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DSM時代における精神療法のエッセンス
こころと生活をみつめる視点と臨床モデルの確立に向けて

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21世紀の現在、精神療法はその方向性を見失っていると言っても過言ではない。しかしどのような患者にとっても、その人に見合った社会適応的な自己像を獲得できるよう導いていくのが精神療法である。本書では、著者の臨床経験をもとに、うつ病、統合失調症、自閉症スペクトラム障害を対象に、精神病理学的・人間学的な臨床モデルを提示。操作的診断の時代だからこそ、精神科医にとって個々の臨床の核づくりが求められている。
広沢 正孝
発行 2016年05月判型:B5頁:160
ISBN 978-4-260-02485-3
定価 3,850円 (本体3,500円+税)

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はじめに

現在の精神科診療の印象
 現在の精神科の診療姿勢を概観すると,一部の若い精神科医の間では,診断作業と,それに基づく薬物療法の遂行が強調され過ぎているように思える。これは多分に,操作的診断基準が臨床現場に根付いたこと,さらには優れた向精神薬の開発とそれを受けた薬物療法のアルゴリズムが提示されるようになったことの反映なのであろう。筆者はこれに全面的に異議を唱えるつもりはない。なぜならこの診断・面接法は,一定のエビデンスに基づいたものであり,それは精神医学が自然科学の一分野である以上,必要な姿勢だからである。たしかにこのような診断・面接法の確立によって,精神医療全体の水準が底上げされたのも事実なのであろうし,この手法によって苦悩が和らげられる患者さんも少なくないはずである。
 しかしその一方で,患者さんからは,このような診断・面接に対する不満の声も聞こえてくる。たとえ精神科医がきちんと診断し,妥当と思われる薬物の処方を行っていたとしても,「ちっとも不安や悩みを聞いてくれなかった」などという表現がなされたりするのである。このことは,それがいくら科学的に妥当な医療行為であっても,それだけでは患者さんのこころに十分に届かないことを象徴している。おそらく患者さんには,受診による「安心感」が生まれず,実生活上の安全の保障が十分に得られていないのであろう。われわれに必要とされるのは,エビデンスを重視しながらも,それが患者さんのこころや生活にきちんと響き,患者さんが自身を納得させられるような智慧と技術を獲得することなのであると思う。

現在の精神科診療の盲点
 さて操作的診断には,それ自体がもっている問題点がある。それはこの診断方法が,さまざまな心理現象や行動現象の有無で決定され,しかもその有無は,基本的に患者さん自身や周囲の人たちの陳述に基づかなければならない点にある。つまりこの方法では,彼らの正確な陳述能力と自身の観察能力が要求されるのである。それが十分でないと,この方法は有効性を失ってしまうといっても過言ではなかろう。つまり診断と治療の方向性が,患者さん当人の責任に委ねられかねないのである。
 また彼らにその能力が十分あったとしても,操作的診断基準に記載されている特徴が,いつも彼ら自身の感覚に必ずしもフィットしたものであるとは限らない。そのようなとき彼らは,「本当に自分の感覚が医師に伝わったのか」自信をもてないであろう。またこのような「しっくりしない感覚」や,それに伴う彼らの不安は,診察にあたっている医師にも伝わってくる。われわれもまた,診断と治療行為(の方向性)に,戸惑いを覚えることとなろう。こうなると,その後の治療は,(医師,患者さん双方にとって)不安や疑念の中で進行することになりかねなくなる。
 このほかにも,操作的診断を用いる際の問題点はある。それはターゲットとなる疾患類型(疾患スペクトラム)に辿り着くまでの過程にあり,まさにその部分が治療者自身の経験と「臨床の勘」に委ねられている点である。たしかに操作的診断では,妥当なターゲットが定まってしまえば,その有効性をかなり発揮する。しかしそこまでの過程で,誤ったターゲット選択を行ってしまうこともありうるのである。
 さらに妥当なターゲットを選択したとしても,まだ問題は生じうる。そもそも操作的診断では,1つの診断を確定するための項目は具体的に用意されているが,鑑別診断が必要な場面では,そのための配慮が十分とまではいえないのである。たしかに診断基準に除外項目は設定されてはいるが,多忙な臨床場面で,すべての除外項目を精査する時間は存在しないであろうし,それに付き合う患者さんの苦痛も考えなければならない。やはりここでも,臨床医の経験や,それに基づいた「勘」が必要となるのである。
 もちろん操作的診断自体も,以上のような問題点を克服すべく,改善が繰り返されてきた。DSM-5(2013年)では,これまで突き進んできた(エビデンスに基づく)類型診断の限界が顕わになり,人のこころをディメンジョナルに理解しようとする試みが本格的に始まった。これによって,自然科学的には,より妥当性を確保した診断体系の構築への道が開かれ,また臨床的にも,より妥当な治療に辿り着きやすくなることが期待される。しかしこうなると,今度は「生きている人のこころ」がさらに置き去りされていく危険が生じる。人は生きるとき,はたして自分のこころをディメンジョナルに捉え,自身の不安や気分もそのような視点で理解しようとしているのであろうか。たいていの場合,人(成人)のこころにはディメンジョンを超えた働き,すなわち自己や意識(自分自身という感覚)といった統合的な働きが作用している。そしておそらく人は,その自己や意識の働きとともに,生きている自身の身体や気分を体験しているのである。それは各心的現象全体を入れておく「こころの器」のようなものである。
 このようにみると,ディメンジョン一辺倒の理解では,(たとえ自然科学的な妥当性はあっても)1人の人間がもっている全体的な「こころの機能」「こころの器」は棚上げされかねない。さらにいえば,ディメンジョナルな理論および診断に基づいた医療行為だけでは,それこそ各種の心理現象を「自身のこころの問題」として認識(統合)し,それを受容し,その上で苦痛に対処する行為が,患者さん自身に委ねられかねない。しかし実際に精神医療現場に訪れる彼らにおいては,一般にその能力が(少なくとも一過性に)低下しているのである。

