医学界新聞

寄稿

2017.04.10



【寄稿】

米国小児科専門研修の今
フィードバックを受けながら進化し続けるプログラム

半田 淳比古(ハーバード大学医学校・マサチューセッツ総合病院小児科)


 筆者は2016年夏から,米国マサチューセッツ総合病院小児科で1年間インターンとして研修しています。米国では4年制のmedical school卒業後に各科の専門研修に進むことが一般的です。病院の各科に研修プログラムが組まれており,研修医はレジデントと呼ばれ,うち1年目はインターンと呼ばれます。

 筆者はインターンの後,アイオワ大学附属病院放射線科の専門研修へ進みます。その前の1年間に内科,外科,小児科などのインターン経験が必要とされ,日本でも3年間の小児科後期研修を終えていたこともあり,小児科を選択しました。本稿では米国における小児科専門研修の現在をご紹介します。

アットホームな雰囲気のプログラム

 小児科研修プログラムは全米に約200あります。一定の能力を有する医師を育成するため,研修内容は独立した第三者機関であるACGME(卒後医学教育認可評議会)が定めた基準を満たす必要があります。定員数も全米レベルで総数が決まっています(2016年は約3000人)。

 一方で,各プログラムは研修医獲得のため,研修内容に独自性豊かな特徴を打ち出しています。筆者の参加するプログラムは,アットホームな雰囲気,個人の希望に合わせて研修内容をアレンジすることができる柔軟性,研修医の多様性が重視されています。出身大学も多岐にわたります。

 1年目には2週間単位で次のような領域をローテートします。病棟(14週),救急(12週),地域医療(6週),小児外科(3週),新生児室(4週),NICU(4週),発達(4週)。休暇(2週×2)。この他,毎週半日はLongitudinal Curriculum(後述)という時間が設けられ,これとは別の半日は個人ごとに外来の時間があります。

 病棟は昼と夜(夜だけのシフトが2週×2回)のシフト交代制となっており,昼・夜ともに,2~3年目の研修医とペアになる「屋根瓦式」の教育体制です。教育は特に重要視されており,毎日,朝と昼にはそれぞれ1時間ほどのレクチャーやカンファレンスがあり,その時間は病棟業務から離れ学習に専念します。一般的なレクチャーだけでなく,2~3年目の研修医が担当する回もあり,皆でケースディスカッションをしたり,ゲームをしたりしながら学びます。“jeopardy”というクイズゲームは毎回盛り上がりますし,時には瞑想やヨガに1時間費やすこともありました。内容は多彩で退屈することはありません。

アドボカシーの実践で州法策定にも関与

 米国の小児科で重視されているテーマの一つにアドボカシーがあります。自分で声を上げることのできない小児の代わりに「代弁者」となって擁護するというものです。アドボカシーは,個々の小児患者や家族のニーズに応えたり権利を主張したりすることに始まり,国家レベルで政策立案に携わることまでも含みます。内容も多岐にわたり,欠食,肥満,貧困,虐待,移民や難民,薬物中毒,喫煙,銃規制などさまざまです。

 アドボカシーはACGMEが定める研修の必須項目となっており,プログラムでも重視されています。アドボカシーを実践するための研修医のグループがあり,タフツ大学小児科やボストン小児病院小児科プログラムとも協同し,1年を通してカンファレンスやイベントを主催しています。中でも最大のイベントは,グループの研修医が州議会に参加し法案制定に携わるというもので,歴代の研修医は過去10年以上にわたり,ワクチン,銃規制などの法案に携わり,実際に多くが州法となって施行されています。

申し送りの安全性を確保する“I-PASS”とは

 医療の質と安全はあらゆる局面で強調されています。このトレーニングはプログラムの中でも重視されており,M&M(Morbidity & Mortality)カンファレンス,インスリンや化学療法など専門医でないとオーダーできないシステムの構築など,安全のための教育・工夫が多数なされています。2年目以降は,医療の質改善や患者安全に取り組むプロジェクトにも参加します。

 昼と夜でチームが交代する病棟では,申し送りの安全性が重要です。そのために編み出されたのが,以下の“I-PASS”と言われるプレゼンテーションのフォーマットです。

●Illness severity:患者の全体的な安定度合い,安定(stable)/要注意(“watcher”)/不安定(unstable)
●Patient summary:患者の1~2行要約(入院前・入院後経過やアセスメント・プラン)
●Action List:to doリスト
●Situation awareness/Contingency planning:何が起こっているか,また何かが起こった際にどうするか
●Synthesis by receiver:申し送りを受け取る側からの復唱,質問

