医学界新聞

2016.09.19



Medical Library 書評・新刊案内


DSM時代における精神療法のエッセンス
こころと生活をみつめる視点と臨床モデルの確立に向けて

広沢 正孝 著

《評 者》井原 裕(獨協医大越谷病院教授・こころの診療科)

病める人を長く援助する実地医家必読の書

 本書の目的は,精神療法を人間学的に基礎付けることにある。

 本邦の精神医学には,精神病理学ないし人間学と呼ばれる知的伝統があり,著者もその学風に出自を持つ。この学派は,患者を症状の箇条書きとしてとらえるのではなく,むしろ,「人物像」ないし「ありよう」として理解しようとする。「患者」とは,実は「患者」である前に「ひとりの人間」である。ある町に生まれ,ある家に育ち,ある生い立ちを送る。人と出会い,愛し,愛され,そして,別れる。他者と和し,争い,歩み寄り,しかし,いつも人と人とのつながりの中で生きている。「患者」と呼ばれる人々の中で,「幻覚」「不安」「抑うつ」などの「症状」だけで満たされた人生を送る者などいない。彼らは,症状を持つ前に「ひとりの人間」であり,彼らにとって「症状」よりも,「生きること」のほうが切実な課題である。

 このかけがえのない「ひとりの人間」を支援することこそ,精神科臨床の目的である。しかし,こころの病を得た人は,人生に相応の影響を受ける。生まれ,生き,老い,といった人としての営みに,疾患によるバイアスが加わる。統合失調症なら統合失調症の,うつ病ならうつ病の,自閉スペクトラム症なら自閉スペクトラム症の,それぞれに特有の変容を受けつつ,人生の航路を進む。健常者と呼ばれる人にも多様な人生航路があるが,患者と呼ばれる人々もそれは同じで,かつ,疾患に共通する曲線を描く。

 疾患は,このように患者をその人たらしめる特有の偏倚をもたらす。それを把握する一助となるのが,著者のいう「臨床モデル」である。患者の内的世界は多様であり,豊かであり,かつ独特である。それを理解するために,「人間学的な臨床モデル」(p.v)が提示されなければならない。それによって,「それぞれの疾患患者のもつ性格傾向,それと結び付いた価値観,社会の中での生き方の特徴,その生き方のもつ弱点,適応不全に至る心理的プロセス(内界の変化)とその際の苦悩の質,そして出現してくる精神症状の種類と,その症状のもつ意味」(p.133)を包括的に理解する道が開ける。精神療法の目的は,その理解に基づいて,治療者とともに「その人に見合った自己像」(p.135)を探すことにある。

 著者は,特定の技法を声高に述べることは避けている。むしろ,個々の障害に固有の特徴を抽出し,その際に精神療法のエッセンスをさりげなく述べるにとどめている。著者のこのストイシズムは,精神科医の任務は小手先・口先の技法を弄することではなく,むしろ,まずもって目の前の患者さんを理解することにあると述べているように思える。

 本書は,精神療法のノウハウを性急に追求する人には向かない。しかし,障害を深く理解し,人生を広く理解し,病める人を長く援助しようとする実地医家にとっては,必読の書となろう。

B5・頁160 定価:本体3,500円+税
ISBN978-4-260-02485-3


こどもの神経疾患の診かた

新島 新一,山本 仁,山内 秀雄 編

《評 者》大澤 真木子(東女医大名誉教授)

初心者の手引書であると同時に専門家が俯瞰するために有用

 目にした途端思わず手に取ってしまう温かく心が和む表紙の本である。編集は,日夜活躍中の“新しいアイディアに溢れ,即実行”の新島新一教授(順大練馬病院小児科),“国際感覚溢れ,実践追究”の山本仁教授(聖マリアンナ医大小児科),“こどもたちや家族の気持ちを大切にし,勉強大好き,身を粉にして完璧追求中”の山内秀雄教授(埼玉医大小児科)による。いずれの方も教育熱心で次世代の小児神経診療を担う医師育成を切望しておられる。著者は新進気鋭の37人から成る。

