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第2834号 2009年6月15日


〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第153回

A Patient's Story(4)
最小侵襲手術

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2832号よりつづく

前回までのあらすじ:2009年初め,私は,直腸カルチノイドと診断された。


 前回も述べたように,私の直腸カルチノイドは腫瘍径0.6cmと,非常に早期の段階で発見された。しかし,いくら腫瘍のサイズが小さいとはいっても,治療方針を決める前に,転移の有無を確認する必要があった。

小さな親切と大きな感激

 転移の有無を調べるために外科医が指示した検査は,胸・腹部CTと,ソマトスタチン・レセプター・シンチグラフィ(カルチノイドに特異的な画像検査)の二つだった。二つの検査を同時に済ませるために,朝に同位元素の注射,4時間後に1回目のシンチグラフィ撮影(2回目は翌日),夕方にCT撮影というスケジュールが組まれたが,「一日中病院にいなければならない」と思うと,私は,正直言ってうんざりした。

 私が日本にいた時代,放射性同位元素の注射をするのは医師の役目と決まっていたので,核医学科の技師が注射をすると知ったときは驚いたが,さらに驚いたのは,技師の「心優しさ」だった。注射をされながら,私が「今日は夕方のCTを済ませるまで一日中病院にいなければならない」とこぼしたところ,「それはかわいそうだ。午前中にCTが受けられるように交渉してあげよう」と,こちらが頼んだわけでもないのに,申し出てくれたのである。

 彼女の任務は放射性同位元素の注射であって,「患者の検査スケジュールに気配りする」などということは,その業務には含まれていない。「それは大変ですね」と同情の言葉をかけてもらっただけでも,私は「親切な人だ」と思っていただろう。それを,「一日中病院に拘束されるのはかわいそうだ」と,自発的にスケジュール変更の交渉をすることを申し出てくれたのだから,私は感激した(患者が医療者の小さな親切にも大きく感激するのは洋の東西を問わない,と私は信じている)。私が受診したX病院は,ハーバード系病院の中でも患者に対する思いやりがあつい(別の病院で働くハーバードの教官も,いざ自分が病気になったときはX病院に入院すると言われている)とは聞いていたが,評判が嘘でないことを,身をもって体験したのだった。

詐病者の疚しさ

 幸い検査技師の交渉は成功,私は,注射のすぐあとCT室へと向かった。待合室に居合わせたのは例外なく「見るからに病気」という患者ばかりだったが,私は,自分の元気さを思うにつけ,まるで詐病を語らって病院に紛れ込んだかのような疚しさを覚えた。後から考えると,自分の腫瘍の予後の良さを確信していたからこそ「詐病者の疚しさ」を覚えたと思うのだが,予後の良さについて確信することができたのは,内視鏡の際に,自分の腫瘍の「善良そうな顔つき」をわが目で確認していたからではなかったろうか。

 転移の有無を調べることが目的の画像検査だったが,私が心配していたのは,「転移」があるかないかよりも,「カルチノイドとは無関係の他の腫瘍が見つかる」ことだった。上述した通り,カルチノイドの予後については心配していなかったこともあったが,元スモーカーとしては,例えば「肺癌が見つかりやしないか」と,不安にならざるを得なかったのである。

 画像検査の結果は,数日後の「結腸・直腸腫瘍外来」受診まで待たなければならなかった。結腸・直腸腫瘍外来は,外科医に加えて,オンコロジスト(腫瘍内科医)が共同で患者を診る体制となっていた。オンコロジストから「転移の所見はありませんでした。原発巣のサイズは小さいですし,手術でおそらく完治するでしょう。私があなたの治療に直接かかわることはまずありません」と言われたときは,専門医から予後の良さについてお墨付きを得た上,化学療法も不要と保証されたので,さすがにうれしかった。つい,「あなたが私の診療にかかわらないのでとてもうれしい」と言ってしまってから,「同業者を侮辱する言葉だった」と反省したが,後の祭りだった。

 続いて外科医が術式を説明,手術はTransanal Endoscopic Microsurgery(TEM;経肛門的内視鏡下顕微鏡手術)になるとのことだった。基本的には「肛門からアプローチする硬性内視鏡手術。腫瘍を取り囲む形で直腸壁を切除,腫瘍境界が顕微鏡で明視できるので取り残しの心配もない」と理解した。

 いわゆるminimally invasive surgery(最小侵襲手術)の範疇に入るので,通常の直腸癌手術に比べ,難儀な合併症が起こる危険も少ないし,入院も手術当日の1日だけでよいということだった。診断を告げられた直後,直腸の腫瘍と聞いて,とっさに「人工肛門になるのか」と心配したことを思い出しながら,私は,早期発見されたおかげで手術も軽く済むことになった運の良さをあらためて痛感した。

 手術は10日後と決まった。私は,自分がどれだけ間違っているかも知らずに,「10日したら,厄介な腫瘍とも縁が切れる」と信じ込んでいたのだった。

この項つづく

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