医学界新聞

寄稿

2014.10.20



【特集】

ようこそ! 新しい職場へ
中途採用看護師をサポートする組織づくり


 明日,私たちの病棟に中途採用看護師が入ってくる。中途採用看護師は,既に経験知や現場感覚を持っている。専門用語もわかり,基本的な接遇もできるためコミュニケーションも問題ない。あとは新しい病棟での基本的なルールを理解すれば即戦力としてすぐに活躍してくれるに違いない――。

 果たして中途採用看護師はすぐ「即戦力」になり得るのだろうか? 中途採用看護師は,新たな施設に入るに当たり重圧を感じている。受け入れ側も態勢を整えなければ,職場でなじむことは難しい。中途採用看護師を迎えるに当たって,まずは職場での仲間意識を醸成し,力を引き出せる環境をつくることが必要になる。本紙では中途採用看護師の教育体制を見直し,力を引き出し,伸ばす取り組みを軌道に乗せている手稲渓仁会病院(札幌市)と済生会今治病院(今治市)を取材した。


■「学びあい,支えあう」教育プログラムで,柔軟なサポート
  (医療法人渓仁会 手稲渓仁会病院看護部・北海道札幌市)


 「2008年からの3年間,中途採用した看護師の5人に1人が1年未満で辞めていた」。当時の中途採用看護師の離職状況を振り返るのは,看護部長の樋口春美氏。手稲渓仁会病院(595床)は,道内では手術件数が一番多い急性期総合病院として,現在804人の看護師が勤務する(14年9月1日現在)。同院は,2008-10年の3年間に計120人の看護師を中途採用した。しかし,採用から1年未満の退職率は,中途採用看護師教育支援を始める前の08年から10年の3年間は約20%で推移。中途採用看護師の高い離職率という課題に直面していた。樋口部長は,「看護部全体が,中途採用看護師の置かれている状況を把握できず,本人に合った目標の設定が困難となっていた。結果として孤立を招き,高い離職率となって表れていたのではないか」と述べた。

 そこで同院看護部は,2011年6月,副部長1人,師長2人,主任2人の計5人からなるプロジェクトチームを発足。中途採用看護師の教育を看護部全体で支援する取り組みを開始した。

写真 サポート研修IIIの様子。受講生同士が,心に残る「看護」を語ることで思いを共感する。「アイスブレイクを行う」ことや「休憩時間を多めにする」ことで,“同期”として自然と語り合う時間も増え,仲間意識が生まれる。コーヒーは,リラックスしてほしいというこの研修ならではの配慮。

受け入れ側と中途採用看護師双方の課題への取り組み

 プロジェクトチーム発足以前はどのような受け入れ態勢だったのだろうか。「手掛かりがなく,まるで霧の中を歩くような感じだった」。こう話すのは,現在,看護部の教育委員長を務め各種教育部門を統括する東谷朗子師長。プログラム開始以前,病棟の中堅看護師として勤務していたころ,中途採用看護師のサポーターを任されたことがあるという。「担当した中途採用看護師は,年齢もキャリアも私より上の“先輩看護師”で,まず何をどこから伝えればよいのかわからなかった」と困惑した当時の立場を語った。教育は各部署の裁量に委ねられ,共有すべき基準もない。プロジェクトチーム発足時のメンバーの1人,青葉登美子師長は,「まず看護部内の統一した教育の基準作りが必要だと感じた」という。

 すぐに離職してしまう要因は何か。その施設ならではの看護基準・手順や物品の配置,記録方法など,それまで勤めていた職場との違いはどうしても多い。培ってきた実践能力に対するプライドもあり,「できない」「動けない」という立場は自信を失わせ,挫折感を抱くことにつながる場合もある。新しい職場への適応は中途採用看護師だけではなく,受け入れ側もその支援にエネルギーを要する。