 本書の特徴は,何と言ってもI章で症候からの鑑別診断を列挙し,II章でおのおのの疾患について言及している点であろう。けいれん,意識障害,知能低下・退行,発達障害,運動麻痺,失調,不随意運動,筋緊張異常・低下,筋力低下,頭痛,頭囲異常・頭蓋形態異常,感覚障害,眼の異常,聴覚障害という日常診療で遭遇しやすい14の症候を実感溢れる図と神経疾患のフローチャートで提示,おのおので挙がった29の代表的疾患〔新生児発作,熱性けいれん,てんかん,髄膜炎,急性脳炎,急性脳症,脳出血,脳梗塞,もやもや病,脳腫瘍,先天代謝異常症,ミトコンドリア病,学習障害(限局性学習症),注意欠如・多動症,自閉スペクトラム症,急性散在性脳脊髄炎,多発性硬化症,急性小脳失調症,脳性麻痺,筋疾患,重症筋無力症,末梢神経障害,Guillain-Barré症候群と類縁疾患,神経線維腫症,結節性硬化症,Sturge-Weber症候群,片頭痛,Down症候群・染色体異常,水頭症〕について,わかりやすく解説している。読んでいると実感を持って読者の目から脳に飛び込んでくる日常におけるヒントが山積みである。

 ページの関係で一部の例を挙げるにとどめるが,「1.新生児発作」では発作時脳波を通常脳波とα脳波で示し,また原因検索,治療の手順なども示されている。「3.てんかん」では,2010年の発作型分類,良性てんかん症候群の症状や抗てんかん薬の作用機序と副作用も詳述されている。「5.急性脳炎」では,一次性脳炎,二次性脳炎〔抗NMDA受容体抗体脳炎,抗VGKC複合体抗体脳炎,難治頻回部分発作重積型急性脳炎(AERRPS,欧米ではFIRESと呼称されることが多い)〕の原因から治療に至る基本的考え方,「6.急性脳症」ではけいれん重積型急性脳症(AEFCSE/AESD),可逆性脳梁膨大部病変を有する脳炎・脳症(MERS),急性壊死性脳症(ANE),先天代謝異常に伴う急性脳症,出血性ショック脳症症候群(HSES),Reye症候群が,病日を追った画像と共に言及されている。一読により,最近略語が飛び交い混乱しやすい概念を整理できる。

 「7.脳出血」では,小さな出血も見逃さない工夫,脳外科との連携法が言及されている。「13.学習障害(限局性学習症)」「14.注意欠如・多動症」「15.自閉スペクトラム症」ではその道の超一流の専門家の日常診療での知恵や工夫が述べられ,本人や家族,教育者と向き合うときの参考になる。「26.Sturge-Weber症候群」では,脳外科手術に踏み切る基準なども豊かな経験に基づき書き込まれており,初心者のみならず専門医にも有用。さらに,各疾病解説に入る前に,患者(家族)が疑問に思うと考えられる質問のうち比較的答えづらいと思われる数項目を列挙し,読者を動機付けしながら,それに対する適切な答えを記載している。また20のコラムでは,専門医ならではの診療のコツが解説されている。索引は,欧文,和文から成り,和文に日常使用される欧文が併記されている。

 初心者の手引書であると同時に専門家が俯瞰するために有用である。

B5・頁256 定価:本体6,500円+税
ISBN978-4-260-02471-6


統合失調症薬物治療ガイドライン

日本神経精神薬理学会 編

《評 者》井上 猛(東京医大主任教授・臨床精神医学)

臨床的な疑問に対して最新の文献を基に答えた一冊

 統合失調症の薬物治療の際には,何がわかっていて,何がわかっていないのか,を知っていることは重要である。昔から自分が思い込んでいたり,精神科医の中で言い伝えられてきたりしてきた知識が実は根拠のないことであるということを知り,愕然とすることがある。例えば,本書では,副作用のアカシジアの対処としては,抗精神病薬の減量,定型から非定型抗精神病薬への変更を推奨しており,他の抗コリン薬,ベンゾジアゼピンなどの併用は推奨していない。若いときから,「低用量の抗精神病薬でアカシジアは生じやすく,高用量ではむしろ起こりにくい」という説を聞くことがあり疑問に感じていたが,本書を読んでこの説が間違っていたということを知った。

