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第3297号 2018年11月12日


【対談】

鍛えよ,「知の体力」を
答えにたどりつく長いプロセスを,楽しみながら進むために

永田 和宏氏(京都産業大学タンパク質動態研究所所長/歌人)
椛島 健治氏(京都大学大学院医学研究科皮膚科学教授)


 「大学においては『学問』をすることが主であり,高校までの『学習』とはおのずから異なる」(永田和宏著『知の体力』,新潮社より)。答えは必ずあるものと知らず知らずのうちに教えられてきた高校までの教育から一転,「学問」をするための大学や大学院に進んだ学生は,自ら学ぶことや研究の深化にどう向き合えば良いのだろうか。

 「わからない時間を待つことに臆病になるな」「研究は安全を選ぶか面白さを取るか」「没頭することで得られるものとは」――。細胞生物学者で日本を代表する歌人でもある永田和宏氏と,臨床と研究に取り組む皮膚科医の椛島健治氏の2人が,これから学びを深めたい人,あるいは将来に不安や焦りを感じる若者たちへ,愛情に満ちたエールを送る。


椛島 永田先生の著書『知の体力』は,若者への愛情を感じながら読みました。先生は何を伝えたいと思い本書を執筆されたのでしょう。

永田 社会に起こる問題を自ら見つけて考える姿勢が若い人になければ,いったい誰がこの国の未来を考え,動かしていくのか。こうした思いがあります。そしてそれ以上に,自信が持てずに自分を小さく規定する学生が,見ていて歯がゆいんです。その歯がゆさが,書かせたのかもしれません。

椛島 私が京大の学生だった1990年代前半は,講義に出ず部活をしたり遊んだりしても放任された時代でした。一方で,講義に出る人は皆熱心で,質問も盛んに出て活気がありましたね。今は出欠を取るようになって出席率は高いけれど,寝ている人が多く,真面目にノートを取っていても質問はあまり出ません。どこか受動的なのです。

永田 「教えてもらう」ことに何の疑いも持たない,学生の気質の変化が気になります。おとなしい“いい子”が増えました。

椛島 情報があふれる社会で育った学生には,いかに効率よく教わるかが“勉強”のポイントとなり,自分で考えて学問を楽しむ余裕が感じられません。

永田 何となく流れに身を委ねているようで,自分の人生の可能性を大学時代に何とか見つけようとか,自分たちがこの社会の将来を切り開くのだといった意識が希薄な気がします。

椛島 臨床研究の論文数減少に見られるように,日本のサイエンスは国際的な順位が明らかに低下しています。ノーベル賞を受賞された京大の本庶佑先生も,10年,20年先,先細りする日本の研究への危機感を訴えたように,問題意識を持って発言しているのは私よりも上の世代の方たちであり,若者に危機感はあまり感じられません。

永田 私は学生時代,退官直前の湯川秀樹先生の講義を受けることができました。「今役に立つと言われるものは,30年先には役に立たなくなる」と当時から指摘されていました。ノーベル賞の受賞が毎年のように話題になっていても,今役に立つ研究への目配りばかりが続いていくようでは,大きなブレークスルーが日本から生まれる機会はこの先失われていくでしょう。

わからない時間を待つことに臆病になるな

永田 私が京大に入学したとき,当時総長の奥田東先生は入学式の祝辞で,「京都大学は諸君に何も教えません!」と述べました。せっかく入ったのに,入学式ですよ(笑)。高校と大学のギャップを埋める高大連携が今言われますが,手取り足取り教えられた高校までと,自ら問いを発するための学問をする大学は明確に切り離すべきです。大学とは極論すれば,わかっていることを教えるより,まだわからないことに気付かせる場ではないでしょうか。

椛島 医学の世界も患者さんの疑問に一問一答では答えられない,わからないことばかりです。個々の患者さんにベストな治療を考えるにはどうするか,医師は人間としての総合力が試されます。そこで私は,わからないことへのアプローチに研究が重要であり,たとえ将来的に研究者をめざさなくとも研究の道を経験する意義は大いにあると考えています。

永田 ある一定期間サイエンスに没頭するのは大事なことです。わからないことを自分の中でどれだけ長い時間抱えていられるか,それが研究者の大きな推進力になっていますね。わからないからこそ没頭できる。