患者さんの生き方を把握する眼と精神病理
 精神科医にとって養われなければならないのは,各精神疾患の患者さんのもつ自己-世界感(ないしそれと相即不離の関係にある「こころの機能の様態」)を,妥当性をもってつかむための「臨床の勘」を磨き,経験を積むことであろう。これらがあって初めて,しかるべき鑑別診断の方向性,患者を評価する際のディメンジョンの適切な選択,そして治療の方向性が定まるし,何よりも彼らに安心感をもたらすことができるのであろう。
 では,どのようにしたらその技能を獲得できるのであろうか。筆者が思うには,それは疾患ごとの患者さんのモデルを,それぞれの臨床医が育むことにあろう。つまり,臨床場面で誰でもが出会うような典型的な患者さんのモデル(臨床モデル)をもっておくことである。例えば統合失調症患者(統合失調症に罹患し,統合失調症とともに生きている人たち)の典型的な人物像(人間学的特徴),それゆえに生じる生活上の困難(適応障害に至るプロセスの理解),そこから生じる病態および症状の意味(病態や症状がもつ心理学的,精神病理学的意味の理解),典型的な経過と慢性期像のもつ意味(治療後の臨床像の変化とその心理・社会的プロセスの理解)である。これはうつ病においても同じことがいえる。
 もちろん,誰1人として同じ人はいない。しかし精神医学の歴史の中で中核を占めてきた疾患(例えば内因性精神病として位置づけられてきた精神疾患)をもつ人たちには,その生き方(人物像)に,何らかの共通性が存在することも確かである。それを的確に反映したモデルを育むことができれば,それをもとにわれわれは,患者さんの診断と治療の方向性をめぐる,より適切な眼を養うことも可能となろう。たとえ操作診断的にみると,同じような症状の組み合わせであったとしても,その人がモデルと異なった人物像を呈していれば,診断や治療法に疑問が生じる(DSMに記載されている除外診断,および鑑別診断の症状項目は,ここではじめて真の有効性を発揮するであろう)。
 以前であれば,このようなモデルは,例えば医局の先輩医師から,直接学ぶことができた(医師ごとに若干のモデル像の相違はあっても,それがかえって自分なりのモデルをもつ際には参考となった)。しかし自然科学が席巻し,操作的診断を最初から学ぶようになった現代においては,このような医局の風土は徐々になくなりつつあると聞く。だからこそ,そのような風土を現代に伝えるための書物が必要となると思われる。