 例えば次のように用います。「患者Xは安定している(stable)てんかんの既往のある3歳男児で左下葉の肺炎のために入院中,現在アンピシリン投与を行い解熱し呼吸状態,経口摂取は改善傾向です。夜勤中は呼吸状態と経口摂取の観察をお願いします。ご両親が夜間にみえる予定で現状の説明をお願いします。また万が一けいれんが5分以上持続する場合にはジアゼパムの投与をお願いします」。

 この申し送りに対し,受ける側が同様の内容を復唱します。慣れてくると「患者Xは安定していて,夜間は呼吸状態と経口摂取の観察,ご両親への説明と,けいれん5分以上持続する際はジアゼパム」といった要領で短縮できます。やや冗長でも,復唱を習慣とすることで,申し送り時の漏れをなくし,お互いの理解を確認し合い,安全性を確保しようというものです。

多忙な日々の中,優しさを維持するために

 研修の中で特にユニークで皆が楽しみにしているのが,毎週木曜日の午前中に3時間行われるLongitudinal Curriculumです。インターンは全員参加が義務付けられており,さまざまなトピックに触れる他,日々の忙しさから離れお互いの近況を話す時間にもなります。扱われるテーマは多彩で,母乳育児やしつけ,発達,思春期といったテーマから終末期医療,緩和医療,医療倫理,EBM,さらには地域医療や国際協力,メンターシップ,はたまた文学・芸術まで含まれます。

 中でも人気なのが,PPD(Personal and Professional Development)です。これは,参加者の近況や抱えている困難さなどを,詩や散文,絵画などを題材にしつつ話し合うというもので,3人のベテランの先生方が年間を通してまとめ役となります。内容は他言無用のため,困難をわかち合い,お互いをより良く知り合うことができる機会となっています(もちろん夜に近くのバーで話し合うこともよくありますが)。研修医という大変な時期を共にわかち合い前進していくことが実感でき,先輩方から助言や提案も受けられる有意義な時間です。日々の忙しさの中でも研修医一人ひとりが優しさや温かさといった人間性を大事にし続けられるよう,プログラムが全力でサポートしてくれています。

フィードバックを常に受ける文化が教育を充実させる

 米国の専門研修の特質を知り,日本の研修の優れている面にも気付かされました。例えば米国では専門性の分化が進んでおり,細分化した数多くの専門家と働くため,プランを立てて実行するまでに時間がかかり,また細部まで伝わっているか気を使います。研修医が1人で何役もこなす日本のほうが,オールラウンドかつ素早く対応できる医師の育成に優れているかもしれません。完全にシフト交代制の米国では,主治医がいないことも多く,「主治医感」や医師-患者間関係が育ちにくい面もあります。チームが交代する際の,ケアの連続性も課題です。

 その一方で,米国の専門研修で特筆すべきは,何よりも教育の重視であり,多くの時間やエネルギーを割いて教育に当たる文化が,指導医から研修医に至るまで受け継がれている点だと思います。そこには出身大学はもとより,生まれ育った国や文化の違いを超え,目の前の患者に対し,何がベストかを考え,問い続ける姿勢があります。研修医が毎日のように問われるのは,現状をどうとらえどうプランを立てるかであり,そこに至る思考過程や根拠です。他方,指導医は教えることを通し,知識,経験や思考過程が問われます。

 頻繁にお互いのフィードバックが行われ,研修医・指導医にかかわらず,1人の医師として生涯成長し続けるという意識が皆で共有されています。また研修医が教育を受けるだけでなく,それぞれの興味に応じてプログラムを積極的に創り上げ改善していく主体性があることも感じます。

 上記で述べてきた事柄は筆者の体験や経験に基づくものであり,他のプログラムでも特色ある工夫がなされています。米国の研修制度は,それ自体が常に研修医や指導医,患者,地域,国家,経済,保険制度といった要因からフィードバックを受け,ダイナミックな変革の中を進み続けている点も,最後に申し添えたいと思います。


はんだ・あつひこ氏
2008年東大医学部卒。武蔵野赤十字病院で初期研修,東京都立小児総合医療センター,聖路加国際病院放射線科で後期研修後,16年より現職。17年7月からは米アイオワ大病院放射線科研修医。将来は小児放射線科を専門として貢献したいと考えている。

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