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第3132号 2015年7月6日


【寄稿】

臨床試験への患者・市民参画「PPI」
日本における取り組み

武藤 香織(東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター教授)


世界で広がる臨床試験への患者・市民参画

 臨床試験の実施にあたって,患者の意見を反映させる取り組みをPPI(patient and public involvement;患者・市民参画)と呼ぶ(註1)。

 PPIの実践は多様で,患者による研究計画への意見陳述,患者からみたアウトカムの設定,研究者と協働した被験候補者向け情報の発信などの大掛かりなものから,患者からの意見を取り入れるために講演会や成果発表会を工夫して意見収集するといったすぐにでも取り組めそうなことも含まれる。

 PPIの効果として,主に以下の4つが報告されている。

1)被験上,患者にとっては困難や不利益を感じ,被験拒否の要因ともなり得る問題点について,研究デザインの段階で計画の変更を促せる
2)研究者と患者コミュニティの信頼関係が強化され,研究開発のパートナーとして良好な関係を育める
3)患者が「研究」と「治療」が持つ目的の違いを混同する「治療との誤解」(therapeutic misconception)の防止に寄与する
4)PPIが積み重なることで,臨床試験に対する社会的理解が向上する

 英国では2000年代半ばごろから,一部の研究を対象に,研究立案段階から研究終了までの過程において,患者の意見を反映させることが強く推奨されており,米国や豪州,カナダでも同様の動きが進んできた。

iPS細胞臨床試験において日本でのPPIを試行

 日本では,90年代後半から,患者団体が主体になって臨床試験計画に関与しようとする自主的な取り組み(反対運動も含む)の記録があるが,これを政府による臨床試験の規制・促進の取り組みに取り込もうという動きはみられていない。

 2012年に文科省・厚労省が示した「臨床研究・治験活性化5か年計画2012」とそのアクションプランで,「治験依頼者,医療機関側と国民・患者側との双方向の対話を推進する」こと,「製薬団体,医療機器団体,医学関連学会等は患者会との意見交換の場を設けることなどにより,患者の臨床研究・治験に関する理解が進むように努める」ことがうたわれたが,その意図は「患者に臨床研究・治験の意義を理解“させる”」という一方的なものであって,患者を研究開発のパートナーとして巻き込み,意見陳述の機会を与えるPPIとは,理念を異にしていた。

 そのような中,2014年に世界初のiPS細胞を利用した治療の臨床研究が開始されることになった。iPS細胞を利用した治療の臨床研究は,極めて実験的な段階にあり,安全性や有効性の評価もその手法を含めて未知の部分が多い。どのような被験者を対象とすべきかについても熟慮が必要である。だが,患者をはじめとする社会からの期待が高く,社会全体で「治療との誤解」が深刻化しかねない。そのため,筆者はこれが日本でPPIを本格的に試行する契機になると考えた。こうした研究では,研究計画の立案段階から患者にも議論に参加してもらう必要があり,未知のリスクの存在を患者と共有し,試験の実施について議論を深めることが必要である。

 そこで,筆者らはiPS細胞を用いた網膜色素変性症治療の研究に取り組む高橋政代氏(理化研),同じくスティーブンス・ジョンソン症候群治療の研究に取り組む西田幸二氏(阪大)と,それぞれの患者団体との対話の機会の実現を支援した(表1)。

表1 iPS細胞臨床試験でのPPI当日の流れ

患者・研究者双方に新たな認識が生まれる

 PPIにはそれぞれ目標が設定されるが,筆者が関与したPPIは,グループ討論から出てくる,患者の視点からみた意見や要望を研究者に伝え,研究者の見解を患者に戻すことによって,臨床研究計画に対する相互理解を深めることが目的である。筆者は,倫理面からの情報提供と進行を務めた。

