遠隔診療は医療に何をもたらすか(迫井正深,武藤真祐,髙尾洋之)
対談・座談会
2017.04.17
2015年8月10日の厚労省医政局長事務連絡(MEMO)を受け,一時は遠隔診療が全面解禁されたという解釈が広まり,インターネットを用いた遠隔診療を手掛ける事業者が急増した。その後,疑義解釈への回答により過熱は収まったが,医療におけるICT活用の動きは加速しており,2018年度の診療報酬改定で遠隔診療に関する対応を検討する方針が示されている。
本紙では,行政の立場でICT活用を含めた医療の在り方を考える迫井正深氏,在宅医療においてDoctor to Patient(以下,DtoP)をはじめとしたさまざまな遠隔医療を提供する武藤真祐氏,急性期医療の現場でDoctor to Doctor(以下,DtoD)の遠隔医療を活用する髙尾洋之氏に,遠隔診療を中心とした医療改革の可能性をお話しいただいた。
髙尾 近年ICTは急速に発展し,個人が持つ通信機器の質も年々良くなっています。医療の質を向上し,患者満足度の高いサービスを提供しながら医療者の負担軽減を実現するには,そうした技術を活用すべきだと考えています。
遠隔医療と言うと,テレビ電話などを用いたDtoPの遠隔診療をイメージする方が多いと思いますが,私は専門である脳神経外科の脳卒中急性期領域を中心に専門医間のコンサルティングや地域医療連携といったDtoDの実践・研究開発を行っています。
武藤 遠隔医療には,遠隔診療,遠隔医療相談,遠隔診断,遠隔モニタリング,遠隔見守りなどさまざまな形式があります。DtoD,DtoPという区分は遠隔医療の中でも主に診療や医療相談,診断において使われる表現ですね。
当法人では,多様な遠隔医療を提供しています。例えば国内では,専門医が多数いる都内の診療所と石巻の診療所の間でDtoDの遠隔診断を行っています。シンガポールではカメラの付いたロボットやデバイスを活用して,運動の様子や日常の健康状態をモニタリングし,何か異変があった際には駆け付けられる仕組みを作っています。離れた場からでも医療者にできることは数多くあると実感しています。
迫井 遠隔医療に活用し得るツールは,かつては電話しかありませんでしたが,インターネットが普及しスマートフォン(以下,スマホ)などの通信機器も進化したことで,状況は大きく変わりました。より良い医療を提供するために,ツールを有効活用するのは当然のことです。一方で,目的はあくまで「良質な診療」の実現であり,遠隔医療の実施自体に焦点を置く議論には違和感があります。活用や普及に向けては,前提となる「医療はどうあるべきか」を踏まえた対応を考える必要があるでしょう。
遠隔診療はどうあるべきか
迫井 まず,一部では誤解もされているようなので,2015年に出された厚労省医政局長事務連絡を確認します。本事務連絡は遠隔診療の最低限の運用ルールの解釈を明確化するために出されたもので,対面診療を一切行わないことを前提とした遠隔診療を容認するものではありません。一方で,遠隔診療を否定するためのものでもありません。診療は医師と患者の直接対面が基本ですが,「患者側の要請に基づき,患者側の利点を十分に勘案した上で,直接の対面診療と適切に組み合わせて」行うのであれば,遠隔診療は実施され得る,というものです。
武藤 診察と医療相談は昔は明確に分かれていましたが,性能の良いデバイスができたことで,グレーゾーンが生じてきました。画面を通した診察の質への懸念を聞くこともありますが,現代の通信機器のクオリティであれば,一般的な外来とほぼ同等の診察は可能です。処置などは対面でなければできませんが,問診はもちろん,歩き方なども実際に歩いてもらえば見られます。
髙尾 私が開発した医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join」を活用した遠隔医用画像診断でも,今のスマホは元の医用画像より解像度が高いため,問題が発生した症例はありません。
遠隔医療は医療のさまざまな場面で活用されています。例えば医療の地域格差の問題を解消する方策として,専門医のコンサルテーションを受けられる遠隔医療を整備することなども考えられます。
迫井 しかし,技術革新に呼応した適切な準備なしに遠隔医療を推進すると,かえって普及に水を差す可能性もあります。現在の日本の医療制度はフリーアクセスが基本です。患者自身が自由に医療機関を選べる利点もある一方で,大病院偏向や医療現場の疲弊を招く要因の一つともされています。このような状況の中で,対面診療との関係や既存医療機関との連携を整理しないまま無秩序に遠隔医療を解禁すると,患者の偏った受療行動が助長されたり,質が不明確な遠隔医療が広がりかねません。現在,関係者とともにかかりつけ医機能の在り方について議論していますが,そうした仕組みと連動した遠隔医療の普及が重要です。
髙尾 ただ,周囲に専門医がおらず,本当に困っている医師はたくさんいます。例えば徳島県の地域医療において,南部では常勤脳外科医がすでに一人もいない状態です。救急時に数十kmも搬送せねばならない状況下では,遠隔医療相談や診断ができる仕組みが必要だと思います。
医療過疎地域はもちろん,開業医の多くは一人で診察していますし,勤務医でも当直などで専門外の症例に出合います。私の経験ですが,当直時に来院した胸痛患者が,突然倒れて亡くなってしまったことがありました。警察に呼ばれ,投与した薬剤や処置を問い詰められ,非常に怖い思いをしました。その後,患者にはもともと胸部大動脈瘤があり,他院で手術を勧められていたものの受けていなかったことがわかりました。ICTの活用により,心電図などの画像を見せて専門医に相談できていれば,あるいは,既往歴などを含めた患者の情報を得られていれば,あのような不安はなかったと思います。
遠隔医療で診療に生活の視点を
武藤 単に遠隔地でも医療が提供できるというだけで遠隔医療を推進すべきとは言えません。対面診療だけでは得られない付加価値も考えるべきです。
例えば,提供する医療の質の向上です。ICT活用により,短時間の診察やカルテだけでは得られない情報が取得できれば,より正確な診察ができる可能性があります。日々の健康状態を記録している几帳面な患者もいますが,ごく少数です。診察室では血圧が正常値でも,もしかしたら普段はもっと低いのに,緊張で上がっているだけかもしれません。日常の情報がない中で診断せねばならない不安感は誰しも持っているのではないでしょうか。
迫井 在宅医療のみならず,医療全体に,生活の視点を取り入れることは非常に重要です。病院は,院内の医療の質向上を中心にこれまで頑張って取り組んできました。在院日数短縮を進める中では,退院先での患者の生活の状況を十分に考えているか,といったことが問われ始めています。
武藤 患者の生活の中での医薬品の使われ方などもわかれば,服薬タイミングや量の調節といった,個々に最適な医療の提供も可能になります。そうした情報を患者自身も見られるようにすれば,患者教育や医師-患者関係の強化につながり,アドヒアランス向上も期待できます。病院選択時のロイヤルティとなるかもしれません。
迫井 普段診療を受けにくい人への医療提供にも役立つと考えられます。医療過疎地に限らず都心でも,就労世代を中心に,平日は仕事で忙しく土日は医療機関が休みになるなど,医療にアクセスしにくい方が大勢います。特に生活習慣病の場合,遠隔医療により日常的な健康管理ができれば重症化を防ぐことも可能です。症状が悪化してから医療機関を受診するよりも,社会全体にとって良い循環となります。
髙尾 医療へのアクセスを含...
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