コミュニケーション学で広がる看護の可能性(杉本なおみ)
寄稿
2015.08.31
【寄稿】
コミュニケーション学で広がる看護の可能性
杉本 なおみ(慶應義塾大学看護医療学部教授・コミュニケーション学)
コミュニケーション学は「さまざまな場面や文化において,あるいは多様な伝達方法や媒体を通して,人々が『メッセージ』を使って『意味』を創り出す過程」1)を実証的に探究する学問領域であり,その起源は紀元前のギリシャ・ローマ時代の修辞学にまでさかのぼります。学会組織としては,1914年に米国コミュニケーション学会,1950年に国際コミュニケーション学会,1971年に日本コミュニケーション学会が設立され,活発な研究・教育・社会活動を展開しています。
日本ではまだ「行動科学」や「質的研究」と同義に扱われたり,「接遇」や「コーチング」と混同されたりすることの多いコミュニケーション学ですが,実際には「実験・観察・調査などを通じて収集したデータを,定性・定量的手法を用いて分析し,一定の法則性を見いだして理論化する」という流れに沿って,コミュニケーションに関する研究とその成果に基づく教育を行っています。
看護と接点の多い学問分野,学ぶ際の留意点は
コミュニケーション学の体系には「医療」という下位領域があり,臨床・臨地でのコミュニケーションを研究しています。他にも,看護実践全般に役立つ「対人」「性差」「非言語」や,老年看護・終末期看護と関係の深い「加齢」「スピリチュアル」,家族看護や国際看護と関連のある「家族」や「異文化」といった下位領域が存在します(註1)。また,看護管理には「グループ」「組織」「広報」,看護教育には「教育」領域の成果が応用可能です。
このように看護と接点の多いコミュニケーション学ですが,その研究成果を学ぶ際に留意すべき点がいくつかあります。具体的には,コミュニケーション教育全体に通じる「根拠に基づいて学ぶ」「発達段階に応じて学ぶ」「能動的に学ぶ」,卒前教育における「適切な目標設定の下で学ぶ」,卒後教育での「必要に応じて学ぶ」が挙げられます。
まず,コミュニケーションを学ぶ際に最も大切なのは,その内容が根拠に基づく正確な情報であることです。コミュニケーションにまつわる諸説の中には,かなりの割合で間違った情報が含まれています。中でも「コミュニケーションの93%は非言語を介して行われる」という説は,原典の誤った解釈がまことしやかに語り継がれて広まった顕著な例です。このような“病原菌”がいったん拡散すると根絶は不可能ですので,二次資料ではなく原典を参照する,あるいはコミュニケーション学を系統的に学んだ専門家に確認するなどの方法で,未然に防ぎたいものです。
コミュニケーション能力獲得と看護学の学習は,2本の“鎖”
次に重要なのは,発達に応じて段階的に学ぶことです。学習課題や理解力は,看護師・学生としての成長に伴い変化します。コミュニケーションを,入学・入職直後などに「まとめて」学ぶだけでは,このような変化に対応できず,「患者対応は得意だが,管理職としての能力に欠ける看護師長」のような問題が生じます。
医療者養成課程における一般教育と専門教育の関係を示す「二重螺旋(double helix)」モデル(註2)は,看護におけるコミュニケーション学習にも適用できます。この場合,「コミュニケーション能力の獲得」と「看護学の学習(または看護師としての発達)」が,DNAの2本の“鎖”に相当します。両者が並行して進むことで,「一方で生まれた疑問を他方で解決する」ことや「一方で学んだことを他方で試行する」ことが可能になり,学習意欲や成果に相乗効果が生まれます2)。
最後に,コミュニケーション能力の習得には能動的な学習が不可欠です3,4)。シミュレーションや教育ゲームなどを用いた体験・参加型の学習体験を重ねることで,頭の中の知識を実際の行動に移す手掛かりが得られます。また,社会活動を通して学ぶサービス・ラーニング5)や,学習者同士がお互いに学ぶピア・ラーニング6)も有効な学習方法とされています。
卒前・卒後,各ニーズに応じた適切な目標設定を
看護学校・大学などでコミュニケーションを学ぶ場合には,各養成機関の教育理念と学習時間の双方に即した目標が設定されていることが肝要です。
以前,ある医学部から「コミュニケーション学専攻の学生が卒業時までに身につける能力を,医学生が6年間で習得できるようにしたい」という依頼を受け,心底驚いたことがあります。医療系の学生がいくら優秀といえども,4年間コミュニケーション学だけを学ぶ学生と同等の能力を,医学や看護学を学ぶ片手間に習得することは不可能であり,不必要です。それよりも,自校の教育理念に合致した医療者像の実現には最低限どのようなコミュニケーション能力が必要かを考え,その涵養に注力するほうが望ましいと思います。
また,ある看護学校からは「新入生のコミュニケーション能力が年々低下しているので,2-3回の授業で病棟実習に出せるレベルにしたい」と相談されたこともあります。もしこれが清潔援助のような複合的な看護技術に関する話であったら,即座に一蹴されるでしょう。ところがコミュニケーション能力となると,「大して時間をかけずにできるようになるはず」という思い込みから,このような過大な要求が生じます。
どれほど効率的な学習をめざしたとしても,学習時...
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