エビデンスからわかる
患者と家族に届く緩和ケア

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オピオイドを拒否する患者さんには、その理由を尋ねてみる。終末期の患者さんの、つじつまの合わない言葉に付き合う。現実とかけ離れた希望も、否定せず大切にする。そんな1つひとつのケアが、患者さんと家族の大きな助けになる。日常のケアを裏付けるエビデンスから「今、できる緩和ケア」を考える本。
森田 達也 / 白土 明美
発行 2016年03月判型:A5頁:200
ISBN 978-4-260-02475-4
定価 2,530円 (本体2,300円+税)

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はじめに

 筆者は看護師に育てられた緩和ケア医だと思う。研修医であった僕に,当時のベテラン看護師さんたちは,「看護」でいかに患者さんに笑顔がやってくるかを次々と見せてくれた。自分が「ベテランの緩和ケア医」になっても,一緒に組む看護師は次々と「医師にはどうしたらいいかわからない」ハードルを乗り越えていくところを目の当たりに見せてくれた。
 その1つひとつは,「エビデンス」とは呼ばないものなのかもしれないが,確かに,まごころ「だけ」ではない,技術や工夫がそこにあった(もちろん,まごころと「人に対する敬意」は尋常ではない)。本書では,筆者がこれまでに経験したいろいろな看護の工夫を紹介している。その中には近年の実証研究で「エビデンス」として示されたものも少なくない。
 嘔吐が続くけれど経鼻胃管を「入れようとしてみない」患者は,本当は手術の時に使った胃管のイメージで「絶対にイヤ」と言っていた。でも緩和ケアで使用する経管栄養用のやわらかいチューブと手術の時の胃管の両方を看護師が持っていって,実際に触って比べてもらったら,「これなら」と,ぱあっと顔が明るくなった。
 呼吸困難のある患者には,「部屋の空気を循環させること」と「室温を下げること」を教えてくれた。「先生,ちょっと呼吸数多くしてみて」と筆者に患者体験をさせ,「呼吸の多い患者さんは普段から競歩をしているようなものよ,ほら,風が当たると気持ちいいでしょう」と教えてくれた。
 せん妄の患者にはセレネース® かロヒプノール® を点滴するといったたぐいのことしか思いつかない「医師頭」に対して,患者のつじつまの合わない言葉に付き合っていくことで患者が落ち着きを取り戻していったり,不穏になっていたのは実は便塊が肛門に充満していたのが原因だったことを見破って教えてくれたりした。
 本書の内容は,筆者に看護ケアの威力を教えてくれた,これまでの同僚看護師の実践の蓄積でもある。
 筆者に「期待されている」エビデンスについては,緩和ケアで悩む「どうしたらいいかわからない」場面を想定して,その時の指針となるようなエビデンスを優先して解説した。主な読者を直接患者のケアにあたる看護師と想定したため,薬物療法のエビデンスについてもなるべく看護師が知っているとよい,看護師にとってはこういう意味がある,というものを選択した(つもりである)。
 数字が苦手な人でもいくらか気楽に読めるように,図表はシンプルに,要点だけを目で追えばわかるようにした(つもりである)。最初は「お風呂につかりながらでも読めるように」を目標としたのだが,できあがりは果たしてどうか…。お風呂につかって読むにしてはややのぼせそうな内容になっているところもあるかもしれない。それでも,「エビデンスがやってきた!」とそれほど緊張せずに「お友達から」付き合ってみる気になってもらえればありがたい。

 エビデンスというとナラティブの反対ととらえられがちだが,エビデンスをしっかりと知れば知るほど,そのようなことはないことに気付くはずである。僕たちが日々行っていることは,患者・家族に確かに役立つことであれば,エビデンスは確かにその通りのことを示して,僕たちの背中を押して「それでいいんだよ」と言ってくれる。エビデンスは平均値なので,個々の患者に当てはまるとは限らない。平均して☆5つの(美味しい)店でも自分の口に合わないことがあるのと同じである。それでも,「平均してこう」ということは,それにとらわれすぎなければ,日々のケアに方向性を見出してくれるだろう。