 プロジェクトチームのメンバーは中途採用看護師の傾向と受け入れ側の状況をこのように分析し,双方の抱える課題に対する取り組みを始めた。

ニーズに基づく研修とスタンダードプロセス作成の2本柱

 プロジェクトチームが構想したプログラムは,(1)中途採用看護師サポート研修(年4回)の実施(表1)と,(2)中途採用看護師教育のためのスタンダードプロセス(表2)作成の2本柱だ。

表1 中途採用看護師サポート研修体系表 (クリックで拡大)

表2 手稲渓仁会病院看護部の中途採用看護師教育スタンダードプロセス(一部改変) (クリックで拡大)

 (1)のサポート研修の計画づくりは,中途採用看護師を対象に意見を聞くことから始めた。アンケートでは「新人看護職員とは別枠の研修を希望」「電子カルテの違いに不安がある」「看護診断は難しい」などの意見が寄せられた。これらのニーズに合わせた研修計画が組まれている。

 取材したこの日,「サポート研修III」,ナラティブによる自己の看護を振り返るグループワークが行われた。1年以内に入職した中途採用看護師15人が出席。師長による「看護を語ることの意味」についての講義の後,3つのグループに分かれ,これまでの看護の経験を語り合った。

 参加者の1人は,「年齢や経験が異なる同僚も,看護に対する同じ思いを持っていることがわかった」と安堵の表情を浮かべた。研修の進行を務めた笠松奈津子師長は,「中途採用看護師は居場所を見つけるのが難しい。グループワークを通じ,周りに仲間がいるんだという意識が共有できたのでは」と手応えを語った。

プログラム開始後,3年間の平均離職率は大きく低下

 (2)のスタンダードプロセスは,厚労省策定の「新人看護職員研修ガイドライン」に示された到達目標のチェック項目をベースに,同院で必要とされる要素が盛り込まれている。ここにはさまざまな工夫がある。1つは到達度の設定。4月から一斉スタートとなる新人看護職員とは異なり,入職時期や経験に違いのある中途採用看護師はそれぞれ到達度が異なる。1か月,3か月と期間を限定して目標を設定するのではなく,「ステップ」として示すことで,習得できている内容は進度を早め,立ち返る必要がある部分は時間をかけて学べるようになっている。

 教育担当者の名称は,新人看護職員の担当が「プリセプター」と呼ばれるのに対し,中途採用看護師の担当は「サポーター」と呼ぶようにした。これは,中途採用看護師を,社会人として尊重する配慮からだ。

 そして表中の大きな特徴が,入職時と,3か月目,6か月目に行われる師長との面談だ。東谷師長は「自分は気に掛けてもらえている,見守られているという安心感が,入職直後は大切」と強調した。アンケートでも,中途採用看護師が師長面談を心待ちにしている様子が浮き彫りとなっている。

 中途採用看護師には5年,10年と経験を積んでいる者も多く,担当するサポーターが年下になることもある。「遠慮や戸惑いを感じさせないよう,1人のサポーターに任せ切りにするのではなく,師長,主任,スタッフらで複合的に支援できる態勢がポイント」と青葉師長。基準とともに周囲の協力があることが,受け入れ側にも安心感をもたらしている。

 現在,プログラム開始から4年目を迎えた。11年度から3年間の平均離職率は13.2%にまで低下し,成果となって表れている。

「何を教えるか」から「どのように学習を支援するか」へ

 この2本柱の実現に向けて,プロジェクトチームが心を注いだことがある。それは中途採用看護師教育に対し受け入れ側に十分な理解を浸透させることだ。病棟によって教育の実施に温度差があっては目的を達成できない。青葉師長をはじめプロジェクトチームのメンバーは,コンセプトを伝えるために各病棟を繰り返し行脚し,趣旨説明と要望の吸い上げを行った。こうしたプロジェクトチームによる地道な活動によって教育の基盤作りが行われ,13年度からは教育委員会に引き継がれた。その後は,新人教育や成人学習者の教育支援を包括した継続教育プログラムの一環として運営されている。

 経験者を中途で採用するメリットはどこにあるのか。樋口部長は「中途採用看護師が,他施設で培った経験を活かすことで,組織の不足部分を補い,より大きな力になる」と語り,東谷師長も,「中途採用看護師から当院の良さを教えられることで,『自分たちのやっていることはそんなに良いケアだったのか』と自信につながることもある」と話す。

