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第3095号 2014年10月6日


【視点】

情報爆発時代に果たすべき解剖学教員の役割とは

秋田 恵一(東京医科歯科大学大学院教授・臨床解剖学)


 医学生が学部教育を受けるにあたり,最初に苦痛に感じるのは肉眼解剖学ではないかと思う。大量の解剖学用語があり,グローバル化の流れゆえに,英語でも用語を学ぶ必要がある。これらを短期間で習得し,他の科目でも困らずに使いこなせるようにならなくてはならない。一般に肉眼解剖学は新しい事項が増えないため,内容は増加しないと考えられている。しかし,解剖学の教科書,アトラスなどは次々に刊行されており,選ぶのが難しいほどだ。

 近年の肉眼解剖学の本をいくつか並べてみると,厚いもの薄いものさまざまだが,コアになる部分以外は,臨床関連項目と効率的に学習を進める工夫のためのページ量に違いがあるだけだ。20世紀初頭までの教科書では鼠径部の解剖に多くのページが割かれていたように,その時代に必要な臨床に対応して臨床的に注目されている項目のページが増減することになる。無味乾燥な用語の羅列ともとられかねない記述を,少しでも魅力的に見せるために施された工夫は,どの解剖学書も素晴らしい。しかし,それよりも注目すべきは100年前のアトラスに比べ,人間の構造が極めて単純に描かれるようになっていることだ。複雑すぎる構造が理解を妨げるとされたためか,筋の形や血管,神経の分岐はことごとく単純化され,記述も非常にわかりやすくなっている。このように人間がどんどん“単純”になり,記憶しやすいように進化していくのであれば,教員にとっても学生にとっても喜ばしい。その一方で画像診断機器や手術方法の進歩は,これまで以上に詳細な解剖学的知識を必要としている。教育現場では,「教育の効率化を図りつつ,臨床における情報爆発に対応する」という相反することが求められているのである。

 必要な事項を全て含み,わかりやすく,そして臨床にうまく結びつけられるような授業ができるなら,それに越したことはない。多くの教員は実現できているのであろうが,与えられた時間の中でこなさなくてはいけない量を考えると,私にはそのような授業は全くできそうにない。私にできることといえば,人体の構造の原則を語ることと,いくつかの素晴らしい教科書の使い方を示すことくらいである。あとは“自助努力”に期待するしかない。Problem Based Learning(PBL)においては共同作業を活用した“自学自習”が奨励されているわけだから,“全てを教えようとすることを最初から諦める”ということも許されるはずだ。

 人体の構造の神秘を一つひとつ解き明かす熱い名講義は,医学を学び始めたばかりの学生にとって非常に思い出深いものになるに違いない。しかし,それで情報爆発時代に対応するのは,人間の体をより単純な形に進化させること以外に達成するのは難しい。各個人の学習パターンに合った本を探すのに全く困ることがないくらい,教科書やアトラスがあふれている。あとは,その効率的な学習法を紹介し,成果を評価しながらさらなる発展を見守るファシリテーターがいればよいのではないか。情報爆発とは無縁と思われている肉眼解剖学も,他の科目の情報爆発の影響によるカリキュラムの圧縮もあり,結果的に情報爆発状態にある。教育の効率化に便乗して,緻密な人体の構造を簡略化するなどということなく理解させるためにはどうすべきか,今,問われている。


秋田 恵一
1987年札医大卒。91年東京医歯大大学院修了。2010年より現職。