医学界新聞

対談・座談会

2017.06.05



【対談】

診断に頼らない診かた
精神科診療に欠かせない発達と生活の視点

青木 省三氏(川崎医科大学 精神科学教室主任教授)
滝川 一廣氏(学習院大学文学部 心理学科臨床心理学教授)


 エビデンスに基づいた診療ガイドラインや薬物療法アルゴリズムは今や精神科診療に欠かすことができないものになっている。しかし,それだけではとらえきれない病像もある。典型例に当てはまらない患者が増加する中,そもそも分類にこだわらないで患者を診る方法もあるのではないか。

 ベテラン精神科医は何を見て,どう考えているのか。今春,ほぼ同時に『子どものための精神医学』と『こころの病を診るということ――私の伝えたい精神科診療の基本』(いずれも医学書院)をそれぞれ発行した滝川一廣氏と青木省三氏に,ご自身の知識や経験,諸先輩方から受け継いできたものをお話しいただいた。


非定型を非定型として認める

青木 臨床で気付くことの一つに,伝統的診断に当てはまらない非定型・非典型の病像や経過が増えてきていることがあります。既存の枠に入れようと思えば入らなくもないのですが,はみ出す部分や,他の枠にも当てはまる部分があるのです。

滝川 逆に,昔はなぜ典型例が多かったのか。そう考えると,精神医療の敷居が低くなって裾野が広がったことが関係あるかもしれません。昔は明確な病態を持つ方しか受診せず,結果としてパターンがとらえやすかった。山でも,頂上から裾野に向かうほど地形も植物も多様化していきますよね。

青木 滝川先生は『子どものための精神医学』の中で,社会背景の移り変わりに伴う病態の変化について解説されていました。診断基準の改訂より病像の変化のほうが速く,追いついていないのではないでしょうか。

滝川 かといって,全ての病態を何らかの診断基準に当てはめようと,枠組みを無理に大きくしたり,数を増やしたりしては,分類の意味が乏しくなります。診断分類の枠組みはあくまで患者の外に作られた“引き出し”と考えて,目の前の患者さん一人ひとりの実態を個別的に理解していく必要があると思います。

 大切なのは診断の確定ではなく,さまざまな可能性を頭に置きながら,目の前の患者さんに即した支援を模索することです。引き出しに入れるだけでは理解や支援にはなりません。

青木 同感です。例えば統合失調症と発達障害でも,その両端の「間」に,実にたくさんの方がいます。ある作業所では「この人は70%統合失調症,30%発達障害」などと表現することもあるそうです。そんなに明確な割合はわからないと思いますが,混じっているという感覚は現場の感覚に合っています。どちらかに当てはめようとするより,両方の面を持っていると考えたほうが支援につなげやすいです。

滝川 そもそも「定型発達」という概念自体も,便宜的なものですからね。定型発達という明確な発達があるわけではなく,平均的にはこうだと言っているだけです。身長などでも,平均ぴったりの人は,全体の中では逆にマイノリティですよね。それを基準に,「これだけ平均からずれているから障害」と明確な線を引くのは,本当は無理があるのです。実際には,連続的につながっている。定型発達か発達障害かで悩むような例は,「80%定型発達,20%発達障害」なのかもしれません。

青木 結局,病気は一人ひとり違います。診断基準や分類は「最初の足場」と考えて,非定型は非定型としてそのまま認めたほうが豊かな精神医療ができるのではないでしょうか。

患者も治療者もグレーである

滝川 定型発達と発達障害の典型例の間の「グレーゾーン」があるという考え方は,私たちの本に共通するものですね。定型発達の典型が真っ白で,発達障害の典型が真っ黒としたら,それ以外のマジョリティは濃さの差はあれ全てグレーだという考えです。

青木 そうした認識は,対象者への加害作用が少ない精神治療をするためにも望ましいと思います。精神医療は時として,立ち直れないほどに人を傷つけることもあり得るものです。白が黒をたたく治療は,一見効果的に見えても,その人にとって大切なものを壊してしまうことがある。ちょっと薄いグレーの人がちょっと濃いグレーの人を支援する,同じグレーの中の助け合いと認識したほうが,害のない治療ができます。

滝川 私たちが学びを受けた中井久夫先生(神戸大名誉教授)は,「ともに病み得る人間として治療をする」「五十歩百歩」など,治療される人の尊厳を破壊しないということをさまざまな表現で言われていましたね。

青木 精神医療の基本としてすごく大事ですよね。私自身が濃いグレーなこともありますが(笑),治療者も自分の中のグレー性に気付くべきじゃないかというのが,私の考えです。

本人はどう体験しているのか

青木 もう一つ,滝川先生と私の共通した視点に,「本人はどう体験しているのか」という観点があります。

 例えば発達障害を考えるとき,症状や行動特徴から診断し,支援を組み立てがちです。しかし,行動の背景にある体験の理解に目が向かないと,本当の支援は難しいのです。なぜそのような行動をしたのか,どう感じ,どう考え,どう悩み,どう苦しんでいるのかを想像することが重要です。

滝川 外側の症状のみを診て分類する診断「diagnosis」に対し,目の前の患者さん全体の理解という意味での診断を「formulation」と言います。formulationには,内側の体験の理解が欠かせません。どのような状況でどのような困難にぶつかり,それをどういうものとして体験しているのか。家族,職場,これまでの生活。この先どうなりたいと思っているのか。それら全体をとらえた上で,どこから手をつけていくかを相談し,治療を組み立てていく。

青木 医学的な診断を無視するという意味ではなく,医学的な診断も含めたその人全体を理解するという意味ですね。精神医学ではdiagnosis,心理学ではformulationを用いるというイメージがありますが,本来求められているのは同じことだと思います。どれだけ深くformulationできるかで,支援が違ってきます。

滝川 はい。本人の体験を理解していないと,支援者として手を差し伸べようとした際,押し付けになったり,うまくいかず怒りやいら立ち,他のスタッフとの対立を招いたりすることがしばしばあります。

「認識」と「関係」の座標軸で診る

青木 滝川先生は発達障害の人たちの体験世界を「不安・緊張・孤独」と表現していますね。関係や認識の発達の遅れを持つため,人に囲まれて生きていても,人と真の意味では触れ合わず,何となく合わせながら,淡く生きてきている。そうした人が,ちょっとしたことで破綻をきたす。

 客観的指標よりもう一歩深く,言葉にならない体験を理解したいとなったとき,それを助けるのが滝川先生のです。

 精神発達の二つの軸と発達の領域分け(文献1より)
「認識」と「関係」をベクトルにした精神発達の領域分け。それぞれの中心点にあえて診断名を与えるなら,=知的障害,=自閉症,=アスペルガー症候群,=定型発達。このような

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