医学界新聞

対談・座談会

2017.04.10



【対談】

卒前・卒後の一貫性ある医師養成実現へ

北村 聖氏(国際医療福祉大学医学部長・教授)
福井 次矢氏(聖路加国際病院院長/聖路加国際大学学長)


 2017年3月に医学教育モデル・コア・カリキュラム(以下,コアカリ)の改訂版が公表された。「臨床研修の到達目標」(以下,到達目標)も2017年度中の改訂に向け,骨格が固まりつつある。改訂の過程では,医学部教育と臨床研修の教育目標の一貫性を図るべく,双方の識者による議論が重ねられてきた。

 本紙では,文科省「モデル・コア・カリキュラム改訂に関する専門研究委員会」(以下,委員会)委員で,医学調査研究チームリーダーを務める北村聖氏と,厚労省「医師臨床研修制度の到達目標・評価の在り方に関するワーキンググループ」(以下,WG)の座長を務める福井次矢氏による対談を企画。目標の共通化をめざした背景や,今後求められる医師養成の在り方についてお二人の意見が交わされた。


福井 コアカリは改訂版が完成しましたね。到達目標も骨格が出来上がり,これから1年かけて方略・評価を作り上げていくことになります。

北村 完成を控えた2月には,コアカリ改訂の委員会と到達目標を検討するWGによる合同会議が厚労省で初めて開催されました。両者に一貫性を持たせる機運は,この1年ほどの間に高まってきたものです。

福井 そうですね。2020年度に臨床研修制度の3回目の見直しがなされるのに合わせ,到達目標も見直しが必要とされており,既に2年以上検討されています。その過程で,確か昨年の春,WGの会議で両者に統一感をもたせてはどうかと私が発言した覚えがあります。2016年6月には日本医学教育学会を中心に「医学教育の一貫性委員会」(委員長=東医歯大・田中雄二郎氏)が設置され,卒前・卒後の一貫性ある目標設定などが具体的に議論されるようになりました。さらに,コアカリ改訂の委員会には私も委員として参加し,一貫性の実現に向けて連携を深めました。

北村 今から約20年前,私は国立大学医学部附属病院長会議の委員として福井先生とご一緒しました。当時の「国立大学附属病院卒後臨床研修共通カリキュラム」の到達目標が,後の臨床研修制度の到達目標にずいぶん参考にされたいきさつがあり,そのころから先生は,卒後の臨床教育の重要性を意識されていたように思います。

福井 時期を同じくして,医学教育のグローバル・スタンダードの波も押し寄せていました。私が世界医学教育連盟(WFME)の委員を務めていた2002年には,既に卒前,卒後,生涯教育の整合が取られたカリキュラムの作成が世界的に進み,日本も置いていかれてはいけないという危機感を抱いたものです。同時期の改訂作業が進むことになった今回を千載一遇のチャンスととらえ,卒前・卒後の一貫性を図ることが進められるようになりました。

細部にわたる整合とプロフェッショナリズムの議論

北村 近年,世界の医学教育は学習成果基盤型教育(outcome-based education;OBE)の考えが主流となり,「どのような医師に育てるか」という人物像を描いて,そこに向けた教育が進められています。

福井 卒後医学教育認可評議会(ACGME)が示すコア・コンピテンシーを見ると,個別性の高い到達目標ではなく,医師像の大枠が6項目で示されています。

北村 卒業時と臨床研修修了時のめざすべき医師像をあらためて考えると,実はそこに大きな違いはないんですよね。もちろん知識や技術の深さは異なりますが,プロフェッショナリズムや価値観,思いやりなどの根本部分は変わらない。これらは卒前教育から連続的に育んでいくべきものと言えます。

福井 今改訂では,両者のアウトカムについて入念に突き合わせを行い,字句まで統一を図りました()。

 卒前・卒後の一貫性が図られた各項目

北村 異なるのは,コアカリの第1項目が「プロフェッショナリズム」なのに対し,到達目標では「医師としての基本的価値観」4項目と,「資質・能力」の第1項目に分かれている点です。

福井 そこはWGでもずいぶんディスカッションしました。プロフェッショナリズムという言葉に対して,委員間でも共通したイメージを持ち合わせておらず,意味する内容を個別に示す形で落ち着きました。

