医学界新聞

連載

2014.08.04



診断推論
キーワードからの攻略

広く,奥深い診断推論の世界。臨床現場で光る「キーワード」を活かすことができるか,否か。それが診断における分かれ道。

■第8回……あぁ,人生泣き笑い

山中 克郎(藤田保健衛生大学救急総合内科教授)=監修
安藤 大樹(藤田保健衛生大学救急総合内科)=執筆


3083号よりつづく

【症例】

 27歳,女性。3週間前より両側手掌・足底のしびれが出現。以前に側彎症の指摘を受けたことがあり様子をみていたが,改善しないため近医整形外科を受診。スクリーニング採血と胸部X線写真を施行,既知の側彎症と頸椎症の指摘で,ビタミン製剤が処方され,経過観察となった。

 その後,いったん症状は改善したものの,受診10日前より同部,および左上腕部に「チクチクとした痛み」が出現したため当院内科外来を受診した。痛みのためか,泣くのを我慢しているような表情で診察室に入室。先行感染や咳嗽・下痢といった随伴症状なし。症状は入浴やマッサージ,天気や月経周期での寛解・増悪なし。強い日差しの下だと視界がゆがむ感じがするという。職場での強いストレスを感じている以外,特記すべき情報はなかった。

[既往歴]健診で軽度貧血の指摘(無投薬で経過観察)
[内服薬]メコバラミン(メチコバール®)250μg 3T/3×N
[生活歴]たばこ:10本/日×5年,酒:機会飲酒のみ
[来院時バイタルサイン]体温36.1℃,血圧116/58 mmHg,心拍数58回/分,呼吸数12回/分
[その他]
一般身体診察上は特記事項なし。Barre徴候:左で弱陽性?,Morleyテスト:左で弱陽性,Edenテスト:陰性,Wrightテスト:陰性,Jacksonテスト:背部から左上肢に放散痛あり。深部腱反射に異常なし,しびれの訴えはデルマトームと一致せず,温痛覚脱落なし,膀胱直腸障害なし

……………{可能性の高い鑑別診断は何だろうか?}……………


キーワードの発見⇒キーワードからの展開

 救急外来での診療がメインとなる研修医時代にはなかなか気付かないかもしれないが,実は一般外来には「しびれ」を主訴に受診する患者が非常に多い。多くは頸椎症や腰椎ヘルニアなどによる神経根障害に伴うもの,あるいは糖尿病や甲状腺機能異常などに伴う末梢神経障害であるが,脳の障害によるしびれや,脊髄空洞症や脊髄癆(せきずいろう)などによる脊髄障害によるしびれも考えなければならない(表1)。

表1 「しびれ」から導くべき鑑別診断リスト
(1)内科的疾患
1)代謝性疾患……糖尿病,尿毒症,ビタミンB1欠乏(いわゆる脚気),ビタミンB12欠乏(亜急性連合性脊髄変性症),急性間欠性ポルフィリン症
2)内分泌疾患……甲状腺機能亢進症・低下症
3)電解質異常……高カリウム血症,低リン血症
4)膠原病……関節リウマチ,全身性エリテマトーデス(SLE),多発筋炎,皮膚筋炎,シェーグレン症候群,血管炎,サルコイドーシス      
5)末梢神経系脱髄疾患……ギラン・バレー症候群,慢性炎症性脱髄性多発神経炎
6)中枢神経系脱髄疾患……Charcot-Marie-Tooth病,多発性硬化症(MS),パーキンソン病
7)悪性腫瘍……傍腫瘍症候群
8)中毒……重金属,有機溶剤,薬物,亜急性脊髄視神経症(Subacute myelo-optico-neuropathy;SMON),ふぐ毒,キノコ毒,貝毒
9)精神疾患……過換気症候群,パニック発作,解離性障害,慢性疲労症候群
10)その他……線維筋痛症,ライム病,むずむず脚症侯群(Restless legs syndrome),薬剤性(抗癌剤,免疫抑制剤,抗不整脈薬など),脊髄癆

(2)外科的疾患
1)頭蓋内病変……脳腫瘍,脳血管障害,椎骨脳底動脈解離
2)脊髄疾患……脊髄空洞症,動静脈奇形(Arteriovenous malformation;AVM),脊髄腫瘍
3)脊椎疾患……頸椎症,椎間板ヘルニア,後縦靭帯骨化症(Ossification of posterior longitudinal ligament;OPLL),化膿性脊椎炎,脊椎腫瘍
4)頸部・肩部・腕部疾患……頸肩腕症候群,胸郭出口症候群
5)その他……末梢の絞扼・圧迫によるもの(Entrapment neuropathy)

 また,神経の直接障害による神経障害性疼痛や,抑うつ状態を背景とした心因性疼痛なども「しびれ」を主訴として受診する可能性があり,これらは診断に難渋することも多い。そのため,緊急性の高い疾患のしびれのパターン認識が大切であり,特に視床の障害でみられる「手口感覚症候群(一側の口周囲と同側の手掌に限局して呈する感覚障害)」,三叉神経の障害でみられる「玉ねぎ状分布」,椎骨動脈解離に伴う延髄外側の障害時にみられる「Wallenberg症候群(障害側顔面の温・痛覚障害,小脳症状,球麻痺と,反対側体幹部・上下肢の温痛覚障害)」は,脳の障害によるしびれのパターンとして覚えておく必要がある1)