 当日は,まず研究者に臨床研究計画案のあらましを説明してもらい,質疑応答の時間を設けた。その後,筆者がインフォームド・コンセントや倫理審査委員会の意義,被験者としての自覚醸成や指示を守る義務,同意撤回の自由といった,被験者の責務と権利について解説した。その上で,参加者はグループに分かれ,「自分が被験者になるとしたら,どのようなことを知りたいか」を論点の皮切りにして,1時間程度,臨床研究計画案に対する意見をグループ内で討論・発表してもらった。参加者から出てきた意見を表2に示す。

表2 自分が被験者になるとしたら「知りたいこと」

 「知りたいこと」の多くは,幹細胞治療研究に限らない,一般的な臨床試験で患者から出る質問と共通する項目がほとんどであった。例えば,負担やリスク,有害事象への対応,試験期間中の金銭面の支援など,通常の臨床試験の説明文書にも書かれている項目である。さらに,「被験者の過失で有害事象に至らないようにする秘訣」「被験者になるために今のうちに受けておいたほうがいい検査」など,被験者が研究開発の一員として貢献するという認識に基づいた質問も挙げられた。そして,臨床研究計画案に対する意見としては,「他の被験者の経験談を知る機会」や「長期にわたるプレッシャーに耐える被験者への精神的なケア」の提供,「研究代表者と主治医との連携」「患者が自由に意見を言える環境づくり」といった被験者へのケアが要望として出るなど,研究者にとっても興味深い意見が得られた。

 加えて,意見交換の過程で筆者が問題提起をした,「同意撤回をした仲間への対応」という議論では,参加者,研究者双方から,「少数を対象にした臨床研究で同意撤回者がでることは十分想定していなかった」という声が挙がった。同意撤回の問題は,研究を成功させたいという両者の熱い思いの狭間で,ついないがしろにされてしまいがちだが,研究者は同意撤回の機会を保障できるようにすることを忘れてはならず,患者団体には同意撤回や中断となった被験者を温かく迎え入れる態度が必須であると,研究者と患者の双方で認識を新たにしてもらった。

ボトムアップ型の倫理基準をめざして

 一方,PPIには批判も存在する。PPIの効果を客観的・定量的に評価する手法が,確立されていないこと,進め方次第では患者の関与により研究が誤った方向に誘導される可能性があることなどである。時に,被験者募集の促進につながることを期待して,やむなくPPIを受容してきた研究者もいるが,2013年に実施された米国の一般市民対象の調査1)では,研究デザインの策定に患者がかかわっているかどうかは,研究参加の意思決定には影響しないという結果が紹介され,研究者を落胆させている。

 しかし,そもそもPPIは,患者が当事者あるいは非専門家の立場から研究に助言をすることでより良い臨床試験を実現するためのものであり,被験者募集の促進が目的ではない。患者の役割を定量化しようという発想への再批判も見られ,PPIにおける研究者や患者・市民への研修(註2)も議論の真っ只中にある2)

 PPIは,患者を研究開発メンバーの一員として扱うことを求めている。これは,被験者への文書による事前説明・同意取得義務付けに続く,臨床試験倫理の改革といえるだろう。未発達な部分を解決していくためにも,多くの臨床試験においてPPIを実施し,事例を積み重ねることで,被験者の声を起点とする,ボトムアップ型の倫理基準づくりにつながることを切望する。

註1:PPIという呼称は英国式。“patient engagement”,“community participation”という呼称もある。
註2:PPI参加者研修の中には,長期にわたって実施され,試験や単位取得も課されるものから,一回限りのものまである。
註3:本稿で紹介したPPIは,日本医療研究開発機構委託事業「再生医療の実現拠点ネットワークプログラム 再生医療の実現化ハイウェイ」による財政的な支援を得た。

参考文献・URL
1)Clin Transl Sci. 2015[PMID : 26009983]
2)Trials. 2015[PMID : 25928689]


むとう・かおり氏
1993年慶大文学部卒。95年同大大学院修了。98年東大医学系研究科国際保健学専攻博士課程単位取得満期退学。2002年博士号(保健学)取得。医療科学研究所研究員,米国ブラウン大研究員,信州大講師,東大医科研准教授を経て,13年より現職。09年より医科研研究倫理支援室室長兼務。