北村 コアカリでは,前版までの「医師として求められる基本的な資質」に「能力」を加えています。「資質」だと何か“生まれ持った力”のような意味にも取れるため,「能力」を加え,「その先も涵養され得るもの」という意図を出しています。

 アウトカムは行動科学に基づく教育手法であることから,測定や評価が可能でなければならないという原則があります。福井先生はしっかりデータを取ってプロフェッショナリズムを測るとの姿勢がうかがえ感銘を受けておりますが,国内でもACGMEでも評価の可否は意見の分かれるところです。

福井 その点,プロフェッショナリズム教育の在り方は成熟しているとは言えませんね。到達目標では,「基本的価値観」の言葉を用いています。

北村 私はこれを見て「日本にはピッタリだ」と納得しました。というのも価値観とは,なぜ医師という職業を選んだのか,なぜ人のために働くのかといった人間の根底を表すのに適した言葉だからです。

福井 基本的価値観の測定も簡単なものではありません。ただ,4項目それぞれで違う評価ができればよいと考えています。字句が一致している「資質・能力」についても,コアカリと到達目標で要求される深さと幅の広さは異なるため,コアカリと到達目標,それぞれの評価がなされてよいでしょう。一貫性が図られても,いわゆるマイルストーン的な考え方に沿って,各ステージで異なる方略や評価を作っていくことになります。

卒前・卒後のシームレスな移行を考えた目標設定

北村 コアカリでは今回,診療参加型臨床実習を盛り込むなど,臨床実習の記載を充実させました。臨床実習の到達目標の検討に先立ち,委員全員の意見がパッと一致したものがあります。それは,卒業した次の日,すなわち研修医1日目から必要な能力は何かを考えていくことです。

福井 シームレスな移行を考える上で,大切な視点です。

北村 コアカリの「臨床実習」の項目は,WFMEなどで用いられる遂行可能業務(entrustable professional activity;EPA)を意識しました。各診療科において「臨床実習で学生にどのような業務を信頼して任せることができるか」「初期臨床研修の初日にできなければならない業務は何か」を考慮した13項目の目標を設定しています。

福井 到達目標も「基本的診療業務」の項はEPAの考え方で作っています。両者に共通する点もあれば,求める深さや広さに違いもあり,興味深いです。

北村 コアカリにEPAを盛り込むことになった舞台裏を話しますと,昨年末,臨床実習後に行うPost-CC OSCEの到達目標にEPAを独自に活用している大学の話を聞き,「これはいいな」と急きょ取り入れた経緯があります。前版までの経験目標重視から,到達目標重視に大きく軸足を移すことになりました。Post-CC OSCEの正式導入や国家試験の出題数減などの動きがある中,よりシームレスな移行を推進する内容になったことは間違いありません。

福井 コアカリの「診療の基本」13項目が卒前教育のゴールとなり,そして2年間経れば到達目標の「基本的診療業務」4項目が達成される。指導に当たる方には,一貫性の面から両者を意識して利用してもらいたいものです。

注力して教育すべきは医師としての行動規範

北村 到達目標の改訂に当たって特に力点を置いている点はありますか。

福井 研修医に,医師としての行動規範をどう身につけてもらうかです。

北村 プロフェッショナリズムや価値観のベースとなる部分ですね。

福井 はい。最初は知識や技術に多少の課題がある研修医でも,患者さんを診る中でほぼ問題なく克服していきます。しかし,研修医本人の背景にあるものの考え方や行動,患者さんに献身的な態度を取れるかといった基本的な価値観は,しっかり教え導くことが大切だと常々感じています。

北村 知識・技能よりも,態度面の教育のほうが重要度は高いと。

福井 ええ。卒前教育は医師免許を持たないため,知識・技能の習得が重視されがちです。ともすると,医師免許を取った後もそれらさえ身につけていればいいんだと錯覚してしまう。しかし,医師としての能力を決定付けるのは,コミュニケーション能力をベースとした行動規範だと思うのです。

