,ということがあった。

 この患者たちは,病院内では自立していた。しかし,慣れない地域に出ると,些細なことができなくなる。このような患者の退院への自信を高めていくには,困ったときにその場で適切なサポートをすることが大切である。病院の中だけで見ていては患者の本当の姿がわからない。看護師が患者と一緒にもっと地域に出て,どんな場面で患者が戸惑うのかを知ることが必要だと感じた。

グループ活動「退院後の生活に役立つ活動をしよう」
 退院後の生活を具体的に考える目的で,14か月間のグループ活動を実施した。参加者は入院期間3年未満,40歳代を中心とした10名の患者。社会生活経験がある方たちで,仕事や住居の探し方などさまざまなことを話し合った。はじめは「今まで何をやってもダメだったから仕事は無理。働くにも人間関係がうまくいかず,普通の人についていく自信がない」と話していた患者も,「障害ではなく,人物のよいところを見てほしい,障害があることを理解して仕事を教えてほしい」と本音を語り始めた。

 この活動を通して,地域社会で生きる大変さが伝わってきた。退院支援を進めるには地域社会が変わっていくことも必要である。精神障害を持つ人が生活しやすい地域社会をどうつくっていくかを考えなければいけないと再認識している。

 精神障害を持つ人には,臨機応変な対応が難しい,対人関係が苦手といった生活のしづらさがある。しかし,周囲の人々が生活のしにくさを理解してかかわることができれば,精神障害を持つ人はより適切に役割を遂行できるといわれている。精神病床の少ない諸外国では,精神障害を持つ人はもっと身近な存在であり,地域の人々が障害をよく知っている。そのような地域社会に変えていきたいものである。医療従事者の方には,精神障害を持つ人の生活のしづらさと,この方たちの適応力は周囲の人々の理解あるかかわりによって発揮されるということを,ぜひ理解してほしい。


近藤浩子氏
千葉大大学院看護学研究科博士後期課程修了。専攻は精神看護学。博士課程では,慢性精神障害者を対象としたグループ・アプローチに取り組んだ。信州大に医療短大時代から計13年勤務し,群馬県立県民健康科学大を経て,2009年4月より現職。精神看護のほか,リラクセーションやヒーリングにも関心を持ち,研鑽中。