椛島 まさに「知の体力」です。

永田 ところが今,多くの若者は「わからない時間」を待つことに臆病になっている気がしてなりません。「答えは一つ,必ず正解がある」と教えられてきた学生は,わからないことを抱えた時間が不安で耐えられない。問題には必ず答えがある前提で,正解への近道を得る教育を初等中等教育から受けてきたため仕方ない面もあるでしょう。しかし,大学に入りそれが学問と思われては困るとの意識が私の中にあります。学んで修める「学習」と,学んで問い直す「学問」はそもそも違うのだと。

椛島 答えを得るまでの時間が社会全体でどんどん短くなっていますね。スマホでさっと答えが得られなければ疑問はお蔵入りしてしまうのだと思います。私がわからない時間を待つ経験をしたのは高校生のとき,通信教育「Z会」の勉強でした。答案を送り添削が返るまでの1か月間,ワクワクしましたね。

永田 かつて文献は,船便で来ていた時代がありました。ご存じないでしょう? 毎週送られてくる,全ての雑誌の目次だけを収めた冊子「Current Contents」に目を通し,読みたい論文があれば別刷り請求を出す。すると2か月ほどして著者から直接送られてきます。届いた頃には,読む意欲がなくなっていることが多かった(笑)。

 でも,こうした待つ時間は研究にも大切だと思うのです。ブラブラする間に自分の興味が動き,自分の関心以外の何かにフッと巡り合い,それが研究に生きることがあるからです。

椛島 私は自分の専門とあまり関係のない学会,例えば分子生物学会に行き,特に目的もなくポスター掲示の会場を歩くことがあります。すると,「もしかすると,皮膚科に応用できるのでは」とヒントを得ることがあるんです。

永田 私たちの研究は必ずしも明確な目的から入るばかりではありません。

椛島 「面白そう」と,興味から始まることが多いです。

永田 「路上観察学会」という不思議な会がかつてありました。何の目的もなく街中をブラブラ歩き,本来の役目を終えた単なるモノや使途不明のもの,ただのマンホールなどを面白がるユニークな集団です。この「面白がる」視点は私たちの研究にも重要で,“遊び”がある人には普段目に入らないものが見えてくる。

 ところが今日,日本のサイエンスの大部分が,研究が何にどう役立つかで評価されてしまっています。科研費の助成は目的指向型のすぐに役立つ研究に偏り,研究成果が出るまでに時間のかかる基礎分野への支援が徐々に削られてきている。科研費の申請書には社会への波及効果を書く欄があり,何に役立つかプレスリリースまでします。研究の世界も成果が熟するのを「待つ」ことができなくなっている。その結果,研究者自身が自分の研究目的やモチベーションを「すぐに役に立つこと」へと無意識のうちにシフトさせてしまっているのではないでしょうか。

椛島 現在どのように役に立つのかわからない研究も価値があり,科学のイノベーションは全く予想外のところから生まれるのが常であることを忘れてはなりません。若い方には,「面白そう」という自分の好奇心や疑問を大切にし,わからないことを保持し続ける知の体力を培っていってほしいですね。

安全を選ぶか,面白さを取るか

永田 臨床の傍ら研究にも真摯に向き合う椛島先生が,研究の必要性をはっきりと意識したのはいつでしょう。

椛島 30代半ばでしょうか。研究を志す前は,とことん臨床を突き詰めれば一流の臨床医になれると思い,20代で渡米しました。ところが米国の臨床は,カルテに書く内容ややるべき検査があらかじめ決められていて,「裁判に負けないための医療」という側面があると気付いたのです。

永田 そうでしたか。

椛島 それでだんだん面白くなくなり,「もっと医学の本質に迫る仕事に打ち込みたい」と思ったのが20代の終わりです。大学院修了後,数年間は研究と臨床のどちらを選ぶか悩みました。そして両方取り組む決意をしたのが産業医大に赴任した35歳の時です。

永田 何がきっかけとなったのですか。

椛島 産業医大の医局では,医師は臨床にとことん打ち込む一方で,研究は人的資源や研究機器が京大ほど整っておらず,研究結果が出るまでにストレスや時間がかかることが続きました。それがかえって病態への知的好奇心をかき立てた気がします。なかなかうまくかみ合わなかった臨床と研究が,そこから両輪となり走り出したのです。不思議ですね。逆境に立ったのが良かったのだと思います。臨床にしか興味のなかった医局員の多くが,次第に研究に興味を持ち始め,皆でワイワイと臨床と研究に明け暮れました。

