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第2832号 2009年6月1日


〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第152回

A Patient's Story(3)
早期発見の幸運

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2830号よりつづく

前回までのあらすじ:2009年初め,私は,直腸カルチノイドと診断された。


 米国にも日本の「忌み言葉」に相当する感覚はあり,たとえば「Cancer」と直接言及せずに,「C-word」と言ったりすることがある。米国人にとって,医師から「C-word」の診断を告げられることほど恐ろしい体験はないとされているが,前回も述べたように,私は直腸カルチノイドと診断されたことにさほどのショックを受けなかった。もっとも,正確に言うと,私の場合,診断は「Cancer」ではなく「carcinoid」(字義通り訳せば「癌もどき」),米国人がショックを受ける大文字の「C-word」ではなく,いわば,小文字の「c-word」を告げられたのだから,ショックが小さかったのも不思議はなかったのかもしれない。

 いずれにせよ,私にとって,診断を告げられた際の心的リアクションのメインは,ショックではなく,「早期に発見されてよかった」という「喜び」だった。しかも,もし日本に住んでいたら早期に発見されることはなかったのではないかと思うと,一層,わが身の幸運のほどが痛感されたのだった。

日米の大腸癌検診プロトコール

 日本の検診では見逃されていただろうと私が思わざるを得なかったのは,日米の大腸癌検診のプロトコールに大きな違いがあるからである。読者もご存じのように,日本では,大腸癌検診の一次スクリーニングとして便潜血検査(対象は40歳以上)が採用されている。便潜血が陽性だったときに初めて,「S状結腸内視鏡検査と注腸X線検査の併用,あるいは,大腸内視鏡検査」を行うのが一般的だが,内視鏡施行時にわが目でも確認したとおり,私のカルチノイドは正常粘膜に被覆されていたので,出血を来すような可能性は皆無と言ってよかった。もし,日本で検診を受けていたら,きっと「便潜血陰性」で「一件落着」,見逃されていたに違いないのである。

 一方,米国では,一次スクリーニングの方法について,「便潜血検査,S状結腸内視鏡,大腸内視鏡のいずれか」と決められている(対象は50歳以上)。しかも,ほとんどの医師が大腸内視鏡を受けることを「ファースト・チョイス」として勧めている()上,保険会社も検診目的の大腸内視鏡に保険適用を認めているのが普通なので,一次スクリーニングとして大腸内視鏡が施行されるのが一般的である。

 私の場合,日本で生まれ育った人間として,日米のプロトコールの違いに釈然としない思いを抱いていたこともあり,これまで,米国人の主治医から大腸内視鏡を受けることを勧められても,検査を受けることに「尻込み」してきた,……というのは表向きの理由で,正直なところを言うと,「お尻から管を入れられるような検査は,できれば受けたくない」というのが本音だった。しかし,幸か不幸か,私の主治医は,患者に理詰めで迫ることがとりわけ得意な医師だった。しかも,こちらの「できれば受けたくない検査」という軟弱な理由が見透かされていたのか,ついに大腸鏡を受けることに同意させられてしまった(直接そう言われたわけではなかったが,彼女の口調に,「医者のくせになぜわけのわからないことを言うのか」という響きを聞き取ったことも大きかった)。

カルチノイド早期発見は「おまけの景品」

 かくして「郷に入っては郷に従った」おかげで,私は直腸カルチノイドが早期発見される幸運に恵まれたのだが,ここで勘違いしてもらいたくないのは,私が米国に住んでいたおかげでカルチノイドを早期発見されたからといって,「米国の検診プロトコールのほうが日本のものよりも優れている」などという誤った結論を導いてはならないことである。そもそも,検診のプロトコールは,それぞれの国のデータ・事情に即して,「ベスト」のものが決められているのだから,国によって違って当然なのである。

 さらに,私が受けたのは大腸癌の検診であって直腸カルチノイドの検診ではなかった(そもそも,直腸カルチノイドのように頻度の低い腫瘍を「スクリーニング」することに意味がない)。大腸癌を発見するためにデザインされた検診を受けたところ,たまたま本来の目的ではないカルチノイドを発見されたにすぎず,いわば,買い物をするために入った商店で,まったく期待していなかった「おまけの景品」にありついたようなものなのである。

 かくして私は,カルチノイド早期発見という「おまけの景品」にありつくことができた幸運を喜んでいたのだが,やがてとんでもない災難に見舞われることになるなど,夢にも思っていなかったのだった。

この項つづく

:米国の医師が便潜血検査ではなく大腸内視鏡をファースト・チョイスとして勧める論拠の一つに,「便潜血検査で出血しているような病変を見つけても手遅れ」とするものがあるが,エビデンスによって証明された主張ではない。現在,NCIがスポンサーとなって,両スクリーニング法の優劣を比較するランダマイズド・スタディが進行中である。 連載一覧