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第2833号 2009年6月8日


ノエル先生と考える日本の医学教育

【第1回】イントロダクション

ゴードン・ノエル(オレゴン健康科学大学 内科教授)
大滝純司(東京医科大学 医学教育学講座教授)
松村真司(松村医院院長)


 わが国の医学教育は大きな転換期を迎えている。昨今,これらの議論は,医療界のみにとどまらず,一般の国民を巻き込んだ関心事にもなってきている。5年前に開始された新医師臨床研修制度の見直しをめぐる議論が代表的なものであるが,それ以外にも,どのように心ある医師を育てていくか,救急・小児・産科医療など住民ニーズの高い分野にいかに若い医師を誘導するか,地域枠に象徴される医師の分布の偏在をいかに是正していくか,などさまざまな話題が挙げられる。これらすべてが,一朝一夕で解決できるような問題ではないが,現場では待ったなしの解決が迫られている。

 このような変化は決してわが国だけに特異的な出来事ではない。急速なテクノロジーの進化は普遍的なものであり,また医療安全への関心の高まりや,プライマリ・ケアを主体とした教育に注目が集まっているのも,世界中で共通している問題である。各地域の医学・医療にかかわっている人々は,これらの共通する課題に対して,それぞれの地域の事情を踏まえた対処を始めている。もちろん,すべての取り組みがうまくいっているわけではなく,試行錯誤をしている面もあろう。決して,わが国だけがうまくいっていないわけでも,試行錯誤を続けているわけでもないのである。

 ゴードン・ノエル先生は,米国において内科医としてさまざまな医学教育にかかわり,経歴を重ねたのち,2001年に東京大学医学教育国際協力研究センターの客員教授として初めて来日された。2001年における6か月の滞在中は,東大での医学教育の活動にとどまらず,全国各地の臨床研修病院を視察し,実際に教育活動にも携わり帰国された。その後も洛和会音羽病院をはじめ何度も日本の大学・研修病院を訪れ,この間のわが国のダイナミックとも言える医学教育の変化について観察している。と同時に,米国をはじめとした各国の医学教育への取り組みについても造詣が深く,これら海外の事情を踏まえて日本の医学教育で生じているさまざまな問題について関心を持たれていた。

 ノエル先生と私たちとの間で,医学教育にまつわる問題をディスカッションすることで,わが国の医学教育について検討する上での示唆が得られるのではないか,と考えたことが本連載を開始するきっかけである。トピックは医師の偏在の問題や,専門医教育制度などマクロの問題から,問題ある学習者への対応方法や,効果的なフィードバックの方法などのミクロの問題まで,医学教育にまつわるさまざまな問題を取り上げていこうと思っている。

 さて,第一回として,大滝・松村で現在の医学教育をめぐる問題について少し議論してみたい。


松村 日本の各地で勤務医が不足する病院が続出し,そのために診療が停止するなどの問題が話題になっています。この問題は地方だけに起きている問題ではなく,東京近郊でも,産科や小児科が医師不足のため診療を取りやめるなどの事態が発生しています。これらの原因のひとつに新医師臨床研修制度があるのではと言われていますが,実際のところはどうなのでしょうか。よい医師を育てる,という制度の問題と,医師の供給の問題は別であるように思うのですが。

大滝 基本的な臨床能力を習得するための研修と,医師の偏在や不足の問題が,混同されやすくなっているように思います。本来は,どのような能力を持った医師がどこにどのくらい必要なのかを,まず検討する必要がありますが,その議論は進んでいないように見えます。新医師臨床研修制度やマッチングが,研修医の進路選択の機会を増やし,幅を広げたことは確かでしょう。以前と比較して,医学生も研修医も,常に自分の進路を幅広く考え,研修の場を主体的に選ぶようになりました。初期の2年間の研修を修了する時点で,その後のいわゆる後期研修について,もう一度検討して選択するようになったことも,大きな変化です。後期研修先を選択する際には,「どの科に進むか」だけでなく,「どのような能力や資格が得られるか」について,吟味する傾向が強くなってきているようです。

松村 いかに専門医を育てていくかは重要です。マッチング・システムの問題点等,制度上の問題もあると思いますが,やはり大学病院をはじめとした臨床研修病院の研修プログラムが若い人に魅力を与え,そして若い人自らに選んでもらうためにはどうすればいいか,という視点も大事なように思います。

