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第2748号 2007年9月17日


【interview】

認知行動療法、べてる式。
伊藤絵美氏(洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長)に聞く


 「浦河べてるの家」(以下べてる)は,精神障害を抱える当事者らによって開設された有限会社・社会福祉法人。「べてるはいつも問題だらけ」「昇る生き方から降りる生き方へ」など数多くの“名言”でも知られ,当事者が自己病名をつける「当事者研究」や幻覚や妄想を語る「幻覚&妄想大会」などユニークな活動が行われている。しかしこれらは「べてるだからできること」と思われがちだ。

 このたび医学書院から発行された『DVD+BOOK認知行動療法、べてる式。』の著者のひとりである,臨床心理士の伊藤絵美氏(洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長)は,べてるの活動は認知行動療法の視点からの説明が可能であると語る。「べてると認知行動療法のインターフェース」についてお話を伺った。


上手に自分を助ける練習

――まず,認知行動療法とはどういうものかご説明いただけますか。

伊藤 ひとことで言うと「自助の援助」。つまり当事者のセルフヘルプを側面から手助けするツールで,他の心理療法と比べて教育的なアプローチが特徴です。クライアントさんとセルフヘルプの考え方・やり方を一緒に練習し,「今よりもう少し上手に自分を助けられるようになる」手助けをします。

 治療というよりは習い事に近い感じですね。料理教室で,今よりもう少し料理が上手になって,自分でおいしいものを作れるようになる練習をするのと同じです。ですから,重要なのはセッションで練習したことをいかに日常生活で活かすか。教室に来た時だけおいしいものを食べられても仕方ないですよね。「身につけてもらう心理療法」だということが,1つのポイントです。

 もう1つ大事なのは,当事者自身が自分の体験を自分で理解できるようになることです。悪循環にはまった時,単にお話を聴くのでなく「その時自分の中で起こったこと」をモデルを使って外在化し,一緒に理解していきます。

 「悪循環」と言いましたが,今ある問題すべてをきれいに解決する必要はありません。悪循環とは「どつぼにはまった状態」と言い換えてもいいかもしれませんが,その循環からどこかで抜けられればいいだけの話なんです。

 たとえば「嫌な上司がいる」という「状況」があったとき,それに対する反応には,「認知」(ex.仕事に行きたくない)「気分」(ex.ゆううつだ)「身体反応」(ex.頭痛がする)「行動」(ex.仕事を休む)の4つがあります。

 このとき,状況を変えるのは難しいですし,気分と身体反応はコントロールできません。そうすると,工夫や選択が可能なのが認知と行動です。たとえば,健康な人が行っている認知的な工夫には,「まあ,いいか」と流したり,「むこうが悪いんだ!」といったものがあります。行動も同じで,涙が出るのは生理的な反応ですが,そこで一発泣いてみせることも,グッとこらえることもできる。つまり,「認知」と「行動」の面でどういう工夫をすれば今自分がはまってしまっている悪循環から抜けられるのかを一緒に探していく。これが認知行動療法なのです。

セッションの構造化

伊藤 認知行動療法の仕掛けの一つに「構造化」というものがあります。通常の心理療法は,クライアントさんが好きなように話をして時間がきたらおしまい,というパターンが多いと思います。これは,自然な話の流れを共有するという利点はありますが,どう転ぶかも何年かかるかもわかりません。

 一方,認知行動療法では,1回のセッションでの時間の使い方も,全体の流れをどう進めていくかも全部決まっています。これが「構造化」で,カウンセリング全体の流れを図示して初回にクライアントさんにお渡ししています。

――可視的な構造化によって,クライアントさんもやりやすいのでは?