 本症例ではBarre徴候確認の際,左上肢がわずかに回内したようにみられたが,Jacksonテストも陽性であったことから,初診時の段階では「頸椎症に伴う神経根症状」を第一仮説とした。しかし,病歴の“ある点”と,診察時の“漠然とした違和感”が気になり,膠原病や内分泌・代謝系疾患のスクリーニング検査の説明も兼ね,早めの再診を予約した。

 5日後の再診時,同部位の症状がやや増悪するとともに,体幹部にも違和感を訴えた。スクリーニング採血では,HbA1c,抗核抗体,TSH,Free T4,ビタミンB1などいずれも問題なし。再度神経学的所見を取り直すと,左Barre徴候がわずかに陽性なのは変わらなかったが,両上肢の深部腱反射に明らかな亢進を認めた。視界がゆがむことに関してさらに細かく質問をすると,「左目だけで見ると,視界の中心がぼやけて見える感じがする」とのこと。“漠然とした違和感”は“確信”に変わり,頭部MRIをオーダーした。

最終診断と+αの学び

 頸椎症の指摘があり,頸部の神経学的所見も陽性であったことから,一見神経根症状のように思われた。しかし,発症年齢の他,手足の感覚障害がある,視野障害がある,錐体路障害があった。そして何より初診時に気になった“ある点”,つまり症状・所見が再発と寛解を繰り返していることから,頭部MRIを施行したところ,両側大脳深部白質にT2強調像・FLAIR像で高信号を示すspotty lesionを散在性に認めた。

[最終診断]多発性硬化症(再発寛解型疑い)

忘れたころにやってくる多発性硬化症
 神経内科で追加された髄液検査でリンパ球主体の細胞数軽度上昇と,軽度IgG上昇,頸髄MRIでC2-3レベルの脊髄正中背側にT2強調像で高信号域が指摘され,いずれも上記診断に矛盾しないものであった。

 多発性硬化症(Multiple sclerosis;MS)は脳・脊髄・視神経の中枢性髄鞘脱落が病気の本態で,時間的・空間的多発を特徴とする原因不明の疾患である。従来,本邦の有病率は欧米(50-100人/10万人)に比べて非常に少ないと言われていたが,2004年に行われた全国臨床疫学調査(厚労省免疫性神経疾患調査研究班)では,国内に約1万2000人のMS患者がおり,有病率も8-9人/10万人と報告されており,決してまれな病気ではない。発症様式として急激な視力低下が有名だが,顔面感覚鈍麻,両側三叉神経痛,眼球運動障害などの脳神経症状や,有痛性強直性痙攣(Painful tonic spasm),しびれ,錯感覚などの脊髄症状が先行する場合もあり,初診の段階では「不定愁訴」と扱われることも多い。表2の臨床的特徴を押さえておく必要がある2)

表2 多発性硬化症(MS)の診断時に注意したい臨床的特徴

 さて,冒頭の症例。再発と寛解,手足の感覚障害,視力障害,体幹部の感覚異常と,実に多くのキーワードを投げ掛けてくれている。Jacksonテスト陽性と判断したものの,実は筆者はその際に違和感を覚えていた。確かに左上肢への放散痛も認めたのだが,わずかに背側への電気の走るような感覚も訴えていたのだ。もしかしたら,気付かないうちにLhermitte徴候(頸部前屈で,四肢や体幹への電撃様異常感覚)を誘発していたのかもしれない。

 さらに,初診時にあった“漠然とした違和感”,「泣くのを我慢しているような顔」である。これは「病的泣き笑い(Pathological laughing and crying;PLC)」という所見だった可能性がある。病変部位については十分明らかになっておらず発症頻度の報告もないが,大脳基底核・視床レベルが障害された脳梗塞,頭部外傷,MS,筋萎縮性側索硬化症,アルツハイマー型認知症,前頭側頭型認知症,脳腫瘍,橋中心髄鞘崩壊症,大脳皮質基底核変性症などでみられるという3)

 若年者で,あちらこちらがしびれていて,採血結果は問題なし。おまけに泣いているのか笑っているのかよくわからないような表情――。こうした不定愁訴の患者に,精神疾患の病名をつける前に一度は疑うべき疾患である。

Take Home Message

 「わからないけど何か変!?」と思ったときは,積極的にキーワードをぶつけよう。あなたの「漠然とした違和感」が患者を救うかもしれない。

参考文献/URL
1)安藤大樹,他.しびれ.治療2010年増刊号vol.92.南山堂;2010.1016-24.
 ⇒しびれが苦手な筆者が,「非専門医でもこれだけは」といった観点でまとめています。
2)Olek MJ.Diagnosis of multiple sclerosis in adults.UpToDate®. 2014.
 ⇒多発性硬化症の症状と最新の検査方法がまとめられた二次文献。専門医以外もぜひ一読を。
3)Parvizi J,et al.Pathological laughter and crying:a link to the cerebellum.Brain.2001;124(9):1708-19.
 ⇒「病的泣き笑い」の症例報告,および文献的・病態生理学的考察がされています。

つづく

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