若手医師が語る私の人生を変えた『感染症診療マニュアル』(吉嶺厚生,笹原鉄平,上田晃弘,林淑朗,谷口俊文,本田仁)
寄稿
2008.04.07
【特集】
若手医師が語る
私の人生を変えた『感染症診療マニュアル』
...Since We First Met
世に「名著」と呼ばれる書は数あれども,人の生き方まで変えてしまうようなものはそう多くはない。2000年に発行された『レジデントのための感染症診療マニュアル』は,そうした稀有な名著のひとつだ。「“途方に暮れ,焦り,諦めかけている”研修医・若き医師,医学生を対象とした(序文より)」本書は,若手医師のバイブルとなり,感染症医を志す医師が急増した。
待望の第2版発行を機に,未来の感染症診療を担う若手医師らが『感染症診療マニュアル』との出会いやその後の歩みを語った(関連対談記事)。
こんなことを聞いてみました。
(1)経歴 (2)『レジデントのための感染症診療マニュアル』および青木眞氏との出会い (3)将来の目標 |
その診療哲学を広めたい
吉嶺 厚生(沖縄県立八重山病院/内科)(1)1988年鹿児島大卒。沖縄県立中部病院呼吸器内科にて1年6か月イクスターン研修後,鹿児島市医師会病院等を経て,2000年より沖縄県立八重山病院に勤務。
(2)「耐性菌出現に気をつけましょう」と言いながら,新しいキノロン剤を躊躇なく外来で使う医師たち。起炎菌を同定する努力なしに「重症者にはとにかくカルバペネムを」と主張する。「塗抹検査なんて不要」……。
学会に参加するたび,ため息の出る状態であった。あのコワーい肺炎球菌がたった一発のペニシリンG100万単位で痰の中から消えてしまうのを見ながら診療している私にとって,塗抹検査なしの感染症治療なんて許しがたいものであった。さらに悔しいのは,それに反論できないこと。自分の力不足を嘆くしかなかった。同じ思いを抱いている同志たちも大勢いたと思う。
そのような状況の中で,青木眞先生の『レジデントのための感染症診療マニュアル』は誕生した。読み進めると,「そうそう」「思っている通り」,共感どころではない。これまでのフラストレーションが一気に吹き飛ぶような爽快感を覚えた。今考えるとおかしいが,まるで自分が本を出版したように得意になり,いろいろなところで宣伝して回っていた。
ほどなく,青木先生との出会いはやってきた。石垣島にご講演にいらしてくださったのである。その時,先生がこの本をどのような思いで作り上げたかを知ることとなる。「正しいことを伝えていくことはmission(使命)である。それを一人ひとりに伝えていたのでは時間が足りない。でも早く伝えなければ,日本は大変なことになってしまう」。
ただはしゃいでいた私は,非常に恥ずかしかった。私には,「学会で物知り顔で広域スペクトラムを勧める人たちの鼻をあかしてやった」くらいの気持ちしかなかったのである。「これではいけない,私も正しいことを伝えなければ」。そう思った。
誤解を恐れずに言えば,この本はイスラム教におけるコーラン,キリスト教における聖書だと思っている。正しい感染症治療の原則の教えは存在していたけれど教典がなかった。いよいよ聖書が完成したのだ。
この本は決してマニュアル本ではない。診療哲学の本と言っていい。医師としてどのように疾患にアプローチしていくかの哲学がちりばめられている。「感染症の経過はよくなるか,悪くなるかのどちらか。膠着状態というのは,他のfactorがあるはず」。これなどは毎日お世話になっているパールである。
(3)私の医師人生に新たな目標が加わった。この一冊を学び直しながら,その“心”を後輩たちに伝えていくことである。病原体が暴れている様子や抗菌薬に打ちのめされたさまを見せながら感染症治療を教えていきたい。薄っぺらなガイドラインやマニュアルを頼りにする医師でなく,臨床の本質を理解し,どんな状況でもあわてない医師をひとりでも多く育てたい。
「青木先生のように」なんておこがましいが,その教えを少しでも広げ,日本の感染症治療を適切にして,安心できる医療環境を提供したいと考えている。
Our time to destination
笹原 鉄平(自治医科大学附属病院/臨床感染症センター感染制御部/感染症科)(1)2003年札幌医大卒。国立国際医療センター初期研修医,同総合診療科を経て06年から現職。細菌学/臨床感染症学大学院生。
(2)通販で届いた『レジデントのための感染症診療マニュアル』(愛称:青木本)の第2版を,箱から取り出した。重い。ここ数年立て続けに発行された感染症関連の良書たちがぶっきらぼうに積まれた和書の棚に押し込むと,その重厚さがさらに際立った。青木眞先生がわが国の臨床感染症領域に与えたインパクトとその実績,それに応えて現在芽吹き始めた感染症診療に対する日本全国の意気が,この「重さ」を築いているのだと実感した。傍らに並んで,日に焼けて何色か判らなくなった第1版の背表紙が,腕利き老刑事の引退シーンのように,渋くて味のある口調で僕へ告げる。“It's time to go to the second stage――.”