本書が目指すところ
 本書は,先に述べたように操作的診断を否定するものではない。本書は,あくまでも筆者の臨床経験をもとに,精神病理学的(臨床心理学的),人間学的な臨床モデルを提示し,操作的診断の時代を生きる読者の,臨床(とくに精神療法の実践)の核作りに,少しでも寄与できることを願って,綴ったものである。したがって本書には,臨床書として当然というべき限界が存在する点と,ある程度の私見が混じっている点を,あらかじめ述べておく必要がある。
 まず限界とは,すべての疾患の臨床モデルを提示することは,筆者の臨床経験からも,また紙幅の関係からも難しいことである。そこで本書では,あくまでも筆者が多く体験した患者さんたちの内界を中心に綴ることに専念した。具体的にいうと,いわゆる内因性の精神疾患の代表である,統合失調症とうつ病の臨床モデルを軸に据えることにした。たしかに臨床場面では,幻覚・妄想など「知覚の障害」「思考の障害」「認知の障害」は大きな位置を占めるし,また抑うつなどの「気分の障害」は,ほとんどすべての疾患において認められる。さらに精神科臨床においては,内因性の「深い病態」を理解しておけば,それがより浅い病態の疾患の理解に資するところが大きい。したがってこの2つを軸に据えておけば,精神科臨床の骨格はかなりの程度出来上がると思われる(第Ⅰ部の基礎編に提示)。
 なお臨床場面では,この2疾患が,それほど明確に鑑別できるわけでもなく,さらにこの2疾患と鑑別が必要な患者さんもまた少なくないと思われる。そこで本書では第Ⅱ部に応用編として,これらと鑑別すべき疾患のいくつかを新たに抽出し,それぞれの患者さんのモデルを提示した。ただこれもまた筆者の臨床経験を超えるものではなく,疾患の選択にあたっては恣意的であるという誹〈そし〉りを免れえない。そのため基礎編と同様,かなり「深い病態」の精神疾患,および人格構造そのものが問題となるような精神障害(例えば成人の発達障害)を選んだ。それによって本書が,とくに多くの臨床医が(統合失調症やうつ病と診断したのでは)「しっくりしない感覚」を抱きやすい患者さんたちの理解の一助となることを目指した。
 次に筆者の私見の方は,とくに近年,俄かに注目されてきた発達障害(DSM-5の神経発達症群)に関する考え方にある。発達障害には,発達早期の脳の器質的,機能的問題が寄与するところが大きく,成人の精神科ではこれまであまり注目されてこなかった。とにかく成人の精神医療,とくに精神療法では,すでに完成された個人の自己構造-自己機能をベースに(心理学的な)理論が組み立てられ,それに基づいた対応方法が思案されてきた歴史をもつ。たしかにこのような臨床・研究領域においては,発達障害は議論しにくかったのであろう。しかし成人の発達障害者への注目が強まった今日,彼らの人物像や生き方(堅い表現を使用すれば自己構造-自己機能)の発達様態を加味した,新たな精神病理(臨床心理学)の試みが必要となってくる。本書では,これまで筆者が考察してきた視点 48,50,54) に基づいて,いかに彼らのこころを理解する道があるのかを考え,それをも含めて,有効な精神療法の方法を示したいと思う。
 本書の症例の中には,現在からみると「一昔前」の印象が抱かれる人たちも,含まれている。しかし臨床モデルとしては,いずれも読者の臨床の核となりえ,精神療法の展開に資するところが大きいと筆者は信じている。なお症例の提示にあたっては,個人情報を大幅に改変してあることを最初にお断りしておく。

 2016年3月
 広沢正孝

文献
48)広沢正孝:成人の高機能広汎性発達障害とアスペルガー症候群—社会に生きる彼らの精神行動特性.医学書院,2010.
50)広沢正孝:「こころの構造」からみた精神病理—広汎性発達障害と統合失調症をめぐって.岩崎学術出版社,2013.
54)広沢正孝:学生相談室からみた「こころの構造」—〈格子型人間/放射型人間〉と21世紀の精神病理.岩崎学術出版社,2015.

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第Ⅰ部 基礎編
第1章 自閉スペクトラム症-人のこころの発達様態とこころの理解
 第1節 人のこころの発達と神経発達症群
     ・成人の神経発達症群と精神療法
     ・精神療法で標準とされてきたこころの構造と機能とは
     ・成人の神経発達症群におけるこころの構造と機能
     ・発達の視点からみた自己構造とこころの機能
     ・システマイジングと格子状原図,エンパサイジングと放射状原図
     ・放射型人間と格子型人間
     ・放射型人間のこころの特徴
     ・格子型人間のこころの特徴
     ・放射型人間をもとにしていた自己像の標準
 第2節 自閉スペクトラム症と精神療法
     ・成人の高機能ASD者の自己構造
     ・成人の高機能ASD者の精神行動特性の把握
      [症例] E氏 53歳 男性 会社員
      [症例] R氏 26歳 男性 会社員
      [症例] V氏 31歳 男性 会社員
      [症例] N氏 初診時21歳 男性 会社員
      [症例] J氏 57歳 男性 公務員
     ・成人の高機能ASD者の精神療法のポイント
      [症例] B氏 29歳 男性 会社員