 本書が,日々患者さんを大きく,強く,時にはへなへなになりながらも,それでも支え続けている全国の看護師の皆さんに何かお役に立つことを祈ります(看護師だけでなく,緩和ケアに従事する者なら,医師や薬剤師にもそこかしこが役立つと思いますが)。ところどころ「看護学の王道」から見るとちょっとこれは違うよねえ,というところを見つけても,どうぞ筆者を導いてくれた看護師さんたちのように,さりげなく優しく指摘するくらいにとどめて,目くじら立てて怒らないようにお願いします。

 本書の発刊にあたっては,編集部の品田暁子さんに強く感謝したい(これはよくある定例文でなく,こころより)。自分の書く本は「ありきたりでない内容のもの」にしたいと思っていますが,執筆業を生業〈なりわい〉としているのでない限りは,自分の考えを書き連ねて1冊を作り上げることはなかなかできません。本書は,筆者が大事にしていることを中心に,品田さんが大きく力を貸してくれてまとめることができたものです。彼女なくして本書の発刊はありませんでした。あらためて感謝します。

 聖隷三方原病院 緩和支持治療科
 森田達也

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第1章 症状コントロールの考え方
 1 オピオイドの使い方
  ▪ オピオイドへの抵抗感は患者の過去のリアルな経験によるものが少なくない
   [ルール] オピオイド導入の説明の仕方の工夫
  ▪ オピオイドの使い分けには,いくつかのパターンがある
  ▪ 定期オピオイドだけでは突出痛はおさえられない(=無痛にはならない)
  ▪ 適切なレスキューの投与量は1日量の1/6とは限らない
   [コツ] レスキューは「使っても大丈夫」が伝わる指導を
   [コツ] 突出痛にはどの薬を使うかよりも,「すぐ使えること」が必須
   [コツ] 突出痛には刺激を避けるのが原則
   [コツ] フェンタニル口腔粘膜吸収剤の注意点と正しい使い方
   [コツ] オピオイドの副作用対策の工夫いろいろ

 2 アセトアミノフェンの使い方
  ▪ 中用量のオピオイド投与中なら,アセトアミノフェンを足すと鎮痛効果が高まる
  ▪ 高用量のオピオイド投与中には,アセトアミノフェンを足しても鎮痛効果は得られない
   [コツ] アセトアミノフェンを効果的に使うコツ

 3 鎮痛補助薬でわかっていること
  ▪ リリカ® はオピオイドによる鎮痛を「中程度(ある程度)」強める
  ▪ ケタラール® は,比較試験では実は「効果なし」!?
   [ルール] 鎮痛補助薬の使い方-現時点での妥当な考え

 4 呼吸困難への対処
  ▪ モルヒネが有効な場合,ごく少量で効く-「増やしすぎ」に注意
  ▪ モルヒネの効果は,実はそんなに大きくない
  ▪ 「モルヒネで酸素飽和度は下がらない」というエビデンスの本当の意味
   [ルール] 呼吸困難に対してモルヒネが効く病態と危ない病態
  ▪ 「冷たい風を顔に当てること」が呼吸困難を和らげる
   [ルール] モルヒネだけに頼らない! 息苦しさへのケア

 5 嘔気と消化管閉塞への対処
  ▪ 制吐治療には2つの大きな方針がある
   [コツ] 制吐剤の使い方の要点いろいろ
  ▪ サンドスタチン® は効かないかもしれない!?
   [コツ] 患者に負担をかけないサンドスタチン® の具体的な投与方法
  ▪ ステロイドは消化管閉塞の開通に少し有効である
   [コツ] 患者にやさしい胃管の説明の仕方,使い方

 6 倦怠感を軽減する方策
  ▪ リタリン® は倦怠感を改善しない
  ▪ 看護師による患者への電話モニタリングは,倦怠感を緩和する
  ▪ ステロイドは倦怠感を確実に改善する
   [コツ] 患者が「実感できる」倦怠感に対するステロイドの使い方
   [コツ] 眠気(倦怠感)を生じる薬剤を減らす方法

