医学界新聞

寄稿 坂本 優子

2020.07.06



【寄稿】

小児・AYA世代から始める人生100年時代のボーンヘルスケア

坂本 優子(順天堂大学医学部附属練馬病院整形外科 准教授/小児・AYA世代ボーンヘルスケアセンター センター長)


ピークボーンマスが将来の骨量を左右する

 日本は少子高齢化の影響を受け,社会保障費が過去最大を更新し続けており,その抑制は早急に取り組むべき課題である。社会保障費を圧迫する要因の一つである寝たきり(要介護5)の原因において,脳卒中,認知症に次ぐ第3位は骨折・転倒である1)。その多くが骨粗鬆症を原因とするもので,患者数は1300万人以上と言われる2)。骨粗鬆症は危険因子を取り除くことができれば予防可能なため,これまで「リスクのある患者を早期発見し,早期介入すること」を目標に,対策が立てられてきた。

 特に,女性では50歳頃から骨量が低下し始めるため,閉経後は原則として1年に1回ずつ測定することが推奨されており,40~70歳(5歳刻み)の女性を対象に,骨密度測定や生活習慣の問診が行われる骨粗鬆症検診が実施されている3)。日常診療においては,国際骨粗鬆症財団の推奨する「Stop at One!」が徐々に浸透し,脆弱性骨折()を来した患者に次の骨折を起こさせないよう,骨粗鬆症治療を速やかに開始することが増えてきたように思う。しかしながら,こうした中高年のためのボーンヘルスケア(検査や指導,治療)は,骨粗鬆症発症後に焦点が当たっている上,どんなに最新の治療薬を用いても中高年の骨密度は10%強しか上げることはできない。また,できた骨も非生理的状況下で作られているため,質が十分とは言えない状況にある。

 一方,骨密度が成長とともに上昇する時期の子どもに,カルシウムやビタミンDなどの栄養と併せて運動の介入をすると,10%を超える骨密度上昇を得ることができる4, 5)。また,骨量が一番増える時期は,女児は13歳頃,男児は14歳頃と言われており6),18歳で人生最大の骨密度,いわゆるピークボーンマスに達する。平均より10%高いピークボーンマスが得られれば骨粗鬆症の発症を13年遅らせることができ7),反対に10%少なくなれば大腿骨近位部骨折のリスクが60%増える8)との報告もある。そのためピークボーンマスをいかに高くするかが将来の骨量を左右するのである。

 けれども,中学生や高校生が「将来の骨折を防ぐために」と考えて,日常生活を送るだろうか。女子中高生にはダイエットが流行し,肌の美白がもてはやされ,男子も女子もスポーツ活動への意欲は二極化している。そして,中学・高校時期の生活習慣は,幼児期・学童期に獲得したものの延長線上にあることを考慮すると,より早い段階での介入が重要な課題であろう。

「Team BONE」による活動から見えてきた若年層の現状

 こうした課題がある一方,「将来のために大切な時期であることを知らずに,貴重な期間を逃してしまっている若年層の現状を何とかしなければ……」と医師が診察室で待っていても,高い骨量獲得に悪影響を及ぼす生活習慣の子どもには出会えない。そのため「ピークボーンマスの重要性が理解できれば,子どもたちの行動変容を促せるかもしれない」と考え,順天堂大学と慶應義塾大学SFC研究所健康情報研究コンソーシアムで教育活動グループ「Team BONE」を発足し,民間企業や自治体,病院等の応援パートナーと連携して啓発活動を行うこととした(写真)。

写真 多くの大学,企業と共に「Team BONE」として教育・啓発活動を行う
子どもや若い世代一人ひとりに向け,元気な骨をつくるために必要な情報とサービスを提供し,全ての人々が「持続可能な元気な骨サイクル社会」をつくることができるよう教育・啓発活動に取り組む。前列右から3人目が筆者。

 具体的には子どもや保護者の集まる場に出掛け,超音波法による踵骨の骨密度の計測や,講演の開催などのイベントを実施してきた。活動の中では,性別にかかわらず,踵骨の骨密度が著しく低い10~30代の方に出会うこともしばしばあり,医療機関での精査と生活習慣の改善などの長期的な指導が必要と考えられた。