第2章 統合失調症-幻覚・妄想と認知の障害の理解
 第1節 統合失調症の急性期-幻覚・妄想の病理の理解と精神療法
   1.統合失調症とは
     ・統合失調症とは-操作的診断と現代の治療観
     ・統合失調症とは-自己の成立不全
   2.統合失調症の発病過程と彼らの内界の特徴
     ・自己の成立とは-思春期における個の自覚と統一された自己像へのとらわれ
     ・思春期における自己の統合不全-統合失調症の発病に至る端緒を理解する
     ・彼らが求めてやまない自己像とは
     ・破瓜型統合失調症患者の発病前夜の不安体験を理解する
     ・妄想型統合失調症患者の発病前夜の不安体験を理解する
   3.統合失調症の急性期-彼らの内界の理解と彼らへの接し方
     ・急性期統合失調症患者の生きる世界の理解
     ・急性期の精神療法-薬物療法や入院治療への導入に向けて
     ・急性期の精神療法-隔離室を使用する場合
   4.統合失調症の寛解過程
     ・統合失調症の寛解過程とは
     ・臨界期と精神療法のポイント
     ・寛解前期と精神療法のポイント
     ・寛解後期と精神療法のポイント
 第2節 統合失調症の慢性期-認知の障害と精神療法
   1.統合失調症の慢性期をどのように理解するか
     ・統合失調症の慢性期と精神療法
     ・統合失調症の慢性期とはいかなる病態なのか
     ・統合失調症の慢性期と陰性症状をめぐって
      [症例] H氏 52歳 男性 公務員
      [症例] F子 47歳 女性 福祉就労
   2.統合失調症の慢性期と精神療法の基本
     ・慢性期統合失調症患者の特徴を理解する
     ・慢性期統合失調症患者の具体的な精神行動特性
     ・慢性期破瓜型統合失調症の精神療法のポイント
      [症例] C氏 56歳 男性 長期入院患者
      [症例] K氏 26歳 男性 会社員
      [症例] S氏 55歳 男性 会社員
     ・慢性期妄想型統合失調症の精神療法のポイント
   3.慢性期統合失調症患者の臨床で出会いやすい場面と精神療法のポイント
     ・慢性期統合失調症患者の治療を前医から引き継ぐときの精神療法のポイント
     ・長期入院患者を退院に導くときの精神療法のポイント
      [症例] Kさん 72歳 女性 元家政婦
     ・突然の自殺企図がみられたときの精神療法のポイント
      [症例] L氏 48歳 男性 長期入院患者

第3章 うつ病-気分の障害の理解
 第1節 気分障害におけるうつの原則
     ・操作的診断基準におけるうつとは
     ・そもそもうつとは
     ・日本文化とメランコリー親和型性格者のうつ病
     ・メランコリー親和型性格の形成とその帰結としてのうつ病
     ・小精神療法(笠原)の意味
 第2節 メランコリー親和型性格者のうつ病と精神療法
      [症例] T氏 57歳 男性 会社員
     ・うつ病の精神療法のポイント-小精神療法とその意味
 第3節 重篤なうつ病と精神療法
     ・重篤なうつ病-メランコリアの特徴をめぐって
     ・重篤なうつ病-うつ病性自閉
     ・うつ病性自閉のみられた重篤なうつ病の症例
      [症例] G氏 56歳 男性 会社経営者
     ・重篤なうつ病と精神療法のポイント
 第4節 現代のうつ病像と精神療法
     ・近年のうつ病像
     ・日本文化の変遷-規範像の拡散とうつ病像の変化
     ・「逃避型抑うつ」の理解に向けて
     ・「逃避型抑うつ」-格子型人間の精神療法を考える
     ・現代青年とうつ病
     ・現代青年のうつ病と精神療法の方向性
     ・現代社会におけるメランコリー親和型性格
      [症例] D氏 初診時30歳 男性 会社員
     ・現代のメランコリー親和型と過剰適応をめぐる事例-精神療法の視点から
      [症例] D子 初診時23歳 女性 会社員

第Ⅱ部 応用編
第1章 幻覚・妄想状態を呈する精神疾患とその理解
 第1節 統合失調感情障害の幻覚・妄想状態
  -いわゆる非定型精神病の幻覚・妄想状態
   1.わが国における非定型精神病の概念について
     ・統合失調症スペクトラム障害と非定型精神病
     ・統合失調感情障害と短期精神病性障害について
     ・非定型精神病とは
   2.非定型精神病者の幻覚・妄想状態(急性期の病像)
      [症例] E子 35歳 女性 主婦
     ・非定型精神病(統合失調感情障害)の急性期像(病相期病像)
      -幻覚・妄想と気分の変動
     ・非定型精神病(統合失調感情障害)の急性期像(病相期病像)
      -意識の変容
      [症例] E子-生活史と現病歴
     ・非定型精神病(統合失調感情障害)患者の生き方と急性期の体験世界
     ・非定型精神病患者の急性期(病相期)の精神療法のポイント
     ・非定型精神病の再発予防のための精神療法
 第2節 自閉スペクトラム症の幻覚・妄想状態
   1.ASD者の幻覚・妄想とは
     ・ASD型自己と一般型自己との認知のずれと,妄想様の訴え
     ・タイムスリップ現象と幻覚・妄想
     ・ASD者の幻覚・妄想に対する精神療法のポイント
     ・ASDの幻覚・妄想様状態の症例
      [症例] W君 初診時17歳 男子 高校生
   2.ASD者と統合失調症患者との異同をめぐって
     ・「陰性症状」とは
     ・陰性症状がみられても,やはりASD者の特徴はつかめる
     ・幻覚・妄想と「陰性症状」が目立ったASD症例
      [症例] F氏 筆者初診時31歳 男性 無職
     ・高機能ASD者の幻覚・妄想を見分ける際のポイント
 第3節 高齢者の幻覚・妄想状態-うつ病との関連
     ・うつ病における妄想
      [症例] M氏 初診時67歳 男性 農業
     ・高齢者のうつ病と妄想の精神病理
     ・高齢者のうつ病と妄想への対応
     ・高齢者のうつ病症例にみられる妄想に対する精神療法のポイント
     ・高齢者のうつ病と妄想のゆくえ

第2章 「うつ」を呈する精神疾患とその理解
 第1節 双極Ⅱ型におけるうつ
      [症例] B子 初診時26歳 女性 会社員
     ・双極Ⅱ型の特徴とは
     ・双極Ⅱ型のこころの理解
     ・双極Ⅱ型の精神療法のポイント
 第2節 統合失調感情障害(非定型精神病)におけるうつ
     ・非定型精神病(統合失調感情障害)の病間期とうつ病(大うつ病性障害)
      [症例] A子 筆者初診時48歳 女性 主婦
     ・非定型精神病(統合失調感情障害)患者のうつの本態と精神療法のポイント
      [症例] A子-その後の経過
 第3節 離人症におけるうつ
     ・離人症とうつ
     ・うつ病という診断が患者に不安を与える
      [症例] T子 初診時24歳 女性 看護師
     ・離人症の精神療法のポイント
 第4節 自閉スペクトラム症における抑うつ
     ・ASDとうつ病-心因反応性の抑うつ
     ・ASDとうつ病-内因性のうつ
      [症例] N氏 初診時21歳 男性 会社員
     ・ASD者のうつへの対応方法のポイント
 第5節 統合失調症の過程にみられる抑うつ
     ・統合失調症後抑うつ
     ・統合失調症における初期抑うつ
     ・統合失調症の初期抑うつの事例
      [症例] C子 26歳 女性 会社員
     ・統合失調症の初期抑うつの精神療法

第3章 不安の理解と鑑別
 第1節 不安とパニック発作
     ・不安とは
     ・パニック症とパニック発作
     ・パニック症の事例
      [症例] I子 32歳 女性 会社員
 第2節 パニック発作を生じうる精神障害
     ・ASDとパニック発作-タイムスリップ現象
      [症例] O氏 初診時38歳 男性 会社員
     ・統合失調症・構造化不全群とパニック発作様現象
      [症例] Y君 17歳 男子 高校生
     ・慢性期統合失調症とパニック発作様現象-知覚潰乱発作
      [症例] U氏 54歳 男性 長期入院患者
 第3節 激烈な不安を生じる精神障害
     ・離人症状と激烈な不安-離人症
      [症例] X氏 初診時20歳 男性 大学生
     ・統合失調症と激烈な不安-子どもの統合失調症
      [症例] P君 11歳 男児 小学生
     ・うつ病(双極性障害)と激烈な不安
      [症例] Z氏 初診時58歳 男性 会社員