 看護部では教育のスローガンに「学びあい,支えあう」を掲げている。個人の到達目標と自己評価を蓄積していく「Teineラン・ラン♪♪ポートフォリオ」を看護師全員が持ち,どのように学習を支援するか,中途採用看護師に限らず皆で課題を共有できるようになっている。

 かつてあった,受け入れ側の「教えなければ」という気負い,中途採用看護師の「そんなことまで教えられなくても」という認識のギャップは,今はない。「組織としてどう中途採用看護師を迎え入れるかという意識が根底で共有されることが欠かせない。徐々に組織風土も変わってきたことを実感している」と樋口部長。学びあい,支えあう組織文化が,中途採用看護師を活かし,看護部全体を伸ばしていく。

写真 左から,プロジェクトチームのメンバーだった青葉師長,樋口部長,現在教育委員長を務める東谷師長。


■経験者だから実現できた「中途採用者が気持ちよく働ける職場風土」の構築
  (社会福祉法人恩賜財団済生今治病院・愛媛県今治市)


 看護部長(当時)の吉田昭枝氏には毎朝の日課があった。病棟をラウンドし,“気になるスタッフ”に声を掛けるのだ。“気になるスタッフ”には,新人だけでなく中途採用者も含まれている。フルネームで呼び掛け,「仕事は慣れた?」などと話し掛けることで,「あなたのことを大事に見守っている」という意図を伝えることが目的だ。

 ある時期から,声を掛けた中途採用者からの面談申し入れが続出するようになった。話を聞いてみると,業務に対する不安,病棟スタッフへの不満,科長(師長)に対する苦言など,時に涙を流しながら吐露する。中には「辞めたい」と言い出す者もいて,それを知った受け入れ側の科長も自らを責めてしまう。部長自身も疲弊し,「何か手を打たなければ」という思いが募っていった――。

中途採用者の急増と離職

 済生会今治病院は病床数191床・看護職員240人(数値はいずれも2014年4月現在)の,二次救急を担う中核病院である。当時は2006年10月の7対1看護体制取得に向けて,看護師の大幅な増員が必要となった時期だった。 増員の大半は中途採用者でまかなうことになり,従来の採用枠を大幅に広げた結果,35歳程度までだった年齢制限を撤廃し,急性期病棟での経験の有無,夜勤の可否なども問わないことにした。「質的整備よりも量的整備を優先せざるを得なかった」(吉田氏)という。05年度7人だった中途採用者は,06年度に23人,07年度に16人と増員。いずれの年度も,中途採用者の平均年齢は当時既に勤務していた看護師の平均年齢(32.1歳)を上回り,およそ半数は急性期病棟の経験のない看護師という状況になった()。

 済生会今治病院における中途採用看護師の状況(クリックで拡大)

 それまで,中途採用者に対する教育は,(1)入職時配属部署でのオリエンテーション,(2)中途採用者用の看護技術チェックリストの活用,(3)全職員対象の新規採用者研修への参加義務付け(中途採用後の次年度4月に3日間)という形で実施してきた。「中途採用者のフォローアップはある程度できているので,何とかなるだろう」。この見込みは外れ,06年度は23人中6人が,07年度は16人中6人が1年以内に離職。中途採用者が定着しないことが深刻な問題になっていた。

手上げ方式でワーキング・グループを発足

 吉田氏は2007年9月,看護科長・主任合同会議の場で中途採用者の離職について討議を行う時間を設けた。そこでは,看護技術チェックリストの見直しのほか,「中途採用者が気持ちよく働ける職場風土の構築」が必要との声が上がった。では,具体的にどうしたらよいか。吉田氏が大事にしたのは,当事者による主体的な変革だ。そこで,中途採用者によるワーキング・グループの発足を提案。メンバーは「手上げ方式」として,経験者だからこそわかる支援策を検討することになった。

