「活動を育む」リハビリテーション科医を育てる(久保俊一)
インタビュー
2017.07.31
【interview】
「活動を育む」リハビリテーション科医を育てる
急性期・回復期・生活期サブスペシャルティ3学会設立へ
久保 俊一氏(日本リハビリテーション医学会理事長/京都府立医科大学教授)に聞く
急速な高齢化に伴い,リハビリテーション医療に対する需要・関心は医学界のみならず社会全体で高まっている。こうした状況の中,リハビリテーション科医にはどのような役割が求められるのだろうか。
今年6月,日本リハビリテーション医学会の支援のもと,「日本生活期リハビリテーション医学会」が設立された。さらに急性期・回復期のサブスペシャルティ(以下,サブスペ)学会も年度内の設立をめざしているという。本紙では,3学会設立の中心的役割を果たす久保氏に,設立の経緯とリハビリテーション医学の展望を聞いた。
――リハビリテーション医学を取り巻く状況について教えてください。
久保 高齢化に伴いリハビリテーション医学・医療へのニーズは急速に高まっており,専門医の育成は急務です。国内のリハビリテーション科医の数は2015年には2000人を超えましたが,必要数からみれば大幅に不足しています。
――高齢者に対するリハビリテーション医療の提供が超高齢社会の喫緊の課題なのですね。
久保 ええ。実はこれまでに,リハビリテーション医学・医療へのニーズは時代背景によって大きく変化してきました。日本におけるリハビリテーション医学・医療は,戦前,ポリオや関節結核など肢体不自由児の療育から始まりました。それが,戦時中になると戦傷による障害が,戦後は労働災害や自動車事故による障害が対象として増えました。特に四肢切断や脊髄損傷の治療が最重要課題となりました。そして今,高齢者のリハビリテーション医療が大きく注目されています。
――対象となる世代が移り変わってきたのですね。
久保 より正確に言えば,対象が「積み重なってきた」と言うべきです。今でも,ポリオ,切断,脊髄損傷に対するリハビリテーション医療は当然必要です。また,医療の高度化に伴って対象となる疾患・障害も多様化しています。運動器障害,脳血管障害,摂食嚥下障害,内部障害をはじめ,ほぼすべての診療科にまたがる領域がリハビリテーション医学・医療の対象だと言ってよいでしょう。
専門医として責任ある診療を
――リハビリテーション科医はどのような診療を行っているのでしょう。
久保 リハビリテーション科におけるリハビリテーション診断では,身体所見の診察,FIM(機能的自立度評価表)やバーセル指数などを用いたADL・QOLの評価の他に,画像所見,血液検査,電気生理学的検査などさまざまなデータをトータルに考えて行います。
リハビリテーション治療の中心は運動療法で,疾患の種類や患者の状態によって細かく内容を変えます。他にも,義肢・装具療法,電気刺激療法,物理刺激療法,疼痛・痙縮制御の薬物療法,循環・代謝や精神・神経などに対する薬物管理,漢方療法などがあり,最近では磁気刺激療法やロボットリハビリテーションも導入されています。また,生活指導や適切な栄養管理も重要な治療のポイントです。
急性期・回復期・生活期の“流れ”に沿って,これらの治療を的確に処方するのがリハビリテーション科医の役割です。
――“流れ”に沿ったリハビリテーション治療とは具体的にどのようなものですか。
久保 急性期では,疾患・外傷自体の治療のウエイトが最も大きく,それらの治療は専門領域の医師を中心に行われます(図)。その中で,リハビリテーション科医は,積極的なリハビリテーション治療により,活動性の低下を防ぎながら,身体的・精神的な機能回復をめざします。急性期の安静はdisuse atrophy(非活動性萎縮)を招きます。他科の医師と連携し,急性期のリハビリテーション治療はdisuse atrophyなどの防止的効果ばかりでなく,原疾患の治療効果を増大させ得ることも理解してもらう必要があります。
図 急性期・回復期・生活期の流れに沿った治療 |
3つのステージにおける疾患・外傷の専門的治療,リハビリテーション治療,介護における医師によるリハビリテーション管理および家庭・社会生活へのアプローチの位置付けとその比重を示した。 |
次の回復期では,疾患・外傷で生じたマイナスの部分を取り除くとともに,プラス面を見いだし伸ばしていくように,集中的なリハビリテーション治療でしっかり治していきます。残存する障害を最小限にし,活動性を高めていきます。また,社会生活にどうアプローチするかという点も視野に入ってきます。機能回復と障害克服ですね。
そして,生活期のリハビリテーション診療では,障害の程度を評価しながら,改善した活動性を維持していくことがポイントになります。「家庭・社会生活にどのようにフィットするか」という視点で,必要なリハビリテーション治療あるいは介護分野における医師によるリハビリテーション管理への移行を考えます。身体的・精神的活動において自立をめざすゴール設定も重要な事柄になってきます。
――理学療法士などの専門職とのかかわりも多いですね。チーム医療の中での医師の役割についてはどのようにお考えですか。
久保 チーム医療では職種や専門性にかかわらず皆が目線を同じくして,一緒になって患者さんにかかわるという姿勢が重要なのは言うまでもありません。医師はチームリーダーとしてそれぞれの専門職が最大限の能力を発揮できるように配慮するとともに,最終的な責任を持ちます。万一,患者さんの容態が急変したときなどにも,責任を持って対処します。
新専門医制度でリハビリテーション科は19ある基本領域専門医の一つに位置付けられています。私たちリハビリテーション科医は医師としての責任をしっかりと自覚した上でリハビリテーション診療をしていかなければなりません。
「活動を育む」ために流れを見通す力をつける
