医学界新聞

寄稿

2019.09.09



【特集】

自主性引き出す実習の作り方
三重大医学部5年次の臨床実習の取り組みから


 診療参加型臨床実習の充実が求められる卒前教育。学生の自主性を引き出し,積極的に実習に臨める環境をどう整えればよいか。三重大では5年次に,4週間にわたり地域医療機関で受ける「家庭医療学(総合診療科)」の臨床実習が必修となっている。本紙では,三重県の名張市立病院(200床)と市立伊勢総合病院(300床)での臨床実習を取材し,学生の自主性を引き出す指導医の姿と,それを受けた学生が学びを深める様子を紹介する。

 三重大では,6年次にはさらに4か月の長期にわたる実習を選択できるユニークなカリキュラムを組む。日本初の試みとして2014年から始まった長期臨床実習(Longitudinal Regional Community Clerkship;LRCC)の意義について,開始に携わった高村昭輝氏(金沢医大)が寄稿した(関連記事)。


 「細菌性肺炎で入院中の100歳の男性,ADL低下や誤嚥がみられました。現在は回復し自宅退院に向けて準備を進めています」。朝8時,名張市立病院のカンファレンスルームで2人の学生によるプレゼンが始まった。前日に自分で記入したカルテを見ながら,カルテ記載の基本の型であるSOAP(Subjective data・Objective data・Assessment・Plan)に沿って進めていく。「患者家族から,退院時の希望や食事の心配はないかな?」。横でプレゼンを聞く指導医と専攻医が,家族の介護状況など退院後の生活を見据えながら今後の方針を確認していく。学生は,「ご家族は,退院後もこれまで通り固形食の食事を希望されています。トイレまでの自立歩行も望んでいるため,退院に向けて現在リハビリ中です」と家族の希望と患者の現状を簡潔に補足した。

初診から退院まで自分で診る

 同院で臨床実習中の学生は三重大医学部5年の女子学生2人。この日は6月から始まった4週間にわたる「家庭医療学(総合診療科)」の臨床実習最終日だ。それぞれ2人の入院患者を担当している。実習期間中の月曜日から金曜日に毎朝行われるカンファレンスが終わると,続いて病棟回診が始まった。

 「おはようございます,○○さん,体調はいかがですか」。カンファレンスで検討した患者のベッドサイドに出向き,咳と痰が残っていないか,睡眠・食事はとれているか様子を尋ねる。膝を折り,患者と目線を合わせ大きな声で様子を聞いていく。病室から出てきた学生は,「高齢の患者さんの中には耳が遠い方が多いと気付き,声の大きさは気を付けている。実習が始まった1週目は病室に入るのもオドオドしたけれど,今は臆せず病室に入っていけるようになった」と笑顔で話し,次の病室へと真っすぐな足取りで向かった。

 医学生2人から患者の容態について報告を受けた指導医の近藤誠吾氏(同院総合診療科教育研修担当部長)は,「私ともディスカッションしながら回診するにつれ,担当患者の様子を把握し,説明できるようになった」と4週間の2人の成長を振り返った。学生の臨床実習を支援する総合診療科専攻医の笹本浩平氏も,「実習初日から教えるカルテの書き方,プレゼンの行い方の成果が現れている。見学ばかりだった自分の学生時代の実習と違い,1度見せてから体験させる教育方法を繰り返すうちに,2週目終わり頃から3週目にかけて格段に伸びてくる」と変化を口にした。

 三重大医学部の学生が5年次に受ける臨床実習は,内科,外科,小児科,産婦人科などをそれぞれ最長4週間にわたり回る。中でも,三重県内14か所の中小病院や診療所に分かれて受ける「家庭医療学(総合診療科)」の臨床実習は,全ての学生が4週間必修となっているのが特徴だ。三重大は県内の自治体と連携し,公立病院に地域医療学の寄附講座を設置するなど,県全域で家庭医療・総合診療の教育と研究に力を入れている。

 名張市立病院での実習は,朝8時のカンファレンスに始まり,病棟回診,救急外来,一般外来を指導医の指導の下で行う。静脈採血や末梢静脈路の確保,胃管挿入,尿道カテーテル挿入・抜去など,厚労省が定める「医学部の臨床実習において実施可能な医行為」の範囲内で,手技を経験する。実習は学生の自主性を尊重したスケジュールとなっており,診療の合間に抄読会の準備や自習時間をフレキシブルに組める。また,指導医が病棟業務に掛かりきりのとき,救急外来に出向けば別の医師に教えてもらえるなど,病院全体が学生を教える体制を整えている。毎週水曜日の午後には病棟多職種カンファレンスがあり,看護師,薬剤師,リハビリ専門職,管理栄養士や地域医療連携室のスタッフらと共に入院患者についてディスカッションを行うことで,チーム医療や退院調整の実際を体験する。指導医の担当患者によっては,在宅診療に同行することもある。

