医学界新聞

寄稿

2014.06.30

【寄稿】

“開かれた対話”がもたらす回復
フィンランド発,統合失調症患者への介入手法「オープンダイアローグ」とは

斎藤 環(筑波大学医学医療系保健医療学域 社会精神保健学教授)


薬物治療を行わなくても,めざましい成果が

 オープンダイアローグ(開かれた対話)とは,統合失調症患者への治療的介入の一手法である。北極圏に程近い,フィンランド・西ラップランド地方にあるケロプダス病院のスタッフたちを中心に,1980年代から開発と実践が続けられてきた。現在,この手法が国際的な注目を集めている。その主たる理由は,薬物治療を行わずに,極めて良好な治療成績を上げてきた実績があるからだ。

 どれほど手の込んだ治療法かと身構えたくなるが,その手法は拍子抜けするほどシンプルである。発症直後の急性期,依頼があってから24時間以内に「専門家チーム」が結成され,クライアントの自宅に出向く。本人や家族,その他関係者が車座になって「開かれた対話」を行う。この対話は,クライアントの状態が改善するまで,ほぼ毎日のように続けられる。

 オープンダイアローグ,正式には「急性精神病における開かれた対話によるアプローチOpen Dialogue Approach to Acute Psychosis」(以下,ODAP)と呼ばれるように,主たる治療対象は発症初期の統合失調症である。以下に,その成果の一部を紹介しておく。

 ODAPの導入によって,西ラップランド地方においては,入院治療期間は平均19日間短縮された。薬物を含む通常の治療を受けた統合失調症患者群との比較において,ODAPによる治療では,服薬を必要とした患者は全体の35%,2年間の予後調査で82%は症状の再発がないか,ごく軽微なものにとどまり(対照群では50%),障害者手当を受給していたのは23%(対照群では57%),再発率は24%(対照群では71%)に抑えられていた。

 もっとも,こうした薬物療法に依存しないコミュニティケアの試みは,古くはD. クーパーの「ヴィラ21」やR. D. レインの「キングズレイ・ホール」の前例がある。近年ではL.チオムピらによって創始されたゾテリア・ベルンの試みがあり1),各国でゾテリア・プロジェクトが継承されている。

 しかし,ODAPの成果は,これらをはるかに上回るものである。筆者自身を含む,伝統的手法で統合失調症の治療にかかわってきた医師ほど,この治療成績に衝撃を受けるはずだ。薬物を使わず対話だけで統合失調症を治療するなど,およそ正気の沙汰ではない,と考えるのが常識的な反応である。

 しかしODAPには上述したとおりエビデンスがある。いずれも家族療法の専門誌として定評のある『Family Process』誌に掲載されたものである2-3)。また,ケロプダス病院では,電話による全ての相談依頼に24時間以内に治療チームが対応する方針をとっている。限られたスタッフでこの体制をパンクせずに維持できている事実もまた,ODAPによる治療がうまく回っていることを示すだろう。有効でない治療なら,とっくに受け付け体制がパンクするか,ウェイティングリストが満杯になっているはずなのだから。

密度の濃い介入を発症直後から行う

 ODAPの中心人物であるヤーコ・セイックラは,それが「治療プログラム」ではなく「哲学」であることを強調しているが,紙幅の関係でそちらには深く立ち入らない。ここでは具体的な実践のありように照準してみよう。

 患者もしくはその家族から,オフィスに相談依頼の電話が入る。電話を受けたスタッフは,医師であれPSWであれ,責任を持って治療チームを招集しなければならない。かくして依頼から24時間以内に,初回ミーティングが行われる。

 参加者は,患者本人とその家族,親戚,医師,看護師,心理士,現担当医,その他本人にかかわる重要な人物などだ。このミーティングは,しばしば本人の自宅で行われる。全員が一つの部屋に車座になり,やりとりが開始される。

 そこでなされることは,まさに「開かれた対話」である。このミーティングは,患者や家族を孤立させないために,危機が解消するまで毎日続けられる。繰り返すが,ほぼこれだけで重篤な統合失調症が回復し,再発率も薬物療法の場合よりはるかに低く抑えられるのだ。

 薬物治療や入院の是非を含む,治療に関するあらゆる決定は,本人を含む全員が出席した上でなされる。本人のいないところで治療方針が決められることはない。

 ミーティングでは本人と家族全員の意向が表明されたのちに,治療の問題に焦点が当てられる。会合の最後に結論がまとめられるが,何も決まらなかった場合は,決まらなかったことが確認される。ミーティングに要する時間はさまざまだが,だいたい1時間半程度で十分であるという。