永田 やりたいことがすぐできずに待つ時間,ある種の飢渇感が自身の可能性を大きく伸ばしたのでしょう。かつて日本社会にあった上昇志向が今見られないのは,この飢渇感の欠如が一因のように思えてなりません。終戦直後の貧しい時代に生まれた人間の根底にある「この貧しさをどう解決するか」との思いは,必ずしもサイエンスに直接つながったとは思いませんが,われわれの世代に共通した思いです。

椛島 何となく満たされ,現状に不満の少ない私たちの世代と大きく違う点です。厳しい挑戦をせずとも,そこそこの幸せを維持できる環境だからです。

永田 それと引き換えに,失敗することに恐れを抱く若者が多くなっているのではと漠然と感じています。他人の研究がうまくいく中,自分だけ失敗するのが耐えられないのでしょう。失敗しないための実験を組み立てているのではと感じることさえあります。

椛島 成功を収めている研究者に共通するのは皆,野性的で直観力が鋭く,本質を見る目があることです。成功や失敗に至る選択を何度もくぐり抜けて身につけたものなのでしょう。大きなチャレンジを避け,小さな成功を8割の確率で得ようとしていては,研究の直観力は身につきません。

永田 実感として言えば,物事を一面的ではなく複眼的・多層的に見る視点は,その研究者がどれだけ失敗を積み重ねてきたかに比例すると思っています。うまくいく実験ばかりをしてきた人からは,「ラグビーの楕円球が丸い球にも見える」という視点が出てきにくいと感じています。

椛島 おっしゃるとおりです。そこで,永田先生にお聞きしたいのは,研究の失敗を恐れる若者をどう導くかです。

永田 たとえ失敗をしても,それは意味のあるものだとエンカレッジすること。そして何よりその人の研究の面白さを引き出すことです。

 サイエンスの楽しみは,突き詰めればディスカッションにあると私は思っています。ラボでは15分の発表後,1時間以上議論することもしょっちゅう。もちろんネガティブな指摘もするのですが,とにかく「オモロいことをやろう」というラボ全体の雰囲気づくりは特に大切にしています。

椛島 学生時代,日本の研究室では叱られてばかりでしたが,米国ではイタリア人のボスが,「お前,賢いなぁ!」といつも陽気に言ってくれて(笑)。「研究って面白いな」と初めて思えました。

永田 褒め方のうまさは,指導者に求められる条件の一つです。「それ,いいデータだね」と淡々とではなく,「何でそんなオモロいこと,考えられるんや!」と(笑)。

 さらに私は,研究で複数の選択肢を前にした学生には,「安全なほうより,まず,面白そうなほうを選べ」と言い続けています。

椛島 私も同感です。複数の選択肢があれば,他人がやらない面白そうなほうをできるだけ選びます。どちらが得かの損得勘定で動いては,自分自身が納得いく成果は得られにくいからです。

永田 私は29歳の時,子どもが2人いながらそれまで勤めていた企業を辞め,大学に戻って研究者になる決心をしました。世間知らずで無責任な人生最大の選択でしたけれど,面白そうな道を選びました。安全を取るか,面白さを取るか,若者は大小さまざまな選択肢の間で絶えず揺れ動いているのを感じます。日常は小さな選択の連続ですが,安全なほうばかり選んでいては,面白いことを選び続ける人との差はいずれ大きく開くものなのです。

椛島 他に誰もやっていない面白そうなことは,答えを得るまでには時間がかかります。でも,すぐに答えが出る仕事では大きな価値は見いだせないでしょう。長いプロセスを進む研究はどこかマラソンとも似ていると感じます。

永田 研究者には,マラソンを趣味にする方が多いですね。

椛島 はい。私もランナーとして毎年42.195 kmに挑戦しています。この競技は,自分でコツコツ練習しなくてはいけません。その努力は裏切らないし,個人競技のため周りのせいにもできない。研究も同様で,日々の取り組みが結果に正直に表れます。そして,成果が出た喜びは何にも代えがたいものがあります。答えにたどりつく長いプロセスを楽しみながら進むことは,まさに「知の体力」なのだと思います。