 各部署からの自薦で8人が集まり,ワーキング・グループによる検討が始まった。そこでは,「オリエンテーションが不十分」「相談役がいない」「採用者の経験・能力の情報が不十分で,どのように接していいかわからない」など,中途採用者の置かれている現状と課題が指摘された。「経験者ならこの程度はわかるだろう,と受け入れ側は思い込む。しかし中途採用者としては,たとえわかってはいても,病院のやり方があったりして戸惑っている。そのギャップに中途採用者は苦しんでいたのではないか」。そう語るのは,オブザーバーとして会議に参加した曽我部恵子氏(当時・副看護部長,現・看護部長)だ。

 「辞めたい」と相談に来る中途採用者に対応してきた吉田氏も,「看護技術が習得できない」「覚えることが多い」といった言葉の背景に,「受け入れてもらえない」「人間関係が難しい」といった“本音”があることを見抜いていた。これらを踏まえ,看護部においてプログラムの作成に着手。重視したのは,中途採用者が「精神的に安全であること」である。名称を「中途採用者支援プログラム」としたのも,多様なキャリアを持った中途採用者が「精神的に安全である」ためには,「教育」や「指導」よりも「支援」の言葉がふさわしいという吉田氏の意向を踏まえてのものだ。

精神的に安全であるための「支援プログラム」

 2008年2月に運用を始めた中途採用者支援プログラムでは,既存の看護技術チェックリストを収載するほか,(1)入職前後のオリエンテーションの具体的内容,(2)「担当支援者」の配置,(3)「中途採用者支援研修」の実施,などが定められている。

 (2)の担当支援者は「相談役がいない」というワーキング・グループの意見を踏まえたもの。中途採用者の年齢やキャリアに合った担当支援者を,各病棟の看護科長が選任する。主任クラスや中途採用の先輩看護師がその任に当たることが多い。

 (3)の中途採用者支援研修(年1-2回程度実施)は,中途採用者同士の交流を深めることや,お互いの思いを共有することを目的にしており,グループワークを主体としている(写真(2))。なお,最初の研修におけるグループワークでは,「仲間として働くときに勇気や元気がもらえる言葉と態度」「気をつけてほしい言葉と態度」をテーマに話し合い,最後に標語の形式でまとめた。これらは新人看護職の育成にも通じる内容であると判断され,ラミネート加工したものが各部署に配布され,今も共有されているという()。

写真(1) 前看護部長の吉田昭枝氏(右)と現看護部長の曽我部恵子氏/(2)中途採用者研修。グループワーク時は,明るく和やかな雰囲気で行えるよう,お茶やお菓子などを準備する。

  標語「職場で良い人間関係をつくるための言葉と態度」

 こうした取り組みの結果,07年度に37.5%(16人中6人)まで達した中途採用者離職率は改善。中途採用者が定着し,現在も活躍している。中途採用者が参画する「ボトムアップ型」の変革を行ったことにより,(1)作業過程において周囲のスタッフに研修の意義が波及したこと(ワーキング・グループは勤務時間外の超過勤務手当支給扱い),(2)実務上においてもグループメンバーが各部署で支援に貢献したこと,が成功要因と吉田氏は考察する。

 現看護部長の曽我部氏は,「病棟全体で中途採用者を支援するカギは,配属先看護科長のかかわり」と実感している。ある科長は,管理職となって最初に迎え入れた中途採用者の支援に失敗し,そのスタッフが退職してしまった経験を持つ。これを機に,自らの支援方法を見直し,新卒者とのかかわり方の相違,モチベーションを維持するための支援の方法などを学び,管理者としてのマネジメント・スキルを向上させた。現在その病棟は中途採用者の定着率が高い部署となっているという。

 曽我部氏自身も,入職3か月ごろに中途採用者全員と面談の場を設けている。また,前任の吉田氏を見習い,毎朝の日課も継続している。“気になるスタッフ”にフルネームで呼び掛け,話し掛けるのだ。看護部長になって3年,ラウンドのさなかに中途採用者から面談を申し込まれた経験は,いまだにない。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook