医学界新聞


日本の離島へき地に最先端の教育プログラム導入を図る

寄稿

2016.06.13



【寄稿】

豪州のへき地医療と総合診療医育成の現況
日本の離島へき地に最先端の教育プログラム導入を図る

齋藤 学(日本版離島へき地プログラム「Rural Generalist Program Japan」 プログラムディレクター・救急科専門医)


 現在,豪州のへき地医療は,Rural Generalist が支えています。Rural Generalistとは,GP(General Practitioner)として診療所で働きながら,必要とされれば手術室に入り,緊急の分娩に対応したり全身麻酔をかけて外科手術を行ったりします。またあるときはフライング・ドクターとして患者搬送を行うなど,診療所にとどまらず幅広い疾患に対応する医師を指します。バックグラウンドは総合診療医,救急医,麻酔科医,外科医,産婦人科医などさまざまです。同国では10年前にRural Generalist育成の本格的な研修プログラムが確立され,今や“ブランド化”された専門医として研修医の人気を博すとともに,多くのRural Generalistが豪州全土で活躍しています。

 それ以前の豪州のへき地医療はというと,外国人医師を配置して医師の偏在を解消していました。しかし豪州の保健省は,2003年に外国人医師の質の低さを指摘し,州政府の担当者を解雇しました。すると解雇されたこの担当者は,自国の医師によるへき地医療の質改善に向け奮起したのです。へき地で長年働く医師たちと力を合わせて豪州出身の医学生を必死でリクルートし,独自の育成プログラムを構築しました。それが,2004年に誕生したRural Generalist育成プログラムです()。

 豪州へき地医療学会(ACRRM)によるRural Generalist育成プログラムの概要
医学部卒後1年間のインターンを修了すると選択できる4年間のプログラム。地方都市の病院で基礎を身につけ,その後へき地で経験を積む。足りないものを痛感させられ,また地方都市で不足を補う。この“サンドイッチ構造”が豪州の総合診療医の力を伸ばす。

かつて抱いた夢を捨てなければならないのか

 医学生時代に,あるいは医師を志した子どものころに,離島などのへき地,海外や途上国での医療に憧れを持った方は多いはずです。しかし悲しいかな,ほとんどの場合その憧れは,卒後に医師として経験を積むにつれ薄れてしまいます。現場の忙しさ,家族の問題,離島や海外に飛び込むことへの不安など,多種多様な要因が夢への障壁となっているのかもしれません。

 幸いにして私は,心折れることなく総合診療医の道を歩むことができました。沖縄県の浦添総合病院では,井上徹英先生(元同院院長)の指導の下,幅広く臨床を経験し,救急科の立ち上げや離島医療にも従事しました。

 同院との交流が深い,「Dr.コトー」のモデルで有名な瀬戸上健二郎先生(下甑手打診療所)の知遇を得る幸運にも恵まれました。10数年にわたる臨床経験の中で,離島へき地医療の意義とやりがいを再確認したものです。と同時に,この分野にはまだまだ医師が足りないことを痛感しました。背景に,医師をへき地に派遣する適切な仕組みがないからだと身をもって知りました。

育て,プールし,支援する適切な仕組みを構築したい

 そこで私はへき地医療を支える三つの仕組みが必要だと考えました。一つはへき地でも学習を継続できる教育プログラムの構築です。瀬戸上先生は「離島には“片道切符”で来るな」と口癖のようにおっしゃっていました。先生自身,最初は半年の離島診療のつもりが,住民からの信頼が得られるにつれ島を離れられなくなったからです。こうなると,島外に勉強に行きたくても代診医がいなければ島を離れられなくなってしまいます。さぞや葛藤を抱えながら島の医療に貢献していたのではないかと察します。このように「離島診療=片道切符」の状況下では,手を挙げて率先して行くことは,怖くて誰もできないでしょう。そんな不安を払拭するためにもへき地医療に従事しながら学べる教育プログラムがなくては,なり手が払底しても不思議ではありません。

