医学界新聞

寄稿

2017.10.16



【寄稿】

ケミカルコーピングと偽依存
疑いの目を持ちつつも寄り添う気持ちが,嗜癖(精神依存)から患者を救う

山口 重樹(獨協医科大学医学部麻酔科学講座主任教授)


ケミカルコーピングとは?

 ケミカルコーピングという聞き慣れない言葉が最近,緩和医療でにわかに注目されるようになっている。

 ケミカルコーピングに関する世界共通の定義はなく,とても曖昧である。Brueraらは「苦悩する終末期のがん患者にみられる薬の使用による不適切なストレスの対処法」と記載している1)

 コーピングという言葉であれば,耳にしたことのある人は多いだろう。「うつ病にならないためにコーピングスキルを身につけましょう」などと,一般紙でもよく見かける。一般的な辞書では,「ストレスを評価し,対処しようとすること」と説明されている。

 通常,コーピングの手段は,趣味を楽しむ,家族との時間を過ごす,穏やかな気持ちになるためにさまざまなリラクセーション(ヨガ,太極拳,瞑想,マッサージ等)を行うなどである。コーピングの手段としてオピオイド鎮痛薬が使用されてしまった場合がケミカルコーピングである。

 十分な処方をしているはずにもかかわらず,オピオイド鎮痛薬の追加処方を患者に繰り返し求められ,困った経験のある医療者もいるのではないだろうか。そうしたとき,ケミカルコーピングが疑われる。

ケミカルコーピングに陥る理由

 最初に強調したいことは,ケミカルコーピングとはオピオイド鎮痛薬(医療用麻薬鎮痛薬を含む)の不適切使用(乱用)であり,許容できるものではないということだ。

 医学的原則に沿ったオピオイド鎮痛薬の使用方法は,身体的な痛みを緩和することであり,オピオイド鎮痛薬が精神的あるいはスピリチュアルな苦痛の緩和を目的に処方されることはないはずである。しかしながら,オピオイド鎮痛薬は感情,認知,情動にも影響を及ぼすことが指摘されており,がん患者が自覚する身体的な痛み以外の精神的な苦痛,スピリチュアルな苦痛を緩和してしまう可能性がある。身体的苦痛の緩和目的にオピオイド鎮痛薬が処方されていたが,さまざまな苦痛やストレスがオピオイド鎮痛薬によって緩和されることを患者が次第に自覚し,本来の目的を逸脱して使用し始めることはあり得る。実際に,ケミカルコーピングの原因に精神的,スピリチュアルな苦痛を指摘する専門家も多い。

ケミカルコーピングと嗜癖(精神依存)

 「痛みを緩和するために適切にオピオイド鎮痛薬を使用している適切な疼痛管理の状態」と「嗜癖(精神依存)に陥っている状態」を両極として,患者がその間のどこかに位置している状況がケミカルコーピングと言える。

 ケミカルコーピングを続けると,嗜癖へと移行する。したがって,「なぜケミカルコーピングに陥るのか?」を考えるには,「なぜ薬物を乱用するのか,なぜ薬物依存に陥るのか?」を知らなければならない。埼玉県立精神医療センターで薬物依存を専門とする成瀬暢也氏は「病としての依存と嗜癖」と題した記事の中で,依存症患者の6つの特徴を指摘している()。いずれの項目も,がん治療中の患者の悩みと一致していることがわかる。

 薬物依存症患者の6つの特徴(文献2をもとに筆者作成)

 オピオイド鎮痛薬の不適切使用に早期に気付けば,ケミカルコーピングから嗜癖への移行を未然に防ぐことができる可能性が高い。オピオイド鎮痛薬の嗜癖は容易に解決できる問題ではなく,オピオイド鎮痛薬を扱う医療者は今後,ケミカルコーピングを熟知していく必要がある。

ケミカルコーピングと偽依存

 一方,ケミカルコーピングを疑う前に,確認すべきことがある。それは偽依存だ。偽依存は,症状に対して処方が不十分なために追加の薬を必要とする状態だ。これまでよりレスキュー薬の使用回数が増加するため,依存と間違えられることがある()。

 レスキュー薬使用回数増の不適切なアセスメントで生じるケミカルコーピング,偽依存とその背景

 ケミカルコーピングと偽依存の見分け方の一つの手段として,レスキュー薬の使用方法から推測する方法がある。偽依存への対応では,持続痛あるいは突出痛の増悪を考える。

 持続痛の増悪であれば,持続痛の緩和に必要な定時薬の投与量が不十分となり,レスキュー薬の使用が定時的となる。定時薬を増量(1.5~2倍)して,レスキュー薬の使用回数が減少すれば,持続痛の悪化に伴う偽依存が疑われる。

 突出痛の増悪であれば,一回の突出痛に必要なレスキュー薬の必要量が不足し,レスキュー薬を連続的に使用するようになる。レスキュー薬の一回投与量を増量(1.5~2倍)して,レスキュー薬の使用回数が減少すれば,突出痛の悪化に伴う偽依存が疑われる。

 これらの可能性を否定してからケミカルコーピングを疑うべきである。維持薬の投与量を増量(1.5~2倍)し,安定した持続痛の緩和が得られているのにもかかわらず,レスキュー薬の使用が続けばケミカルコーピングの可能性が強くなる。

ケミカルコーピングへの対応

 ケミカルコーピングが疑われた際は,レスキュー薬の使用によって解消されること(多くは不安)が何か,患者に聞く必要がある。単に「オピオイド鎮痛薬の不適切使用はけしからん」と叱りつけ,やめさせることでは解決に至らない。ケミカルコーピングの背景にある,さまざまな心のつらさに焦点を置いて対応するべきなのである。誰にも理解してもらえず,孤立する患者の存在に気が付かなければならない。そして,孤独な闘い(療養)を続ける患者が置かれている癒やされない環境にも目を向ける必要がある。ケミカルコーピングに陥るがん患者の背景は決して容易に理解できるものではないことが,この問題をより複雑にしている。

 がん医療における癒やしの十戒3)の一つに「内省力を磨け」とあるが,「内省力」とは「自分の考えや行動などを深くかえりみること」だ。私たち医療者がこれまでの過去を内省し,変わる必要がある。William Oslerの言葉を引用すると,「患者がどのような病気を持っているか知ることより,どのような患者が病気を持っているかを知ること」が最も重要であろう。疑いの目を持ちつつも,寄り添う気持ちが大事なのではないだろうか。

参考文献
1)J Pain Symptom Manage. 1995[PMID:8594120]
2)成瀬暢也.病としての依存と嗜癖.こころの科学.2015;182:17-21.
3)J Cancer Educ.2006[PMID:16918291]


やまぐち・しげき氏
1992年獨協医大医学部卒。98年同大大学院修了。同大第一麻酔科学講座助手を経て,2000年米Johns Hopkins大postdoctoral fellow,02年獨協医大麻酔科学講座講師,06年同大病院腫瘍センター緩和ケア部門長(兼任),07年同大麻酔科学講座准教授。12年より現職。13年より順大大学院医学研究科環境医学研究所客員教授,14年より名市大医学部麻酔・危機管理医学分野非常勤講師兼任。

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