医学界新聞

インタビュー

2018.03.19



【interview】

麻痺手の「復権」のために
作業療法士は何をすべきか
竹林 崇氏(吉備国際大学保健医療福祉学部准教授・作業療法学)に聞く


 脳卒中後の上肢運動麻痺に対するリハビリテーションは作業療法士の重要な役割の一つである。しかし,介入により麻痺手の動作は回復したものの,患者が日常生活で麻痺手を使わず,結局ADLやIADLの向上につながらなかった経験はないだろうか。

 この状況に一石を投じた,日常生活での麻痺手の使用促進アプローチがCI療法(constraint-induced movement therapy)である。本紙では,日本へのCI療法導入期から実践と研究を続け,このたび『行動変容を導く! 上肢機能回復アプローチ――脳卒中上肢麻痺に対する基本戦略』(医学書院)を編集した竹林氏に,作業療法領域におけるエビデンスの活用と創出に向けた思いと,セラピストが持つべき考えを聞いた。


――竹林先生は13年間臨床現場を経験した後,教育現場に移りました。これまでの取り組みを教えてください。

竹林 兵庫医大病院で臨床経験を積み,脳卒中の超急性期から内部障害,慢性疾患まで,約30診療科にわたる領域の患者さんとかかわりました。今は教育の場でその経験を学生に伝えようと努力しています。臨床・教育と並行して,Evidence-basedな作業療法を推進する研究に力を入れてきました。

――現在の研究テーマは何ですか。

竹林 脳卒中発症後180日以上経過した上肢麻痺患者に対して,非麻痺側の使用を制限し,難易度調整した課題を行うCI療法と,機械を用いるロボット療法の併用効果を調べる多施設研究を道免和久主任教授(兵庫医大)と共同で進めています。脳卒中後の麻痺手に対する実践と研究はライフワークで,兵庫医大病院時代から道免先生のもとでCI療法などの上肢機能に対するアプローチのエビデンス構築をめざしてきました。

根拠に基づく作業療法のために治療法の選択肢を持つ

――CI療法に限らず,最近まで臨床現場にいた立場から,日本の作業療法現場におけるエビデンス活用の現状を竹林先生はどう見ていますか。

竹林 『脳卒中治療ガイドライン2004』(協和企画)が出版されたころから作業療法領域ではエビデンスへの関心が徐々に高まってきました。とはいえ医学に比べればEvidence-basedな実践が比較的少ないのは事実で,個人的にはエビデンスにもっと敏感になってほしいです。

――例えばどんな状況が見られますか。

竹林 患者さんの疾患や症状,病期から推奨される方法があるにもかかわらず,療法士自身の得意な方法にしがみついてしまう場面です。昔はどんな患者さんに対しても,徒手的な神経筋促通術などのアプローチ法しかなかったので,特定の療法を究めることが専門家として最重要だったと思います。でも今は,CI療法,ロボット療法,電気刺激療法など,エビデンスに根ざしたさまざまな治療法があるのです。

――医学の進歩による変化ですね。

竹林 はい。それによりできるようになったのが,作業療法における治療法の選択です。方法を比較し,選択することはEvidence-basedな医療の前提です。選択肢が増えたことで,EBOT(根拠に基づく作業療法)の環境は整ってきたと言えるでしょう。

――経験的治療とエビデンスはどう組み合わせるべきだと考えますか。

竹林 一例一例積み重ねてきた,療法士の経験や感覚から生み出される治療効果は当然重要です。しかし,介入法の選択に,何千,何万症例の比較試験から導かれた知見を生かすのは医療者の務めと私は考えています。一人の患者さんに対しても,エビデンスが確立されている部分はその手法を用い,エビデンスが確立されていないところは経験的な手段も含めて検討するなど,柔軟な対応が必要です。

目標は機能回復ではなく,「ADL・IADLにおける復権」

――ご専門のCI療法のエビデンスについて教えてください。

竹林 脳卒中後の麻痺側の上肢機能と生活における使用頻度において,実施後1年半以上にわたる効果が無作為化比較試験で証明されたのはCI療法のみです(2018年2月時点)。この知見をもとに,米国では広く実践されています。日本でも『脳卒中治療ガイドライン2015』(協和企画)でロボット療法とともにグレードA(推奨されるアプローチ)に位置付けられるなど,有効性への理解が広まってきました。

