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第2833号 2009年6月8日


【寄稿】

地域を愛し,自分を進化させていく
井川診療所での歩みから,地域医療の魅力について考える

山田 寛(静岡市国民健康保険井川診療所所長)


突然の診療所勤務「とりあえず頑張ってみよう」

 1990年4月,産婦人科認定医の資格を取得したばかりの自分に,突如山奥の診療所勤務が命ぜられました。へき地医療を担うための自治医科大学卒業医でありながらも,義務の3年間を勤め上げればまた産婦人科医に戻れる,正直そんな気持ちで井川へ赴任しました。

 井川は政令指定都市である静岡市の一地区ですが,市街地から60キロほど北上した南アルプスのふもとにあり,陸の孤島ともいえる山間地です。現在,人口約700人(1990年当時は1200人),高齢化率約55%と,急激に過疎・高齢化が進んでいる地区です。そのような土地柄ですので,1957年の診療所開設以来,医師確保には大変な苦労があったようです。ですから,赴任時の地域の歓迎ぶりは大変なものでした。そして医師としての経験が浅い若輩者にもかかわらず,地域で唯一の医療機関ということで仕方なく(?)頼りにしてくれる人々に囲まれているうちに,とりあえず3年間は地域のために頑張ってみようかと,赴任後間もなくそんな気持ちにさせられてしまいました。

医療環境整備で信頼を獲得「井川の医者でやっていこう」

 そこで,まず気付いたことが医療機器や救急体制の不備でした。院内にあるのは古い心電計とレントゲン撮影装置のみでしたので,せめて半日人間ドックができるぐらいの設備をめざしました。幸い行政の理解もあり,医療機器の納入は順調に進み,1992年度から人間ドックが開始できました。救急に関しては,救急車は市街から約2時間ほどで到着といった状況でしたので,緊急時は家族の自家用車か消防団の車両を利用するしかありませんでした。そこで,これも行政にお願いして1992年に救急医療用の患者搬送車を配備してもらいました。

 こうして診療が軌道に乗ってくると,これまで市街へ通院していた患者さんたちも次第に診療所に来てくれるようになりました。現在のように体系化された地域医療の研修システムなどを経験せずに地域へ飛び込みましたので,赴任当初は当然のことながら慣れないことばかりで不安の毎日でした。診療に苦慮したときは,『診療所マニュアル』(医学書院)や種々の医学雑誌,知り合いの病院勤務医や自治医大の先輩医師などを頼りにしながら,何とか対処しました。また,ドックに必要な胃カメラや外来診療で比較的多い眼科,耳鼻科のプライマリ・ケアなどは,週1回の研修日を利用し,後方病院に頼み込んで研修させてもらいました。

 そんな日々を重ねるうちに,専門医療とは違う幅広い医療をやることの楽しさと,自分の仕事が地域から喜ばれているという手応えから,赴任して2年が過ぎようとしたころにはいつの間にかすっかり地域医療の魅力に取りつかれてしまいました。そして義務の3年間が終わろうとするころには,代わりの医師にそれほど不自由していない病院よりも井川のほうが自分をより頼りにしてくれているのではないかと感じ,産婦人科医への道は進まず(当時,産婦人科が現在のような状況になるとは予想だにしませんでしたので),井川の医者としてやってゆこうと決意しました。

一人医師診療所勤務の難しさ

 しかし,へき地での一人医師診療所勤務を続けていくにはいろいろと問題もありました。家族とは5年間井川で共に生活をしましたが,子どもたちの成長とともに妻と子どもたちは市街へ行かざるを得なくなりました。また休暇をどう確保するか,日常診療の疑問をどうしたらより早く解決できるか,半単身赴任生活で井川に不在時の救急対応をどうするか等々,悩みは尽きませんでした。

 幸いにも地域住民や妻の理解に恵まれ,また1995年には後方病院の総合診療科に代診や診断支援の窓口を,2001年には救急車・救急隊員の常駐とドクターヘリ搬送体制を行政が実現してくれ,全国のへき地の中でもおそらくかなり恵まれた支援体制のおかげで,今日まで勤務を続けてこられたと思います。

幅広い地域医療業務

 地域医療の現場では,外来診療のほとんどが生活習慣病や感冒などのいわゆる日常病です。専門医療を必要とする患者さんの出現頻度はそう多くありません。ですから地域の医療ニーズは,外来では全科の疾患に対応し,専門科での精査や入院等が必要なときには的確に専門医へ紹介するというゲートキーパーの役割です。さらには,訪問診療,母子保健,学校保健,産業保健,高齢者福祉など,地域の保健医療福祉に関する幅広い業務もあります。

 産婦人科認定医をめざして病院で研修をしていたころには想像だにしませんでしたが,地域医療が必要とされる現場に身を置き実際に体験してみると,一診療科の専門医療とはまた違ったやりがいと楽しさのある医療だと感じました。地域によって求められる医療ニーズはさまざまでしょうが,そのニーズに対応できるよう自分を進化させていくのが地域医療のやりがいと楽しさであり,またこの点が地域医療独特の「専門性」とでも言えるような気がします。

地域を愛する気持ちこそが,地域医療の原動力

 ところで,あらためて地域医療を実践・継続する上で一番大切なことは何かとあらためて考えると,まずは「その地域が好きであること」ではないかと思います。地域での生活,人間関係が好きであれば,地域のために少しでも役に立てる医師になろうとすることでしょう。この思いが地域医療実践の原動力だと思います。現在では生涯学習,研修の方法はいくらでもありますので,地域のニーズに合った内容の習得は現場にいながらでもまず問題ないでしょう。

 また長く勤務するほど,住民の生活・家族背景まで熟知でき,日常の疾病管理,予防医療がよりやりやすくなります。さらに地域住民との信頼関係も築ければ,いわゆるモンスターペイシェントやコンビニ受診などは無縁となることでしょう。私事ですが,赴任当初は頻繁だった時間外診療や急患が,長く勤務するうちに激減し,さらに無理なく勤務を続けることができています。これも井川での勤務を長く続けてきたことが一つの実りにつながったのだと思います。

 地域医として受け入れてもらえるまでには多少の時間と努力,そして時には忍耐も必要ですが,まずは地域が好きであり,地道に診療を続けていれば,必ずやその手応えは地域から返ってくることでしょう。そしてこの手応えこそが地域医療の魅力であり,また医者冥利に尽きると感じる点です。医師患者関係,医師の過重労働や燃え尽きなどの医療問題が取り沙汰されるなか,都市部よりも慢性の医師不足と言われているへき地のほうが,温かみやゆとりのある人間的な医療を楽しめるのではないかと思います。


山田寛氏
1984年自治医大卒業後,静岡県立総合病院で2年間多科ローテート研修,国保佐久間病院で1年間整形外科と週1回の診療所勤務,島田市民病院で3年間の産婦人科勤務を経て,90年より現職。99年に地域待望の診療所と高齢者生活福祉センターを合築した医療福祉の複合施設が完成し,介護保険制度が始まった2000年から5年間,介護支援専門員も兼務した。静岡市の山間へき地である井川での,地域包括医療にやりがいと楽しさを感じている。第2回地域医療貢献奨励賞受賞。