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第2772号 2008年3月10日


バイタルサイン・検査データからみる救急初期診療

田中 和豊氏(済生会福岡総合病院臨床教育部部長)に聞く


 救急の現場では,限られた時間の中でいかに無駄なく適切な診察や検査を選択し,得られた検査データを解釈し,マネジメントするかが重要となる。同時に救急外来は研修医にとってプライマリ・ケアを学ぶことのできる貴重な場でもあり,救急で学ぶべきことは多い。しかし,実際には検査それ自体が目的となっていたり,データのみを見て生身の患者を診ないといった問題も多い。

 『問題解決型救急初期診療』の姉妹本である『問題解決型救急初期検査』をこのたび上梓した田中和豊氏に救急診療のポイントについて聞いた。


――救急の臨床現場における問題にはどのようなものがあるでしょうか。

田中 日本の医療全体に言える話ですが,医療の人間ドック化です。初期診療でも「とりあえず何でも検査する」という傾向があり,診断や治療,その後のマネジメントを考えてどういう検査が必要かを判断したり,検査の優先度を考慮するという感覚が乏しいのです。

 とりあえず検査をして,検査値が異常だったら「異常」,そうでなければ「正常」。実際の医療はそんなに簡単にはいきません。検査値が異常でも正常な人はいますし,その逆もあります。それを見抜くのが医師の仕事なのですが,できていない場面が多いですね。

 検査値の異常から原因を探ると同時に,治療も行わなければなりません。鑑別診断を挙げて致死的な疾患は何かを考え,高カリウム血症のような場合は何はともあれ先に治療しなければいけません。そういった判断を含め,現在おろそかにされている診断学に加え,検査学というものを頭に入れてほしい。診断・検査・治療の3つで「リング」をつくることによって,より的確に診断し,より効率いい検査ができ,よりよい治療ができると思います。

――「とりあえず」で検査を行ってしまう理由は何でしょう。

田中 長い間,日本全体でそういう習慣があったためです。何でも検査をするという風潮は,昔は欧米にもありましたが,医療経済や効率を考えて見直されるようになりました。いま,日本でもDPCの導入が進み,医療の効率化が注目されてきています。

 現在のEBMに則り,有効な検査を選択する。感度,特異度といった数学的指標で検査を評価し,必要で十分な検査計画を自分で組み立てる。それが医師の仕事だという考え方が今の日本の医療にはまだ足りません。今後,医師一人ひとりが効率的な検査を心がけないと病院は生き残れないと思います。

治すのは「検査値」だけではない

――救急外来では患者さんを帰すか否かの判断が重要です。

田中 これもやはり,検査値に異常がないからといって正常だとは限りません。全部のデータが正常でも,明らかに全身状況が悪い患者さんもいますので,そういう場合は帰してはいけません。これは医師としてあたり前ですが,実際には帰してしまう人がいる。それは検査を絶対視しているからだと思うのです。検査には限界があるので,その限界を知ってほしいですね。限界を知っていれば,検査ではピックアップできない何かが起こっている,と考えることができます。検査値だけを見ている医師は,「はい,検査しました。採血大丈夫です。画像大丈夫です。何もないですよ」と帰してしまい,あとから重い病気がわかったりする。われわれが治すのは検査値という数字だけではなく,患者さん自身なのです。検査を通して人間を診ていることを忘れないでほしいですね。

総合力がカギとなる

――『問題解決型救急初期検査』では身体診察,血液検査から心電図,感染症まで幅広く網羅されていますが,特に力を入れた項目はありますか。

田中 あえて言うなら全部ですね。診断や治療を行う際には,あらゆるデータすべてをもとにします。もちろん,何か1つの検査値が決定的な証拠になることもありますが,最終的な治療を決めたり,入院させるか,帰宅させるかを判断する時には,総合的に判断します。患者さんを治すには,内科と外科の両方がわかる能力をもって,軽症から重症まで全部を診ることができないといけません。患者さんによって,何が決定的な証拠になるかわからないので,全部が大切なのです。

 ですから,セッティングは救急外来を前提としていますが,すべての外来,および病棟でも使えると思いますし,集中治療室でも役に立つような内容になっています。基本的な生理学的検査について,どういうときに行うか,異常があったらどう解釈して,どう治療するかについて記しました。

――具体的な項目に沿って,臨床ですぐに使えるポイントをお願いします。

田中 まずはじめに,検査の原理について書きました。なぜ,どういう検査をどういう組み合わせで行うのかを理解してほしいのです。この本では全般的に原理を重視していますが,それは,暗記ではなく理解したことをやるほうが納得できると思ったからです。

バイタルサインと身体所見
田中 バイタルサインは診察の基本です。今回改めて思いましたが,医師の本には,バイタルサインのことがあまり書かれていない。「看護師が取るもの」と思われているんです。ですから,実はバイタルサインが読めない,あるいは取ろうともしない医師はたくさんいます。これは大きな間違いで,バイタルサインには非常に多くの情報が含まれています。これを理解するだけでも,患者さんの重症度,あるいは診断までもが推定できます。

 同様に身体所見もいまの日本ではあまり重要視されていません。採血や画像がすぐにとれるためですが,行う意味は十分にあります。身体所見を取るときのポイントですが,実際の現場では患者さんを隅から隅まで診ることはできませんので,どこが悪いかを確認するスクリーニングと,主訴にフォーカスを当てる鑑別診断の2つを使い分けることが必要です。