おわりに
文献
索引

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真の臨床家による精神療法への導きの糸
書評者: 阿部 隆明 (自治医大教授・精神医学/自治医科大学とちぎ子ども医療センター子どもの心の診療科科長)
 最近は,精神科治療の標準化が進められ,うつ病をはじめとして,治療アルゴリズムが作成されている。これによって,マニュアルさえあれば非専門医でもそれなりの治療ができる時代になった。その前提となっているのが,DSMをはじめとした操作的診断である。学生からは,精神医学は他の身体医学に比して捉えどころがないという評価を受けてきたが,このDSMは評判が悪くない。ある意味で非常にわかりやすいのである。とはいえ,操作的診断とは,基本的に症状の数と持続期間で定義されるものであり,その背景病理は問われない。同じく「うつ病」と診断されても,神経症性のうつ病とメランコリアの特徴を持つうつ病では,最初のアプローチが異なってしかるべきであり,従来は病態の質や患者の病前性格,発病状況,発症機制などが重視されていた。一昔前の精神科研修の目標は,さまざまな観点から微細な病像の差異を的確に評価し,最適の治療を行う術を身につけることにあったのである。他方,治療アルゴリズムとは,操作的に診断された精神障害に対する各治療法の効果の統計的有意差から導き出されたものであり,個々の患者にどの治療が最適かを判断するきめ細かな基準はない。本書はこうした「DSM時代」の憂慮すべき精神科臨床の現状に応えようとするものである。

 本書は2部構成で,第Ⅰ部は基礎編として,自閉スペクトラム症,統合失調症,うつ病の基本的な精神病理を論じている。特に自閉スペクトラム症の心の構造論は著者の十八番で,6年前の著書から一貫して提唱されている格子型人間の心の特徴が解説されている。統合失調症とうつ病に関しては歴史的な研究を踏まえて,そのそれぞれの病態に関する精神病理学な知見が手際よくまとめられている。さらに,この3大精神障害に関しては,症例を呈示した上で,精神療法のポイントについても触れている。第Ⅱ部は,応用編として,幻覚・妄想,うつ,不安という症状ごとに,症例を挙げて背景疾患の鑑別や精神療法のポイントについて述べている。実際の臨床では,むしろこちらの説明がより有用であるが,第Ⅰ部の知識を踏まえて,理解しやすいように構成されている。

 通読して感じるのは,全体に病態把握と精神療法がバランスよく配置されていることである。精神病理学者の解説書は,理論に走るあまり,精神療法が疎かになってしまうことも稀ではないが,本書をみる限り,著者が真の臨床家であることは明らかである。また,DSMや治療アルゴリズムの利点も十分評価した上で,それを補う意味で精神科臨床に必要なノウハウを簡潔に呈示している。実際には,研修医が机上の知識だけでひとりの患者の診立てをして,精神療法を行うことは難しい。可能であれば,臨床経験の豊富な上級医について,症例に即して病態や精神療法を学ぶことが最善であるが,それが叶わぬ医療環境もある。その際には,本書が格好の導きの糸となろう。臨床にかかわる全ての精神科医ならびに臨床心理士に一読をお薦めしたい。
DSM時代の今こそ読んでほしい一冊
書評者: 村上 伸治 (川崎医大講師・精神科学)
 精神疾患の症状は,一般の人には理解が困難なものが少なくない。妄想などは理解せよと言うほうが無理であろう。だが,われわれ精神科医はそのかなりを理解することができる。それは,理解の仕方についての説明体系があるからであり,それが精神病理学である。評者を含め現在中高年の精神科医は,皆が笠原嘉のうつ病論を学び,興味のある者は中井久夫の統合失調症論や神田橋條治を学び,さらにハイレベルを求める者は安永浩のファントム空間論に挑戦したりした。われわれ精神科医の臨床は,これら精神病理学の上に成り立っている。例えば評者の患者の例だと,

 〈調子はどうですか?〉「まずまずです」

 〈地球の様子はどうですか?〉「今のところ大丈夫だと思います」

 〈会社員の仕事だけでも大変でしょう?〉「そうなんですよ。他の人は会社の仕事さえしてれば良いですから」

 〈20余年にわたる,地球防衛軍のお勤め,お疲れ様です〉「そう言ってくれるのは,先生だけですよ」

 このような共感によって彼は評者を信頼してくれ,評者が処方する薬をちゃんと飲んでくれている。

 さて一方,かつての精神医学は国ごとに疾患概念や病名すら異なっていた。これでは研究も国際比較もできないため,これを克服するために生まれたのが操作的診断基準であり,その代表が米国精神医学会によるDSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)である。DSMは表面的な症状で診断できることが長所であるが,それは短所でもある。近年のDSM世代の若手精神科医は,難解な精神病理学を勉強しなくてもDSMで診断することができるが,疾患の本質や患者の内面の理解は浅くなってしまっている。DSM時代の今こそ,精神病理学は重要になっている。とは言うものの,若手精神科医に対して精神病理学を古いものから全部読めと言うのも無理であろう。そこで登場するのが本書である。