北村 まったく同感です。

福井 臨床研修必修化から10年以上が経ち,知識と技術のみを身につけた医師を育てるだけではいけないとの認識が広がっているのを実感しています。「基本的価値観」の内容がますます重視される時代になってきたのでしょう。

北村 とはいえ,大学に入ってから,あるいは研修が始まってからのプロフェッショナリズム教育は簡単ではありません。

福井 しかし,不可能ではないと思っています。継続的なプロフェッショナリズムの測定とフィードバックは諸外国でも既に実施されており,日本でも本格的に取り入れる必要があります。まずは大学入学時から臨床研修修了までの8年間にわたる評価を積み重ね,どのような指導をすれば改善するかを明らかにしていくことです。ところで,卒前教育ではプロフェッショナリズムを体系的に学ぶ機会はありますか?

北村 前任校では12コマ使って教えていましたが,科目を設けて教えている大学はきわめて少ないと思います。多くの大学では教養教育の中に位置付けられているものの,一般教養と同様に学んでいては点数の競い合いに終始してしまい,プロフェッショナリズムの涵養には至りません。

福井 海外のメディカルスクールの多くは,体系的に学ぶコースがあります。日本でもプロフェッショナリズムの科目を立てて伝えることが必要です。特に,事例から学ぶケーススタディが有効です。半期に10例程度扱うだけでもいいので,ぜひ多くの大学で,カリキュラムに組み込んでもらいたい。

北村 おっしゃる通り,事例を用いて議論することは先々の応用が可能になりますね。ディベートなどを通じて,考え,悩み,議論を重ねることで異なる視点や価値観の違いを学ぶものです。

福井 臨床研修でも同様に必要です。プロフェッショナリズムについて研修医に教え,フィードバックしている施設は限られているように思います。到達目標では,「基本的価値観」といった理想論を掲げただけで終わるのではなく,方略や評価に実効性のある内容を盛り込んでいきたいと考えています。

社会のニーズに応えられる医師の養成をめざして

北村 医師養成をめぐっては,現在,需給や偏在,ジェネラリストとスペシャリストのバランスなどさまざまな議論が噴出しています。しかし,何より大切なのは,社会の中で医師という医療資源をどう育てていくかを考えることだと思うのです。今回,コアカリと到達目標の一貫性の実現は,そこに一石を投じたと言えます。

福井 そうですね。近い将来,卒前教育,臨床研修,専門医養成,生涯教育にかかわる4者が集まり,共通の目標を作り上げることを望んでいます。生涯教育制度を持つ日本医師会には,共通の到達目標を掲げるよう提案しているところです。

北村 医師養成の現状を社会に発信することも欠かせません。コアカリには今回初めて,「国民の皆様へのお願い」という項目を設け,医学教育への協力を呼び掛けています。「医師養成は社会全体が担うべきもの」という理解を,これを機に広げたいものです。

福井 社会のニーズにしっかり応えるためにも,プロフェッショナリズムを有する医師を育てる努力が,今まで以上に必要になると覚悟しています。

(了)


ふくい・つぐや氏
1976年京大医学部卒。聖路加国際病院内科研修医,米コロンビア大St. Luke's Roosevelt Hospital Center,米ハーバード大Cambridge Hospitalを経て,84年ハーバード大公衆衛生大学院修了。国立病院医療センター,佐賀医大教授,京大教授を経て2005年より聖路加国際病院長。16年より聖路加国際大学長を兼任。厚労省「医師臨床研修制度の到達目標・評価の在り方に関するワーキンググループ」座長の他,文科省「モデル・コア・カリキュラム改訂に関する専門研究委員会」委員を務める。

きたむら・きよし氏
1978年東大医学部卒。同大病院にて内科研修。同大第三内科,免疫学教室を経て,84年米スタンフォード大医学部腫瘍学教室に留学。東大講師,助教授を経て,2002年より同大大学院医学系研究科医学教育国際研究センター教授,03年より同大病院総合研修センターセンター長,11年総センター長。2016年10月からは国際医療福祉大教授に就任し医学部設置の準備に当たり,17年4月より現職。文科省「モデル・コア・カリキュラム改訂に関する専門研究委員会」委員の他,日本医学教育学会副理事長,共用試験医学系OSCE実施小委員会委員長など多数歴任。

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