伊藤 図を見せて説明した瞬間に食いつきがまったく変わってきます。やはりいらっしゃる方も不安なのです。お金もかかるし,「何年かかるんだろう」と。いろいろなところを転々として来る方も多いので,「どうせここも同じだろう」と思っていらっしゃる方も多い。その時に,自分でできるようになればここに来る必要がなくなることを説明して,「それまでのプロセスはこうですよ」とお話しすると,とても納得してもらえます。「これを見てすごく安心した」という声も聞かれますね。

 看護計画と同じだと思いますが,マップのようなものなので,目的地はここで,今,自分たちはここまで来ていると確認しながら進めていくのです。

 そういう意味で,1回のセッションの流れも,絶対になりゆき任せにしません。はじめに「橋渡し」といって,前回から今回にかけての出来事や変化を確認し,そのうえで,今回のセッションで何をするかを決めます。この「アジェンダ設定」が非常に重要で,今日のセッションのアジェンダ(項目,課題)をクライアントさんと一緒に決めて,それに沿って話し合いをします。最後は必ずまとめの時間をとって,そこで次回までの宿題を決めます。宿題も,カウンセラー側が押し付けることはせず,一緒に決めるのです。まとめの時間では,クライアントさんからのフィードバックが重要です。いいことを言って終わり,ではなく,「本当はこの話がしたかったのにできなかった」とか,「次回はこうしてほしい」など,苦情や注文がある場合もあるので,それを大事にしています。

■べてる的認知行動療法とは

――べてるの家に興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか。

伊藤 1つは,「場の力」というものです。もともと私は精神科のクリニックに勤めていたのですが,そこでデイケアを立ち上げたことがきっかけでした。クリニックの時に実感しましたが,やはり1対1の治療や家族療法ではどうにもならない患者さんもいるのです。週1回,1時間面接して,そこで宿題を出すなどして患者さんの日常生活を治療に組み込もうと努力するのですが,患者さんによっては非常に難しい。そういう人が,デイケアに行きはじめると,とたんに変わってくるのを何度も目の当たりにしました。どんよりしていた統合失調症の方などが,デイケアという日常を過ごす場ができると,治るわけではないのですが,生き生きとしてくるのです。生活が豊かになるというか,人とのかかわりが豊かになるというか。

幻聴や妄想を話題にしてもいい!

伊藤 そのように,「場の力ってすごい」と思ったことが1つ。もう1つは当時から感じていた,幻聴や妄想に対する一般的スタンスへの疑問でした。

 デイケアには統合失調症の方が多いのですが,心理療法の世界では幻聴や妄想の話は症状を悪化させるとして,タブー視されていました。私もデイケアを始める前は,患者さんと面接していても,積極的に避けるわけではないのですが,暗黙の了解のように「お互いに礼儀正しく妄想の話はしない」という感じでした(笑)。それが,デイケアで皆で一緒に料理をしたり散歩に行ったりしていると,統合失調症の方が,自分の妄想をわりと当たり前のように話すのです。本人が妄想とわかっていて話す時もあれば,わかっていない時もありました。

 いちばん印象的だったのは,もう亡くなった患者さんですが,洗足池の生き物は,夜になるとみんな陸に上がって,朝戻ってくるのだと言い張るのです(笑)。でも,その患者さんと並んで池を見ながらそういう話を聞いていると,あまりそれを妄想だとも思わずに,イメージまで浮かんでしまって,楽しかったんですね。その方とほかの患者さんで,透明人間はいるか,いないかで議論になったりもしました。

 そんなふうに,日常のなかで妄想や,幻覚・幻聴の話が普通にできるって面白いじゃないか,と。この経験が前提にあったので,べてるの活動を知った時とても興味を持ちました。『べてるの家の「非」援助論』なども読んで,これは単に統合失調症の方の幻覚・妄想の話や,べてるという場所がすごいだけでなく,しっかりした認知行動療法なのだと思いました。しかも何がすごいかというと,私たちが個人でやっているのに対して,場そのものが認知行動療法であるという点です。さらに主体が当事者であること。すごいのと同時に楽しそうだと思いました。