 本書では,私たち精神科医が日頃から感じている臨床的な疑問(clinical question;CQと表記されている)に対して,最新の文献を基に,しかも論理的に回答している。まだ十分に研究が行われていないために十分なエビデンスが存在しない場合には,ごく控えめな推奨となっている。したがって,積極的に推奨している場合には自信を持ってその推奨を信じたほうがよいが,エビデンスレベルが低い場合は,まだよくわかっていないため推奨度が低いと考えたほうがよい。例えば,上に例を挙げたアカシジアに対する抗精神病薬以外の薬物併用療法は実臨床ではよく行われていると思われるが,このガイドラインでは「併用しないことが望ましい」と結論している。この非推奨のエビデンスの強さは低く,「行わないことを弱く推奨している」というニュアンスであることが,推奨度として本書で明記されている。このように,推奨度とエビデンスの強さがきちんと明記されているので,本書を読むときに参考にされるとよい。併用の効果が強く否定されるほどではないがエビデンスは弱いので,むしろ他の抗精神病薬への変更のほうがエビデンスの強さは高いし,お薦めであるということかと推察する。さらに,抗精神病薬の減量のほうがエビデンスレベルは高いとは言えないがよりお薦めであるということでもあろう。このように痒い所に手が届く配慮がなされていることにより,微妙な判断の基準を知ることができる。

 若い医師にもベテランの医師にも本書をお読みになることをお薦めする。私自身読んでとても勉強になったし,私が誤解していたこと,知らなかったことを本書から学ぶことができた。解説を読むことにより,文献,エビデンスからどのように推奨の結論が得られたかについての思考過程を学ぶことできる。もちろん,解説に対して異論を感じることもあるであろうが,それも議論としては重要なことであり,学会などでタスクフォースの先生たちに質問されるとよいのではないか。

 最後に,わが国以外ではあまり発売されていない非定型抗精神病薬についても言及されており,海外の文献から得られない知識が得られる点でも本書は非常に有用である。少しだけ残念なことは,海外では既に発売されていて,国内でも最近発売されたか,あるいは現在開発中の非定型抗精神病薬についての言及がなかったことであるが,これは無理もないことなので,改訂版にぜひ期待したい。

B5・頁176 定価:本体3,600円+税
ISBN978-4-260-02491-4


救命救急のディシジョン・メイキング
実践のためのEBMハンドブック

今 明秀 監訳

《評 者》林 寛之(福井大病院救急科長/総合診療部長)

判断に迷ったときの心強い助け船

 集中治療となると,どうしても重症患者で思うようにいかないことも多い。確かに一つ一つの臓器を系統立てて診ていき,じっくり対応していくのがICUの醍醐味ではあるものの,先輩医師のアドバイスや病院のルーチン治療が,本当に世界標準の治療かどうか不安になることも多いだろう。

 そんな不安を持つ初学者にとって本書は福音だ。集中治療の基礎となる思考過程がしっかりと最近のエビデンスに沿って解説されており,判断に迷ったときの心強い助け船になる。各章終わりの論文が実に多い! ウンチクを垂れるには絶好の本……あ,買いたくなったでしょ?

 近年では超音波を集中治療でも使いこなすのが一般的になっており,RUSHプロトコールは全ての重症患者を診る医師に必須の技術と言える。また肺の超音波検査に関して一章割いており,BLUEプロトコールは刮目に値する。……ほうら,買いたくなってきたでしょ?

 時代を反映して,老年医療と緩和ケアも網羅している。一見,高額医療になりがちな集中治療とは縁が遠そうなテーマだが,今や救急医療≒老年医療と言ってもよいくらいだ。家族を交えてきちんとコミュニケーションをとることも集中治療では非常に大事なことになっている。「集中治療って患者さんは気管挿管されているから,口下手でもいいや」と思っていたら大間違いなんだ。ほうら,ますます買いたくなったでしょ?

 ハンドブックと言いながら,結構分厚い本になっており,単に手順を書いたマニュアル本との違いは明白だ。どうしてそうなったかという経緯や理論が丁寧に記載されており,特に初期研修医や後期研修医にとってはむしろ理解が深まり覚えやすくなっている。また豊富なエビデンスを理解した上で臨床応用できるので,自信を持って患者の治療に専念できる。そう「井の中の蛙」ではない,標準的治療を目の前の患者さんに適用しているという気持ちを持って,胸を張ればいい。

 また初期研修医や後期研修医が何を理解していないのか,何を教えると理解しやすいのかというヒントを指導医は本書から得られるだろう。

 ERと集中治療は一連のつながりがあるべきであり,ER医もICU医もエビデンスに沿って有機的に連携していかないといけない。そういう意味でも本書を皆さんの施設の救急外来に一冊,ICUに一冊,医局に一冊,枕元に一冊,家のトイレに一冊……テヘペロ!

A5変・頁1088 定価:本体9,000円+税 MEDSi
http://www.medsi.co.jp/

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