 1か月にわたる実習でどのような出来事が印象に残ったのか。学生の一人は,入院から退院まで受け持った高齢女性の診療を挙げた。初診外来に訪れた患者の鑑別診断を自分で挙げ,入院後も抗菌薬の選択や投与期間を考えた。入院中,女性のベッドサイドに出向き会話を重ねるうちに「最初は遠慮がちだった患者さんから,『家に帰りたい』との本音を聞くことができ,退院時調整の際に他職種スタッフにも共有できた」と振り返った。退院先である老健施設のスタッフに引き継ぐため,現地まで付き添った際,女性は涙を流して学生に感謝の言葉を述べたという。「初診から退院まで一人の患者さんを自分で診られたことで,患者さんの生活背景や家族の希望を聞くことの大切さを学んだ」と実習の手応えを語った。

写真① 名張市立病院の臨床実習の様子。左から専攻医,指導医,学生の2人。病棟で担当患者の様子を確認し,指導医に報告。4週たつと自信を持ってベッドサイドに向かい,指導医とのディスカッションも活発だ。

現在の自分の到達点を知る機会

 同じ日,三重県南部の市立伊勢総合病院でも「家庭医療学(総合診療科)」の臨床実習最終日を迎えた男子学生が指導医と共に振り返りに臨んでいた。「4週間,あっという間でした」。達成感のある表情を浮かべた学生は実習の成果を次のように振り返った。「大学病院の実習ではカルテを書く経験がなかったが,どのような形式で書くかに始まり,診断のつけ方,検査のオーダーの仕方まで鑑別診断を頭に浮かべながら自分で検討できたのがよい経験になった」。今後の抱負について聞くと,「プライマリ・ケアの現場を体験し,全身を診られる総合診療は面白いと感じた。もっと勉強が必要と痛感したので,研修医や指導医のディスカッションに追いつけるよう知識を増やしたい」と表情を引き締めた。

 医学教育モデル・コア・カリキュラム2016年度改訂版には「診療参加型臨床実習の充実」が新たに盛り込まれ,鑑別診断を考えながら病歴聴取・身体診察・基本的な検査を実施することが臨床実習の目標として示されている。実習の場を提供する施設や教育を担当する指導医は,学生が積極的に参加できる実習をどう作り出せばよいのだろうか。

 同院は今年から初めて,5年生の臨床実習を受け入れた。学生の指導医を務める同院内科・総合診療科副部長の谷崎隆太郎氏は,学生の自主性を引き出すために実習初日のオリエンテーションで必ず伝えていることがある。それは,「初学者の質問や間違いを非難したり嘲笑したりする指導医・スタッフは当院に1人もいない。心理的安全が確保された場で実習が行われる」ということだ。以前,4年間勤務した名張市立病院時代から学生に伝え続けている。

 谷崎氏は学生の気質について次のように指摘する。「間違えずに100点を取ることを評価されてきた学生は,間違えるのは悪いことだと思い込んでいる。だから,間違いを犯さないよう発言や行動を控え消極的になってしまう。結果,何事にも挑戦しなくなり,学習効率が極めて低下する」。そこで「間違いは悪いことではなく,まして失敗や恥でもない,現在の自分の到達点を知る貴重な機会だと伝えている」と熱く語った。

 学生の回診に付き添う谷崎氏は,廊下の移動中や外来の合間の短い時間に,繰り返し学生に質問を投げ掛けていた。「次の患者さんは腹腔穿刺の処置があるよ。手技をする際に大切なことは何だろう?」。処置室に向かう廊下を歩きながら学生が「手順を覚えることと……」と思案していると,「そうだね,あとは準備物品が言えることと,起こり得る合併症が言えること。この3点は他の手技でも必ず役立つから覚えておこう」とフィードバックで知識を補っていた。

 積極的に問いを発する狙いはもう一つある。それは学生の疑問力を鍛えることだ。谷崎氏は,「既に答えがわかっている問いに素早く正解するだけでは不十分。答えがあるかどうかもわからないような臨床疑問に対し,自ら問いを立て,自ら調べる過程を学生のうちに経験してほしい。何でも疑問に思うことが大切なので,心理的安全が担保された状況でどんどん疑問を発してほしい」と語り,さらにこう期待を込めた。「疑問を持って実習に臨めば,4週間の間に学生はぐんぐん伸びる」。

写真② 市立伊勢総合病院で学生と共にカルテを確認する谷崎隆太郎氏(左から2人目)は,学生に積極的に質問を投げ掛けていた。

 プライマリ・ケアの現場で診察の基本や患者への接遇を実践し,さらに患者の暮らしを考えた退院調整なども体験しながら,家庭医療学を学ぶ三重大の4週間にわたる臨床実習。学生は患者のファーストタッチにも臆することがなくなり,自ら病棟の患者の様子を確認しに出向き,指導医に状況を報告できるまでに成長する。長期間の実習中に谷崎氏が「学生も病院スタッフの1人」と伝えているように,主体性ある診療参加型の臨床実習が学生の自己効力感を芽生えさせ,さらなる学習意欲を育むことにつながる。

 三重大は5年次の4週間の実習に加え,さらに6年次に前出の名張市立病院など地域の医療機関で4か月間にわたり研修を受けるLRCCを選択できる。全国的にも先進的な取り組みが今後,地域医療を担う医師の育成にどう貢献するかにも期待が集まる。

写真③ 学生が顔面帯状疱疹のある担当患者の神経診察を行っている様子。ベッドサイドで接遇の基本も学ぶ。

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