 二つ目は,志と実力を兼ね備えた医師のプールシステムを作ることです。ある時,瀬戸上先生がけがで緊急入院しました。診療所の事務長は必死で代診医を探しましたが,まったく見つかりません。災害医療にはたくさんの医師が集まるのに,離島では医師が倒れても誰も来ない……。すぐそばでことの経緯を見ていた私は,そんな事実に愕然としつつ,考えました。このケースで要請に応える医師が現れても,どんな医師でもいいというわけでは決してない。「あらゆる患者さんを診るぞ」という心構えや,ある程度の緊急事態に対応できる実力が求められるのではないかと。そこで医師のプールシステムの必要性が思い浮かびました。

 三つ目は,医師をサポートする遠隔医療やドクターヘリなどの医療搬送システムをさらに充実させることです。たとえどんな患者さんでも診られるとしても,たった一人で全てを完結できる医師など当然いません。ハード面の整備は離島やへき地に赴く医師にとって大きな支えになると考えました。

豪州指導医陣とタッグを組み,三つの仕組み作りに乗り出す

 そこで私は,2015年に「ゲネプロ」という名の合同会社を設立し,この三つの仕組み作りに乗り出しました。同年4月,クロアチアのドゥブロヴニクで開催された世界家庭医機構(WONCA)のへき地版の集会に足を運び,広い国土を有するカナダ,豪州,そしてスコットランドのへき地医たちが,レベルの高い優れた教育システムを構築していることを学びました。そこで 豪州の育成プログラムから,同国のRural Generalistを範とする決意をしました。

 豪州へき地医療学会(ACRRM; Australian College of Rural and Remote Medicine)をはじめ,豪州総合診療学会(RACGP;Royal Australian College of General Practitioners)のへき地医療部会(National Rural Faculty),豪州へき地医師会(RDAA;Rural Doctors Association of Australia),そしてへき地医療で豪州をリードするJames Cook Universityの多大なるサポートを得て,2017年4月より日本版離島へき地プログラム「Rural Generalist Program Japan」がスタートすることになりました。このプログラムが,前述の「三つの仕組み」の屋台骨となることを期しています。

 「Rural Generalist Program Japan」は,日本の離島へき地医療を牽引してきた指導医陣と,世界のへき地医療をリードする豪州の指導医陣がタッグを組んで構築したプログラムです。日本の離島へき地で実際に研鑽を積みながら,遠隔指導を受けられる体制を整えています。さらにACRRMのプログラム認定を受けており,研修修了後に行われる各種試験に合格した暁には「Diploma of Rural Medicine」の認定証が授与されます。

持続可能なへき地医療実現へ思う存分“他流試合”を

 離島へき地医療に資する総合診療医を育成するには,他流試合の場が必要だと私は常々考えています。「明日,離島に行け」と突然言われた医師が赴任しても,薬の種類,スタッフの数,患者層ももちろん違う島の医療では,これまでの職場と同様の力など発揮できるはずがありません。大切なのは力の発揮できない現実を数多く経験すること。そして,経験した挫折を乗り越えるために再度学ぶ機会と場が用意されていることです。「Rural Generalist Program Japan」は,現在のところ長崎県の新上五島町を拠点に県内の医療機関と連携しながら, 心置きなく他流試合に臨めるプログラムです。

 私は今,「Rural Generalist Program Japan」を基盤に「三つの仕組み」を持った医師のネットワークを構築するために邁進しています。ここを端緒に,持続可能な離島へき地医療を実現したいと考えています。へき地医療に携わりたい方,総合診療医としての腕を磨きたい方など,関心のある方はぜひお問い合わせください。

●離島へき地プログラムの募集概要

研修期間:1年間
募集期間:2016年7月1日~ 8月31日
詳細は「Rural Generalist Program Japan」
ウェブサイト参照
http://genepro.org/rgpj/


さいとう・まなぶ氏
2000年順大医学部卒。国保旭中央病院,匝瑳市民病院にて初期研修。浦添総合病院,徳之島徳洲会病院,済生会八幡総合病院などで主に救急・総合診療部門に勤務する。15年に合同会社ゲネプロを設立し代表に就任。同年には豪州のへき地医療の現場を視察し,現在は日本版離島へき地プログラム「Rural Generalist Program Japan」の17年4月開始をめざし,長崎県新上五島町を拠点に準備を進めている。

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