認知行動療法でべてるを説明する

伊藤 浦河に最初に行った時,施設長の荻野仁さんから「全国の統合失調症患者さんから,『べてるに行きたい』と頻繁に問い合わせがあるけれど,キャパシティも限られていてほとんど受け入れられない」とお聞きしました。その時に,もしかしたら私たちが役に立てるのかもしれないと思いました。それは,べてるの方々が,「自分たちは特別なことをしているわけではない。べてる的なことを,皆が自分の住むコミュニティですればいい」とおっしゃったからです。べてるの活動は,外部の人から見ると特別なことのように見えがちです。たとえば,「向谷地さん*1や川村先生*2,早坂さん*3がいるからべてるがある」みたいになってしまう。でも一方で,べてるで行われていることは,しっかりとした認知行動療法だという見方も可能です。べてるの活動を認知行動療法の枠組みで説明できれば,べてる的なことをやりたいという方たちにヒントを示せるのではと思いました。

解決志向から問題志向へ

伊藤 べてるの活動で特に共感したのは,「問題志向」の点です。以前は,認知行動療法も,もう少し「解決志向」でした。対象となる患者さんがうつ病や不安障害に限られていたり,問題が明確な方に対して,どう症状の解消をしていくかというところに焦点があたっていたためです。

 しかし今,認知行動療法の世界全体が,問題志向にシフトしてきています。その大きな理由の1つが,対象者の増加です。同じ「うつ」といっても,その方個人の「うつ」の構造がわからない限り,認知と行動の工夫ができません。またうつ以外にもあらゆる問題を抱えている方が認知行動療法を求めて来談されます。まず個人の抱えている問題を明確にする必要が大きくなってきたということです。もう1つは,「どんな問題を抱えていて,当事者の中に何が起こっているのか」がわかると,あえて積極的に問題解決をめざさなくてもよい方向に展開するケースが非常に多いことがわかってきたためです。認知行動療法における協同的問題解決の流れは,前半(アセスメント)と後半(コーピング)に分けられます。そして,アセスメントに当たるのが問題志向で,その問題にどう対処するか,すなわちコーピングにあたるのが解決志向です。ですからアセスメントがとても重要で,ここで問題が明確になるほどコーピングも楽になりますし,先ほどお話ししたように,必ずしも問題を解決しなくていい場合も出てきます。

 「あたり前の苦労を取り戻そう」という向谷地さんの言葉がありましたが,今まで統合失調症の人たちが,自分の問題を問題として捉える機会を,医療者が取り上げてきてしまったのかもしれません。そういう点で,べてるには問題を大事にするという哲学,思想が根づいていると思います。ですから,「解決しよう」という色気がない。色気がないから,より問題を大事にできるのです。「幻覚&妄想大賞」なんてまさにそうですよね。幻覚や妄想を治すどころか,賞をあげてしまう。

 また,べてるでは「当事者研究」といって,当事者が自己病名をつけて,自分の抱えている問題を自分で考えるアプローチがあります。これは認知行動療法でのアセスメント,外在化にあたります。外在化の際,通常は,先ほどの図のように画一化されたツールを使うのですが,べてるのすごいところは,外在化の仕掛けそのものを作ってしまうところです(ex.体感幻覚ボディマップ)。しかも「くどうくどきがやってきたスゴロク」のように商品化して,消費者にまで外在化しているものも(笑)。

 当事者研究はアセスメントそのものであると言っていいと思うのですが,アセスメントのためのツールそのものを当事者自身が作り出すというのが,ほかにないところですね。

「ショボい」問題に目を向ける

――SST(Social Skills Training――生活技能訓練)についてはいかがでしょう。

伊藤 SSTは,問題志向を前提としたうえでも,やはり困っていることはなんとかしたい,というものですが,それをあまり大きなものとして捉えません。取り上げるのも,「生きる問題」とかではなく,日々の「ショボい」問題です。たとえばパチンコ依存で困っている方で,右足をパチンコ店のドアに踏み入れたとき,左足をどっちに向けるか,といったものです。たとえ大きな問題であっても,その問題に関わる「ある一瞬」を小さく切り取って,そのときにどう考え,行動すればいいのか。この工夫を一緒に考えていくのがSSTです。