第2章 精神的サポート,家族へのサポート
 1 QOLって本当は何のこと?
  ▪ 医療者からみた「いいQOL」と患者の「いいQOL」は違う
  ▪ 日本人にとってのgood death(グッドデス)
   [ルール] 日本人のgood death (1)他人に弱った姿を見せたくない
   [ルール] 日本人のgood death (2)心残りがない
   [ルール] 日本人のgood death (3)病気や死を意識しないで過ごせる
   [ルール] 日本人のgood death (4)できる限りの治療を受けられる
   [ルール] 日本人のgood death (5)伝えたいことが伝えられる
   [コツ] QOLの個別性を考えるキーワード

 2 希望を支える
  ▪ 患者は「平均値」ではなく「私個人」のことを知りたい
  ▪ 「希望」とは何か-現実とかけ離れていても希望をもつことに意味がある
  ▪ 「希望をもちながら心の準備をする」ための具体的な方策
   [ルール] 希望を支えるための考えの筋道

 3 患者の「負担感」と「迷惑」
  ▪ 日常生活を支えるケアのなかに,患者の負担感を和らげるものがある
   -家族が教えてくれること
  ▪ 「してもらっている」感を減らし,「してあげている」感を増やす

 4 スピリチュアルケア
  ▪ 日本人にとってのスピリチュアルケアを語ることが難しい理由
  ▪ 日本人は宗教的ケアを好まない?
  ▪ 短期回想法はスピリチュアルケアとして有用である
  ▪ dignity therapy は,欧米人にはスピリチュアルケアとして有用だった
  ▪ dignity therapy は日本でも使えるか?
  ▪ 患者が最終的に望むのはシンプルなこと-「よく聞いてくれる」「わかってくれる」
   [コツ] 日常臨床に取り入れられる日本人に合った「スピリチュアルケア」

第3章 死亡直前期の緩和ケア
 1 死亡直前期であることを示す兆候とよい看取り
  ▪ がん患者のADLは,亡くなる1~2か月前に急激に低下する
  ▪ 患者の週単位,月単位での予後を予測するスケール:PPI
  ▪ 「そろそろである」ことを示す7つのカテゴリ
  ▪ 死が差し迫っていることを示す身体兆候
  ▪ 死が差し迫っている兆候は全員に生じるとは限らないから,
   「今日は大丈夫か」を判断するのは難しい
  ▪ 死亡前日でもバイタルサインの変化はない
  ▪ 「看取りのパンフレット」は家族の助けになる
  ▪ 家族の看取りのつらさや満足度を左右する医療者の態度とは?
   [コツ] 死亡前後の説明の仕方-いいと思った流儀

 2 せん妄の時の家族へのケア
  ▪ 終末期せん妄は「疾患」なのか,自然経過なのか
  ▪ 終末期せん妄は,原因によっては回復することがある
   [コツ] 死亡直前期でも,せん妄の悪化を防ぐためにできること
  ▪ せん妄の「何がつらいか」は,患者と家族で異なる
  ▪ 家族の体験が教えてくれる終末期せん妄のケア
  ▪ 看護師が「心配な時にそばにいてくれること」は確かに家族の助けになる
   [ルール] 終末期せん妄の患者,家族へのケアの実践例あれこれ
  ▪ お迎え現象-「科学モデルを超えたもの」の存在を知る

 3 患者が食べられない時のケア
  ▪ 輸液は患者の苦痛を増すことがある
  ▪ 死亡直前期の輸液は自覚症状を改善しない
  ▪ 終末期の輸液の「意味」を感じる患者や家族もいる
  ▪ 家族の「点滴してほしい」は,「何もしてあげられない気持ち」や自責感の裏返し
   [コツ] 末梢点滴が行えなくてもできる皮下輸液

 4 鎮静の時のケア
  ▪ 鎮静と安楽死の違い-基本的な考え
  ▪ 鎮静は生命予後を短くしない
  ▪ 鎮静は苦痛をほぼ確実に緩和し,死亡に至る合併症はまれである
  ▪ 鎮静を受けた患者の家族がつらいのは「話ができなくなること」
   [ルール] 鎮静の時のワンポイントケア