 また,筆者の専門が小児整形外科および骨粗鬆症という異色の組み合わせであるため,外来をしていると,先天性の疾患で骨折しやすい例,ステロイド投与やがん治療などの合併症として対策が必要な例,産後に骨折してしまう妊娠期骨粗鬆症の例など,若年患者さんの相談は少なくない。そうした患者さんへの適切な治療,生活指導を専門で行う施設はなく,適切な評価や治療がなされていない場合が多い。適切な受け皿を構築する必要性を大いに感じていた。

小児・AYA世代を対象にした日本初のセンター設立

 一生を見通した骨設計において重要なピークボーンマスの時期は,同時に人生設計においても大事な時期であり,医療的介入を考えた時には精神面を含めて個々の状況に応じた細やかな対応が求められる。したがって,ピークボーンマスを獲得し維持する時期として重要なAYA世代(15~30歳前後の思春期・若年成人)と,生活習慣を獲得する時期として重要な小児期を新たなターゲットとして,ボーンヘルスケアを実施していくことは,真の未病対策になり得る。そこで当院では2020年1月,全国に先駆けて小児・AYA世代を対象としたボーンヘルスケアセンターを設立した。

 センター化したのは,適切なボーンヘルスケアのためには,整形外科だけでなく,小児科,婦人科,栄養科,リハビリテーション科などの専門知識を持ったメンバーによる,科の垣根を越えた協力体制の構築が必須であったからである。当センターのミッションは,小児やAYA世代における将来の骨粗鬆症予備軍をターゲットに,専門的なボーンヘルスケアを行うこと,骨脆弱性を来す疾患の治療を専門的に行うこと,小児やAYA世代が高いピークボーンマスを獲得し維持するための有効な介入方法を探索し情報を集約した上で,全ての人々が受けられる医療へと発展させることである。そのため多職種でタッグを組んで診療に当たっている。それぞれの役割分担は以下の通り。

医師 骨量低下の原因となる既往歴や骨折の危険性の高い部位の有無,骨密度,栄養素の血中濃度を評価する。
看護師 骨量の増加・維持に必要な生活習慣が獲得できているかを評価し,生活習慣の改善指導を行う。
理学療法士 骨量の増加・維持に必要な運動機能が備わっているか評価する。
栄養士 食事の評価と改善指導を行う。

 骨量低下に伴う疾患が明らかになった場合には,薬物治療を行うこともある。

 本稿では小児・AYA世代のボーンヘルスケアの重要性について述べてきた。今後私たちにできることは,一人も取り残すことなく個々が最大の骨量をピークボーンマスとして得られるようサポートすることである。人生100年時代とも言われる現在,皆が元気に,そして幸福に生き抜くために積極的に取り組んでいきたい。

:立った高さから転倒して受傷した骨折。脊椎圧迫骨折,大腿骨近位部骨折の他,上腕骨近位端骨折,橈骨遠位端骨折,肋骨骨折,骨盤骨折,下腿骨骨折などが知られている。

参考文献・URL
1)厚労省.平成28年国民生活基礎調査の概況.
2)骨粗鬆症の予防と治療のガイドライン作成委員会(編).骨粗鬆症の予防と治療のガイドライン2015年版.2015.
3)骨粗鬆症財団ウェブサイト.
4)J Bone Miner Res. 2014[PMID:24390777]
5)Sports Med.2007[PMID:17595154]
6)J Bone Miner Res. 1999[PMID:10491214]
7)Osteoporos Int. 2003[PMID:12904837]
8)Lancet.1993[PMID:8093403]


さかもと・ゆうこ氏
2000年群馬大医学部卒。順天堂大附属順天堂医院で研修後,同大大学院整形外科学講座に進学。同大附属練馬病院助教を経て,18年より准教授。20年1月に日本で初めて設立された小児・AYA世代ボーンヘルスケアセンターでセンター長を務める。専門は小児整形外科,骨代謝。

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