 著者の広沢正孝氏は,旧来からの精神病理学体系をしっかり理解して平易に説明できる数少ない人であり,独自の精神病理学も持っている。さらに現代の若者への精神科臨床にも精通している。今後しばらく,わが国の精神病理学をリードしていく人のひとりである。その広沢氏が,旧来の精神病理学と独自の精神病理学,そしてそれに基づいた精神療法を体系的に解説した書,それが本書である。

 本書の構成は,第Ⅰ部の基礎編と第Ⅱ部の応用編に分かれている。基礎編の第1章では人の精神構造は格子タイプと放射タイプの2つがあるとの独自の理論を解説し,それにより自閉スペクトラム症(ASD)の理解が容易になることを示してくれる。第2章では旧来の精神病理学や格子/放射を用いた統合失調症の理解について,そして第3章では笠原嘉などに依拠したうつ病心性の理解について解説している。

 第Ⅱ部は応用編として,第1章「幻覚・妄想」,第2章「うつ」,第3章「不安を呈する病態の理解と精神療法」について解説している。どの章も豊富な症例提示があり,その患者の精神病理学的特徴に気づきやすいように描写されているので,目の前にその患者がいるかのようにイメージしながら,どう考えると患者を理解できるかが解説されていく。

 本書は「精神療法のエッセンス」と題しているが,内容の多くは症例提示と精神病理学的解説であり,精神療法そのものについての記載は多くはない。しかし,精神病理学的理解が十分にできて初めて患者の気持ちが「手に取るように」理解できるのであり,その時初めて患者の心に届く対話が可能になる。それゆえ,精神病理学的説明が主になるのは当然でもある。精神病理学の中には,哲学的で難解だったり,治療につながりにくいものもあるが,本書では治療に直結するものを著者が選んでおり,病理に応じた精神療法的対応が解説されている。

 著者独自の精神病理学の真骨頂は,前述した格子/放射の理論であろう。ASD患者の内面は,さまざまな自分が格子状に並んだタッチパネルのようになっており,その一つをタッチ(クリック)すると,そのパネルが立ち上がり,パネルに合わせた自分が出現して立ち回ることができる,という説明は,ASD患者の不思議な言動を「なるほど」と理解させてくれる。

 本書を読んだ後は,意味がよくわからないのでスルーしていた患者のちょっとした言葉や行動の意味が以前よりもわかるようになり,より適切な対応ができるようになるであろう。本書はそういう本である。精神医学を長く学んできたベテランはこれまで学んだ精神病理学を整理するのに役立ち,精神医学を学びつつある者は必須の精神病理学的理解を効率よく学べる。若い精神科医に「中井久夫なんて知りません」などと言われると評者は落ち込んでしまうが,「この本1冊だけでも読んでくれたら,これまでとこれからの精神病理学とそれに基づく精神療法的対応がわかるから,読んでみてね」と言いたい。
病める人を長く援助しようとする実地医家必読の書
書評者: 井原 裕 (獨協医大越谷病院教授・こころの診療科)
 本書の目的は,精神療法を人間学的に基礎づけることにある。

 本邦の精神医学には,精神病理学ないし人間学と呼ばれる知的伝統があり,著者もその学風に出自を持つ。この学派は,患者を症状の箇条書きとして捉えるのではなく,むしろ,「人物像」ないし「ありよう」として理解しようとする。「患者」とは,実は「患者」である前に「ひとりの人間」である。ある町に生まれ,ある家に育ち,ある生い立ちを送る。人と出会い,愛し,愛され,そして,別れる。他者と和し,争い,歩み寄り,しかし,いつも人と人とのつながりの中で生きている。「患者」と呼ばれる人々の中で,「幻覚」「不安」「抑うつ」などの「症状」だけで満たされた人生を送る者などいない。彼らは,症状を持つ前に「ひとりの人間」であり,彼らにとって「症状」よりも,「生きること」のほうが切実な課題である。