 5 終末期の意思決定とアドバンスケアプランニング
  ▪ 終末期の話し合いは患者のQOLに強く影響する
  ▪ 病院死やICUでの死亡の場合,遺族の苦痛は強くなる
  ▪ 患者の死亡場所で最もQOLが高いのは自宅である
   [コツ] 終末期の意思決定に使えるキーフレーズ

  ▪ おわりに
  ▪ 索引

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エビデンスを知った上で悩もう。緩和ケアを確実に届けるために。
書評者: 濱口 恵子 (がん研有明病院緩和ケアセンタージェネラルマネジャー/がん看護専門看護師)
 本書には「自分が書く本は『ありきたりでない内容のもの』にしたい」(はじめに,p.V)という著者の思いが凝縮されており,緩和ケアを実践する際に看護師が抱きやすい疑問や戸惑いに関するエビデンスが網羅されている。

 患者に望ましい方向への変化を起こすベテラン看護師の技術や工夫の中には,実証研究で「エビデンス」として示されているものがある。「エビデンス」という言葉に,患者・家族の個別性尊重に相反するものという誤解や,冷たい響きを感じる看護師もいるかもしれない。しかしエビデンスは,実は患者・家族の個別性を尊重する医療・ケアを実践するために不可欠な「臨床の知」である。エビデンスを知らないで悩むことと,エビデンスを知った上で悩むことは大きく異なる。

 本書は,オピオイド,鎮痛補助薬,呼吸困難,嘔気と消化管閉塞,倦怠感などを含む「症状コントロールの考え方」(第1章),QOL,希望,患者の負担感・迷惑,スピリチュアルケアを含む「精神的サポート,家族へのサポート」(第2章),死亡直前期の兆候とよい看取り,せん妄,食べられない時のケア,鎮静,終末期の意思決定とアドバンスケアプランニングを含む「死亡直前期の緩和ケア」(第3章)という項目で構成されている。

 読み進んでいくと,例えば「呼吸困難に対してモルヒネが効く病態と危ない病態」(p.39)というように病態生理と治療・薬剤に関するポイントが示されているだけでなく,「“冷たい風を顔に当てること”が呼吸困難を和らげる」(p.40)など,ケアに関する研究データや,環境調整・姿勢の工夫・酸素の使用・家族ケアなどが“臨床にいかすコツ”として取り上げられている。また,「希望とは何か——現実とかけ離れていても希望をもつことに意味がある」(p.85),「希望があることと,理解のなさは異なる」(p.86)というような,緩和ケアにかかわる医療者には“名言”として響くような文言が随所にみられる。さらに,「『希望をもちながら心の準備をする』ための具体的な方策」(p.88)というように,すぐに実践に生かせる内容が解説されている。「患者・家族の思い」に関するエビデンスも数多く紹介されており,看護師が情報提供や意思決定支援をする際にも,極めて有効な内容である。

 本書は長年緩和ケアを実践し,海外文献を含めて研究論文を読み尽くしている著者だからこそ作成できた本と言える。しかも,著者が隣に座って解説してくれている錯覚に陥るような,やさしく丁寧な文章であるため,統計が苦手な読者であっても理解しやすい。また,各項目が見開き2ページにまとめられており,知りたい所から読むことができるだけでなく,さらに詳しく知りたい読者のためにデータの根拠となる論文名が記載されているので,原著をたどることができる〔なお,終末期の緩和ケアについてより深く学びたい方には,同著者らによる 『死亡直前と看取りのエビデンス』(医学書院,2015)をお薦めしたい〕。

 この本を読んでいると,〈わかったつもりになってケアしていたこと〉の危うさに気づく。看護師が本書を手掛かりにしてエビデンスを理解することで,緩和ケアを確実に患者・家族に届け,ケアの質を保証することにつながると確信する。看護の初心者はもとより,リーダー看護師や緩和ケアチームの看護師など,中堅の看護師にぜひ手に取っていただきたい良書である。

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