大滝 初期研修も専門医養成のための後期研修も,研修プログラムの中で,よい意味での競争が行われるように配慮することは,研修の質を保つ上で重要でしょう。一方,指導医が既に疲弊している中で,どのようにして研修の指導体制を維持するのか,競争どころではない病院も少なくありません。研修に力を入れる病院に,研修医も,指導医も,患者さんも,そして社会的評価も集まるような仕組みが必要です。

松村 専門医の育成とともに,最近では,地域の診療所にも学生や研修医が現れるようになってきました。当院でも学生や研修医がカリキュラムの一環として定期的に訪れますが,女子学生が増えたり,また問題のある学生をどのように指導すればよいのか,フィードバックを適切にするにはどのようにすればよいのか,そのようなときに自分が学生だったころと同じように接することはできないとも感じます。開業医ですので,患者さんとのトラブルは避けたいですし,経営に悪影響が出てしまったら本末転倒ですしね。

大滝 大学病院や大規模な研修病院での医療が,さらに高度化・専門分化し続けるなかで,地域の診療所などでの卒前教育や初期臨床研修は,これからますます重要になっていくでしょう。ここでも,教育を重視する施設が,患者さんや地域社会から評価されるようにすることが,医学教育システムの課題になっています。

松村 以上のような問題をノエル先生と共有して,ノエル先生から紹介いただいたそれぞれの取り組みのなかから,参考になる点,有用な点が見えるようになるとよいのですが……。

大滝 そうですね。ノエル先生は,米国の医学教育の改革に,長い間,取り組んでおられ,その経緯や背景をいろいろとご存じです。また,日本の医学教育についても,卒前・卒後のどちらも,その実態をかなり詳しく知っておられますよね。

松村 日本の医学教育の現状について,熟知されているノエル先生のご意見は貴重だと思います。先生は,今の日本の医学教育のよい点についてもしばしば言及されますよね。私たちが,時に弊害ではないかと思っているような点も,実はよいところなのかもしれません。

大滝 日本にいると,海外の,特に欧米の医学教育の状況に関する断片的な情報をもとに,「だから日本の医学教育はだめだ」といった判断をしてしまいがちです。

松村 ノエル先生と意見交換をすることによって,最新の医学教育にまつわる動向や各国の新しい取り組みについての議論を通じて,私たちにとって新たな解決の道が見いだせるとよいと思います。

大滝 医学教育に限ったことではありませんが,どこかに夢のような正しい解決策があるのではないことだけは確かだと思っています。議論や検証を繰り返し,時には試行錯誤もしながら,一つずつ少しずつ,よりよいものに変えていく姿勢が大切だと思います。

ノエル先生からのコメント

私が学生・研修医教育に最初に興味を持ったのは医学生のころでした。当時の私は,教育の良い例も悪い例も目にしました。学生や研修医をよい医師に育て上げる優れた指導医に啓発されましたが,そうでない指導医たちには失望しました。しかし指導医を観察しフィードバックを与えて手助けをしたいと思うようになりました。ほとんどの医師はよい指導医になりたいと願っていたのですが,どのようにすればよいか知らなかったのです。

 東京大学客員教授の経験から,私は学生や指導医が他の国や文化を学ぶことの重要性を学びました。米国の医学は,諸外国の医学教育や医療のモデルから,そして米国で教えるために移住してきた新しい指導医たちから,多くを学んできたからです。

 この連載で,私たちは米国をはじめ各国の医学教育の背後にある考え方や組織構造について紹介し,優秀な医師を育てる最善の方法はなにか,医学教育の改革や実験をどのようにすれば推進できるのか,教育に熱意を持つ医師をどのように支援するのか,といった議論を日本の医師たちの間で促したいのです。意見交換が活発になることで,各国のよいアイデア(と,もちろん失敗例も)を参考にしながら日本の医学教育は独自に進化していくのだと思っています。

つづく


ゴードン・ノエル氏
1963年ハーバード大文学部卒,67年コロンビア大医学部卒,シカゴ大,コロンビア大などで内科学と内分泌学を研修,83-4年にはジョンズ・ホプキンス大で疫学,88-9年にはハーバード大で経営学を修了。92年から現職。

大滝純司氏
1983年筑波大卒,米国留学,東大などを経て,2005年から東京医大病院総合診療科教授。08年より現職。医学生・研修医への基本的臨床能力の教育や,総合的な臨床能力を持つ医師の養成に取り組んでいる。

松村真司氏
1991年北大卒。慈恵医大,国立東京第二病院(当時),UCLA,東大医学教育国際協力研究センターを経て2001年より現職。地域で診療所を開業するかたわら学生・研修医教育にも携わる。

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