――CI療法に長期効果が認められた理由は何ですか。

竹林 日常生活で麻痺手を使うからです。麻痺手の回復に最も大切なことは,手を使う量です。私たちの研究でも長期的な機能改善と生活における麻痺手の使用頻度には強い関係性が認められています。CI療法のコンセプトには「日常生活での麻痺手の使用促進」があり,リハビリテーション室の外での麻痺手の使用量が他の治療法に比べて多いのです。

――具体的にはどこが違うのでしょう。

竹林 「健常手でコップを持ちながら,麻痺手で水道の蛇口を開閉できるようになる」といった課題志向的かつ,具体的に「ADLやIADLの復権」をめざす点です。機能回復を目標に据える治療法の中には,CI療法より早く麻痺手の動きが回復する方法もあります。しかしそれはあくまでも「機能回復」であり,麻痺手を使用する行動変容,つまり「ADL・IADLにおける復権」には必ずしもつながりません。この2つは全く次元が異なります。

――しかし,動作ができればADLは自然に回復するようにも感じますが。

竹林 以前はそのような考え方が主流でした。でも,麻痺手が動くようになったからといって,患者さんが自発的に麻痺手を日常生活で使用する例は一部です。多くの場合,健常なほうの手ばかり使ってしまいます。

――それはなぜですか。

竹林 患者さんに負の行動変容が起こっているからです。麻痺手を日常生活で使うと,最初は失敗したりストレスを感じたりします。その体験が蓄積されると,麻痺がある程度回復しても自発的には使わなくなってしまうのです。

 患者さんだけでなく作業療法士も,「麻痺が治り,動くようになったら手を使う」と考えがちです。しかし,CI療法が高い効果を上げている一つの要因は,「治すために麻痺手を日常生活で使う」点にあります。麻痺手を使う成功体験を積み,正の行動変容を促すことなのです。療法士にはこういった発想の転換が求められると思います。

その人らしさを取り戻す

――患者さんを正の行動変容に導くために,念頭に置くべきことは何ですか。

竹林 どの治療法を選ぶにせよ,「患者さんにとって価値ある活動を療法士と患者さんが一緒にシェアすること」です。価値ある活動とは,患者さん自身の内的動機付けが伴う活動で,これこそが「作業」です。この価値ある活動が行動変容を促す適切な目標です。

――患者さんごとに違う目標になりそうです。

竹林 一人ひとり違う,価値ある活動を「できる!」と思わせる体験の支援が療法士の役割です。ただし,目標は価値ある活動のうちADLやIADLの範囲で設定すべきです。日常生活での麻痺手の使用量が重要ですから。

――価値ある活動を患者さんと共有する上で,聞き方で心掛けるべきことは何ですか。

竹林 なるべく具体的なイメージを呼び起こすようにします。古典的な方法では,会話の中で,麻痺手を使えるからこそ便利と思ってもらえる状況を探っていきます。例えば,「麻痺手で蛇口が開閉できたら便利ですか?」ではなく,「健常な手でコップを持ちながら,麻痺手で蛇口を開閉できたら便利ですか?」と聞くと,価値を感じてもらえることがあります。

 新しい方法としては,手を使う場面を一覧にしたADOC-H(Aid for Decision-making in Occupation Choice for Hand)というアプリを開発しました。患者さんの価値のある作業を探索するためのイメージを促すのに便利です。

――使ってみていかがですか。

竹林 目標設定のスピードが格段に上がりました。多くの場合,患者さんはすでに麻痺手に対して負の行動変容が生じているため,最初は一覧から作業療法士と一緒に選ぶのが無難です。ADL・IADLの中で麻痺手の役割が一つ復権すれば,患者さんは前向きにどんどん目標を提案してくれるようになります。

――そうした良いサイクルに到達するために,全ての作業療法士に伝えたい思いは何ですか。

竹林 リハビリテーションは,「その人らしさを取り戻す」という意味です。そこに帰結するために作業療法士に求められるのは,麻痺手を使う行動変容に患者さんを導くことだと考えています。エビデンスを基にした選択肢を持ち,多角的アプローチによって患者さんの幸せを取り戻すことができるように,これからも研究や臨床に研さんしていただきたいです。そして,エビデンスを生かすだけでなく,エビデンス創出にかかわる作業療法士がもっと増えてほしいです。

(了)


たけばやし・たかし氏
2003年川崎医療福祉大医療技術学部卒。同年より兵庫医大病院リハビリテーション部に勤務。18年兵庫医大大学院修了(医学博士)。16年より現職。編著に『行動変容を導く! 上肢機能回復アプローチ――脳卒中上肢麻痺に対する基本戦略』(医学書院)など。

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