――今後ますますニーズが高まる中,リハビリテーション医学にはどのようなことが求められますか。
久保 キーワードは,「機能回復」「障害克服」「活動を育む」です。疾患・外傷で低下した身体的・精神的機能を回復させ,残存した障害(impairment,disability,handicap)を克服しながら,家庭・社会生活に適応できるようにしていく。この過程で,生活の基本である「活動」に着目してその改善を図っていくことがポイントになります。「活動」は,起き上がる,座る,立つ,歩く,見る,聞く,話す,考える,食事をする,排泄をする,寝る,衣服を着る,といった生活の基本を指します。これらを複合的に行うことで,家庭生活や学校・職場・地域・スポーツなどへの社会参加が可能になります。特に,「活動を育む」という視点は複合的な障害を抱えることが多い高齢者のリハビリテーション診療を行っていく際には重要になってきます。
――リハビリテーション医学を「活動を育む」医学と位置付けた上で,学会としては何に力を入れるのでしょう。
久保 まず専門医教育をしっかり行っていきます。そして基礎研究・臨床研究・疫学研究を通して,エビデンスに基づいたリハビリテーション医学を確立し,その裏付けのもと,リハビリテーション医療を行うことが必要です。医学を定義付けし,教育・研究を進め,質の高い医療を提供していく「医学・医療の原点」を,超高齢社会の今,もう一度考えるべきだと思います。
――このたび,急性期・回復期・生活期のリハビリテーション医学サブスペ3学会が設立されるそうですね。
久保 「活動を育む」リハビリテーション科医を育成するために,基本領域としてのリハビリテーション科専門医教育の充実に加え,サブスペとして急性期・回復期・生活期の“流れ”に沿った教育体制を整備すべきと考えたからです。今年6月に「日本生活期リハビリテーション医学会」が立ち上がり,来年度から始まる予定の新専門医制度に向けて,急性期,回復期の各学会についても今年度中の設立をめざし急ピッチで準備が進められています。
――サブスペ3学会では今後,どういった活動をするのでしょうか。
久保 第一に「教育」です。今後はリハビリテーション医療でも介護における医師によるリハビリテーション管理でも,質が問われる時代を迎えます。ですから今,質を担保するためにリハビリテーション科医は何を身につけるべきかを急性期・回復期・生活期の各専門家集団で考えていく。そのためにもサブスペ3学会と共に,教育コンテンツの作成に取り組みたいと思っています。将来的には教育だけでなく,研究成果の発表の場としての役割や進歩的な技術創出などの発展性も出てくると思いますが,とにかく「教育」をキーワードに組織の枠組みを作るということです。
――リハビリテーション医学にはすでに領域ごとのさまざまな学会があるようです。
久保 はい,摂食嚥下や心臓などの疾患・障害ごと,あるいは義肢装具などの治療法ごとに関係する学術団体が活動しており,日本リハビリテーション医学会とも深い連携があります。
一方,多くの疾患には急性期・回復期・生活期の“流れ”があります。リハビリテーション科医は,さまざまな疾患・障害のある患者さんの活動を育むために,この“流れ”を横断的に理解しておく必要があるのです。疾患ごとや治療法ごとの理解を“縦串”とすれば,急性期・回復期・生活期という流れの理解は“横串”ということになります。
――リハビリテーション科医には,縦串だけでなく横串の理解が重要なのですね。
久保 はい。実際,急性期病院・回復期リハビリテーション病院・在宅と,リハビリテーション科医の活躍の場は広がってきています。リハビリテーション科医はそれぞれの場所で,多様な疾患・障害を抱える患者を総合的に診なければなりません。急性期・回復期・生活期の3つの横串には,それぞれ必要な知識や技能があります。今回設立される3学会を通じても,毎日の診療に役立つような成果をしっかりと出していきたいですね。
――日本リハビリテーション医学会と3学会はどのような関係になるのでしょう。
久保 3学会の個別の取り組みと同時に,母体となる日本リハビリテーション医学会の教育機能の強化も図っていきます。日本リハビリテーション医学会が“ハブ機能”を担い,リハビリテーション医学・医療に携わる人々が一緒に学ぶ場・出会いの場を作ることが重要です。具体的にはリハビリテーション医学・医療コアテキストやe-learningなどの教育コンテンツを充実させるとともに,学術集会などもできるだけオープンにしていければと考えています。
――日本リハビリテーション医学会とサブスペ3学会が連携してネットワークを作るのですね。
久保 「教育」がキーワードのサブスペ3学会をきっかけとして,他科の先生方も含めた多くの医療者にこのネットワークに参加していただきたいと思います。これから高齢化がますます進んでいく中,人々の「活動を育む」ために医療者として何をすべきかを一緒に考えていく。そして質の高いリハビリテーション医療を社会にしっかりと提供していく。3学会の設立はそのための大きな一歩になると期待しています。
――ありがとうございました。
(了)
くぼ・としかず氏
1978年京府医大卒。83年米ハーバード大留学,93年仏サンテチエンヌ大留学などを経て,2002年より京府医大整形外科学教室教授に就任。14年より同大リハビリテーション医学教室教授,15年より副学長を兼任。現在,日本リハビリテーション医学会理事長,日本股関節学会理事長,京都府リハビリテーション教育センター長。これまでに『股関節学』(金芳堂),『図解整形外科』(金芳堂),『実践入門! 一目でわかるリハビリテーションチーム医療』(診断と治療社)など,多くの書籍の執筆・編集に携わる。
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