 このかけがえのない「ひとりの人間」を支援することこそ,精神科臨床の目的である。しかし,こころの病を得た人は,人生に相応の影響を受ける。生まれ,生き,老い,といった人としての営みに,疾患によるバイアスが加わる。統合失調症なら統合失調症の,うつ病ならうつ病の,自閉スペクトラム症なら自閉スペクトラム症の,それぞれに特有の変容を受けつつ,人生の航路を進む。健常者と呼ばれる人にも多様な人生航路があるが,患者と呼ばれる人々もそれは同じで,かつ,疾患に共通する曲線を描く。

 疾患は,このように患者をその人たらしめる特有の偏倚をもたらす。それを把握する一助となるのが,著者のいう「臨床モデル」である。患者の内的世界は多様であり,豊かであり,かつ独特である。それを理解するために,「人間学的な臨床モデル」(p.v)が提示されなければならない。それによって,「それぞれの疾患患者のもつ性格傾向,それと結び付いた価値観,社会の中での生き方の特徴,その生き方のもつ弱点,適応不全に至る心理的プロセス(内界の変化)とその際の苦悩の質,そして出現してくる精神症状の種類と,その症状のもつ意味」(p.133)を包括的に理解する道が開ける。精神療法の目的は,その理解に基づいて,治療者とともに「その人に見合った自己像」(p.135)を探すことにある。

 著者は,特定の技法を声高に述べることは避けている。むしろ,個々の障害に固有の特徴を抽出し,その際に精神療法のエッセンスをさりげなく述べるにとどめている。著者のこのストイシズムは,精神科医の任務は小手先・口先の技法を弄することではなく,むしろ,まずもって目の前の患者さんを理解することにあると述べているように思える。

 本書は,精神療法のノウハウを性急に追求する人には向かない。しかし,障害を深く理解し,人生を広く理解し,病める人を長く援助しようとする実地医家にとっては,必読の書となろう。
単なる知識以上の大切なものが自然と伝わる良書
書評者: 古茶 大樹 (聖マリアンナ医大教授・神経精神医学)
 著者は優れた臨床家で精神病理学者でもある。本書は,統合失調症,うつ病,そして自閉スペクトラム症を中心に据えた精神療法の書である。統合失調症とうつ病は,これまでの精神病理学・精神医学がその中心的課題として関心を寄せてきた領域であり,自閉スペクトラム症は現代社会において注目され,この問題に精神医学が向き合うことを要請されている領域である。これら三つを中心に,非定型精神病,双極2型,高齢者の幻覚・妄想状態,離人症,パニック発作などが取り上げられている。こうしてみると,ともすればその治療論は薬物療法だけで済まされてしまうような,いわば精神療法的な関わりが難しい精神障害が並んでいる。臨床家なら,これらのグループの患者さんとのやりとりで,自分の関わりや理解の限界をどこかで感じているだろう。本書はまさにそこに焦点を当てているように思える。

 精神療法の本というと,患者をどのように変えていくのかという技法や手順の解説(ハウツーもの)を想像するかもしれないが,本書は全く違う。患者との間で交わされるダイアローグがそのまま記されそこに解説が加えられているのだが,著者が患者の言葉をしっかりと受け止めながら,慎重に自らの言葉で応えていることに,読者は気が付くだろう。そして障害そのものではなく,障害を抱えた患者のこころに向き合い(寄り添い),患者のこころを変えようとするのではなく,その人生を含めて理解しようとする著者の態度に気付かされる。タイトルにある精神療法のエッセンスとは,そのようなことを指しているのだと思う。

 著者ならではのアイディアとして紹介しておきたいのは,生得的な人のこころの特徴として放射型人間と格子型人間という二つのタイプ分け(モデル)である。自閉スペクトラム症の理解に欠かせないこの発想は,臨床実践の上でも非常に役立つ。この二つのモデルは自閉スペクトラム症以外にも,本書のあちこちで参照枠として使われていて,特に破瓜型統合失調症と統合失調症慢性期の理解と対応にも一役買っている。自閉スペクトラム症と統合失調症を近接して捉える考え方は,非常に現代的でもあるが,かつてアスペルガーが想定した自閉はオイゲン・ブロイラーの自閉思考であったということを考えるとなるほどと思えるのである。

 全体のバランスを見てみると,統合失調症についてウェイトが置かれていることも個人的には非常に嬉しい。タイプ別,急性期・寛解過程・慢性期にそれぞれ違った関わり方が必要であることが丁寧に論じられている。エネルギー・ポテンシャル,アンテ・フェストゥム,メランコリー親和型といった,精神病理学の重要な概念をさりげなく登場させていて,精神病理学になじみのない人でもすっと入り込むことができる。単なる知識以上の何か大切なものが自然と伝わってくる良書である。

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