医学界新聞

インタビュー

2019.07.29



【interview】

HPVワクチン 不作為の時を越えて

鈴木 富雄氏(大阪医科大学地域総合医療科学寄附講座特任教授/大阪医科大学附属病院総合診療科診療科長)に聞く


 ヒトパピローマウイルスワクチン (以下,HPVワクチン)接種の積極的勧奨が差し控えられてから5年以上が経過した。一時期は70%以上あったHPVワクチンの接種率は1%未満にまで激減しており,積極的勧奨の差し控えがその要因と考えられている。

 日本プライマリ・ケア連合学会(以下,PC連合学会)では2018年3月に「HPVワクチンに関する特別委員会」を立ち上げ,同年12月には積極的勧奨の即時再開を求める声明(要望書)を厚労省に提出。同時に医療従事者および一般市民に対しては,HPVワクチンに関する学会としての考え方を表明する声明を公表した1)。これらの声明を作成する過程では紆余曲折があり,委員会での議論そのものが,ワクチンを含む予防医療の在り方や臨床医としての姿勢などに関して示唆に富むものであったという。同委員会委員長の鈴木富雄氏に,議論の過程や論点,声明の意図について聞いた。


――PC連合学会が「HPVワクチンに関する特別委員会」を2018年3月に立ち上げた経緯からお聞かせください。

鈴木 学会としてのHPVワクチンに関する取り組みは,特別委員会の設立以前に遡ります。2016年4月には,PC連合学会を含む17学術団体から成る「予防接種推進専門協議会」が,HPVワクチン接種推進に向けた見解書を出しました。続いて2017年12月には,日本産科婦人科学会が学会単独で,積極的勧奨の再開を求める声明を出しています。

HPVワクチンをめぐる見解の相違

鈴木 問題はその後です。「次はPC連合学会としても学会単独での声明を出すべき」という意見が会員の間から出て,学会内のワクチンプロジェクトチームが声明案を作成しました。ところが,2017年12月の理事会でその案が否決されたのです。

――予防接種推進専門協議会の見解書は理事会を通ったのに,今回は否決されてしまった?

鈴木 プロジェクトチームとしては寝耳に水であったと思います。でも今振り返ってみると,予防接種推進専門協議会の見解書を理事会で承認した当時は,私を含め理事の中では,他の学術団体と足並みを揃えるという形で,当時者意識がそこまで高かったわけでもなく,理事会での議論も不十分であったと感じています。

 いずれにせよ,HPVワクチンに対して学術団体としての態度が曖昧なままではいけないということで,その後特別委員会を設けて引き続き議論を行うことが決まりました。その時点で理事の中での見解の相違もあり,比較的中立的な立場にあった私が委員長を拝命することになったという経緯です。

――見解の相違もある中,委員の人選はどのように進められたのでしょうか。

鈴木 HPVワクチンをめぐって,考え方には大別すると3つほどのグループがあったように思います。積極的勧奨の即時再開を求めるグループ。その時点でのstudyの結果としての確固たるエビデンスに厳密に沿った形で動くべきであるとするグループ。そしてHPVワクチンに関してはいくつかの懸念点もあるため慎重に事を運ぶべきであるというグループ。最終的にはそれぞれのグループのバランスを考慮して理事以外にも広く呼び掛けて,特別委員会のメンバーが選ばれました。

――積極的勧奨の即時再開を求めるのは見解として理解できます。エビデンスに厳密に沿う形になると,また異なる見解があるのでしょうか。

鈴木 ワクチンの有効性についてある段階までは双方共に認めていたと思います。具体的な相違点については後で詳しく述べます。

――わかりました。では慎重に事を運ぶべきという理由は何なのでしょう。

鈴木 HPVワクチンに関しては,2つの懸念がありました。まず,現時点でははっきりしないけれども,将来的には副反応に関連した神経免疫学的な問題などが明らかになる可能性がゼロではないこと。次に,因果関係は明らかにされていないが,実際にワクチン接種後の有害事象によって苦しんでいる方々や家族がいること。PC連合学会の会員にはそのような方々を診療している医師もおり,そういった状況で,学会が積極的勧奨の即時再開を求めるのは,時期尚早なのではないかという意見です。冒頭に話した学会単独の声明が否決されたのも,こうした懸念が払拭されなかったことが理由として挙げられます。

「女性の健康を守る」というアウトカム

――委員会設立以降の,議論の経過を教えてください。

鈴木 最初の数回は,委員会の方向性に関する討議に始まり,既存のエビデンスや諸外国の動向に関する情報収集に時間を割きました。この過程で私自身,今までざっとしか触れていなかったHPVワクチンに関するエビデンスを批判的に吟味する作業を怠っていたことを痛感しました。他の多くの委員も同じ気持ちだったと思います。

――委員会でエビデンスを共有した後,何が論点になったのでしょうか。

鈴木 HPVワクチンによってワクチンに含まれる型のHPV感染が予防できて,長期にわたる持続感染が原因となる「子宮頸部前がん病変」がかなりの程度防げることは既に明らかです。ただし現時点では,ワクチンを接種することによって「子宮頸がん(浸潤がん)」自体の罹患頻度が減少したというstudyの結果としての確固たるエビデンスはありません。そういった状況で,「HPVワクチンは子宮頸がんを予防する」といった明確なメッセージを打ち出すことの是非について,議論が白熱しました。

――市民に対してわかりやすいメッセージである一方,「拡大解釈ではないか」と一部の方々から批判されることもあるかもしれませんね。

鈴木 その通りです。しかしながらそもそも厳密な証明は事実上難しいのです。なぜならば,ワクチンを打つ/打たないにかかわらず,がん検診を行って前がん状態の中の高度異形成がある段階であるとわかれば全例円錐切除の対象になります。そうなると子宮頸がんにはならず,対象群と介入群を比較するといったRCTは困難となる。観察研究を行うにしても,相当な年月を要するでしょう。

 一方で,これはB型肝炎ワクチンによる肝がんの予防証明と同じ関係とも言えます。B型肝炎ワクチンが肝がんの罹患率を減少させるといった確固たるエビデンスはありません。ただし原因のないところに結果は出てきませんから,肝炎から肝がんに至る病態生理学的な機序から類推すれば,肝がんの予防策としてB型肝炎ワクチンが大きな意味を持ち,推奨をもされているわけです。

――同じ理屈でHPVワクチンが子宮頸がんを予防するのは自明であると?

鈴木 ただ現時点でのエビデンスに厳密な立場としては,そのように言い切ることに対して抵抗があるのです。さらに慎重派としても,先ほどお話ししたようにワクチンに関連した副反応の病態的な機序が将来判明し,接種との因果関係が明らかにされる可能性を現時点では否定できないということもあり,両者ともに,学会として明確なメッセージを出すことに躊躇する気持ちがあったわけです。

――医学において100%確かなことはないに等しい。難しい問題です。

鈴木 ただひとつ確かなのは,年間で約1万人が子宮頸がんに罹患し,約3千人が亡くなっているという事実です。しかも死亡者数が増加傾向にあり,予防対策が急務となっています。子宮頸がんは予防できるがんであり,ワクチン接種後の多様な症状の機序が解明されていないとは言え,数々のstudyでそれらの症状の出現率は非接種者との比較で有意差がないという結果も出ている中で,救える命を救わずに放置しておいてよいのか。積極的勧奨の即時再開を求める主張も,十分な説得力を持つのです。

――結論は出たのでしょうか。

鈴木 しばらくは議論が平行線をたどりました。少し風向きが...

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