 仮に患者が入院した場合でも,同じ治療チームがかかわりを持ち続ける。こうした心理的連続性は極めて重要な要素である。緊急事態が去り,症状が改善するまで,同チームの関わりは,本人のみならず家族に対しても続けられる。発症直後のような緊急時に,密度の高い介入を行うという点で,ODAPは通常の家族療法とは大きく異なっている。

「モノローグ」に自閉させず,「ダイアローグ」に開かせる

 おおよその手法は以上の通りだが,それではなぜ「開かれた対話」が治療的な意味を持ち得るのだろうか。

 ODAPには,二つの理論的支柱がある。G.ベイトソンの「ダブルバインド理論」と,M.バフチンの「詩学」である。ことに重要なのは後者だ。そこでは「モノローグ(独り言)」の病理性に「ダイアローグ」の健康さが対比される。統合失調症の患者は,しばしば病的なモノローグに自閉しようとするが,ODAPによる介入は,それをダイアローグに開くように作用するのである。

 発症当時は全てがあいまいである。ODAPでは,あえて診断や評価には踏み込まず,あいまいな状況をあいまいなまま対話によって支えていく。

 その際,参加メンバーの役割や社会的階層は重視されない。メンバー全員のあらゆる発言が許容され傾聴される。この雰囲気そのものが安全感を保障する。どんな治療手段(入院,服薬など)が採用されるべきかについては,対話全体の流れが自然な答えを導いてくれるまで先送りされる。

 統合失調症の発症初期において,患者は自らの耐えがたい体験を語るための言葉を奪われている。それゆえ,患者が幻覚や妄想について語り始めても,スタッフはそれを否定したり反論したりせずに傾聴する必要がある。その上で「自分にはそうした経験がない」という感想を語り合ったり,その体験についてさらに詳しく患者に尋ねたりする。

 ODAPでは,議論や説得はなされない。この対話の目的は,合意に至ることではないからだ。安全な雰囲気の中で,相互の異なった視点が接続されること。ここから新たな言葉や表現を生み出し,象徴的コミュニケーションを確立することは,患者個人と社会とのつながりを回復し,新たなアイデンティティと物語をもたらしてくれる。これがODAPのもたらすポジティブな変化であり,臨床上は症状の改善として現れるのである。

フィンランド以外での実現可能性は

 ODAPは,フィンランドの「ニーズに合わせた治療 Need-Adapted Treatment」の一部をなしているため,治療の要請は全て受け入れられ,治療費は基本的に全額無料である。

 この実践モデルは,最重度の精神疾患にすらネットワークモデルが有効であることを示しており,現在はロシア,ラトビア,リトアニア,エストニア,スウェーデン,ノルウェーなどに国際ネットワークがあるという。一方,米国では保険会社が主導権を握っているマネジドケアシステムの弊害により,その実践は著しく困難とみなされている。

 日本においては,近年コミュニティケアのモデルとして評価されているACT(包括型地域生活支援Assertive Community Treatment)の実践が始まっており,この手法とODAPの組み合わせは実現可能性が高いと考えられる。

 まずは地域を限定して試行を開始し,成果を蓄積しつつ統合失調症以外への応用可能性についても検討が進められることを期待したい。

◆文献
1)Ciompi L, et al. Soteria Berne: an innovative milieu therapeutic approach to acute schizophrenia based on the concept of affect-logic. World Psychiatry. 2004; 3(3): 140-6.
2)Seikkula J, et al. The open dialogue approach to acute psychosis: its poetics and micropolitics. Fam Process. 2003; 42(3): 403-18.
3)Seikkula J, et al. Healing elements of therapeutic conversation: dialogue as an embodiment of love. Fam Process. 2005 ; 44(4): 461-75.

◆参考文献
1)Seikkula J. Open dialogues with good and poor outcomes for psychotic crises: examples from families with violence. J Marital Fam Ther. 2002; 28(3): 263-74.
2)斎藤環.Open Dialogue――ことばの生成と強度の減衰.現代思想.2014;42(8):62-77.


斎藤環氏
1986年筑波大医学専門学群卒,90年同大大学院医学研究科博士課程修了。爽風会佐々木病院診療部長を経て,2013年より現職。専門は思春期・青年期の精神病理学,および病跡学。『文脈病 ラカン/ベイトソン/マトゥラーナ』(青土社),『社会的ひきこもり――終わらない思春期』(PHP研究所),『承認をめぐる病』 (日本評論社)など著書多数。「あしたの風クリニック」にて診療にも従事している。

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