 べてるのSSTはほんとうに感動しました。特に,DVDにも収録されていますが,スタッフの向谷地悦子さん(看護師)のセッションは皆に見てもらいたいと思います。そこで出てくる問題も,ほんとうにすごくショボい問題なのですが(笑),それは日々,実際に皆が困っていることです。それに対して当事者が皆でコーピングの案を出し合って,小さな問題解決を具体的に図っていくセッションがしっかりと行われています。

当事者主体のSSTは援助者の力量が問われる

伊藤 悦子さんのセッションは,知らない人が見るとすごく自然で,自由にやっているように見えると思いますが,実際は非常に高度な技の連続です。ですから,ああいうSSTをやるにはどうしたらいいかと思っている方に,認知行動療法の視点から,「悦子さんがやっていることは,こういうことなんだ」という説明をしたいと思っています。

 SSTというと,トレーナーがいて当事者を引っ張っていく,というイメージがあります。べてるのSSTも一面はそうだと思いますが,あくまでも主役は当事者です。「ちょっと練習すれば,自分でも何とかできるかもしれない」と思えるような仕掛けを作っている。それは,自然にそうしているというより,そういうテクニックがあるのだと思います。お料理教室に行って,おいしいものを作っても,「私が教えてあげたからこんなにおいしいものができたのよ」と先生に言われては……(笑)。「自分でおいしいものを作れた!」と思えるような配慮がすごいと思います。

――そのようなテクニックも含め,これからいろいろな場所でべてる的な場をつくるうえで,何が必要でしょうか。

伊藤 認知行動療法を身につけるのと同じだと思いますが,見て学び,読んで学び,実際にやってみる。これらすべてが必要だと思います。セッションのDVDも,知らない人が見ると,特に何かをやっているようには見えない。学べば学ぶほど,何が行われているかが見えてくるんです。

「ケアする人のケア」にも

伊藤 最近,看護師など専門職の方に,認知行動療法を教えることが増えました。その時に「患者さんの治療だけでなく自分にも使える」とお話しすると,その方たちがとても元気になるんです。ある病院でセミナーを開いたとき,通常は心理職のみの参加が多いのですが,そこの病院は,看護師も精神科医もOTも心理職も事務系の方も参加されたんです。そのあと,病院の雰囲気がとてもよくなったとお聞きしました。そういう意味でも,専門職の方は,まず自分のために認知行動療法を使いこなせるようになってほしいと思います。自分で料理を作れない人が,人に教えられませんよね。「ケアする人のケア」の重要性は皆気づいていることだと思いますが,今まで具体的な方法があまりありませんでした。その1つとしても使っていただけたらと思います。

*1 向谷地生良氏(浦河べてるの家ソーシャルワーカー/北海道医療大教授)
*2 川村敏明氏(浦河赤十字病院精神科部長)
*3 早坂潔氏(浦河べてるの家代表)

◆浦河べてるの家についての詳しい情報は,浦河べてるの家HPや,『べてるの家の「当事者研究」』,『べてるの家の「非」援助論――そのままでいいと思えるための25章』(ともに医学書院)などをご参照ください。


伊藤絵美氏
1990年慶大文学部心理学専攻卒。96年同大大学院社会学研究科博士課程修了。臨床心理士,精神保健福祉士。博士課程在学中より精神科クリニックにて個人療法,家族療法,デイケアの運営に携わる。2004年より現職。認知行動療法の実践,教育,研究の他,企業でのメンタルヘルス活動にも携わる。03年にはじめて浦河べてるの家の活動を見学。訪問を重ねる中で,認知行動療法とべてるとの接点を見出す。06年,日本心理学会第70回大会にて,ワークショップ「『浦河べてるの家』を研究する――当事者活動と認知行動療法との接点」を開催。