血液検査
田中 採血はルーティンになりがちですが,それぞれ何のために採っているのかを考えてほしいです。たとえばアミラーゼの異常値やクレアチンキナーゼの上昇はよく見ますが,臨床的にはほとんど意味がない場合が多い。これらがちょっと上昇しただけで「膵炎だ」「横紋筋融解症だ」と大騒ぎする人がいますが,クレアチンキナーゼ上昇は薬剤性などの場合も多いので,病理的な意味がある場合とない場合がわかるようになってほしいです。少し検査値が異常だとそれにこだわって患者さんを帰せない医師がいますが,もっと落ち着いて対処できるといいですね。

動脈血ガス
田中 わかっているようで全然わかっていない「酸塩基平衡」についても誰もがわかるよう記載し,かつ練習問題を解けばほぼ完璧に理解できるように配慮しました。「酸塩基平衡」の評価については,伝統的なSchwartz-Bartter approachだけでなく,新しいStewart approachについても追加しました。

心電図
田中 心電図もわかっているようでわかっていない検査の1つです。本書では紙面の関係で基本原理と最低限の知識をまとめました。

感染症
田中 今までの救急医は,対症療法で終わりがちで,感染症には比較的無頓着でした。救命最優先なので,なかなか後のことまで考えられないし,忙しくて染色や培養もあまり行わない。とりあえず死ななければいいというようなところがありましたが,これからはそうでは困ります。あとから内科医,感染症医が診た時に,彼らが満足するような検査,治療をして医療をつなぐ。そのためには,検査や病態生理を理解している必要があります。

 この本では,ところどころでDICとALI/ARDS,敗血症という集中治療の3大テーマについて記載しています。救急と集中治療の連続性を考慮して,集中治療室でも使えるようになっています。ですから,普通の外来での軽症から重症までを,検査という1つの枠組みで,いろいろな人が読めるように配慮したつもりです。

 人間の身体はオーケストラのようなものです。さまざまな臓器やバイタルなど,全部が協調していないとベストな状態にはならない。そしてそのオーケストラ全体を見渡してコーディネートする指揮者の役割が医師なのです。

基礎を学び足腰を強く

田中 救急医療に携わる人に強調したいのは,対症療法だけではなく,患者さんにとってベストなケアにつなげる医療を行ってほしいということですね。それには救急の医師が検査1つひとつの意味を理解していないといけません。そのためには,基本を十二分に勉強してほしいと私は思います。

 救急に携っていると,一見何でもできるようになるのですが,多芸は無芸というか,全部できているようで実は何も診ていないという人が意外と多いのです。そうなっては困ります。

 医学の基礎は診断学,内科学と外科学です。これらを初期研修のあいだに十二分に身につけること。そのためにはこれらの基礎となる,基礎医学をしっかり学んでおいてほしい。つまり,解剖学,生理学,薬理学の全部が,臨床と結びつかないといけないのです。

 日本の医学教育では,これらがあまり結びついていません。アメリカでは臨床のための基礎医学の教育が充実していて,基礎医学を学ぶ際に病気との関係まで教えるので,基礎医学がそのまま患者さんを診る時に役立ちます。

 では,基礎医学のさらに基になるものは何か。それが,数学・物理・化学・生物といった自然科学なのです。たとえば,EBMは数学の確率論と,酸塩基平衡は化学の酸・塩基の話と関係していますし,画像診断では物理的な知識も必要です。ほんとうは,そこから理解するのが理想的なのですが,一度臨床に行くとなかなか学び直すのは難しい。学生さんは,早く臨床に行きたいとあせるのではなく,自然科学とか,基礎医学を十二分に勉強して,足腰を強くしてから来てほしいです。それができないと,応用が利きません。暗記だけでやっている人は,臨床で少しテキストと違うとわからなくなってしまいますし,時代が変わると対応できなくなってしまいます。

 研修医も,重症の場合は特に,患者さんを直接診るのを忘れて心臓カテーテルやエコー,画像などの特別な手技に目が向きがちですが,初期研修の2年間はぜひしっかり臨床医学の基礎的なことを身につけてほしい。2年間でも足りないくらいだと思います(笑)。

 「医療崩壊」が叫ばれている現在,全国の研修医や指導医から指導を要請されます。しかし,全国の病院で私が指導することは残念ながらできません。私としてできることは,微力ながら現場の戦場の戦士に「兵法」となる拙著を捧げることです。医師不足が叫ばれていますが単に数を補うのではなく,拙著によって現場の一人ひとりの医師の実力が向上して少しでも「医療崩壊」が阻止できることを願っています。


田中 和豊氏
1988年慶大理工学部物理学科卒。94年筑波大医学専門学群卒。同年横須賀米海軍病院インターン,95年聖路加国際病院外科系研修医を経て,97年ニューヨーク市ベス・イスラエル病院で内科レジデント。2000年聖路加国際病院救命救急センター,03年国立国際医療センター救急部,04年済生会福岡総合病院救命救急センターを経て,05年より現職。米国内科学会専門医,日本救急医学会専門医など。著書に『問題解決型救急初期診療』(医学書院),『臨床の力と総合の力――ジェネラリスト診療入門』(シービーアール,共著)など。