不可能と思わず,「面白そう」と思う道へ一歩踏み出してほしい

永田 失敗や挫折の体験が少ない学生にはあえて,「勝手にやってごらん」と不親切に何も教えない場面も必要だと思います。私はよく,「ボスの知らないところで,何かやれ」と言っています。別のアイデアがあれば,研究に行き詰まっても展開でき,研究室にもバラエティが生まれるからです。

椛島 若いうちに海外を見る経験も大切です。永田先生の研究室の学生は,早い段階で海外に行くことが多いようですね。『知の体力』を読み驚きました。

永田 修士課程に入学した大学院生を3か月間,海外の一流の研究室に派遣する独自のシステムです。2つの狙いがあって,1つは英語に臆せず議論ができるようになること,もう1つは海外のトップクラスの研究室も実は自分たちと地続きの存在だと実感してもらうことです。「とても手が届かない世界」との意識を払拭してもらうのです。

椛島 先生の経験からの発案ですか。

永田 そうですね。私が渡米したのは36歳と遅く,在籍した京大の研究室も国際交流が多くありませんでした。それを反面教師に,若いうちに海外に行かせなければと京大時代から始めました。サイエンスはやはり,国内だけでは通用しない領域です。論文を出して完結ではなく,研究内容を発信し世界と渡り合うことで研究の幅はさらに広がっていくものなのです。

椛島 今,海外留学を敬遠する人が増えているのは,本当にもったいない。論理的思考が得意な研究者が海外に多いのに対し,日本人は苦手意識を持つ方が多いですね。論文を書くだけであれば国内にも世界レベルの研究室はありますが,日本でのしがらみから一度解き放たれて自由を味わい,多様な文化を実際に体験することもとても大切だと思います。

 日本は自分のボスが将来にわたり面倒を見てくれる風潮があるようですが,それは盲信です。実際にさまざまな経験をし,自分自身の臨床・研究能力を研鑽しなければなりません。まずは積極的に海外の学会に参加し,自分の所属する教室の外に友人を作ることから始めてみてはどうでしょうか。

椛島 大学院生の間に病気についてじっくり考える期間は一度きりの人生でかけがえのない時間となります。医学部卒業後,大学院進学に迷う学生も多いようですが,すぐには役に立たない研究でもぜひ挑戦してほしい。そんな学生を,永田先生のように励まし,好奇心を持たせながら伸ばしたいと思います。

永田 偏差値や大学名などで自分を小さく規定することだけはやめてほしいと思います。成功してエスタブリッシュされた人を見ると,自分には到底及ばないと思うでしょう。でも,皆若い時には将来を見通せず,不安や焦りを感じた時期が同じくあったのです。最初から不可能と思わず,面白そうと思う道へ一歩踏み出してほしい。一歩踏み出さないことには何も始まりません。

(了)


ながた・かずひろ氏
1971年京大理学部物理学科卒。森永乳業中央研究所,米国立癌研究所を経て,京大結核胸部疾患研究所教授,同大再生医科学研究所教授を歴任。2010年より現職。京大名誉教授。歌人として宮中歌会始詠進歌選者,朝日歌壇選者も務める。09年紫綬褒章受章。17年ハンス・ノイラート科学賞受賞。著書に『タンパク質の一生』『近代秀歌』『現代秀歌』(いずれも,岩波書店),『知の体力』(新潮社),『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』(文藝春秋)など,歌集に『夏・二〇一〇』『永田和宏作品集1』(いずれも,青磁社)など多数。

かばしま・けんじ氏
1996年京大医学部卒。横須賀米海軍病院,京大皮膚科(宮地良樹教授),米ワシントン大レジデント・内科・皮膚科,京大神経細胞薬理学(成宮周教授),UCSF免疫学(Dr. Jason Cyster),産業医大皮膚科(戸倉新樹教授)を経て2015年より現職。皮膚免疫の多様性の不思議に魅了され,現在はその機序の解明と臨床応用について研究中。趣味のマラソンは現在もサブスリー(3時間以内)で,国内外のトレイルランニングの100マイルレースも多数走破。ブログ「洛中洛外から椛島健治の頭の中を送ります」。