医学界新聞

対談・座談会

2019.03.04



【座談会】

臨床研究の実践知
生物統計家と二人三脚で乗り越える3つの壁とは

前田 一石氏(JORTC外来研究員/ガラシア病院ホスピス)=司会
小山田 隼佑氏(JORTCデータセンター統計部門 部門長)
有吉 恵介氏(JORTCデータセンターDM部門 部門長)


 臨床研究を行う意義は,臨床医が日常診療で得た洞察や直感を検証することで,自身の診療を客観視できる点にある。そして,より効果的な治療を多くの患者さんに還元できるだろう。一方,臨床研究のモチベーションが湧いても,まず何から取り掛かれば良いかわからない,統計手法に詳しくないなど,研究を始めるまでにいくつもの壁が立ちはだかるのではないか。

 そこで臨床研究に欠かせないのが,生物統計家(以下,統計家)やデータマネジャーのサポートだ。本紙では,新連載「臨床研究の実践知」が4月から始まるのを前に,執筆者3人による座談会を企画。臨床研究に取り組む緩和ケア医の前田氏,臨床研究を支援するNPO法人JORTC()所属の統計家である小山田氏とデータマネジャーの有吉氏の3人が,臨床研究をスタートする前に知っておきたいポイントを紹介する。


前田 緩和ケアを専門とする私は,日々診療する中で2つの疑問を持つようになりました。1つは,今行っている治療に確かな意義はあるのか,もう1つは,治療の費用対効果は適切かということです。そこで,大学院で学んだ疫学の知識を生かして疑問を解決するとともに,医療の発展にも貢献したいと考え,がん治療・緩和ケア領域を中心に臨床研究を支援するJORTCの支援を受けながら臨床研究に取り組んでいます。

小山田 臨床医が臨床で得た感触を,研究でしっかり確かめる意義は大きいですね。例えばある治療法を数人の患者に実施し,成績が続けて良かった場合,「この治療法は有効に違いない」と思われるかもしれません。しかし,治療成績の良い/悪いが仮に2分の1の確率で発生するとしても,“たまたま”7~8回ほど連続で良い成績を観測することはあり得ます。したがって,10人中8人に有効だったからといって,100人中80人に有効とは限らないのです。臨床研究による証明が求められる事象は現場に数多くあると思います。

有吉 日常診療での気付きが研究を行う動機付けとなり,臨床研究によってエビデンスがつくられることで,患者さんや研究者本人はもちろんのこと,医療界の知識向上にもつながります。臨床医が臨床研究に取り組むことの重要性を感じています。

臨床研究成功の近道はチームプレーで臨むこと

前田 一方で,研究へのモチベーションがパッと湧いたところで,まず何から手を付ければよいかわからない方も多いのではないでしょうか。

小山田 そうですね。近年,臨床医と統計家が二人三脚で研究を進めることの大切さは浸透してきたように思います。しかし,統計家はどのような役割を担い,研究のどの段階から参加してもらえば良いかわからないといった声も聞きます。臨床研究を前に,臨床医はどのような課題をお持ちでしょうか。

前田 研究を始める際,3つの壁があると私は感じました。1つ目は,臨床で得た洞察と直感を検証可能なリサーチクエスチョンの形に具体化すること,2つ目は統計学的な知識を備えること,そして3つ目は臨床研究実施計画書(プロトコール)の作成です。

小山田 1つ目の壁である「リサーチクエスチョンの立て方」には,どのような難しさがありますか。

前田 臨床医として診療の中で感覚的に行っている部分を言語化し,統計家をはじめ他の研究メンバーと共有し議論する力が不十分な点です。例えば,薬物療法に関する研究を行うに当たり,どのような疾患の患者に,どの用量を何日間投与すれば効くのか,そして何をもって効果を計測するかなど,検証に取り掛かる上での「問い」を細部まで明確にするのは難しく感じました。さらに,症状の改善した患者さんがその後の生活をどう送れるかなど,真のアウトカムは何かまで突き詰めたリサーチクエスチョンを立てるには,じっくりディスカッションする必要があり,統計家のサポートが不可欠です。

有吉 2つ目の統計学的知識の習得も,多忙な臨床医には高い壁でしょうね。

前田 書籍から統計学を学ぶ姿勢はもちろん大切ですが,それだけで理解が十分に深まるとは言えません。研修中に指導医から多少教えを受けられたとしても個人の努力によるところが大きく,多施設共同研究を行おうにも若手は十分な知識やネットワークがないため,本格的に臨床研究を行いたくても袋小路に入り込んでしまいます。

有吉 精緻なロジックを組む介入研究を臨床医一人で進めるのは大変です。たとえ統計解析の十分な経験を持っていても,著名誌に載った論文だからといって,その解析手法をそのまま利用して良いわけではありませんよね。

小山田 はい。解析手法は,研究デザインの細部にわたるセッティングやアウトカムの性質を踏まえて計画されるため,同じ解析手法が利用できるとは限らないからです。“Garbage in, garbage out”と統計の世界でよく言われるように,誤った研究デザインを基に集めたデータを解析しても,質の高い結果は得られません。研究を実施する上で,臨床医と密に議論しながら意義のある研究計画を立案し,質の高いデータ収集,適切な統計解析を通じて,客観性の高い結論を導くことが統計家の役割であり使命だと考えています。

前田 研究の計画段階から統計家の関与を必要とする点は,3つ目の壁のプロトコール作成にもつながります。

有吉 治験では統計解析計画書が当たり前のように必要ですが,臨床医主導の臨床研究では不十分な試験もまだ散見されるようです。

小山田 プロトコールの作成は,統計家が関与する上で核となる部分です。サンプルサイズの設計,エンドポイントや解析手法の選択,ランダム化比較試験ではランダム割付にどの手法を選ぶかなど,統計家の関与が必須な作業が数多くあります。精緻なプロトコールを作成しないまま研究をスタートし,プロトコールで規定していない解析手法で闇雲に解析を繰り返して一番良かった結果だけを論文に掲載するようでは,結果の信頼性の担保が極めて難しくなってしまいます。

前田 プロトコールの提出を求める学術誌も増えていますね。2018年4月には臨床研究法が施行され,プロトコールの作成をはじめ臨床研究実施の規制要件が厳格化されました。

有吉 規制要件を一から見返すのは煩雑なため,確認に漏れが生じる恐れもあります。データの取り扱いに関する事前の取り決めやデータの修正履歴を残す監査証跡の管理など,規制要件に対応した準備などは統計家を含めデータセンターがお手伝いできる点です。

小山田 誤った結果が世に出てしまわないためにも,統計家が加わり綿密なチェックを行う必要がありますね。研究開始前の段階から学会発表や論文執筆までを見据え,全ての過程で統計家が関与することが,科学的に質の担保...

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