不安障害を上手に診ていくために(松永寿人,塩入俊樹,朝倉聡)
対談・座談会
2016.06.06
【鼎談】不安障害を上手に診ていくために | |||
松永 寿人氏
兵庫医科大学 精神科神経科学講座 主任教授 |
塩入 俊樹氏
岐阜大学大学院 精神病理学分野 教授=司会 |
朝倉 聡氏
北海道大学大学院/同大保健センター 神経病態学講座精神医学分野 准教授 |
米国のデータ1)では,うつ病の生涯有病率が約17%であるのに対し,不安障害の生涯有病率は20%を超えているという。しかしながら不安障害はその診断の難しさが指摘されており,見逃さず,きちんと治療を行っていくことは臨床的にも非常に重要な課題と言える。
そこで本紙では,不安障害を専門とする3氏による鼎談を企画。各専門分野の立場から,不安障害をいかに診ていくべきかお話しいただいた。
改訂によりDSM-5の有用性はますます高いものに
塩入 2013年にDSM-5が発表され,不安障害群でもいくつかの変更がなされました。主な変更点としては,不安障害群の中から「強迫性障害(OCD)」「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」「急性ストレス障害(ASD)」が外れ,「強迫症および関連症群」「心的外傷およびストレス因関連障害群」という独立した群になったこと,「分離不安症」「選択性緘黙」が新たに不安障害群のカテゴリーに入ったことなどがあります。この改訂によって,不安障害群はより“不安”に焦点を当てた障害群となったと思うのですが,この鼎談では,OCDなどが含まれた旧来の疾患概念を「不安障害」,DSM-5で示された狭義の概念を「不安症」と呼び,区別したいと思います。まず,DSM-5でOCDが外れることとなった経緯をご説明いただけますか。
松永 強迫は他の不安障害と類似点を持つ一方で,異なる点もあったことから,2006年に始まったDSM-5への改訂に向けた研究者委員会の中で,不安障害との異同を明確化していくための検討が行われてきました。具体的には,繰り返し行動・強迫行為を持つこと,不安発作を伴わないこと,洞察が不十分な場合があること,チック関連のように不安が先行しない,あるいは不安を伴わない強迫症状が存在することなどが相違点として挙げられます。
塩入 ですが,2010年に出たDSM-5のドラフトの時点では,不安症群のカテゴリーに含まれていましたよね。
松永 ええ。当初,DSM-5はICDと同様に十進法を採用する予定だったこともあり,新たなカテゴリーを設けることがなかなか難しい状況にありました。ところがその後,ICDが十進法にこだわらない分類を行うことになり,DSMもそれに倣うこととなったのです。
塩入 つまり,強迫と不安症群を無理に一つにまとめる必要がなくなったと。
松永 はい。最終的にDSM-5では「強迫症および関連症群」として新たなカテゴリーが設けられ,OCD,醜形恐怖症(BDD),ためこみ症,抜毛症,皮膚むしり症の5つから構成されることになりました。当初は「強迫スペクトラム」という名称が採用予定でしたが,スペクトラムと呼ぶのに十分な疾患の連続性が担保できず,「強迫症および関連症群」となったようです。
塩入 なるほど。他にも強迫的な部分のある障害はあったものの,現段階でこの疾患群に入れられたものは限定的だったわけですね。OCD以外に,PTSDやASDも不安症群から外れました。これについてはどのようにお考えでしょうか。
朝倉 PTSDやASDは,トラウマやストレスフルな出来事が引き金となって起こり,そうしたエピソードが診断に必要という点で他の不安障害と異なります。またDSM-5にも記載されているように,PTSDやASDは特に解離症状との関連を検討する必要があることも踏まえると,より臨床上の症状の違いに基づいた分類になったと思います。
松永 確かに,PTSDもASDも不安症状を中核とする疾患とはやや言い難いですよね。明らかなトラウマの存在を認める疾患が一つのカテゴリーとしてまとめられたことは,臨床的にもわかりやすい分類と言えるでしょう。
個人的には,新たに不安症群のカテゴリーに加わった「分離不安症」「選択性緘黙」に関しては,診断が難しい印象があります。分離不安などは正常な発達過程の中でもある程度見られてくるものですし,どこからが障害なのかの境界があいまいです。今回,不安症群の疾患として特定するメリットがあったのでしょうか。
塩入 その他の不安症との関連性が示されています。例えば分離不安症は,将来的に限局性恐怖症(SP)の発症リスクが高いことがわかっています。また,分離不安症と選択性緘黙はそれまで「幼児・小児・青年期の疾患」として分類されていたのですが,DSM-5では発症年齢を基にした大分類がなくなったことも,今回の変更理由の一つでしょう。
朝倉 両疾患とも子どもだけでなく成人でも見られることがありますし,成人の不安症との関連もありますから,不安症群に含まれたのは良い方向性だと感じています。
塩入 そうですね。子どもの場合,言葉で説明ができない分,不安は行動に現れてくる。小さいころから起こり得る疾患が大人の不安症と一連のものとなったことで,より子どもに視線を向けていく良い機会になることを期待したいです。
“病的な不安”のわかりにくさが受診率改善に向けた課題
塩入 こうした改訂により,精神医学全般におけるDSM-5の有用性はますます高まっていくことでしょう。その一方で,不安症は有病率が高いにもかかわらず,診断がきちんとなされていないという現状があることも事実です。そもそも不安症の場合,医療機関を自ら受診してくる人が少ないと思うのですが,いかがですか。
松永 “不安”という感情は精神疾患の方だけでなく誰しもが持つものですから,その不安が正常なものなのか異常なものなのかの判断が難しいという点が原因の一つとして考えられます。要するに,相当な障害が生じない限り,患者さん自身がそれを生活上の問題としてとらえないのです。
朝倉 その通りだと思います。“正常な不安”は危険に備える意味で日常生活に適応的な面もあり,必要な感情です。不安の強度・頻度が過剰で,日常生活機能に支障を来すような状態が一つの鑑別点になると思いますが,他の疾患と比べて治療すべき病的な状態がわかりにくくなっています。
塩入 不安を主訴に医療機関を受診しようとは思わないのでしょうね。発作などが起きれば本人も異常に気付きますが,それ以外の場合,うつ病や発達障害といった他の疾患が併存して初めて家族が異常に気付き,連れてこられるパターンが多いように思います。
松永 SPの方は,まずほとんど受診してきません。恐怖する対象を避けていれば,ある程度問題なく生活できてしまいますから。ただSPの場合,血液恐怖の方が採血で失神したり,閉所恐怖の方がMRIを撮れなかったりして,医療機関での検査の中でその存在が明らかとなり,紹介されてくるケースがあるのも特徴の一つです。
朝倉 他科から紹介されてくるケースとして,不安症では不安に伴う自律神経症状が強く生じるため,そうした身体症状の訴えでプライマリ・ケア医を受診された方が紹介されてくることもあります。
塩入 全般不安症(GAD)の方も,他科から紹介されてくるケースが多いですね。不安が強すぎて診察・治療に時間がかかってしまい,「もう勘弁してください」と精神科に依頼されてくる(笑)。社交不安症(SAD)はどうですか。
朝倉 子どもの場合は,不登校など目に見える形で現れてこない限り,受診してくるケースはあまり多くはないと思います。典型的な発症年齢が10代半ばと早いため,対人関...
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