「感染症なんてサ,日本じゃ専門にはならないよ。それよりウチの科に入りなさいよ」「食っていけないショ」「感染症医? 何それ,何するの?」――。学生時代に,僕の将来像に対して浴びせられた9割以上の言葉は,助言とも侮蔑とも取れるものだった。気分はまるで箱舟のノアかガリレオ・ガリレイだったが,少数だけれども応援してくれた方々に励まされ,青木本を握りしめて何とかここまでたどり着くことができた。
2001年,僕は基礎か社会医学に進もうと思っていた。医学部に入ったのも国際保健に興味があったからだし,微生物学や衛生学の仕事に魅力を感じていた。「熱があるから抗菌薬」「A薬が効かないからB薬」と,臨床現場での感染症に対するぞんざいな扱いを見せつけられ,また患者中心ではない状況が多々あることにも嫌気がさし,卒後は小児科を数年やって,その後は最大多数の最大幸福に貢献できる裏方の仕事に転向しようと考えていた。
しかし。人生の転機は思いもかけず,突然に訪れるものである。総合診療科の実習で師匠と呼べる医師と出会い,衝撃的に臨床の面白さと奥の深さを知ることができた。昔からシャーロック・ホームズが好きだった自分には,診断学が特に生かせる領域が好ましいと思い,その師匠に将来について相談したところ,「感染症と診断が好きならサ,感染症科は? 知らない? 米国にはね,感染症科っていうのがあるんだよ」と一冊の本を貸してくれた。それが青木本だった。「これだ」。自分の一生を捧げる仕事は,これなんだと確信した。
含蓄のあるフレーズで教訓を伝える“親父の一言集”というのがあるが,まさに青木本がそれである。青木先生を親父呼ばわりするのは大変恐縮だが,その一冊には“感染症診療”という戦場で戦い抜いた一人の男の「生きざま」が刻まれていた。教科書とも違う,ハンドブックとも違う,文字の向こうに熱い想いが込められていた。その後,僕は青木本を言葉どおり“握りしめて”初期研修を行い,運よく現在の専門研修を受けられるに至った。
わが国の臨床感染症領域を取り巻く環境はここ数年で激変している。感染症科を有する病院も増え,いくつもの日本語の良書や身近なセミナー・勉強会があり,喜ばしいことである。今でこそ青木先生に直接ご相談できる環境であるが,研修を開始した当時は,感染症を通じた繋がりも少なく,孤独なこともあった。手元に青木本があったからこそ,挫折せずに来られた。
(3)感染症を専門としている医師数も増えている現在,研修・研究を通して自分なりのアドバンテージが築けられればと思っており,将来は臨床細菌学と臨床感染症診療の狭間にあるバックグラウンドを生かしてわが国の診療・教育に還元することで,青木先生と『レジデントのための感染症診療マニュアル』への恩返しとしたい。
水先案内人としての『マニュアル』
上田 晃弘(静岡がんセンター/感染症科シニアレジデント)(1)2000年北大卒。神戸市立中央市民病院,国立国際医療センターを経て,06年より静岡がんセンターにて感染症科シニアレジデントとして研修を開始。
(2)研修医となった私の感染症の勉強は,抗菌薬の名前を覚えることから始まり,次いでSanfordマニュアル『熱病』を知った。救急部の指導医の先生方が使われており,見た目が黒くてかっこよかったので私も見よう見まねで頑張って使ってみたのである。しかし感染症診療の基礎となる考え方はわからない。ある先輩からは『Reese and Betts' a Practical ...
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